(閑話)真夏の空の下で(1)
ゆらゆら揺れる水面へ、誘われるように両手を差し込む。手首まで入れた所で冷たさが腕を伝って広がった。
「気持ちいぃ……」
張ってた訳でもない肩の力が抜けていく。涼しくなれば強過ぎる陽射しさえ好ましい。
暑い中、庭園の奥まで来た甲斐があった。
先日馬車で帰城した際、木陰に隠れた噴水を見つけた。皇城に住んでる私でさえ存在を忘れていた小さな噴水だ。
特に暑さが厳しい今日、その存在を思い出した。
真夏の庭園を歩き回る人は少ない。馬車が通る道の反対側なら人目を気にせずに済む。近衛騎士も遠ざけたので、噴水に手を入れてる不作法はバレてないだろう。
「………」
近くに残ったカインだけには、バッチリ見られているけれど。
軽く肩を引かれた。マリーならともかく、彼が私をたしなめるのは珍しい。
「お願い、見逃して。このままじゃ干からびて干物になる!冬に美味しく頂かれちゃう!」
「………」
手を離して、少しだけ距離を取られた。下手な例えに引かれた訳じゃない事を祈る。
今日は珍しく公務も社交も無く丸一日休みだけれど、暑さのせいで何もする気にならない。
肘まで水に浸からせてしまおうかと考えていたら、時を知らせる鐘の音が聞こえた。驚いたように小鳥が飛び立つ。
ぼんやり眺めていたら、視界の端で何かが動いた。すぐに冷たい物が顔を包み込み、息が出来なくなる。
バッシャアアアアアアァァァ――
噴き上がる水の勢いに仰け反り、やっと空気を吸い込んだ。水飛沫に太陽光が反射して、キラキラ光る。
シャァァ――
水の勢いが小さくなっていく。
さすが、アルメリア皇国の皇帝が住まう城。庭園の片隅にある小さな噴水さえ、時報に合わせて噴き出し方が変わるらしい。
顔で受けた水が勢いそのまま身体へ流れたため、胸、お腹、足までびしょ濡れだ。
「………」
カインばりに言葉が出ない。しばらく尻餅をついたまま呆然とする。飛び立った小鳥が戻ってきたのか、さえずりが聞こえた。空が青い。
「………はぁ」
ため息をついて立ち上がる。額に張り付く髪を横に流しながらカインへ振り向いた。
「カイン、悪いけど侍女にタオルを持って来させて。マリー以外のね」
彼はちょうど水飛沫のかからない位置にいた。何が起きるか分かっていたようだ。
……ちゃんと教えて欲しい!!
「…………」
「カイン?」
反応が無いので、髪を絞り水を落としながら呼び直す。ピクリと動いたと思ったら、視線を外された。彼の見た方には庭園樹が規則的に並んでいる。
「どうかしたの?」
「………」
答えが返って来ない。
脚にまとわりつくドレスを引っ張ろうと目を向け、一瞬身体が硬直した。
「っひぃっ……!!!」
引きつった叫びと共に両腕を抱えて座り込む。
今日は暑いので夏仕様のドレスを着ていた。薄手で淡いブルーの生地だ。それが、濡れている。
張り付いて身体のラインが浮き彫りになり…………か、かなり透けていた。
涙が滲む。水で冷えたはずの顔がこれ以上ないほど熱くなり、膨張するような錯覚までする。
なんて格好なの!!こんな姿で平然と話しかけていたなんて!!!
顔を上げられない。縮こまって足を見る事しか出来ない。
カインの動く気配がした。侍女を呼んでくれるのだろう。……と思っていたら、靴音がどんどん近づいてくる。彼の靴が、俯く私の視界に入った。
ボタンを外す音がする。え、あれ。うん。ボタンを外す音がしている。ん?
え?ななななんで、脱いでる?脱いでるの???!!
彼の身体が近づく気配に心音が大きくなる。
二人の影が、重なった。
「っだ!だめ!!!まだ婚姻前で!昼間で!!外でなんて!!!」
「……」
「い、嫌とかじゃないのよ?でも順番とか場所とか、その…心の準備が……」
「……」
――ぱさり
柔らかく温かい感触に包まれる。
近衛騎士の制服だ。夏なのに暑苦しいコートを着てると思っていたら、案外風通しが良い。ちゃんと夏仕様になっていたようだ。
男性用の長いコートは私の身体をすっぽり隠した。
「………」
「………」
黙ってコートに腕を通す。長すぎる袖から指を出しボタンを留めた。
俯いたまま立ち上がり、後ろを向く。そのまま早足で自室へ帰る。当然ついて来る気配からは、最大限の努力で気を逸らす。
もう!!もう!!もう!!!!
自分が信じられない!これ以上ない酷い勘違いに頭を城の外壁へ打ち付けたい!!口走った言葉に廊下の窓から真っ逆さまに落ちたい!!
あらゆる衝動を抑えてひたすらに歩いた。やっと辿り着いた部屋の扉を勢い良く開ける。
「まあ!あらあら、ミア様。随分と個性的なお召し物で」
迎えてくれたマリーが微笑んだ。しかし目は笑っていない。熱かった頭が一気に冷える。
「えっと、これは、その……」
「ふふふ。ぜひ何があったかお聞かせください……ね?」
ゆっくり振り返ろうとして、部屋の扉がマリーによって閉められた。逃走防止だ。
頭フル回転で言い訳を考えていた私は…………扉の向こうでカインが詰めていた息を吐いた、なんて知る由もなかった。




