8話 おかえり、エレナ
私は、鳥に背を向けて窓際に急いだ。窓の脇に垂れている紐を引けば、分厚いカーテンがばさりと音を立てて閉まり、日光が遮られる。
「なぜ幕を閉めるんだ?」
「捕まえるのは諦めたのか?」
すぐ近くで囁く声が聞こえたけれど、答えている時間はない。残りの窓も順にカーテンを閉めていくと、訓練場は人の顔が見えるのがギリギリなほど薄暗くなった。
明るい場所を失った鳥が彷徨うように右往左往しながら飛んでいく。その姿を見届け、私は鳥籠の前に膝をついて、開いた扉から杖を差し入れて魔法陣を描いていく。
魔力を注ぐと、籠の中にぼわりと丸い光が灯った。
「あれは、明かりを灯す魔法陣じゃないか」
「今さらそんなものを使って、どうするつもりだ?」
戸惑う声とは裏腹に、銀の鳥はすぐにこちらに向かって一目散に飛んできた。
(――ほら、狙い通り!)
試験が始まった直後、銀の鳥は籠から出ると、まず陽の当たる窓辺に飛んでいった。だというのに、私が魔法陣を描くたび、わざわざ近づいてきたのだ。
(魔法を警戒していたのなら、ずっと私から離れていればよかったのに)
この試験は鳥を捕まえられる俊敏さや魔力の精度を測るものではない。
(……この鳥が明るい場所に飛んでいく習性を見抜くための試験!)
魔法士は知らない魔物と戦闘することだってあるのだから、瞬時の判断が求められる。オズワルド団長の試験は、判断力を試すものだったというわけだ。
私が少しずつ魔力を足すと、籠の中の光が明るさを増していく。鳥は鳥籠の上をひと回りしたあと、ゆっくりと高度を下げた。
降り立った鳥は、籠の中を覗き込み、自ら中に戻っていく。
「よし、良い子ね」
すかさず扉を閉じ、留め金をかける。
「そこまで!」
団長の合図で、窓際にいた魔法士たちが幕を開けていく。差し込んだ光に目を細めながら、私は砂時計に視線を移した。
あと少しで砂が落ち切ってしまうところだったが、なんとか間に合ったらしい。オズワルド団長が、私を見て感心したように頷いた。
「エレナ、よくこの鳥が光に寄っていくと気づいたな」
「魔法陣でもない線を追いかけてきたので、もしかしたらと思って」
団長は籠の中を覗くと、満足そうに頷いた。
「傷もない。――合格だ」
その声に、ギャラリーの魔法士たちから、わっと歓声が上がった。嬉しいようなむず痒いような不思議な気分になる。
「ちなみに、最初に使った捕縛魔法が当たっていれば、その時点で失格だったぞ。こいつは見た目以上に脆いからな」
「……危ないところでした」
籠の中では銀の鳥が光をつつこうとしている。その姿をぼんやり見つめていると、壁際から拍手が聞こえてきた。
「おめでとうございます、先輩!」
私の前で立ち止まったジルは、にっと八重歯をむき出しにして笑った。なんだか照れくさくなり、私は「ありがとう」と言いながら頬を掻く。
「ジルが背中を押してくれたおかげよ」
何の肩書もなくなってしまった私にきっかけをくれたのは、間違いなくジルのおかげだ。
私もここでなら、また自分の居場所を見つけることができるだろうか。
「エレナ」
そこへオズワルド団長から声をかけられ、私はびしりと向き直った。
「覚え直してもらうことは山ほどあるぞ」
「はい。よろしくお願いいたします!」
顔を上げた私を見て、団長が懐かしむように笑みを浮かべる。
「おかえり、エレナ」
(おかえり、なんて何年ぶりに言われただろう……)
平気なつもりだったのに、じわりと目頭が熱くなってしまった。
慌てて瞬きをしながら、どうにか笑顔を作る。隣にいるジルには気づかれたかもしれないけれど、今だけは見逃してほしい。
「……はい、ただいま戻りました!」




