第22話 「波乱到来」
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ああ……。
良い天気だなぁ……。
窓の先に広がる、青空を見詰めながら、俺はそんな感慨を抱いた。
嗚呼、やはり日常とは素晴らしいものだ。
白い鋼鉄の巨人に乗って、次々と現れる灰色の化け物を屠っていくのも確かに良い。
だが、戦いで身を削るよりも、やっぱこうしてほのぼのとした日常に身を置いて方が心は落ち着くのだ。
どんなにIGに夢中になったとしても、やはり俺は平和な国に生きる、ただの一市民なのだろう。
だって、こうしてただ季節を感じるだけでも、こんなに癒されるのだから。
濁りのない、澄み渡った大空。
窓から入り込む、優しい風の香り。
緑生い茂る、木々の群れ。
肌をくすぐるそよ風は、夏の到来を告げていた。
そして……
グギッ…!
肘関節をキメられた音。
意識が無理やり現実に引き戻された。
視線が、見慣れた教室へと定まっていく。
そして周囲から、野太い野郎共の声が俺に降り注いだ。
「木崎ぃぃぃ……!
覚悟は出来てるんだろうなぁぁ……!?」
「「「「異端者は滅せよ!滅せよ!」」」」
俺を取り囲む、クラスメイト(男)たち。
彼らは妬みと僻みで彩られた、悪意の法衣を纏いながら、理不尽な裁判を始めようとしていた。
まるでこの教室だけが切り離された別世界のようだ。
ああ、帰りたい………
「皆よ、ここはどこだぁ!?」
「「「「裁きを与える、法廷である!」」」」
「皆よ、我々は誰だぁぁ!?」
「「「「固き友情と共通意識で結ばれた、裁決者である!!」」」」
「よろしい!!
それではこれよりぃぃ、審判を下す異端審問会を開会する!!」
「「「「罪人には死を!死を!死を!!」」」」
濁りきり、ある意味澄み渡った殺気。
教室に満ちる、汗と油の香り。
工具を構える、野郎共の群れ。
肌をビリビリと震えさせる殺意は、俺の死の到来を告げていた。
誰か……誰か、助けてッ!!
ーーーーーー
ーーー
ー
緑が眼に眩しい、初夏の通学路。
校舎へと繋がる緩やかな坂道を、愛車を駆りながら登っていく。
ペダルを踏み込むたび、愛用しているクロスバイクが軽やかに道を駆け上がる。
ギアをフロント2×リア5に合わせ、然したる力を込めること無く坂道を進む。
タイヤが地面を滑るたび、フレームを通して跳ね返ってくる振動が手に心地良い。
頬を撫でる早朝の涼しげな風が、まだ覚醒しきらない俺の感覚を覚ましていった。
やがて坂の終わりが見え、開かれた校門に到着する。
時刻は7時50分頃。
登校する生徒がちらほらと見受けられるが、まだその数は少ない。
8時を過ぎてしまうとだいぶ混み合ってくるので、学校にくるのにはこの位の時間が最適だ。
自転車を駐輪場に止め、校舎に入る。
靴を履き替え、教室へと足を向ける。
そして、まだ人の少ない廊下を歩き、教室に足を踏み入れた。
しばらく本を読みながら時間を潰していると、やがてちらほらとクラスメイトたちがやってくる。
いつもの光景だ。
飽きそうなほどに、変わらない光景。
特別、なにかイベントが起きることなど無い。
だが、どうせ放課後には、部活の連中と大騒ぎになるのだ。
今くらい平和であってもいいかもしれないな。
クラスメイトは時々変なテンションになることもあるが、至って普通の奴らだし。
「よう優真」
「おお、拓真」
8時を回った頃に拓真が登校してきた。
拓真はこちらを認めると、軽薄そうな面でニヤッと笑いかけてきた。
手にしたバックを机の上に放り、俺の後ろにある自席にドカッと座る。
俺も本を置き、ヤツの方を向いた。
拓真は、鞄から教科書などを取り出し机の中にしまうと、重々しく切り出した。
「さて……優真よ」
「……わかっている」
鞄の中に手を突っ込みながら、拓真はこちらを見据える。
万事了解したと俺も応じる。
これから始まることは、誰にも悟られてはならない。
互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
「……それでは、取引を始めようか」
声を潜めてヤツが言う。
コクコクと頷き、俺は用意していたものを差し出した。
サッとそれを受け取り、拓真はこっそりと中身を確認した。
そして再びニヤリと笑い、
「……確かに」
そして、自身も鞄からとある物を差し出す。
ヤツが取り出した物を、俺も素早く受け取り、中身を確認した。
その中に入っていたのは……
「そうそう。
見てみたかったんだよ、このツルペタ美少女物語って違う!!」
中に入っていた大人のビデオを、思わず机に叩き付けた。
ああっ!と拓真が悲鳴を上げる。
「俺が頼んだのはAVじゃなくて3DVだ!
こんなものを頼んだ覚えはない!」
朝っぱらから汚いモン見せやがって!
つうかどうやって持ってきたんだよ!?
ちなみに3DVとはVRを用いたアニメのことである。
専用の機器を使って見るのだ。
テレビアニメは円盤と3DV版の両方が売られるのが現代では主流だ。
「まったく……どうやったら間違えるんだよ」
「語感?」
シバいてやろうかこの野郎。
しかも似てないし……。
やっぱりコイツはバカだ……
疲れるからボケてくるなよ。
「そう朝から怒るなって。
それ貸してやるからさ」
「要らねぇよ!
姉さんに見つかったらどうすんだ」
「一緒に見たら?」
「ぶっ飛ばすぞ」
そういうと、拓真は楽しそうにガハハと笑った。
まったく……。
そうこうしているうちに、8時20分になった。
ホームルーム開始のチャイムが鳴る。
同時に、担任の竹中先生が教室に入ってきた。
「全員席に着けー」
先生が来たことで、ガヤガヤとしながらもクラスの奴らが自席に戻る。
「遅刻者は……いないな」
「せんせー、牧原がいません」
「牧原は今日は欠席だそうだ」
すると今日のクラスには女子が一人しかいないってことか。
俺のクラス、特殊機械科2年1組には32人の生徒が所属している。
その内……女子は僅か、二人しかいない。
残り30人全員が男だ。
はっきり言ってむさ苦しい。
教室に実習服とか干してあったりするから油臭いし……。
女子がもう一人くらいクラスにいてくれても良いのに、というのがクラス共通の願望だ。
「お前ら、今日は良い知らせがあるぞ」
唐突に竹中先生がそんなことを言いだした。
良い知らせ?
なんだろうか。
「転入生だ、入っておいで~」
教室の扉が静かに開かれ、一人の生徒が中に入ってきた。
次の瞬間、俺は息を飲んだ。
四ノ宮と同じくらいの長い黒髪。
四ノ宮と同じような品のある歩き方。
四ノ宮に似た整った美しい顔だち。
そして、四ノ宮と同じくらいの―――胸。
……いや、どう見ても四ノ宮だこれ。
視線が胸に定まった途端、そう確信した。
同時に大量の疑問が押し寄せてくる。
な、なんで彼女がここにいるんだ?
ど、どうして彼女がここにいるんだ?
Why it she is here?(なぜ彼女はここにいる?)
あまりに突然の出来事で、混乱して頭が回らない。
というか、頭に浮かんだの全部同じ疑問だわ。
四ノ宮は教卓の前に立つと、口を開いた。
「今日からこの学校に転入します、四ノ宮光咲です。
よろしくお願いします」
そういってはにかむ四ノ宮。
それを見た野郎共は……
「「「「「うおおおおお!!!」」」」」
途端、爆発が起こったかと思った。
クラスの男子29人(俺は除く)が、一斉に歓声を挙げたのだ。
教室は凄まじい歓喜の渦に包まれた。
野郎共の野太い咆哮が廊下まで響き渡る。
まぁ……そりゃそうなるだろう。
念願の女子がやってきたのだ。
それもとびっきりの美少女が。
痛いほど分かるよその気持ち。
俺も同感だから。
疑問はさておき、今は彼女が学友になったことを喜ぶべきか。
そんなことを思い、俺も歓声に加わろうとした時、四ノ宮はまた続けた。
それも、とんでもない爆弾を。
「今はそこの木崎君のところにお世話になっています」
やりやがった。
一瞬にして歓声が止み、教室が凍り付く。
ちくしょう。
あのアマ、水爆に匹敵する威力の爆弾を、平然と投下しやがった。
このクラスでそんなことを言ったらどうなるか、簡単に予想がつくだろうに。
まさか……
……まだか!?
もしや、まだ昨日のことを根に持ってるのか!?
嘘だろ……!?
なんて女だ四ノ宮光咲……!
くそったれッ!
ギギギと音がしそうな様子で、クラスの視線が俺に定まる。
やばい、冷や汗が止まらない。
彼らがどんな眼をしているのか。
そんなもの、見なくても分かる。
これは……明確な殺意の視線だ。
ゴト……!(誰かが工具を取り出した音)。
キュィーン……!(誰かがチェーンソーのようなものを起動させた音)。
ジャキンッ……!(誰かがカッターのようなものを引き抜いた音)
って刃物はダメだろ!?
どうしよう。
コイツら完全に俺を殺る気だ……!
朝から俺の生命は危機に瀕していた。
怖くて後ろを振り向けない。
正直あの黒いエネミスを前にした時よりも恐かった。
さっきから震えが止まらない。
まさか本当にやったりはしないよな!?
大丈夫だよな!?
「きぃぃぃさぁぁぁきぃぃぃ………!」
「ヒッ……!?」
そして、異端審問会が始まった。
というわけで……
第二章はここからが本当のスタートです




