二章ー1
二人はお店に戻る。
「えっと、どこから話したら良いですかね?」
「話し易いところからで良いわ。
でもそうね、自己紹介をお願いしようかしら、君は私のことを知ってるけど私は君のことは同じ学校の判子屋のバイトということ以外知らないし。
……あぁでも君も私の名前は知らないか、生徒会長の名前なんて他学年の君には関係ないものね」
汐が自分の名前は知らないだろうということを言われると、少年は乾いた笑い声を出して誤魔化した。
「古海 汐よ、よろしくね」
冷たい声から澄んだ声に戻った汐は少年に手を差し出す。
「お、俺は二年の石川 黎人です」
「クロト君ね」
黎人は汐の手を握った。
「じゃクロ君、説明してもらいましょうか」
「えっ、クロ君?」
殆ど初対面の汐にあだ名で呼ばれて、黎人は戸惑う。
「何?」
そう上目遣いに言われて、先ほどの冷たい声で呼び止められ時とは別の意味で黎人は冷や汗をかく。
「と! とりあえずまずあの男が出してた光の玉のことを説明しますね。
まぁ一言で終わるんですが、あれは魔法です」
「……」
いきなり会話が止まった。
「へぇ……、そうなの」
沈黙を破った汐の声がまた冷たくなっている。
「いや本当ですマジです。実際に生徒会長も見たでしょう」
黎人は焦りながら言う。
「まぁ確かに不可解な現象だったのは認めるわ。
でも魔法と言われるとちょっとね。
それと折角名前を教えたのだから生徒会長じゃなく名前で呼んでほしいわ」
「ふる――」
「苗字じゃなくて名前ね」
古海先輩と言おうとした黎人は何か名前に拘りがあるのだろうかと不思議がる。
「じゃあ、汐先輩はあの光の玉のことを魔法以外で説明できますか?」
「出来ないわ」
汐は即答した。
「えっと……」
黎人はこの人どうしたらいいんだろうかと内心で頭を抱える。
「とにかくアレは魔法だったんです。それで何故汐先輩が襲われたのか、それはあの紅い石が目的だったんです。
これは気付いてたんじゃないですか?」
「一応そうじゃないかなとは思っていたわ」
「あの紅い石は、魔法を使うために必要な石なんですよ」
「水晶っぽいからソレっぽいとは思うけど、そんな魔法に関係するような物には見えないけど、宝石というわけでもないし」
汐が魔法という言葉を使ったので、信じてもらえたと黎人は安心する。
「男が紅い物持っていたでしょう、あれは石を加工して作ったものなんです。
そして石は探して見つかるような代物ではないんで、汐先輩の石を奪おうとしたんです」
「君もね」
黎人が汐の鞄を持っていたことを言った。
「まぁ、そのことはもう水に流してあても良いけど、信じさせてもらうにはちゃんとした魔法を見せてもらいたいわ」
君のこともねと言われて黎人はビクビクしていたが、汐が魔法を見せてくれれば許してくれると聞いて安心の溜息を吐き出した。
「派手なのはここでは無理なんで、簡単な物でよければ」
「それで良いわ」
黎人はカウンターの奥にあるドアに入って行き消しゴム程の大きさの紅い物を持ってきた。
それは大きさは違うが露店の男が持っていた物と同じものに見えた。
それから黎人はポケットから判子を押すときに使う朱肉を取り出して蓋を開けて、紅い物を付けた。
「まるで判子みたいな使い方をするのね」
「判子みたいじゃなくて判子ですよ」
黎人は言って空中で判子を押すような動作をした。
すると、印影が空中に残りそこから火が灯った。
「……凄い」
空中に灯された火を見て汐は素直な感想を言った。
「マッチ程度でも驚いてもらえて良かったです」
黎人はしょぼいといわれないか心配していた。
「印判魔法と言います。そのまんま印章と判子を使う魔法ですね」
「男を殴るときに出していた細長い物も魔法で出した物?」
黎人は驚いた。
「結構速く動いたつもりなんですが、汐先輩には見えていたんですか?」
「一瞬だけどね。ということは最初にこの店から出るときに掌に押したのもそう?」
汐が気付いたように聞くと、黎人は気まずそうな表情をした。
「あー……あれもなんですけどねー……」
「確か危ないからって言ってたけど、襲われるかもしれないと思ったの?」
「汐先輩が露店屋に見せた時の反応で同業者というのは察しがついたので、一種のステルス魔法を使ったんです」
「思いっきり襲われたのだけど。
あぁだから凡ミスとか言ってたのね」
「いやあの、汐先輩に危害を加えようと思っている者には見えないという魔法をかけたんですけど。
あの男は危害を加えることは考えてなく、石を奪うことだけしか考えてなかったみたいで」
「私から奪うために怪我をさせるというのは直接危害では無いと判断されたということなのね」
黎人は反省したように俯いて、汐は溜息を吐いた。
「とりあえず過ぎ去ったことだからいいけど、さて今からの話が私には本題になるみたいね」
汐がそう言うと黎人は真面目な表情になっていた。
「もう理解しているとは思いますが、俺が買い取ろうとした理由は二つあります。
一つ目は石を純粋に手に入れること、二つ目は汐先輩の身を護ることです」
「なるほどね、もしここに来る前に寄った露店屋の男が襲ってきても、この店に売ったといえば私は助かというわけね」
「はい、だからもう一度頼みます。汐先輩が持っている石を売ってくれませんか?」
「一つ聞かせて?」
「いいですけど」
「もし売ったとしても、私は顔や制服を見られたわ。すぐに見付かるでしょうね。
その時にこの店に売ったと言っても信じてもらえるかしら」
「大丈夫です。一応石に関して色々とルールがありますから、この店に売ったといえば手荒なことにはなりません」
「そのルールにそれほど拘束力があるのか疑わしいところだけど、もし大丈夫だとしても次はこの店が狙われるんじゃないの?」
「汐先輩も見たでしょう、あの程度なら何人来ても追い返せるだけの力が俺にはあります」
黎人自信満々に言い切った。
「なるほどね。なら私の答えはこうよ。絶対に売らないわ」
汐は黎人の申し出を断った。
「話を聞いていましたか?」
「ええ、ちゃんと聞いてきちんと理解したつもりよ」
汐の澄ましたような言い方に、黎人は溜息を吐いた。
「なら……俺の言った方法しかないと分かるでしょう?」
「ええ君が言った方法しかないわね。私にその魔法を教えてもらえるかしら?」
「どっうして!」
黎人の声が裏返る。
「簡単な話よ。
私の石が魔法を使う為に必要な道具を作る素材だから狙われるのなら、私用の魔法の道具にすればいいのよ、誰にも渡すことない上に自分を護る力にもなるわ。
本当は加工なんてしたくないのだけど、希少な物みたいだから他の石は使えないしね」
汐の提案に黎人は絶句する。
「しかし……」
「しかし力を得ると更に危険になる? 大丈夫よ自分の程度はよく弁えているわ」
黎人は何かを言おうとするが、汐の目にはうむを言わせぬ力がこもっていた。
汐の目を見て黎人は考え込んである提案を思いついた。
「なら、魔法具に加工する考えに従います。が、今この店にそれを出来る人間はいません」
「別に明日でも良いけど……」
「そういうわけじゃなくて、旅に出ているんですよ加工が出来る人間が。いつ戻ってくるか分かりません」
この言葉に汐は少し焦った表情を作った。
「なので、加工できる人が――俺の祖父なんですが―― が帰ってくるまで石はこちらで預からせて貰います。
その間はステルス魔法を使える判子を渡しておくので使い方は後で」
次は汐が考える番だった。 汐からにしても、悪い提案ではなかった。
先程は見破られたとはいえ、それは黎人の使い方が悪く汐も何も聞かされてなかったからだ。
今、魔法を知って使い方も教えてくれるとなれば、いつ帰ってくるのかは分からないがその間は身を隠すことぐらいは出来るだろう。
何よりこの方法を取れば石の加工すらしなくても済むかも知れないのだ。
なら、何を渋っているのか。それは汐がまだ石川 黎人という少年を信じきっていないからだ。
助けてもらったのは確かだ、しかし石を盗もうとしたのも事実だ。
状況に応じて打算的な考えが出来る。そこが汐が一番信用出来ない部分だ。
もし預けたとして、身を隠されたとしたらどうしようもない、黎人にステルス魔法があるからだ。魔法は何も人だけに限定されるわけではないだろう、店を隠すことだって出来る。
「加工は君には出来ないの?」
汐はとりあえず情報を増やすことにする。
「一応方法は知っています。でも、まだ修行中ですから、もし加工したとしても百パーセント失敗します」
「でも、出来ないことはないのね」
このまま話しても平行線のままだろう、むしろ話の流れとしては黎人の方に分があり、言い包められてしまうかも知れなかった。
「もし加工に失敗したら魔法を使う物には適さなくなるのかしら?」
「使える使えないで言ったら使えます、まぁちょっと条件が色々と変わりますけど。
人によっては判子を飾りとした指輪を身につけている人もいますから、まぁある程度小さくても大丈夫です」
もし失敗したといわれて、別の石を見せられても分からないというわけだ。
指輪の飾り程度の大きさでも魔法がでるのだ、元々小さい石を失敗した残骸といわれても流石に確かめようがない。そもそも黎人が言っていることがどこまで本当か分からなかった。
疑い続けていたら果ては無い、ならば汐は助けてもらったというプラス要素だけを信じて心を決める。
「なら、私の石を魔法が使えるように加工してくれないかしら?」
黎人は困った表情になる。
「さっきも言いましたが、絶対失敗しますよ?」
「その失敗っていうのがどういうのか分からないのだけど、魔法は出すことが出来るのよね?」
指輪の飾り程度の大きさでも魔法が使えるのに、何を持って失敗するというのか汐には分からなかった。
「えーと、失敗って言うのは印章から判子になることなんですけど、とりあえず説明は省きますが、結構な違いがあるんです。
もしかしたら判子に出来ないくらいの大きさに失敗するかもしれません」
「私は判子になっても構わないわ。
別に魔法が使えるようになりたいわけじゃないから、石を誰にも譲らないでよくて、自分の身を護れるようにするには、魔法を使えるように加工してもらうのが一番だと思ったからよ。
魔法自体は二の次よ」
「でも、石に傷を付けたくないって言ったじゃないですか」
「ええ、その気持ちは変わらないわ。でもこのままじゃ話は平行線だから……。
だから私は君のことを信じて君頼むの、私を助けに来てくれた君に」
本気の眼差しを受けて黎人はたじろいだ。
「で、でもならうちの祖父を待てばいいじゃないですか、失敗するって分かっている俺に頼むより」
「それに関してはね、長い間君に預けるのが不安なのよ。信じるって言ってみたものの、君はドサクサにまぎれて盗もうとしたから」
汐の言い分に黎人は言葉を詰まらせる。
「……ちょっと電話してきてもいいですか?」
「どうぞ、手短にね」
黎人は店の奥に入って行った。
十五分程経って黎人が戻ってきた。
「それで、君の返事を聞かせて?」
黎人に汐がそう言うと、覚悟を決めたような諦めたような表情を作る。
「今、祖父に連絡をして現状を話して帰国はいつなのか聞いたんですが、帰る目途は立ってないとそうです。
なので特別に汐先輩の石を篆刻することになりました。未熟者ですがよろしくお願いします」
黎人は汐に頭を下げて言った。
「ええ、こちらもよろしくお願いします。クロ君」
汐は信じていいと感じたのか、黎人をあだ名で呼んだ。
ずっと君と呼ばれているのを少し気にしていたのか、黎人はあだ名で呼んでもらうと素早く頭を上げて何か言おうとしていたが、汐の笑顔を見るなり硬直して顔が紅くなる。
「ん? どうかしたの?」
黎人がずっと自分を見つめているのに疑問を感じた汐は顔に何か付いているのか手で触ってみて言った。
「な、なんでもないです」
「そう? ところでクロ君」
「なんですか?」
「店主がいないのに店を開いていたの?」
汐の顔が学校にいる時の生徒会長としての冷たい表情に変わった。
黎人は硬直して油汗を流す。
それはそうだろう、店主がいないのだ、それもいつ帰ってくるのか分からないのに店の手伝いをしているだけの黎人が店を開けるのはおかしい、手伝い以上の何か理由があるはずなのだ、例えば店主がいない間の店の売り上げの数割が黎人のお小遣いになるとか。
そうなると、それはお手伝いというよりバイトになるのではないかと、汐は暗に言っているのだ。
「はははは、お客はあまり来ませんが冷やかし半分で祖父の顔なじみの人とか来るんで、そういう人の相手をするためですよ」
乾いた声で言うのを、汐は横目で見ながら溜息を吐いた。
「そ、それで汐先輩。俺は今から準備をするんで、その間に記号とか文字もしくは絵をこれに描いてください」
黎人が汐に縦横が三センチの正方形の枠が描かれている紙を渡した。
「この枠の中に?」
「はい。汐先輩が使いたい魔法の能力または属性を表すマークをこの枠の中に描いてください。自分だけが分かるものでいいんで。そのかわり一個に一種類しかつけることは出来ません」
「火とか水とか?」
「そんな感じです。まぁ個人の解釈の仕方で広くも狭くもなりますけどね」
「それは現象でも良いの? 例えば震えるとか斬るとか」
「大丈夫ですよ。まぁなかなか決まらない時はそこにノートパソコンがあるんで、それでネットにでも繋いで捜してみてください」
黎人はレジの横を指した。
「とりあえず一時間後に取りに来ます」
そう言って黎人は準備をしに店の奥に入って行った。
使う魔法は考えたが肝心のマークが決まらず、ネットや辞書を使って何を描こうか悩んでいると店の扉が開いた。
汐は露店の男が来たのかと焦ったが、見てみると女の子が入ってきて安堵した。
お客だと思われる女の子だが、今この店には店主がいない。汐は一応店員である黎人を呼んだほうがいいと立ち上がると女の子が汐に近付いてきた。
女の子の歩き方が変なので足元を見ると左足首から下が義足だった。
汐は大変だろうと自分から近付くと女の子は笑顔でお辞儀した。
「初めまして、黎人の妹の未莱です」
そう挨拶され汐は慌ててお辞儀返す。
「初めまして、クロ君にお世話になる。古海 汐です」
「クロ……君?」
「黎人君だからクロ君と呼んでいるのだけど、おかしかったかしら?」
「いえ、そんなことないです。古海さん」
沈黙が訪れる。
とりあえず椅子に座る汐と未莱だが気まずい雰囲気が漂っていた。
「もう来たのか未莱」
そんな中、黎人が店の奥から出てきた。
「汐先輩、一つ尋ね忘れていたんですけど」
出てきたと思ったら黎人は藪から棒に質問する。
「何かしら?」
「今日から三日間この店に泊まることは出来ますか?」
黎人がそう言うと一瞬未莱がピクンと動いた。
「ええ、大丈夫よ。明日と明後日と土日で休日だから何の心配もいらないわ」
「もし駄目って言われたらどう説得しようか悩んでいたところです。
じゃ未莱に必要な物を言ってください。今日の夕食と二日間の食料を買ってきてもらいますから」
「気にしなくてもいいわよ。三日間同じ服を着続けても私は気ならないし、それよりも一緒に食材を買いに行った方が」
汐は未莱の足のことを考えながら言った。
「私は大丈夫です。いつも一人で買い物していますから、古海さんは必要な物を言ってください」
汐はそう言われて黎人に冷たい視線を送った。
「兄さんをそんな目で見ないで下さい。私は学校に行ってないから兄さんが学校に行っている間に買い物を済ませているからなんです」
「そうなの……。なら頼もうかしらね。と言っても必要な物は殆ど無いのだけど、洗面道具とショーツを三枚お願いしようかしら」
「それだけでいいんですか?」
「他に何か必要な物があるかしら?」
汐は聞かれて逆に聞き返す。
「寝巻きとか服とか」
未莱がそう返すと汐は制服を見てから、
「制服でいいと思うのだけど……」
兄妹は曖昧な笑顔を作って返す。
「……私が何か服買ってきますね。兄さんは何か入用ある?」
「いや、俺はここに置いてあるからな」
「うん、分かった。行ってくるね」
未莱はそう言うと、買い物に行った。
「それで汐先輩は決まりました?」
「一応どういう能力にするかは決まっているのだけど、マークがなかなか決まらなくてね」
枠しか描かれていない紙と睨み合う。
「思ったよりこだわるんですね。簡単に漢字とかどうです?」
「漢字だと安易過ぎる気がするのよ」
汐は紙を見つめながら言った。
「そうなんですか。まぁあまりマークで時間を取られるわけにもいきませんから、未莱が帰ってくるまでにはお願いします」
「ええ、分かったわ」
汐の返事を聞いて黎人は店の奥へ入っていった。
未莱が帰ると同じぐらいに汐は印面に彫るマークを完成させる。
「クロ君出来たわよ」
未莱から買い物袋を受け取っている黎人に汐が持って行く。
「もうこれで完成でいいですか?」
「大丈夫よ」
描いた紙を受け取った黎人は妹と一緒に見る。
枠の中に描かれているのは、輪がありその線上に重なるように筆記体で『O』『K』『I』と等間隔で描かれて、三つの文字からそれぞれ中心に向かって延びている線が中心にある輪に繋がっているものだった。
「長い時間を掛けた割にはシンプルですね、汐先輩っぽいですが」
「それだけでも苦労したのだから。後はクロ君が彫るだけで完成かしら?」
「いえ、彫っただけでは完成はしません。契約を行わないと魔法は使えないんです」
「契約?」
「まぁ、そのことは掘り終わってからで。未莱もう帰っていいぞ、それと月曜日までこの店に近づくなよ」
黎人は未莱に向かって釘を刺すように行った。
「でも兄さん今日の夕食はどうするの? 材料だけじゃ……」
「まさかお前が食料を頼んだのに食材を買ってくるとは思わなかったんだよ」
「じゃあ未莱さん、夕食をご馳走になろうかしら」
「なに言ってるんですか!」
「はい、任せてください!」
対照的な反応を見せる兄妹は、向き合った。
「ね、いいじゃない兄さん。二十一時前には帰るから」
「今どういう状況か分かってるのか? 何か合ってもお前を守れないかも知れないんだぞ」
「自分の身は自分で守れるよ」
汐は互いに譲らない兄妹を眺めていたが、埒が明かないと思ったのか口を開いた。
「私からもお願い」
そう頼むように言うが、声色は冷たかった。
黎人と味方に付いてもらっている筈の未莱の動きが止まる。
「まだ君には教わっていないこともあるから、未莱さんから事前に聞いときたいの」
「それは……、その都度ちゃんと説め――」
「駄目?」
ただその一言だけで黎人は言葉に詰まる。
「わ、わかりました。じゃあ俺は作業に入りますんで。未莱、汐先輩にちゃんと説明しろよ。あと、絶対二十一時前に帰るように」
黎人はそういって作業部屋に入っていった。
「あ、ありがとうございます、味方になってくれて」
少し怖がっているように未莱は汐にお礼を言った。
「いえいえ、鈍感なお兄ちゃんを持つと大変ね」
「なっ……」
「それで台所はこっちでいいのかしら、私も手伝うわ」
動揺する未莱に言いながら、汐は床に置かれていた買い物袋を持って台所に行った。
「お客様に手伝わせるわけには」
「私のせいでクロ君がここに泊まることになるのだから、この程度は手伝わせて。それに門限決められたからね。料理しながら私に色々教えてくれないかしら?」
「……はい」
兄より聞き分けのいい妹に和みながら汐は夕食は何を作るのか未莱に聞いた。
汐は野菜を切りながら未莱の説明を聞く。
「もう印判魔法がどういうのかは見ましたよね?」
「ええ、襲われた時と、さっきクロ君に説明してもらった時にね」
未莱はあめ色になった玉ねぎが入ったカレー鍋を横に移して、新しいフライパンを汐に取ってもらう。
「そうですね、ならさっき言ってた契約からまず説明しますね」
汐が切った野菜とコショウをかけた牛肉をフライパンで炒める。
「契約っていうのは文字通り神様等と契約することです。古海さんが持っていた石は神様などの神話上の生き物の血なんです」
「あの石が神様の血?」
事前にサラダ油とバターいれて小麦粉を炒めたフライパンにカレー粉を入れて炒めて、カレー鍋に入れようとして信じられないと汐の動きが止まった。
「あ、いえ、あの石が神様の血とは限らないです。神獣とか魔獣、天使と悪魔なんかの血かも知れません。
ちなみに超常の存在の血を私達はエリオンと呼んでいます。
とりあえずそういう超常の存在と契約をすることによって魔法を使えるようになるんです。
契約をする際には試練があって、それを合格しないと契約してもらえません」
汐は炒めた野菜と肉をカレー鍋に入れて水、ブイヨン、ローリエを横から入れていく。
「試練は石――エリオンごとに違うの?」
「はい、血を流した存在が試練を決めます」
未莱はカレー鍋にりんごを摩り下ろしながら言った。
「なるほどね。それにしても判子とかを使って魔法を出すっていうのはあまり聞いたことないわね」
「そこら辺も聞きたいですか?」
「ええ、ぜひお願い」
サラダに使う野菜を洗いながら汐はお願いした。
「印判魔法の始祖たる魔法術師が印章を補助魔法具として使おうと考えたのが始まりです。
まぁ結構単純な発想で魔力を込めなければいけないもののルーンは刻むだけ魔方陣は描くだけなら、魔法陣やルーンが彫られた印章や判子なら押すだけで同じ効果が得られるんじゃないかと考えたわけです」
「それなら、神様とかと契約って?」
「魔法は思いついた程度じゃ確立できませんから、色々と試行錯誤した結果らしいですよ。
印章と判子に使う石は何が良いかって探しているうちにエリオンに辿り着いて、偶然にも神様の血だと分かったとか。
私としては神様の血と分かって他の使い方があったような気がしますが、考え始めてから二十年は経っていたそうですから、印章と判子として使うことに意地になってたのかも知れません。
ん、美味しく出来た」
未莱は黒コショウで味付けして味を確認して、出来に頷いた。
「でも、判子とかはやっぱり魔法ってイメージじゃないわね」
「まぁそうですね。でも印判魔法はこの形になるべくしてなった感じがあります。
この魔法は契約主の力を借りて魔法を使いますから、所謂認め印に近いんです。
こういう魔法を使いたいから契約主に力を使わせてくれることを認めてくれみたいな。
玉璽とかも命令書とかに押されるとそれは皇帝の権力を持ちますからね」
「なるほどね。
さてサラダも盛り付けたし、クロ君を呼んできてくれないかしら?」
「あ、兄さんは作業に入ると、それ以外のことは考えられなくなるんですよ。多分呼んでも来ません。
だから部屋の前に食事を後で置いときます。適当にお腹が空いたら食べると思うんで」
「そうなの。じゃあ二人で先に頂きましょうか」
「はい」
二人は食べ始めるが、お互い食事中はおしゃべりをあまりしないタイプなので会話がなかった。
しばらく沈黙が続いていたが、汐が食事とは別に口を開く。
「さっきの話して少し気になったことがあるの」
「はい、何ですか?」
「たいしたことじゃないのだけどね、魔法術師っていうのが聞きなれなくてね。
ゲームとか小説漫画とかなら魔法使いとか魔術師とかだから、気になるところが自分でも細かいと思うけどね」
「古海さんもゲームとかするんですね」
意外そうに未莱は言った。
「ええ、昔ほどはしていないけどね」
汐は笑って返す。
「魔法術師って言うのは、祖父が作った造語です、魔法具使いと魔術師を合わせて魔法術師という風に。
魔術師の人たちがプライド高くて魔法具使いと一緒くたに魔法使いと呼ばれるのが嫌で五月蝿いんですよ。
それで祖父は合わせて呼ぶことにしたんです。それでも五月蝿い人は五月蝿いんですが」
未莱は五月蝿い人のことを思い出しているのか苦虫を噛んだ顔をした。
「普通、両方とも魔法を使うのに、魔法使いじゃ駄目なの?」
「それはですね。本当の意味での魔法使いはもういなくて、魔法を使うのは魔術師と魔法具使いだけなんです。
魔法は使いますがプロセスが異なるのでプライドが高い魔術師はまとめて呼ばれることが嫌なんです。」
「なるほど。魔法使いがいないというのは、よくある理由で魔力が無くなったとか?」
「違います。いえ。違うらしいです、えーと……」
未莱はそう言って考える仕草をして、カレーを一口食べる。
そうすることで決心したような表情になる。
「今から話すのは、祖父が会った鮮血の夢魔から聞いたことらしんですが……」
「鮮血の夢魔? 夢魔って夢に出てくる悪魔のあの夢魔?」
汐は魔法を見たからといって、本当の悪魔に会ったというのはにわかに信じられなかったらしい。
「はい、祖父がまだ三十代の頃に、鮮血で染めたようなワンピースを着た絶世の美女の夢魔に会った時に聞いたそうです」
「まぁ……印判魔法が神様とかの力を借りる魔法だからいるんだろうけど……」
汐は少し懐疑的な様子だった。
「まぁ実際会ったと言われると、契約をしたことないとちょっと信じられませんよね」
未莱は苦笑する。
「とりあえず祖父の聞いた話だと、人間の魔力が無くなるということは無いそうです。そもそもこの世すべてに宿っている力ですから。
ところで魔法とはどういうものか分かります?」
未莱に逆に質問されて汐は悩む、どういうものかと聞かれて困ったからだ。
「呪文とか魔方陣とかで科学では説明付かない現象を起こす物かしら?」
汐はありきたりな魔法使いのイメージを思い浮かべて言った。
「大体そういうイメージですよね。
魔法とは自身の魔力を世界の魔力に介入させて世界の法を改変または追加して操ることです。魔法使いたちは魔力を直接世界の法則にを変えることが出来る人のことを言うんです」
「直接?」
「簡単に言うと呪文など使わなくても魔法が出せるんです。
それで魔術師は、直接介入は出来ませんが呪文や魔方陣などで世界の魔力に自身の魔力を繋げる方法で魔法を使う人たちです。
最後に魔法具使いは魔法具自体が一つの魔法のような物なので魔力があるだけで魔法が使えるんです」
汐は未莱の言葉の一つ一つを理解しよと、頷きながら話を聞いた。
「大雑把に言ってこんな感じになります。
まぁ魔術師も魔法具使いも魔法使いほどの魔法を使うことは出来ないのは共通してます」
「魔法使いと同じレベルの魔法を使えないのは魔力量のせいとか?」
魔法使いも、魔術師も、魔法具使いも魔法を使うという点では共通している。なら何故魔法使いと同規模の魔法が使えないのかが分からなかった。
「魔力量に関してですが、魔力量は器官が無くなって使うことがない為に代を重ねて許容量が増えているらしくて、普通でも古代の大魔法使いクラスだそうです。
ちなみに魔力を出すための器官は道具の発展と反比例して退化したらしいんですよ。
魔術師は今の時代でも何とか退化していませんが、魔法使いのそれとして使えるほどではないそうです。
そもそも魔法使いになるには才能に左右されたそうで、それほどの才能がある人は長い歴史の中でも三桁を越えないそうですよ」
「魔力量は関係ないのね、なら?」
「やっぱり直接介入できるか出来ないかの差が大きいらしいです」
汐は改めて魔法使いという存在の違いを思い知った。
「魔法を料理で例えると、レシピの創作と料理が出来る人が魔法使い、レシピの創作は出来ないけどレシピを見て料理が出来る人を魔術師、レシピも料理も出来ないけど冷凍食品をレンジで温める人が魔法具使いですかね」
「確かにレンジでチンで料理人といわれると、料理人は怒るわね」
二人して笑い合った。
夕食が終わり、未莱は後片付けをすると言ったが、夜道を帰るなら汐は出来るだけ早くした方が良いと言って帰らせた。
帰る時に黎人がいる作業部屋に夕食を置いて、汐に二日間兄のことをよろしくお願いしますと言って未莱は帰った。
後片付けを全て終えて、黎人が食べ終えていないか見に行くと、まだ手をつけていなかった。
汐はしょうがないなと思いながら、冷めた夕食を温め直してまた部屋の前に置いた。
その後、シャワーを浴びた汐は未莱に使用していいと案内されていた部屋で長い一日を終わらせた。




