表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/42

言葉にしてください(2)

 カインが茶葉と箱を抱え、応接間へ戻ってきた。


「ありがとう、カイン。すまなかったね」

「………」


 箱は言付けられた物のようだ。カインはそれをテーブルに置き、蓋を開けた。レイモンドが中の物を取り出す。


「あ…あら」


 恥ずかしくなり、染まってるだろう頬に手を当て、隠した。

 出てきたのは幼いカインの姿絵だ。この邸へ来る事にした当初の目的を思い出す。レイモンドは何から何までお見通しだったようだ。


 幼いカインは可愛かったけれど、先の話を聞いた後で純粋に愛でる事は難しい。絵には綺麗な部分しか描かれない。もしかしたら怪我をしていたかも知れないし、血色が良かったかも分からない。

 見てられなくなり、他の物へ目を向ける。子供が使う練習用の剣や衣服、本、小物なども入っていた。

 少し雰囲気の違う小箱が目にとまる。


「これは何かしら」

「それは…カインの母親の物ですね」

「開けても?」


 レイモンドがカインを見る。


「……はい」


 カインが小箱を取り、開けて見せてくれた。

 中を見て感嘆の息が漏れる。入っていたのは指輪だった。大きな黄水晶に、古いながら緻密な細工が施されている。全く同じではないけれどカインの瞳を思わせる色で、吸い込まれそうになった。


「婚約指輪ね」

「はい」


 伯爵夫人が持つには随分良い品に見える。これを送った時、伯爵はどんな思いを乗せていたのだろう。


 カインが片付けるため蓋を閉めようとする。つい腕に触れ止めてしまった。


「………」

「あの、私達の指輪って作ってるのかしら」

「……発注しています」

「キャンセルって出来る?」

「………」


 二人に見られる。私が変なことを言っているからだ。

 男性の母親から婚約指輪を譲られる事は珍しくない。けれどカインの母親は浮気された上、早くに死別している。縁起が悪過ぎだ。

 それでも、この婚約指輪が良いと思ってしまった。


「………」


 カインが指輪に視線を移す。

 これは母親の遺品だ。貰おうとするのは図々しかっただろうか。


 沈黙の間にハッとする。婚約指輪をキャンセルって、違う意味にも取れてしまう!


「ち、ちがっ!違うのよ!キャンセルって指輪だけの話で、変な意味じゃ…!」

「ミア皇女殿下、落ち着いてください。カインも分かっておりますよ」

「………」


 冷静な二人に囲まれ、一人で空回ってるのが浮き彫りになる。

 もう話を変えてしまおうと、本に手を伸ばした。


「こ、こっちは騎士アイザックの冒険譚ね。私も小さい頃に読んでたわ」

「……はい。カインもよく読んでいたようです。私の邸へ来た頃にはもう、冒険譚より専門書の方に興味を移していましたが」

「専門書って、どの分野の?」


 レイモンドが乗ってくれたので、そのまま指輪の事は置いてカインの話を聞く。

 休日は専ら読書に勤しんでいるとか、耳が良いから音楽全般に優れているとか、興味深い話ばかりだった。


 カインが今読んでる本を見せてもらったり、試しにヴァイオリンを弾いてもらったりしてる内、いつの間にか日が傾いていた。

 ベンシード伯爵邸とは打って変わり、すっかり長居してしまった。


 玄関へ出て見送りを受ける。


「本日はこのような邸へご足労いただき、ありがとうございました」

「いいえ、挨拶に伺ったはずが随分楽しませて貰ったわ」


 同意を求めるようにカインを見上げる。目が合うだけで特に反応はない。

 レイモンドが笑った。


「カインは母親に似て寡黙な男ですから、誤解を受ける事も多く心配しておりました。ミア皇女殿下のような方と心を通わせた事、嬉しく思います」


 まるで仲睦まじい男女を見るような目を向けられ、気恥ずかしくなる。そんな風に見えるだろうか。緩む口の端を手で押して直した。


「日も暮れてきましたから、帰り道はお気をつけください」

「ありがとう。またお会いしましょう」


 別れの挨拶と礼を受けた後、馬車へと乗り込む。

 景色が流れ始めるのを眺め、息をついた。今日は疲れた。午前も午後も濃厚な1日だった。暑さにバテ気味なせいもあるだろう。


 隣に座るカインの顔を覗く。疲れは見えない。でも、本当に疲れてないのだろうか。

 心を通わせたなんて言われたけれど、正直彼の考えてる事はほとんど分からない。それを不安に思う時もある。


 カインの母親も寡黙だったと言っていた。

 もし彼の考えや気持ちが分からないままなら、私達二人もいつかすれ違い、望まない未来を迎えるのだろうか。


「……ねぇ、カイン」

「はい」

「今日は疲れた?」

「………」


 真意を探るような目を向けられる。

 カインはよく黙って見つめてくる。毎回律儀にときめく胸に、時々は休めと言いたい。


「……少し」


 疲れていたらしい。聞いてみないと分からないものだ。


「そう。お疲れ様」


 聞いたからには何か労うべきかと、慣れない手つきで頭を撫でてみる。柔らかい髪質に心臓の音が大きくなった。


「……」

「い、嫌かしら」

「……いいえ」


 嫌じゃないらしい!調子に乗って撫で続ける。

 やっぱり言葉で聞かなければ相手の気持ちは分からない。超能力者ではないのだから当たり前だ。


 もう一つ、ちゃんと聞きたかった事を聞こう。


「カイン」

「はい」

「あの……あのね、その……えっと」

「……」

「……あの!ね?うん。そのね」

「……」

「わた…わた!わ!」


 熱い!顔が!

 涙が滲む。恥ずかし過ぎて上手く聞けない。


「……」


 頭を撫で返された。落ち着かせるような動きが心地良い。なぜか、前にも撫でられた事があるような気がする。


「……わ、私のこと…す、す…好き?」

「はい」


 即答された!私はいっぱいいっぱいで聞いたのに!

 沸騰しそうな顔を手で覆いながらも、あまりに速い回答を少し疑わしく思う。


「ほ、本当に?」

「はい」

「本当の本当?」

「はい」


 カインの声色に一切変化はなく、指の隙間から見た顔にも照れた様子はない。判断が難しい。


「本当なら、時々は貴方の方から言葉にして欲しいわ」

「……」


 頰を膨らませそっぽを向く。せっかく肯定してくれたのに、我ながら態度が悪い。

 顔の熱を冷まそうと、扇子を仕まってある備え付けの引き出しを開けた。


 その指を絡め取られる。

 今までに無い手の取り方に肩が跳ねた。


「な、なに…?」

「……」


 カインが懐から見覚えのある小箱を取り出す。中から大粒の黄水晶が姿を見せた。

 喉が鳴る。もしかして……。


 箱から外した指輪をゆっくり、丁寧に私の指へ滑らせた。

 黄水晶のように輝く瞳を向けられる。



「愛しています」



 息が止まる。心臓が大きく揺れ、一瞬身体から出てしまったかと錯覚した。

 薬指に嵌る少しサイズの合わない指輪を眺め、じわじわと喜びが広がる。今やっと、彼の婚約者になれた気がした。


 ふと、私こそ肝心な事を一度も言っていないと気づいた。


「わ、私も…あ、あい…あ」


 耳元で鼓動の音が聞こえる。カインの触れてる指先から、全身が痺れていくようだ。


「あ…あい、愛し、てる……わ」


 ぎゅっと目を閉じ、下を向いた。


「………」


 鼓動が少しでも落ち着くのを待っていたら…………唇に何かが触れた。反射的に瞼を開く。



 カインの指だった。横に流れ、俯いて前に垂れた髪を耳にかけてくれる。

 そのまま、何も無い。何か起きるはずない。そりゃ婚姻前だもの。


「…ま、紛らわしい!!!」


 距離の近かったカインを押し離し、反対を向いて再び顔を覆う。

 分かってる。カインは悪くない。ああ、私は何を想像したんだ!!恥ずかしい!恥ずかしくて顔を向けられない!!


 もう今日は顔を向けられない、向けないと決意した。

 数分後に彼のエスコートを受け、馬車を降りる事は忘れて。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


サミュエル様の話は こちら


亀更新ですが新連載始めました!
屍辺境伯と時の魔術師
〜亡くなった貴方と迎える幸せな結婚〜



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ