ご挨拶に伺います
玉座の間の前に立つ。ライアン王子との婚約を言い渡されて以来だ。ほんの数ヶ月なのに、随分昔の事のように思う。
婚約披露してようが内々に話が通っていようが、正式な両家訪問と承認は必要だ。女性の家から訪問する慣習に倣い、今日は私のお父様、アルメリア皇国の皇帝へ挨拶する。
扉が開かれ、カインのエスコートを受けて入室した。
これから、私のエスコート役はいつも彼になる。それが嬉しくて顔が緩んだ。
中では、お母様や二人のお兄様、皇太子妃であるお義姉様も待っていた。皆が笑顔で迎えてくれる。
そんな祝福のムードを台無しにするように、玉座に座するお父様だけが、憂いを帯びた目をしていた。
せっかく婚約が無かった事になった末娘が早々に嫁ぎ先を決め、寂しく思っているのだろう。
カインと二人で跪く。
お父様のため息が聞こえた。
「おもてを上げよ。発言を許可する」
顔を上げ、カインが口を開く。
「本日は御目通り叶い、感謝します。ベンシード伯爵家のカインと申します。此度は陛下の姫君、第三皇女ミア殿下との結婚を願い出るため参じました」
目を見開いた。私の知る限り、彼が最も長く喋った。
途切れる事もなく、滑らかな話し方だ。皇帝相手とは思えない落ち着き払った声にも驚いた。
ハリー兄様が彼は喋る時は喋ると言っていたのを思い出す。
「うむ、許さん」
カインは特に騎士に向いていて、伯爵位を継いだ後は苦労するだろうと思っていた。
これは杞憂だったかも知れない。惚れ直してしまう。
「………」
カインに見惚れていて反応が遅れた。
今、お父様は何と言った?
「私の可愛い娘を、お主のような若造にはやれん!」
お父様が皇帝の威厳を放ちながら、幼稚な内容を話す。
目を細めお父様を睨んだ。私だけではない。この場のほぼ全員が白い目で見つめる。
家族や側近しかいないとはいえ、言って良い冗談と、言ってはならない冗談がある。もし冗談でないなら、問い質したい事が山ほどあった。
しばしの沈黙の後、仕切り直すようなお父様の咳払いが響く。
「うむ、婚約を認めよう」
本当に情けない。時々お父様に皇帝が務まるのか疑わしくなる。
カインは何事も無かったように礼をとった。彼の立場なら少しは焦っても不思議なかったのに、ずっと涼しい顔をしていた。
「カインと言ったな。懇親の席を用意してある。ついて参れ」
お父様が立ち上がり玉座の間を出る。お兄様達とカインが続いた。
結婚の申し入れをした後、男性はサロンでお酒を嗜み、女性はテラスでお茶を楽しむ。私もお母様とお義姉様と共に移動する。
テラスでは嫁がれたキャロライン姉様が待っていた。
「ミア、婚約おめでとう」
「ありがとうございます」
「さぁ席について、早くお話を聞かせて」
勧められるまま席に着く。
こういった場で話されるのは専ら婚約した二人の馴れ初めだ。その後、結婚生活における知恵や愚痴に話題が移る。
「カインはミアの騎士だったわね。エアラントへ行く前から仲が良かったのかしら」
「……そうでもなかったわ」
「じゃあこの旅がキッカケで?」
「……そ、そうね」
お母様やキャロライン姉様が積極的に話を聞いてくる。
……恥ずかしい。他人の馴れ初めを聞くのは楽しいのに、自分の事は上手く話せない。頰が熱くなる。
話の続きを求める微笑みから逃げるようにお茶を口にした。数日前から雨も降らず暑い日が続いてるので、冷たいお茶だ。今とてもありがたい。
「お二人共、ミア様がお困りですよ。時間はありますから、ゆっくりお話しましょう」
「それもそうね。そうだわ、レイモンドを呼んでちょうだい」
お義姉様が二人の勢いを止めてくれてホッとする。
お母様に呼ばれたレイモンドがテラスに出てきた。長らく皇后付き近衛騎士である彼は、私も何度か見た事があった。かなり年配で髪は白く染まっているけれど、足腰はしっかりしていてまだまだ現役だ。
「ミア皇女殿下。この度は誠におめでとうございます」
「ありがとうレイモンド。確か貴方もベンシード家の出だったわね」
ベンシード伯爵家は大戦時の功績が評価された武官の家だ。代々優秀な騎士が輩出されている。
「カインの大叔父にあたります」
「レイモンドはカインの育ての親だそうよ」
「まあ、そうなの?」
「はい。まさか皇女殿下と縁を繋げられるとは思いませんでした」
昔からの顔見知りである彼がカインの育ての親とは、世の中狭いものだ。
けれどと首を傾げる。何故、大叔父である彼が育ての親などになるのだろう。ベンシード伯爵は存命だし、レイモンドは伯爵家から出て帝都に邸宅を構えているはずだ。
私の疑問を察してか、レイモンドは苦笑いを浮かべた。
お母様が私達の顔を交互に見る。
「ベンシード伯爵邸に行くのは来週だったかしら」
「はい、ちょうど1週間後です」
「ならレイモンドの邸にも寄ったらどう?彼に休みを出しておくわ」
お母様の言葉にレイモンドが慌てる。
「そのような……皇女殿下にお越し頂くような邸ではございません」
「あら、私も是非きちんと挨拶に伺いたいわ」
皇后と皇女の言葉に歯向かえる筈もなく、レイモンドは了承した。一騎士の家に皇女の訪問は少し迷惑だろう。
彼には申し訳ないけれど、好奇心が勝ってしまった。カインの幼少期の話なども聞いてみたい。
「そういえばミア、ライアン王子はどんな方だったの?」
「ライアン王子ですか?それはもう噂通り見目麗しい方でした」
その後は旅の話から始まり、最終的にはカインとの馴れ初めまで、お母様お姉様の見事な話術により洗いざらい話す事となった。
会もお開きとなって席を立つと、レイモンドに再び話しかけられた。
「ミア皇女殿下、恐れ多くもお願いがございます」
「あら、何かしら」
「伯爵邸では、殿下からも結婚の許しを求めて頂きたいのです」
「わ、私から?」
通常は男性が許しを請い、女性は口を挟まないものだ。
「はい。大変不躾なお願いとは存じあげております。行われるのは殿下が必要と感じられた場合で構いませんので、どうかお心に留め置いてください」
「……分かったわ」
レイモンドは信頼の置ける人物だ。彼がここまで言うのだから、何か意味があるのだろう。
わざわざ私から許しを請う、そんな必要のある状況は思い浮かばないけれど、覚えておく事にした。




