4話 恋心を忘れる魔法①
連れてこられたのは、大通りから少し外れた場所にある、比較的新しい酒場だった。王立魔法士団の施設から近いこともあり、団員たちがよく利用する店らしい。
落ち着いた内装で、店の奥には人目につきにくい席も用意されている。
ジルの顔を知っている様子の店主は、気さくに挨拶をしたあと、私たちを見ると何も尋ねずに奥の席へ案内してくれた。
「先輩は、果実酒でいいですか?」
「ええ。ジルは?」
「俺はいつものやつです」
ジルが慣れた様子で酒を注文すると、しばらくして赤い果実酒と琥珀色のお酒が運ばれてくる。
「それ、なに?」
「ウイスキーですよ。団長のキープボトル」
「……いいの、それ」
こつんとグラスをぶつけて乾杯した直後、彼がためらいなくグラスを口元へ運ぶのを見て、私は思わず彼のことを凝視してしまう。
「あなた、お酒が飲めるようになったのね」
「先輩。俺、もう大人ですよ。子ども扱いしないでください」
むっすりとした表情で目を細めているけれど、私の記憶の中のジルと違い過ぎるのだから仕方ない。
「だって昔は、酒場へ連れてきても甘い果実水しか飲まなかったでしょう?」
「あれは酒が飲めなかったんじゃなくて、苦いものが嫌いだったんです!」
真剣な顔で否定するジルがおかしくて、けらけらと声を上げて笑ってしまった。なんだか、久々な感じがしないのが不思議だ。
「それで……何があったんですか。侯爵様とは仲睦まじそうだったのに」
きっとジルが一番気になっているであろう話を切り出した。誰かに話したいという気持ちもありつつ、ペラペラと話せる気もしなくて、グラスに入ったお酒をごくごくと飲み干した。
「せ、先輩? 一気に飲んで大丈夫ですか」
「大丈夫よ。飲まないと話せないんだもの」
こんっとグラスをテーブルに置いたあと、次のお酒も注文する。しばらくすると、体がポカポカとしてきて思考回路が緩んでくる。これなら話せそうだと大きく息を吸った。
「アルベルトには、ミレーユ様という幼馴染がいるの」
私は、ミレーユ様の夫が一年前に亡くなったことから話し始めた。アルベルトが彼女を心配し、生活を支えるようになったこと。屋敷を頻繁に訪れ、一晩中付き添っていたこと。
私は疑問を抱きながらも、夫を亡くしたばかりの女性を放っておけないだけなのだと信じようとしていたこと。
ジルは口を挟まず、ただ黙って聞いていた。
「それから先日、ミレーユ様が侯爵家へいらして、私に正妻の座を譲ってほしいとおっしゃったの」
「はい? ……正妻?」
「ええ。アルベルトは自分を愛しているから、自由にしてほしいと」
「……随分と思い切ったことをする方ですね」
ジルは、グラスを傾けながら頬杖をついて呆れたようにそう言った。
「それで、侯爵様はなんと?」
「同じ気持ちだと」
あの時のアルベルトの表情を思い出すだけで、傷がきりきりと痛む感覚がする。せめて、私のことをもう少し気遣って欲しかったな、なんて。
「それで、離縁したのよ。本当はずっとミレーユ様のことが好きだったんですって」
「……は?」
ジルはぞっとするほど低い声を発したかと思うと、グラスを両手でギリギリと握りしめた。殺気に近いオーラが彼の周りに漂っているのがわかる。
「俺が、一体どんな気持ちで先輩を送り出したと……」
ジルが声を震わせると同時だった。
魔法陣を描いたわけでもないのに、卓上のランプが大きく揺らめき、グラスの中の酒に波紋が広がる。
カタカタ、とテーブルが揺れ始めたのを見て、私は慌ててジルの肩に手を置いた。
「ジル!」
名前を呼ぶと、彼ははっとしたように目を伏せた。
「……すみません。取り乱しました」
「驚いたわ。でも、すぐに抑えられるようになったのね」
ジルは膨大な魔力量に恵まれた一方で、感情が高ぶると魔力の暴走を起こしていた。訓練場の壁を全て突き破ったり、高価な杖を叩き割ったりは日常茶飯事で、よく始末書を書くのを手伝っていたっけ。
昔なら、この酒場の窓をすべて割っていたかもしれない。
酔いが回ってきたからなのか、なんだかその事実に感動してしまい、ジルの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「偉いわね、よく頑張ったのね」
「子ども扱いしないでください」
そうは言っても、私から見れば可愛い後輩なのだ。えらい、えらいと何度も頭を撫でてしまう。
「俺、もう先輩より背が高いんですよ」
「それは知っているけれど……」
「じゃあ、そんなに無防備に触らない方がいいです」
ジルは頭を撫でていた私の手をそっと取ると、自分の頬にぎゅっと押し当てた。まるで甘えるような表情で、私を見つめてくる。
「……もっと触ってほしくなっちゃうので」
(……!?!?)
一体何事なのだろうか。というか、ジルって、こんなことをする子だっただろうか。
少し熱い彼の体温が手のひらに伝わってきて、酔いも相まって私の頭がぐるぐると回って上手く情報を処理できない。
長いまつ毛に縁どられたサファイアの瞳がお酒のせいか潤んで見えて、思わず変な声を上げてしまいそうになったところで、パッと手が解放される。……助かった。




