熱に浮かされていました
「おそらく風邪です。長旅の疲れが出たのでしょうね」
女性医師はそう言うと、診察のため開けた私の服を整える。
「症状が軽くなる薬を出しておきますから、ゆっくりお休みください」
薬を置き部屋を出た。診察の間廊下にいたカインと扉口で何か話している。
侍女が出て行ったきりなので、近衛騎士しかいないのだ。気を利かされたのが裏目に出た。
カインが水とタオルを持ってきた。彼にまた余計な仕事をさせている。グラスを受け取り薬を飲むと、背中を支えられ寝かされた。
カインがタオルを濡らして絞るのを眺める。部屋が薄暗いので、廊下の灯りを反射する水がよく見えた。
風邪を自覚したからか単に熱が上がったのか、はたまた頭痛のせいか、霞がかかって頭が働かない。
前髪を上げられる。彼の指が冷たく気持ちいい。タオルを置いて離れる指が惜しく、捕まえてしまった。剣を扱う騎士らしい、固くて筋張った手だ。
「……体調が悪いと心細くなるから」
「………」
言い訳をして離さないでいると、カインは医師の座っていた椅子に腰を下ろした。
手を繋いでると熱が上がる気もするけれど、こんな時でなければ繋げないとも思う。ついでに、頭がぼんやりしてなければ恥ずかしくて聞けない事も聞いておこう。
「ねえ、カイン……」
「はい」
「好きな人とかいるの?」
言ってすぐ、顔がさらに熱くなった。ぼんやりしてても恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。シーツで顔を隠す。
「そ、その、興味本位で聞いてるだけよ。深い意味は無いから」
「………」
しばらく答えを待つ。ちゃんと名指ししたのに、返事がない。言い難いって事は好きな人がいるのか。
いや、正直確認のため聞いてるだけで、彼が恋愛してる気はしない。カインはどうにも雑談を無視する傾向にある。仕事中だからかも知れない。
…… ルーシーとは話していたようだけど!
一度会っただけの彼女を忘れられない。羨ましくて仕方ないのだ。
「皇女の軽い話し相手も仕事のうちでしょ」
見えてないだろうけれど頰を膨らませる。
「………」
まだ答えない。だんだん不安になってきた。我儘な皇女だと、面倒な女だと思われただろうか。今の自分を客観的に見れば、職権濫用してると言えるかも知れない。
カインの様子を見ようとシーツをずらす。こちらを真っ直ぐ見つめる瞳と目が合った。
「います」
無意識に手に力が入る。彼は握り返すでもなく、振り解きもしない。
「あの……好きっていうのは家族や友達じゃなくて、異性としてって意味よ?」
「はい」
ズクンと胸が鳴る。締め付けられるように痛い。頭の痛みも強くなってきた。
想像してた答えと違った。勝手に好きな相手なんていないと思っていた。だから、恥ずかしかっただけで気軽に聞けた。
「も、もしかして、ルーシー?マルポータ子爵令嬢の…」
「いいえ」
「……じゃぁ、侍女のナンシーかしら」
「いいえ」
次の候補が出てこない。他にカインと関わりある年頃の女性なんて知らない。彼のプライベートなんてまるで知らないのだ。
涙がぼろりと出てきた。慌ててまたシーツを被る。ここで泣いたら私の気持ちなんて筒抜けだ。
言い訳したいのに、息が詰まって言葉にならない。溢れる涙も震える肩も止められない。泣いてると分かる声だけ漏れてしまう。
カインはどんな顔をしてるだろうか。いつもの無表情なら良い。不快な表情をしていなければ。
「ミア様、体調を崩されたと聞きました。戻るのが遅れて申し訳ありません」
マリーの声がした。ずっと廊下で様子を見ていたのか、やたらタイミングが良い。
「カイン様にもお手数をおかけしました。後は私がやりますので」
マリーに声をかけられ、カインが立ち上がった。けれど、そこで動きが止まる。私が泣きながら、彼の手を離さなかったから。
手を離したら……カインが知らない誰かの元へ行ってしまう気がする。熱のせいだけにできない。我儘な自分が情けない。
二人を困らせていると自分を叱る。それでも名残惜しく、ゆっくり手を離した。
誰かが立ち去る音がした後、シーツの上から頭を撫でられた。おそらくマリーだ。
優しい手つきがとても心地よく、薬が効いてきた事もあって、そのまま深い眠りに落ちた。




