物申すそうです
今回はライアン視点です。
昨日今日と、思うように事が進まない。
ほとんどの事柄はどちらに転んでも良いように準備している。けれど最良と思う道を行けないのに、若干のストレスを感じた。
王族の馬車に汚物を投げつけた不届き者や、皇女の部屋に侵入した者についての報告書へ向ける手を止める。ため息をつき、休憩とばかりに窓へ目をやれば、憎いくらい晴れた空が見えた。
扉がノックされる。従者からミア皇女の近衛騎士が来ていると告げられた。理由は大方予想できるので、入室を許可する。
入ってきたのは隊長であるユアンと、確か皇女にカインと呼ばれていた騎士だ。私とあまり変わらない身長だが、長身のユアンと並ぶと小柄に見える。
急遽移った宿はあまり大きくなく、借りた支配人室に応接スペースは無かった。立ったまま話してもらう。
「ライアン殿下、お忙しいところ失礼します」
「いいえ。何か不自由がございましたか」
微笑み、わざと本題と違うことを聞く。皇女にとって不自由だらけなのは違いないだろう。それを言われた場合の答えは全て、謝罪と拒否だが。
「今はお伺いしたい事があり参りました」
「伺いたいこと…ですか。何でしょう」
まるで何でも答えるといった顔で受ける。
「先ほどの侵入者、ミア様の部屋を正確に把握していたような動きでした。また、王国兵の配置はあまり効率的では無かったようです。不自然なほどに」
「それは……言い訳のしようもない。このような有事を想定した訓練は行なっているのですが、足りなかったようですね」
都合の悪い部分は敢えて無視して答えた。ついでに話を逸らしてやろう。あまり効果は無いだろうが、こういった遊びは嫌いじゃない。
「それにしても、やはり驚きました。どのようにして侵入者に気づいたのでしょうか」
カインという男を見て聞く。
この二人を連れて不届き者達の所へ行った途端、彼は宿に侵入者がいると言って踵を返したのだ。
「…………靴と匂いです」
「……というと?」
「宿に入った商人と同じ靴を履き、同じ香の匂いを纏った者がいました」
「それだけですか?」
「香は催眠作用のある一般利用されてる物でしたが、使用法により効果が極めて高くなります。宿は気密性が高すぎる構造でした」
この男、雑談などには全く応じないが、必要な事は淀みなく話すのだな。そして極めて使える能力を持っている。王国にいたら重用するところだ。
ユアンが会話の切れ目を逃さず、話を戻す。
「改めて伺います。私共がライアン殿下と宿を出るのを見計らったような侵入は、タイミングが合いすぎています。殿下は何か事情をご存知なのではありませんか」
「そうですね。とてもタイミングの悪い事をいたしました。今回、ミア皇女殿下の部屋まで侵入を許した一端であると、否定できません」
正直に答えてやるつもりは無い。
「だからこそ、首謀者は迅速に突き止め処罰するとお約束します」
引き下がりやすい言葉を与える。ユアンは納得いかない顔をしているが、これ以上は無意味と判断するだろう。
話は終わりと視線を外せば、意外なものが目に入った。
カインが鋭い目つきで私を睨んでいる。
眉を寄せてるだけだが、相当な嫌悪感が乗ってるように見えた。あの馬車の悪臭騒ぎでも顔色一つ変えなかった男だから、あながち間違いでもないだろう。
彼はやたらに聡い。もしかすると全てお見通しなのかも知れない。しかし、状況証拠のみで物証は無いのだ。私が何も言わなければ、彼等も何もできない。大事なお姫様を守ること以外は。
わざと笑顔で返してやる。
ユアンが彼の様子に気づき、私との間に入った。不敬になると判断したのだろう。
「話は以上でしょうか」
「……はい。失礼します」
丁寧に礼をして、二人が退出した。閉じられた扉をしばらく眺める。
実に惜しい。彼等がミア皇女の近衛騎士ではなく、我が国の者であれば良かった。
王国の貴族は馬鹿ばかりだ。
皇国の庇護下というぬるま湯に慣れ過ぎて、現実が見えていない。それでいて自由を求める。
兄上とシャーロット皇女との婚約破棄など馬鹿げている。妃も御せない王太子、臣下も御せない愚王と吹聴するようなもの。更に第二王子の妃が皇女となれば、いらぬ政権争いの火種になる。そんな事も分からない奴等だ。
実際に貴族の力は強すぎる。ここで反発する者を抑え王族が力を示さなければ、エアラント王国は近く皇国の従属国に逆戻りするだろう。
兄上が婚約破棄の撤回に向けて動いているが、私の婚約披露前に奴等と話をつけられるかどうか。
皇女が2人、同じ国へ嫁ぐ事はない。間に合わなければややこしい事になる。
書類に視線を戻す。さて、首謀者は誰にすべきかな。
ノックもなく扉が開き、その答えを持った人物が入ってきた。
「久しぶりだな、ライアン」
「……入室を許可してませんよ。ノックくらいして下さい」
勝手に入ってきた女性に、従者達が困惑している。皇国女性騎士の制服に身を包んでいるため、強く行動を制する事も憚られる。
心配ないと手で示す。ついでにジャックを残し人払いした。
「私が来るのは分かっていただろう」
「変なものが混ざってましたからね」
不届き者の中に、皇国カートス男爵の甥が含まれていた。彼等の動きは全て把握していたが、皇国の者は一人もいなかったはずだ。
「今回の事件の首謀者は、カートス男爵だ」
「それは皇国内でのミア皇女襲撃事件の首謀者では?」
「可愛いミアを害そうとしてくれた男だ。特別に罪を上乗せしてやるのさ」
そう言って肩を竦める。皇女襲撃だけで極刑は免れないだろうに、一族もろとも潰す気か。
「そちらも、ていの良い首謀者が欲しいだろう」
「そうですね。協力感謝しますよ」
今日起きた一連の事件の本当の首謀者は、王国で一大勢力を築き、兄上の婚約破棄を先導した侯爵家の者だ。第三皇女が王国へ入る事も快く思ってなかったから、計画を立ててやった。もっとも、彼等は自分達で立てた気でいるが。
致命的な事件を起こさせて証拠を全て掴んでおけば、手の平で転がせるようになる。利用するために公には糾弾しない。だから表向きの首謀者がいるのだ。
「概ね予定通りといったところか」
執務机に腰掛けられる。女性らしからぬ、そして王子相手とは思えない行動だ。
「ライアン、お前が本気でミアを襲わせようとした事以外な」
空色の彼女の瞳が暗い海底のように濁り、見下ろされる。ゾクリとした。
「何のことでしょう」
微笑んで返す。大抵の女性を思い通りにできる顔だが、彼女には効かないのが残念だ。
侵入者達は、何もミア皇女を殺そうとした訳ではない。少しの間、その身を借りようとしただけだ。皇女を誘拐し、しばらくして王国兵が皇女を救出する。それだけで、皇女は王国へ嫁げなくなる。
事実がどうであれ、誘拐された彼女を国民は何もされなかったとは信じない。彼女が嫁ぎ先で子を成しても、犯罪者の子としか思われないのだ。
そうなれば、いとも容易く私達の婚約は無かった事にでき、兄上にタイムリミットが無くなる。すると誘拐の首謀者である侯爵家の利用価値も減るため、表立って断罪し王国の膿を吐き出せる。誘拐を許した責は問われるが、皇女を素早く無傷で取り返せば、責任と功績は相殺され一定の賠償で済む。
王国にとって最も良い結果になるのだ。
「小狡いお前の考えた事は分かっている。お前がアルバートの弟である事と、ミアが現実には無事であった事で、今回は見逃してやろう」
そう言って机から降りる。不躾な行いのはずなのに、不思議と品の感じられる動きだ。
「兄やユアン等に感謝するがいい。……次は無い」
振り向かず、高く結われた金の髪を揺らして出ていった。
詰めていた息を吐き出す。そばに控えていたジャックも同様だ。
彼女を怒らせると何が起きるか予想し切れない。想像していたより、ミア皇女を溺愛していたようだ。
緊張を逃すように窓へ目を向ける。やはり空は憎いくらいに晴れていて、眩しいほどだった。




