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神璽の魔法使いたち  作者: トータカロク
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四章ー3

 



 汐が火村を倒す少し前、黎人は森の中で大人数の男達と戦っていた。

 その内の一人を武具押印で出した剣身で斬ると、硝子を割ったような音を響かせて消えていった。


「これも幻かっ……」


 吐き捨てるように言って黎人は男達を見た。

 男達は全く同じ格好をしていた。

 格好だけではない髪型も目も耳も口も何もかも同じだった、瓜二つというより印刷したようだった、向地という男その人に。


「どうだい。僕の契印章の力は」


 森のどこからか向地の声が聞こえる。


「幻ごときで俺の相手になると思っているのか?」

「その威勢の割には苦戦しているようだが」


 多数いる向地の一人が胸ポケットからカードを取り出して、契印章で押印した。

 すると水の球が現れて、黎人目掛けて飛んだ。

 黎人は慌てもせずに水の球を切り捨てて押印した向地を見ると音も無く消えていった。


「もう分かっていると思うが、僕の契印章の能力は幻を生み出しそれを一時的に現実化することだ」

「ご説明ありがたいねっ!」


 剣身から炎を出して近くにいた向地に飛ばすと、その向地は硝子が割れる音をさせて消えた。


「いくらでも消してかまわない。その倍を作り出すだけなのだから」


 黎人は外見では冷静を装っているが、内心ではこんな所で時間を食っている場合ではないとかなり焦っていた。

 余裕を見せる向地の隙をついて、まずは汐の所へ行こうと黎人は剣身から炎を出して花火のように爆発させた。

 たいした威力は無いが目くらましにはなる技だ、魔法を使っている今の黎人の身体能力なら常人の目には捉えることが出来ない、一瞬で木々の間を走り抜けて行こうとした時、黎人は顔面から何かにぶつかり、そのまま倒れた。


「気をつけないと、幻で風景を変えているからね。

 身体強化と炎を操るくらいの契印章の能力では突破できないだろうから、無闇に動かないことをオススメするよ」


 ぶつけた顔をさすりながら立ち上がって契印章を振ると、景色が斬れて斬りあとから木が見えた。


「幻を斬ったところを見る限り、アンチマジック能力もあるみたいだ。

 対魔術師能力として子どもにしてはよく考えられているみたいだが、僕が相手では浅はかでしかないな」

「五月蠅い!」


 黎人が叫ぶと真っ黒の剣身の切っ先だけが光り輝いた。


「ほう?」


 興味深げな声を上げる向地のことなど気にせずに、黎人は跳ぶと消えた。

 硝子が割れるような音がして、向地の幻の一人がすかさず重承押印で魔法を放ったが、そのころには新しい硝子音が聞こえていた。


「ちょこまかと……」


 少し苛立った声を上げたのと呼応して向地の幻たちは、魔法を放とうと目標を目で追うが、魔法で作られているとはいえ、基が普通の人間であるため黎人の魔法の力を使っての高速移動は捕らえることが出来なかった。

 すると、気配を消した黎人が向地の幻達の中心に現れて契印章を縦横斜めとがむしゃらに幾度も振るう。

 一拍おいて気付いた向地の幻達が魔法を放とうとした。


「遅い! 拡がれ『焉軌』」


 光っていた切っ先で描かれた軌道の残光が確かな光を持って、黎人を中心に拡がった。

 拡がった軌道は進行方向にある物を本物偽者問わず斬った。周りの景色を変えていた幻も斬られて、隙間から本当の景色が見える。


「走れ『焉火』」


 黎人がそう言うと、剣身から炎が吹き出て切っ先から導火線のように光の軌道を伝わり、辺りの幻を燃やし尽くした。


「これでどう――」


 自慢げに何か言おうとした黎人は途中で言葉が止まった。

 何故なら、燃えてなくなった幻の外側に二十人はくだらないほどの向地の幻がいたからだ。


「まさか、たったあれだけしかないと思っていたのか? 笑わせる」


 属性の違う三つの魔法が黎人に放たれた。

 黎人は反射的に避けるが、体勢を立て直す隙すら見えない連続攻撃が来る。

 辛うじて避け続けるが、一瞬でも気を抜いて攻撃が当たるか防いだりして動きを止めようものなら、集中攻撃されてしまう。

 多種多様な魔法を潜り抜けているなか、バックステップで炎の魔法を避けると背中に何かがあった。

 驚いて後ろを見ると、土の壁があった。


「なっ……!」

「おや、足が止まったようだが」


 向地の言葉で、土の壁に気を取られていた自分の状況を思い出して正面を向くと複数の魔法が迫っていた。

 黎人はとっさに契印章を振り抜いて、斬撃と炎で魔法を消して安堵するが、いきなり頭上が明るくなって嵌められたことに気付いた。

 頭上には直径十メートルの魔方陣が描かれていた。

 この場から逃げる暇は無いと思った黎人は剣身から炎を出して魔方陣を出している向地の幻に放とうとしたが、その前に魔方陣が発動して光の柱が降り注いできた。

 黎人は目標を変更して、光の柱に炎をぶつけて相殺しようとしたが、少し耐えただけで炎は火の粉を撒き散らしながら掻き消された。

 それでも黎人は諦めずに構えて光の柱を向かえ討つが、強力な圧力と衝撃を受けて腕が耐え切れなかった。

 地面に衝突した光の柱は轟音と共に木々をなぎ倒し魔方陣と同じ直径のクレーターを作り出した。

 直撃を受けた黎人は、クレーターの中心で倒れていた。


「魔法での戦いは先の読み合いだ。一手先すら読めているか怪しい君に、僕の相手は無理だ」


 向地が言うと、呼応するように黎人は契印章の剣身を支えにふらつきながら立ち上がる。


「しぶといな」

「諦めないのが、とりえでね」


 どこにいるか分からない向地に向かって黎人は言った。


「それは立派だが、その体で何が出来る」

「……結構いろんなことが出来るぜ。例えば、見つけ燃やせ! 『焉蛍』」


 黎人が叫ぶも何か起こった様子が無かったが、向地が驚愕の声を上げる。


「何、火の粉が、これは……!」


 黎人の視界の先で光が灯って消えた。


「『焉蛍』は火の粉が俺以外の魔力を持つ奴の所に行って一気に燃やし尽くす技だから、幻が邪魔で使えなかったんだが……」


 警戒心を緩めないで光が灯った場所に行こうと歩き出した時、小さな光が見えたと思った一瞬で、目の前に炎のチャリオットが迫ってきた。

 黎人は飛び退くがチャリオットはスピードを上げながら素早く方向転換してきた。

 回避が間に合わず剣身を盾にして、ダメージを減らそうとしたが黎人はチャリオットに衝突されて木に押し付けられる。

 ぶつかる直前に黎人はバックステップし、木との距離もそれほど無かったため背中が少し痛い程度で衝突のダメージは少なかった。

 チャリオットに潰されないように押し返しているが魔法で怪力を得ていても現状を維持するしかなかった。

 しかし、チャリオットの押し付けてくる力が徐々に強くなっていて黎人の腕も限界を迎えようとしていた。なにより、押し付けられている木が軋みをあげており、少しずつだが斜めになってきていた。

 このまま木が倒れて別の木に勢いよくぶつけられたら危ない。


「『焉軌』や『焉蛍』より上の技は使いたくなかったんだが……、しょうがない! 『焉突』」


 切っ先と刃先が光りもの凄い勢いで炎が噴き出した。

 噴き出した炎は地面に当たり上に押し上げようとしていた。黎人はそれを利用して剣身を上に上げる。その時に少しだけチャリオットは押し退けられた。

 その一瞬に切っ先を木に突き立てて、契印章の上の部分――柄で言うところの柄頭をチャリオットに向けて、また突撃してきたチャリオットを受け止めた。


「もう一回、『焉突』!」


 炎が出て木を焼き貫く。そして、チャリオットが推進力となって森の中を炎の矢となって貫いた。

 何本の木を貫いたか分からないが、森を抜け広場に出た。

 黎人は広場に出たことを確認すると契印章を両手でしっかりと持って斬る動作をする。そうすることで剣身を支えとして体を持ち上げてチャリオットを飛び越えた。

 チャリオットが反転して襲ってこないかと警戒しながら着地するが、そのまま真っ直ぐ走り去って行った。

 とりあえず、危機を脱した黎人は安堵して溜息をついた途端、激痛が体を襲った。


「っ……、無理しすぎたか」

「おや? 苦しそうだね」


 足音と共に聞こえてきた声の主は向地だった。

 向地には所々服が黒く焦げていて火傷らしき傷もあった。


「なかなかの威力だろう、僕の特殊能力は。

 契約主のチャリオットを召還してぶつける魔法で、固定押印でしか出ないのだが、威力はうなぎ登りだ。

 君のような未熟な者が対抗できるものではないんだよ」


 激痛が治まった黎人は契印章を構える。

 向地はそれに応えるように空中押印すると、向地の幻が現れた。その直後に素早くまた空中押印して計七人の幻を作り出した。


「これからどうするか分かるかい?」


 黎人はさっきと同じように幻に重承押印させるのだろうと思っていたが予想が外れる。

 幻の中の一人がチャリオットを出したのだ。


「まさか!」

「そのまさかだ」


 幻が作り出したチャリオットが飛んでくる。

 黎人は飛び退くが、体に蓄積されたダメージのせいで動きは鈍かった。

 すれすれのところで交わすが次に二台のチャリオットが黎人目掛けて突っ込んでくる。当たる一歩手前で前方に飛び出てかわした直前に上から目の前にチャリオットが落ちてきた。

 落ちてきた衝撃で後ろに転ばされるが素早く起き上がると、足元を狙っているのと真横からくる二台のチャリオットを再びバックステップで避ける。

 六台すべてを避けきり、あと一人幻がいたはずだと黎人は警戒する。


「君はあまり進歩が無いな」


 向地の声が聞こえたと思った瞬間、目の前にチャリオットが現れた。

 バックステップしてまだ足が地面に着いておらず、避けることが出来ない状態だ。


「こんにゃろ!」


 剣身に炎を纏わせて思いっきり振るった。

 鉄が割れるような音が響く。

 斬られたチャリオットは消えていくと同時に、剣身も砕けた。


「ほう、これは面白いものを見た。

 武具押印は空中押印と同じで常時魔力を注ぐことが出来き、武器化した魔法の強度や威力を変えることが出来る。

 だから砕かれるということはほとんど無い、もしあるとしたら、相手が圧倒的な実力差かもしくは使い手の未熟か……。

 君は後者の要因が大きいみたいだが、まさか火村さんに大口を叩いた者がこの程度だとは」


 向地は落胆したように言った。


「こっちにも色々あるんだよ」

「色々か、まぁ何があるにせよ、血をインクとして使っても大して期待できそうもないな」

「試してみるか?」

「そうだな。火村さんがくるまでの暇つぶしぐらいなら――」


 その時、轟音が響いて二人は音がした方向を見た。

 視線の先には紅い塊が落ちていく様子だった。


「あれは火村さんの『火竜の溶炎』、彼女はもったいなかったな」

「どういうことだ!」

「確かあの女の契印章の能力は氷だったか、火村さんの能力は溶岩だ。

 彼女が勝てる訳がないだろう、実力からしても何もかもが」


 向地の説明に黎人は焦る。


「それにしても愚かなことだな」

「……何?」


 契印章に血を付けようとした黎人の動きが止まった。


「実力も無いのに、力あるものにたてついて怪我はおろか死んでしまうなど、愚か以外なにものでもない。そう今の君のように」

「……それだけ大切な物だったということだろ」

「思いや感情など無価値だ。力無い者は力ある者の言うことを聞けばいいんだ。

 数年前にエリオンを渡さなかったゆえに片目片足を失った者がいたそうだが、愚かな力無い者が抵抗するからそうなるんだ」


 向地はその人物に対して冷笑した。


「ハァ……、お前のような奴がいるから……」


 黎人は盛大に溜息を吐いて呆れるように言うが、言葉には怒りの色が滲み出ていた。


「どうしたのかな?」

「いやさ、正直に言うとあんたから逃げる隙をずっと窺ってたんだよ。

 水銀の武具押印じゃ勝てないからな」

「血のでもだろう」

「ま、俺の考えが甘かったってことだ」


 黎人は契印章に自分の血を付けた。


「まだまともな覚悟は出来てないけど……、俺の契約主に奉げる」


 いつもと同じ動作で漆黒の剣身を生み出した。


「さっきと何も変わってないようだが、虚勢なら止めたほうがいい」

「虚勢かどうか確かめてみるんだな」


 いつの間にか向地の隣に黎人がいた。


「何っ!」


 向地は驚愕の表情で黎人から離れて連続して空中押印して数体の幻を作り出して、多属性の魔法を撃ち出させる。

 黎人は近くに来た魔法を斬りながら向地に近づいて行く。


「くっ、これならどうだ」

「遅い」


 頭上に輝いていた魔方陣を発動する前に黎人は斬って消した。

 向地の顔が引きつった。


「たった一つ防いだぐらいでっ!」


 向地の背後で無数の魔方陣が現れた。


「いつの間にそんなに押したんだか『焉軌』」


 黎人が歩きながら契印章を数回振るうと剣身の軌道が一瞬にして拡がり魔方陣を全て斬った。


「馬鹿な」

「あのおっさんに言ったろ、俺はまだ本気を出しちゃいないって、あの時は時間を稼げばいいだけだったからな。

 今回は少し時を読み間違えたが、まだ間に合うだろあの人なら」

「馬鹿な! たかが能力強化と少しばかしの炎が使える程度の能力の契印章が、血の押印をしただけでこれほど変わるはずがないっ!」


 向地から余裕が消え去っていた。


「人のこと言えないけど、誰が能力強化って言った?」

「……何?」

「俺の契印章の能力は能力付加だ。

 契約した神の全能力を俺の本来の能力に付け足すんだよ。

 まぁ、制約があって未熟な俺はまだ全ての力を使えるわけじゃないがな。

 ちなみに水銀の押印の場合はよくて六分の一程度しか出せないように制限されてるんだけどな。

 さてこれ以上時間が勿体無いし、じゃあな」


 黎人は溶岩の塊が見えた方に歩き出した。


「待て!」

「あんたは神様と同等の能力を持ってるのか? 

 言っとくが能力といっても筋力から魔法、動体視力なんかも含まれているからな」


 黎人は振り返りもせず歩きながら言った。


「待てと言ってるんだ!」


 チャリオットが黎人の目の前に落ちてきた。


「警告のつもりで言ってたんだけどな。

 まぁいいか、本当はお前みたいな奴は大っ嫌いだからな。死んでも文句言うなよ!」


 そう言いながら黎人は黒き剣身から炎が噴き出しながら振り返った。

 振り返るとチャリオットが目の前まで来ていた。

 黎人は難なくチャリオットは斬ると剣身から出ている炎が燃え移り一瞬でチャリオットを燃やし尽くした。

 次々とチャリオットと魔法が来るのを、斬り燃やし尽くしながら黎人は一直線に走る。

 向地の空中押印が黎人の速さに追いつけないのか攻撃が止んで本物の向地が見えると、黎人は契印章を上段に構えて振り下ろそうとした。

 黎人に強烈な衝撃と痛みが襲う。

 吹き飛ばされた黎人は一気に広場の端まで飛ばされた。


「どこぞの田舎の神かしらないが、僕の契約主のである堕天使ベリアルの炎のチャリオットに勝てる訳が無い!」


 幻ではなく本物の向地の固定押印で本来の力を宿した炎のチャリオットが黎人に迫った。


「断定してんじゃねぇ!」


 チャリオットを剣で停める。


「まともな武具押印が出来ない子どもが!」

「言ったろ、力が制限されていたって!」


 チャリオットと剣身の炎が猛狂い嵐のような衝撃波が広場の周りの木々を激しく揺らす。

 二人の力は互角のようだが少しだけ黎人が押され始める。


「はははっ! やはり僕の力の方が上のようだな! 

 かのソドムとゴモラを滅ぼす切っ掛けを作った堕天使のチャリオットに勝てるはずが無い!」


 勝ち誇った向地の声を聞きながら、黎人は自信が契約の儀式をした時のことを思い出していた。

 あの神は言った、覚悟を見せろと運命に逆らうことをしなかった弱い自分の覚悟を超えるだけの、決められた未来を覆し大切な者を護り一人にさせない道を選ぶ覚悟を示せと、決められた未来の運命に逆らわず世界の終焉させた自分に見せてみせろと。

 あの時、神に見せた覚悟に未だに現実で至っていない、復讐で人を殺す覚悟ではなく運命から大切な者を護り続ける覚悟をいつか見せてみせると神に言った。


「まぁ、まさか未莱のため意外に誓いなおすとは思わなかったけどな」


 黒き剣身のチャリオット側半分が光を放ち始める。


「剣を光らせるほどの炎を今更集めても遅い!」


 チャリオットの押す力が更に強くなる。


「だから決め付けるなって言ってるだろ! 

 そんなお前に教えてやるよ、この剣身は俺の契約主の剣を具現化したものだ、俺がまだ未熟のせいで本来の姿である太陽のように光らせることが出来てないけどな」

「炎を使い太陽のように輝く剣だと、その剣はまさか……!」

「古エッダに名前を記されていない無銘の剣、通称レーヴァテイン!

 俺は持ち主の名前を取って魔剣スルトって呼んでるけどな。

 たかだか二つの町を滅ぼす切っ掛けを作った程度で、世界を滅ぼした神に勝てると思ってるんじゃねぇ!」

「だとしても君ごときに負けん!」


 更に力を上げたチャリオットの更に向こうの向地を黎人は見据える。

 黎人は護るべき者を思い浮かべて、両手でしっかりと契印章と握り力の限りに前に押した。


「『焉閃』」


 圧縮された炎が縦一文字になって走る。

 チャリオットは真っ二つにされて斬り口から炎がつき灰も残さず燃え尽き、向地にまで届いた炎は向地をも燃やした。


「チャリオットに威力のほとんどを持っていかれたか」


 向地は焼かれて全身に火傷を負っていたが、斬傷は無かった。

 黎人は一応警戒を怠らずに向地に近づいて行くが、向地には戦う意思は見られなかった。

 呻き声を上げる向地を見て、黎人は自分がした事とはいえ一瞬同情しかけたが打ち消して、逆手で契印章を掲げて剣身を向地に向けた。


「お前みたいな奴はここで殺しとかないと絶対逆恨みの復讐に来る。

 痛みを感じさせないで殺すなんて芸当は俺には出来ないけど、刹那の痛みしか感じないように燃やしてやる」


 剣身に炎が纏われる。

 黎人はどこを刺せば一番痛みが無いのだろうかと考えるが、やはり分かるはずも無く契印章を突き下ろした。


「やめなさい!」


 突然の静止の声で向地に剣身が当たる直前で止まった。


「……汐、先輩?」


 声が聞こえてきた方を見ると汐といなほが森と広場の境目の位置にいた。


「勝負はついているわ。剣を消してこちらに来なさい」

「まだ終わっていません」

「いいえ終わっているわ」


 汐は即答で黎人の言葉を切り捨てる。


「こういう奴は絶対逆恨みをして、今回以上の規模で来るはずです。

 汐先輩が自力でどうにかしたから良いものの、今回ですら俺は汐先輩を護ることが出来なかった。次に何かあったときにはどうなるか分からない!」

「そんなことはないわ。

 私も力を手に入れたから足手まといにならないし、クロ君も皆のために全力を出して護ろうとするわ。なら次も乗り切れるはずよ」

「そんな希望的推測はいりません。いるのは確かに分かる事実です。

 ブルーブラッドもこいつを殺しても俺たちが他の組織に言わないと約束すれば何も言わないはず」


 黎人は契印章を頭上に上げる。


「やめなさい。契印章を使ってでも止めるわよ」

「分かってください、こんな奴がいるから!」

「八つ当たりの理由に未莱さんを持ち出すのはやめなさい。

 その男はクロ君の復讐相手ではないわ。殺しても君の手が汚れて未莱さんが悲しむだけよ」


 一瞬黎人は体を震わせたが、黎人は無視して力を込めて突き下ろした。


「やめなさいやめ、やめて、黎人!」

「くっ!」


 契印章が突き落とされ黒き剣身が地面にまで刺さっていた。


「……クロ君」


 汐は悲しそうな声で黎人の名前を呟いた。


「汐さん気を落とさなくていいですよ」

「人を殺すことが当たりことだから気にするなというとかしら?」


 汐の暗い感情を受けていなほは本気で怯えるが、笑顔を作った。


「違いますよ。汐さんの言葉は黎人に届いてるってことですよ」


 いなほが指差す場所を見た。

 剣身は向地を刺しておらず、手元にあった向地の契印章を真っ二つに割っていた。


「よかった……」


 汐は安堵した表情になり、優しい眼差しで黎人を見た。


「命だけは助けてやる。契印章がなくなったお前の地位はなくなるだろうけどな」


 そう言って汐達のところに行こうとしてどんな顔すればいいか悩んでいると、向地の悲鳴が上がった。

 何事だと黎人達が向地を見ると、向地の胸に黒い球が出ていた。


「なんだこれ」


 黎人が混乱しているうちに、向地が黒い球に吸い込まれていく。どうすれば良いか分からない黎人が眺めている間に向地は骨が折れる音と断末魔を響かせて黒い球に収まり消えた。

 呆然とする黎人にいなほが叫んだ。


「黎人、後ろ!」


 いなほの声に反応して後ろを振り向いて契印章を構え臨戦体勢になる。


「おやおや、そんなに警戒しなくても何もしませんよ」


 森の中から黒いスーツを着た男が現れた。


「あいつの身内か?」

「ええ、上司でした。なにやら組織の不利になりそうなことをやると聞いて来たんですよ」

「へぇそうかい。で、なぜ殺した?」

「協定を犯したんですから、それ相応の罰が必要でしょう。貴方達が殺してもよかったんですがね。

 しないようですから、組織からのけじめをつけたまで」

「じゃあもうお引取り願えるわけだ」

「こちらもそうしたいのは山々なんですがね。

 組織の財産である契印章を使い物にならなくしたのは問題でしてね。

 人一人の命などたいした価値が無いが契印章の価値は計り知れない。この損失は今回の発端の契印章を受け取ることでしか埋めることが出来ないほどです」


 黎人は剣身に炎を灯し、汐といなほは血を契印章に付けた。


「こちらは穏便に済ませたいのですがね」


 スーツの男が契印章を構えた時、広場の入り口から足音が聞こえた。

 黎人は更に新手が来たのかと警戒しながら入り口を見ると、姿を現したのは一人の老人だった。


「ふむ、どうやら間に合ったようじゃの」

「じじい!」


 老人を見て黎人は叫んだ。


「これは丞山老ではありませんか」


 スーツの男は珍しい人物を見たように呟いた。


「おぬしも久しいの、二年前にあの馬鹿と会った時以来か?」

「我が主を馬鹿と言えるのは貴方だけですよ。それで丞山老はどうしてここへ?」

「何、孫が厄介ごとになったらしくてな、助けに来たまでよ」


 丞山は契印章をスーツの男に向けた。


「なるほど。その少年は丞山のお孫さんでしたか。手を出す前で良かった。貴方の相手は流石に出来ませんからね」

「何を言っとる。もうわしより強くなっておろう。年老いたわしでは命を懸けても相打ちが精一杯じゃろうて」

「ご謙遜を、我が主とあと二つの組織のトップと同時に相手をして打ち負かした貴方に私ごときに勝てるはずがありません」

「あんな無茶はもう出来んわ。さて、今回のことは不問にしてやるから、退いてくれんかの?」

「私もそうしたかったのですがね、契印章を使い物に出来なくされて退くわけにもいかないんですよ」

「自業自得じゃろうが。それに、孫らの契印章を手に入れてたら、不問にする気じゃっただろう?」


 丞山の言葉にスーツの男は口元で笑って返した。


「これを持って帰れ」


 丞山がスーツの男に何かを投げた。


「これは?」

「今回の旅で手に入れたエリオンじゃ。おぬしの言い値で売ってやる」

「金を取ると?」

「旅費ぐらい回収したいからの。それでも不満というのなら」


 丞山が空中押印すると火を纏った巨大な鳥が現れた。


「分かりました。これで引き下がりましょう。金は後日入金しておきます」


 スーツの男は森の中に消えて行った。

 それを見送った丞山は火の鳥を消した。


「……じじい遅い」


 気が抜けて倒れこんだ黎人が丞山に向けて言った。


「何言っとる。こっちはさっき旅から帰ってきたばかりだ。未莱から聞いて急いで来たんじゃぞ」

「そうよ、クロ君。まず助けてもらったことに礼を言わないと」


 汐といなほが来て黎人を窘めた。


「ほう、この別嬪さんが今回の発端の者か」

「助けて頂きありがとうございます。初めまして古海 汐と言います。

 この度はお孫さんにご迷惑をおかけしてすいませんでした」


 汐は頭を下げて言った。


「何、気にすることはない。こやつは怠けるからの少しは鍛えんとな」

「うるせぇー」

「クロ君!」


 汐が注意すると、黎人はばつの悪そうな顔してそのまま倒れた。


「クロ君?」


 倒れた黎人を汐を心配して近づいて抱き起こした。


「何、気にせんでよいよ。

 覚悟が不十分なのに出せる以上の力を出して、その反動を全てが終わって安堵で耐えていた気が切れて気を失っただけじゃよ。

 一週間は筋肉痛がとれんじゃろうな。修行をおこなってたから自業自得じゃわい」

「そうですか。でも、私のために頑張ってくれてありがとうね」


 汐が礼を言いながら、黎人の髪を撫でると苦悶の表情から安らかな表情になった。



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