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40話 恋を忘れる魔法の効果は

 


 私たちは王宮を出ると、そのままローザさんのパン屋に向かった。

 昼を少し過ぎた店内は、ピークは過ぎたようでお客さんは少ない。棚にパンを並べていたローザさんがこちらを振り返った。


「いらっしゃい。まあ、今日は二人そろってずいぶん立派な格好ね」


 女王陛下に拝謁するため、私たちは正装のまま王宮から来ていた。普段から制服姿で店を訪れることはあったけれど、揃って礼装を着ているのは珍しい。


「少し、王宮に呼ばれていたんです」

「先日の魔物の件かしら。無事に片づいたとは聞いているけれど、二人とも怪我はなかった?」

「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」


 そう答えると、ローザさんは安心したように笑った。

 その間にも、ジルはトングをカチカチと鳴らしながら、パンを物色している。


「こら、パンを威嚇しちゃ駄目よ。パンがびっくりしたらどうするの」

「先輩って、妙にメルヘンなところありません?」


 ジルはそう言って笑うと、今度は音を立てないよう静かにトングを動かし始めた。


「せっかくだから、二人とも食べていったら? お腹も空いているでしょう」


 ローザさんの勧めに甘え、私たちは店内のカフェスペースへ案内してもらった。

 ほどなくして、焼き直した蜂蜜パンがやってきて甘い香りが鼻をくすぐった。


「そういえば、王宮では女王陛下にお会いしたの?」

「ええ。でも、オズワルド団長と随分親しそうで驚きました」

「あら、知らなかったの?」


 ローザさんは、テーブルに飲み物を置きながら、楽しそうに目を細める。


「女王陛下がまだ王女様だった頃、お二人は恋仲だったと噂されていたのよ」


 思いがけない話に、私はジルと顔を見合わせた。確かに、今までの距離感を考えればありえなくもない話だが、なにせ団長の私生活は謎に包まれ過ぎていて、いくら仲の良い団員でも何も知らなかったのだ。


「団長って恋とかするんですね……」

「普段が鬼だものね」

「あら、上司に対して失礼ね」


 ローザさんは私たちが苦い顔をしたのを見て、くすくすと笑った。


「当時のオズワルド様は、魔法士として王女殿下の護衛を務めることが多かったそうよ。誰に対しても気の強い王女様が、彼の前でだけはよく笑っていたのだとか」


 なんとなく、女王陛下に振り回されて困った顔をしている団長の姿が容易に想像できた。


 王位継承権があったのは、現在の女王陛下だけだった。女性ということもあり、当時は貴族たちからも嫌がらせや反発があったと聞くし、ざっくばらんなオズワルド団長に救われていたのだろうか。


「それなら、どうして結婚しなかったのかしら」

「女王陛下の即位が近づいた頃、オズワルド様は王都を離れ、長い討伐任務に向かったと聞いているわ。戻ってきたときには、陛下は国を背負う立場になり、彼も魔法士団を任されるようになっていた。昔と同じようにはいかなかったのでしょうね」


 どちらかが相手を嫌いになったわけではない。

 それでも立場や時間が変わり、気持ちだけでは選べない道もあったのだろう。


「だから、お二人とも今も独り身なのですね」

「……そうね」


 先ほど目にした二人の親しげな様子を思い出す。今も互いを大切に思っていることは伝わってきたけれど、その気持ちが昔と同じものなのかは、本人たちにしか分からない。


「まあ、ずっと変わらない気持ちもあれば、時間が経つうちに変わっていく気持ちもあるわ。どちらが正しいというものではないと思うの」

「変わってしまっても、いいのでしょうか」

「もちろんよ。変わったからこそ、見つけられるものだってあるでしょう?」


 ローザさんはそれだけ言うと、新しく入ってきたお客さんを迎えるため、私たちのもとを離れていった。


「なんか、恋愛って難しいですね」

「そうね。正しい答えなんて、どこにもないのかもしれないわ」


 それって、すごく難しくて、苦しいことだ。

 傷だらけになって、もう嫌だと思っても逃げてはいけない。そこから目を背けて逃げ出したのが、過去の私やアルベルトなのだろう。


(でも、私の答えは、もう決まったわ)


 向かいに座る彼に、そっと目を向ける。


 小さなテーブルでは窮屈そうに見えるほど背が高く、礼装に包まれた肩も、昔よりずっと広くなっている。整えられた黒髪の下には凛々しい顔立ちがあり、伏せられた藍色の瞳まで、釘付けになってしまうほど綺麗だった。


「先輩?」

「――ジル、私に魔法をかけてくれてありがとう」


 ジルは、唐突にそう言った私に対して首を傾げて呆れたように溜息をついた。


「先輩、記憶喪失ですか? 恋心を忘れる魔法は、嘘ですよ」

「覚えてるわよ、それくらい!」


 むっとして言い返すと、ジルは堪えきれないように笑った。


「でもね、本当に効いたのよ。さすが筆頭魔法士様ね」


 ジルが魔法と称して私をいろいろな場所に連れ出してくれた。その時間の中で、私はたくさん笑い、もう一度仕事に打ち込んで、居場所ができた。


 そうして少しずつ、アルベルトを好きだった気持ちを過去の思い出として受け入れ、自分の力で前に進めるようになったのだ。

 そして今では、過去ではなく、そばにいるジルに目を向けられるようになった。


「ジル。このあと、時間はある?」

「ありますけど……どうしたんですか?」


 私が改まって尋ねたせいか、ジルの表情に少しだけ緊張が走った。


「少し、話したいことがあるの」




残り2話となりました!

明日18時完結予定です( ¡ - ¡ )

最後までぜひぜひ見届けてください♡♡♡

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