不条理です
雲一つない空を突き刺すように、白壁の王宮がそびえ立つ。濃いグレーの皇城と違い、空の青によく映えるお城だ。
そのお城に向かって伸びる石畳を馬車が進む。
「ミア、口が開いてるよ」
目の前に座る人物に注意され、慌てて口を閉じた。
ライアン王子でもマリーでもない。女性騎士の制服を着た彼女は、騎士でもない。
「そんな面白いものかな。皇城より大分小さいだろう」
「はい。でも皇城以外のお城は初めて見たので、少し感動しました」
「そうか。ミアは皇国から出た事がなかったな」
そう言って目尻を下げる顔は見慣れたもので、とても居心地が良い。相手がライアン王子だったら、こうはいかないなと思う。
1週間前、用意された新しい馬車と一緒に何故か女性騎士の姿があった。女性騎士は数が少なく、皇后であるお母様にしか付いていないので驚いた。
私に向かって手を振るのでよく見ると、彼女は騎士ではなく、騎士の様に剣や馬を操るシャーロット姉様、第一皇女その人だった。
その時も今も、目の前にお姉様がいるのが不思議でならない。
「どうした?」
「いえ、不思議だなって。こうしてお姉様とエアラント王国へ来ているなんて」
「私も不思議だよ」
お姉様が窓の外を眺める。穏やかな横顔だ。
私と違って何度か王国へ来ているから、新鮮さより懐かしさが勝るのかも知れない。
「何故いらしたかは、やっぱり教えてくれないのですか?」
「ミアが心配だったからだよ」
「もう。嘘ばっかり」
はぐらかされ、頰を膨らませる。
お姉様は馬車は使わず、荷物も護衛も少なく馬で駆けて来た。私が最初に襲われた時に皇城を出たなら合流が遅すぎ、次に襲われた時なら合流が速すぎる。それに、襲撃の首謀者が捕まっても関係なく付いて来た。
何か理由があるはずだけれど、見当もつかない。
「間も無く着きますね」
マリーに言われて見ると、馬車は城門をくぐっていた。すぐに王宮正面へつけられる。
お姉様がカインに目配せし、私は彼のエスコートで馬車を降りた。本来は後ろの馬車に乗ってるライアン王子を待ち、エスコートされるところだ。お姉様によってずっと阻まれている。
そもそも馬車にだってライアン王子と乗るべきなのに、お姉様が私と乗ると言って引かなかった。
お姉様はライアン王子が嫌いなのかと思うも、二人が話している様子はいたって普通だ。
ライアン王子が馬車から降り、ようやく彼にエスコートされ王宮へ入る。
「申し訳ありません、ライアン殿下」
「いいえ。ミア皇女殿下が気に病むことはありません」
微笑まれ、つい目を眇める。今日もお美しい。例によって胸が高鳴り痛くなる。慣れない。
ライアン王子と出会って1週間。ほとんどお姉様に邪魔され、あまりお話できていない。嫁ぐ前に姉といられるのは嬉しかったけれど、結婚する相手をよく知らないままなのは違和感がある。
婚約延期についてのお父様の返事は、やはり否だった。このまま彼と婚約披露、そして結婚してしまうのだろうか。
王宮のホールへ上がると、出迎えがあった。
「ようこそ、シャーロット。ミア皇女殿下」
お姉様を呼び捨てにし私に敬称をつけるのは、アルバート王太子だ。くせのある髪は、王族の証と言うように銀色に輝いている。
順番としてお姉様の次に挨拶をするだろうと心積もりしていると、目の前で繰り広げられた光景にギョッとした。
王太子とお姉様が抱擁を交わしたのだ。同じ色の瞳で見つめ合う姿は、恋人同士のそれでしかない。
「なかなか会えなくて、寂しい思いをさせたね」
「全てアルバートが不甲斐ないせいだ。いま償え」
額にキスまでした!
何なんだこれは。婚約解消した二人がこんな事してて良いのか。
周囲を見渡すと、誰も彼も視線を落とし、二人を見ない振りしている。私もそれに倣った。
シャーロット姉様達は、変わらず想い合っていたのだなと思う。それはそうか。二人の積み重ねてきた時間が急に失われる事はない。
なぜこの二人が結ばれず、お互いを知らない私達が結婚するのだろう。
王宮に着いてから、お姉様が私といる時間はがくんと減った。アルバート王太子といるのだ。もしかしたら、最後に彼と会うために来たのかも知れない。
私はというと、ライアン王子といられる訳ではない。婚約披露や結婚式に向けて何かと準備に追われている。
驚いた事に、用意されたウェディングドレスのサイズが全然合っていなかった。特にむ………いや、とにかく、急ぎ採寸を取って直す事となった。国を跨げば情報が正確に伝わらない事もあるのだろう。
今日は明日の婚約披露に向けて、朝から衣装合わせ、招待客の暗記、会場と段取りの確認などをして、もうヘトヘトだ。既に陽が落ちかけている。
休憩がてら庭園を通って部屋へ戻ることにした。
花々が初夏の空気を楽しむように咲き乱れ、応えるように風が吹き抜けた。
空は黄色、橙、紫、藍とグラデーションを作っている。雲の隙間には陽の光が伸びて見え、とても綺麗だ。
身体を伸ばし、胸いっぱいに空気を吸い込む。吐き出すと、身体に溜まった疲れが抜けるようだった。気持ちいい。
ついに明日は婚約披露。それが終われば独立式典、忙しくしてる間にすぐ結婚式だろう。いよいよだ。
婚約が正式に成されると、すぐに侍女や近衛騎士の人事が決められる。私と王国に移り住むのは今いる約半分。侍女が2名、近衛騎士が4名といったところだ。
誰がついて来てくれるか考える。ユアンは出世を逃すけど、来てくれるだろう。マリーとヴィクターも。他は誰かな。
周りを見る。一人になりたいと言ったから、いつかのように近くにいるのはカインだけだ。彼は一緒に来てくれるだろうか。
「ねぇ、カイン」
「はい」
いつかと違い名前を呼んだから、返事がある。
太陽を背にしていて髪の端が明るい。特別な美しさもないし、そんな色合いでもないのに、髪も瞳もきらめいて見えてしまう。
鼓動がうるさいのは、疲れているから。頰が熱くなるのは、陽に照らされてるから。
彼が来てくれたら、彼と一緒にいたら、私はどうなるんだろう。
「………」
「………」
黙っていたら、ただ見つめ合うだけになる。
目を逸らして、後ろを向いた。
「……何でもない」
もう、カインとは一緒にいない方が良いかも知れない。




