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誓います

 

「目が赤いね。また泣いてたの?」


 マリチマ公爵の舞踏会へ向かう馬車の中、向かいに座るハリー兄様に声をかけられた。いつも夜会で私をエスコートするのは、すぐ上の兄である彼だ。


「泣いてなどいません。赤いのは化粧です」

「そういう事にしようか。けど、よく分からないな。僕はミアが好きになるなら、もっと明るく話しやすいタイプだと思ってたよ。泣くほど好きかな」


 全然、そういう事にしてくれてない。頰を膨らませる。

 隠してるつもりなのに、どうも私は分かりやすいらしい。マリーやユアンだけでなく、カインと居るところを数回見ただけのハリー兄様にまで、私の想いがバレてしまった。今は想い人を知る3人に囲まれている。


「だから、泣いてません。泣く理由もありません」


 カインに好きな相手がいる事は……まぁそれなりに、結構、かなりショックではある。

 でも彼は万人受けするタイプじゃない。好きな相手と上手くいくとは限らないのだ。まだ諦めるには早い。


「まあ、そうだね。いざとなれば実力行使すればいいし。ミアが父上に言えば…」

「そんな事しません!!!」


 お兄様が笑う。私はちゃんと正攻法で行こうと思ってるのに、心外だ!


 けれど、笑い事にしてくれるのは……少しありがたい。本当は最近泣いてばかりいるから。頭では泣くのは早いと分かっていても、出てくるものは止められない。

 命を失いかけた時でさえ一晩泣いて落ち着いたのに、恋というものは恐ろしい。


 何かアピールを続けるべきと思うも、何もできていない。舞踏会のため着飾っても、今日彼は休みだから見てもらえない。それを喜んでさえいる。

 私が口説かれるのを見られる事もないからだ。無関心な瞳が、今はつらい。


 家族を顧みないほど愛して貰うという元々高いハードルが、更に高くなっている。多少くじけても仕方ないと思う。

 数多差し出される彼以外の手を取りたくもなってくる。カインが振り向くのを待ってるうち、嫁ぎ先が無くなるかも知れない。

 ため息が出た。


「ため息をつくと幸せが逃げるよ」

「お兄様が変なこと言うからです」

「はは。ミアに笑ってほしいだけだよ」

「お兄様が笑いたいだけでしょう」


 実際は心配をかけてると思う。お兄様達は優しい。私は家族が大好きだ。

 もし私がカインの立場なら、家族を壊すかも知れない相手を……選べるだろうか。


「ふふふ。さぁ着きましたよ」


 マリーの声と同時に馬車が止まった。ハリー兄様のエスコートで降りる。

 雨は止んでいて、空気に不思議な心地よさがあった。久しぶりに顔を見せた月は、前に見た時より随分丸くなっている。


 月明かりの下、あるはずのない人影が目に入った。自然と胸が鳴る。


「カイン?貴方、今日は休みじゃなかったの?」

「………」


 言ってから、彼が剣を身につけてないと気づいた。仕事ではない。参加者として来ている。


「あ……あら、奇遇ね」


 心臓が嫌な音を立て始める。目の前が暗くなる錯覚に、ハリー兄様の手を強く握った。

 騎士の彼が舞踏会に参加するなら、誰かのエスコート役としてだ。誰に頼まれたのだろう。親戚なら良い。違うなら……もう彼に手は届かないという事。


 どうしよう。足が動かない。声も出ない。濡れるのに慣れてしまった瞳から、また涙が溢れそうになる。


「さて、ミアどうする?」


 問いかけに、ハリー兄様へ目を向けた。どうするとは何のことか。


「実力行使?」

「しません!!!」


 普段通りのお兄様に、少しだけ肩の力が抜けた。


 カインが私達に近づき、お兄様だけに礼をとる。そこは私にもする所だろうと思っていたら、こちらへ向き直った。

 礼を受けるつもりでいたら、手を差し出される。何だろう。何か渡す物でもあっただろうか。それとも、見え難いだけで何か乗っている?


 カインの手を眺めていたら、今度はハリー兄様が私の手を離した。離したのにまた差し出す。二つの手が並んだ。


「さて、どうする?」


 先ほどと同じ問いを投げかけられる。


「どうするって……?」

「今日の僕はミアを送って来ただけなんだ。会に参加する予定は無い」

「なっ!そんなの困ります」

「そう。だから僕がエスコートしてあげてもいいよ。僕じゃなくても良い」


 何を言ってるのだろう。二つの手を見比べる。カインの手は、そういう意味なのか。


「ま、待って。カインは無理でしょう」


 カインにエスコートされて舞踏会に参加したら、即婚約者扱いされてしまう。


「無理じゃないよ。大丈夫、大丈夫」


 ハリー兄様が笑顔で言う。冗談ではなく本気の顔だ。お父様にまで話を通してあるということ。


「か、勝手なっ!……実力行使はしないって、言いましたよね」


 後半は小声で、お兄様だけに聞こえるよう話した。


「一応言っておくけど、僕が言い出したんじゃないよ」

「他に誰がいるんですか!」


 睨むと、お兄様が視線でカインを示す。


「……そんな訳ないでしょう」

「僕も驚いたよ。彼、喋る時は喋るんだね」


 そういう問題じゃない。いや、彼がよく話したというのも眉唾ものだ。現にカインは、会ってからまだ一言も発していない。ただ私に手を差し出し続けている。


 私はハリー兄様の手を取れば良いだけ。そのはず……だけれど、希望を抱かずにはいられない。勝手に口が動く。


「お、お兄様の言ってる事は本当なの?その、貴方が、エスコートを申し出たって…こと?」

「はい」


 身体が跳ねる。望んでいた答えに、期待が膨らむのを止められない。


「カ、カインは伯爵位を継ぎたいの?」

「……必要であれば」

「好きな人がいるっていうのは…」

「………」


 いつもと変わらない、真摯な瞳で見つめられる。


 顔がカッと熱くなった。

 こんな都合の良いこと、あるのだろうか。そんな素振り無かったのに。今も表情に動きはないし、熱い想いを伝えられる訳でもない。

 けれど、これが彼らしさなのかも知れない。


 震える手が勝手に伸びる。ずっと望んでいた。このまま手を取れば、毎晩泣いても諦められなかった彼を得られる。


 ―― 本当に良いのだろうか。


 カインの手に触れる直前で止めた。


「あ……貴方は本当に良いの?」

「はい」


 手を取られる。そのまま引かれて身体が急に近くなった。足がもつれて転びそうになると、腰を支えてくれる。

 手からも腰からも顔からも、火が出そうだ。鼓動がこれ以上ないほど速くなった。


 ハリー兄様に礼をした後、公爵邸へと進む。会場に入るとやはり場は騒然とした。けれど主催者であるマリチマ公爵を始め、侯爵家以上の者は訳知り顔でいる。

 エアラント王国での事を思い出した。今回もしっかり根回しされてるようだ。


 私達がダンスホールの中央へ行くと、オーケストラが演奏を始めた。婚約披露さながらだ。いや、実質的にこれは婚約披露となっている。


 想像もしてなかったけれど、カインはダンスが上手かった。リードされ、私が何も考えずとも美しく舞えた。

 そのせいかカインが格好良く見えて仕方ない。いつまで経っても顔の熱が引かないし、これは夢でないかとさえ思う。


「これは現実なの?」

「はい」


 気の抜けた質問にもすぐ肯定が返ってくるのが、また嬉しい。

 口角がゆるゆる上がる。私は今、カインと踊っている。彼の婚約者になる。言いようのない幸福感に包まれた。

 目の前で緩んだ顔を見られているのが恥ずかしい。


「こ、こんな両家への挨拶もせず婚約披露するような……非常識よ」


 恥ずかしくて、可愛くない事を言ってしまった。

 実際に非常識ではある。皇室と近しい公爵家とはいえ、他人の舞踏会を乗っ取るような真似をしている。様々な根回しをするより、普通に婚約の手順を踏む方が簡単だ。

 婚約披露をこんなに急いだのは、何か理由があるのだろうか。


「……申し訳ありません」

「プロポーズの言葉もなかったわ」

「………」


 言って少し後悔した。なんて可愛くないのだろう。

 本当はプロポーズなんて無くても嬉しくて仕方ない。こんなに近くに彼がいて、手を握ってるだけで幸せなのだ。


 曲が終わると、静寂が訪れた。会場の灯りがワントーン落とされたからだ。中央のシャンデリア下、つまりここだけが明るい。

 注目を集めるような状況に、少し居たたまれなくなる。


 カインと移動しようとしたら、彼はその場に跪いた。私を見つめる瞳が暗がりの中で煌めく。


 心臓の音がやたら大きい。周りが見えなくなり、世界に彼と私しかいないようだ。

 カインの唇がゆっくり音を紡ぐ。


「一生をかけて、貴女を愛し守ると誓います」


 私の手の甲にその唇を寄せた。


「結婚してください」



 身体中に駆け巡る感情が何なのか、もはやよく分からない。ただ一つ分かったのは、嬉しくても涙が出るという事だった。



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サミュエル様の話は こちら


亀更新ですが新連載始めました!
屍辺境伯と時の魔術師
〜亡くなった貴方と迎える幸せな結婚〜



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