言葉にしてください(1)
帝都の片隅にひっそりと、レイモンド邸は佇んでいた。
皇城と同じ濃いグレーの外壁は飾り気がなく、レイモンドが独身のためか庭園も最低限の構えだ。スッキリした外観は真夏の暑さを少しだけ緩和させていた。
合理的で無駄がない邸から、レイモンドとカインの血の繋がりを感じる。
中に入り、なるほど小さい敷地だなと思った。普段は伯爵家以上の邸にしか出向かないし、前に入ったマルポータ子爵邸は郊外にあるためか比較的大きかった。
慣れない狭さは、けれど不快ではない。たぶん私は狭い所が好きな人間だ。
「ミア皇女殿下。お暑い中、ようこそお越しくださいました」
レイモンドが出迎える。邸の使用人もいるけれど、本当に数が少ない。何だか別世界に迷い込んだみたいだ。
「無理に来て、ごめんなさいね」
「いえ、大変に光栄なことです。応接間にお茶をご用意しております」
カインにエスコートされ進む。彼の足取りがやたら慣れているのを見て、カインはここに住んでるのではないかと思い至る。
レイモンドが育ての親というのは実態がよく分からないけれど、現在カインは近衛騎士として皇城に仕えているし、ベンシード伯爵は帝都に別邸を構えていない。状況的にレイモンド邸に住んでると考えるのが自然だ。
急に浮き立った気持ちになり、邸を見回してしまう。
食堂は奥かな。寝室は階段の上だろう。カインは毎日ここで寝起きしてるのか。
想像して、頰が熱くなる。ちょっと変態みたいだ。
「午前中は甥のベンシード伯爵邸へ訪問されたと伺っております」
応接間のソファに落ち着いてすぐ、レイモンドに話しかけられた。
「えぇ…まあ……」
曖昧に答える。あれを訪問と言っても良いのだろうか。サインを強奪したようなものだ。
誤魔化すようにお茶へ手を伸ばす。……カインに動きはない。今度は手を繋がないみたいだ。期待なんてしていない。
私の様子から何か感じ取ったのか、レイモンドが眉を寄せ、ため息をついた。
「あの家は、変わらないようですね」
彼もお茶へ手を伸ばし、口に含む前に止めた。
「おや、私としたことが……皇女殿下にこのような茶をお出しするとは。申し訳ありません、すぐに取り替えます」
そう言ってカップを置いてしまった。
首を傾げる。ちゃんと良い茶葉が使われてるし、淹れ方も上手いと思う。冷たいのに香りもしっかりしている。
「邸の者に茶葉の銘柄が伝わってなかったようですね。カイン、お前なら分かるだろう」
「………」
「申し訳ないが、出してきてくれないか」
レイモンドが微笑み、カインが立ち上がる。廊下の近衛騎士一人を部屋に入れ茶葉を取りに行った。
「さて、何からお話ししましょう」
「え?」
「聞きたい事があるのではありませんか」
苦笑いしてこちらを見る。私の心情などお見通しのようだ。
「あの子は何も話さないでしょうから」
「………そうね。家族のことは何も」
俯いてしまう。ティーカップに情けない顔が映った。
もう少し私が年上らしく頼りがいがあれば、何か違っただろうか。
「なるべく客観的な事実を話しましょう。まず、お会いされた伯爵夫人、エマはカインの母親ではありません」
カップを持つ指に力が入る。何となく、そんな気はしていた。
「カインは庶子…という事かしら」
憎き妾の子。それならあの言動も理解できる。
「いいえ、カインは嫡出子です」
ばっさり否定された。
目を丸くしてレイモンドを見る。想像してた内容と違う。どういう事だろう。
「エマは後妻なのです。カインは死別した前妻の子です」
「え、でも……」
オースティンの顔を思い浮かべる。彼はどう見ても夫人の子だった。フィリックスは伯爵寄りの顔立ちだったけれど、夫人の特徴も見られた。
「お察しの通り、オースティンとフィリックスはベンシード伯爵とエマの子です」
うっ、混乱してきた。頭を抑える。
カインは前妻の子、オースティン達は後妻の子、カインは三男。うん、分からない。
「庶子はオースティンとフィリックスの方です」
繋がった。妻より先に妾の子が生まれた、妻が亡くなって妾を妻に迎えた。なるほど。
「あら?待って。それなら伯爵位の継承順は…」
「はい。カインが唯一の嫡出子ですから、彼が第一位です」
「ならなぜ騎士団に?」
爵位を継がない男子が貴族に準ずる地位を得るため、騎士になる事はよくある。けれど爵位継承する者が騎士団に入るなんて……普通はない。騎士になる必要もないし、領地経営の手伝いや社交に忙しいからだ。
レイモンドが目を伏せる。一度は下ろしたカップを持ち上げ、お茶を口に含む。
「結論から言えば、身を守るためです」
「……身を守るため」
「順を追って説明します」
カップを置くと使用人を呼んだ。何か言付けている。そろそろ戻って来そうなカインに、追加の用を伝えるのかも知れない。
レイモンドは向き直り両手を組むと、また一つため息をついた。
「カインが7歳の頃です。彼と母親の乗った馬車が事故に遭いました。母親は即死、カインも意識不明の重体でした」
胸がツキンと痛む。
母を亡くす痛みは想像しか出来ない。けれど、幼いカインの心に、大きな衝撃を与えただろう事だけは分かった。
「事故から2日後、カインの意識が戻る頃には葬儀が終わり、ベッドから起き上がる頃には新しい家族が迎えられていました」
「え…?それって……」
あまりに対応が早すぎる。まるで事故が起きると分かっていたかのように……。
「事故はベンシード伯爵領内で起きています。現場の者は事故と断定し、私の元へ報告があった際には、既に何も残っていませんでした」
「……そう」
胸の痛みが増して、手で押さえる。もはやカインの心情は想像も及ばない。
「その後もカインは度々事故に遭いました。誘拐された事や遭難した事もあります。いま彼が生きてるのは奇跡と言えるでしょう」
頭の中で次々とパズルのピースが嵌っていく。何故カインは襲撃にやたら速く気付くのか、何故あそこまで表情が無いのか、変に大人びているのか、私と…………。
最後に嵌めたくないピースが嵌まった。そこから黒いモヤが広がる。
違う、これは違うとピースを外し、無かった事にした。
別の話を口にする。
「伯爵は何故そこまで……実の息子でしょう」
「主観になりますが、甥は干渉していないように思います。お恥ずかしい話、彼は未婚の男爵令嬢に二人も子供を産ませた負い目から、そしてカイン母子を裏切った負い目から、全てに目を背けているようです」
「………」
「私もカインの状況に気づくのが遅れ、保護した頃にはもう……彼の表情は失われていました」
当時を思い出しているのか、レイモンドは顔を歪めシワを深くした。
「カインには身を守る術を教え、15歳の成人と共に騎士団へ入れました。彼の自立のためと、爵位放棄の意思を示すためです。狙い通り、パタリと事故は起きなくなりました」
そんなの、何が起きてるか明白じゃないか。相手は決定的な証拠は残さずとも、やってる事を隠す気は無いようだ。
お家騒動に皇室や他家が口を挟む訳ないと分かっている。たちが悪い。
「ねぇ、それなら私と婚約したら、また……」
当然浮かんだ疑問、言い切る前に扉が開いた。




