35話 守るべき人たちは
私が促すと、アルベルトは長い間俯いていたけれど、観念したように口を開く。
「……ミレーユは、北の森に行くことが増えた。私が理由を尋ねても、昔住んでいた場所に似ているから落ち着くのだと言っていた」
「一人で行っていたのですか?」
「ああ。静かに過ごしたいから、誰もついてこないでほしいと……」
ミレーユ様を名乗る女性が何度も森に通ったあとに異常が起きたのなら、偶然とは思えない。
「まさかとは思いますが、結界に使われている魔法石の場所も教えたのですか?」
アルベルトの顔が強張った。
北の森を囲む結界は、地中に埋められた複数の魔法石によって保たれている。魔法石から広がる力が互いにつながることで魔法陣をつくり、魔物が森から出ないよう壁を作っているのだ。
一つが弱った程度なら、他の魔法石が補ってくれる。
けれど、複数の石を同時に壊されれば、結界には魔物が抜け出せるほどの穴が開いてしまうのだ。
「そ、それは……」
「教えたのですね?」
「彼女は侯爵夫人になるのだから、領地のことを知っておく必要があると思った……」
アルベルトは苦しそうに顔を歪めた。
「気が付いたら数個の魔法石から魔力を感じなくなっていて……」
そんなに同時に異常が起きていたのなら、自然に弱ったとは考えにくい。
きっとアルベルトも、その理由には気づいていたはずだ。
「そんな大切なことを、なぜ魔法士団に知らせなかったのですか!?」
「知らせれば、ミレーユが疑われる!」
アルベルトの声が部屋に響いた。
やはり、アルベルトは彼女が関わっているかもしれないと分かっていながら、その事実を隠したのだ。
「だから私を内密に領地に戻し、結界だけを直させようとしたのですか?」
「君なら直せると思ったんだ。結界さえ元に戻れば、それ以上の騒ぎにはならない。ミレーユも疑われずに済むと……」
あまりにも身勝手な言葉に、怒りより先に呆れが込み上げた。
私が補修してしまえば、結界が何者かに壊された証拠まで消えていたかもしれない。そればかりか、事態は悪化の一途を辿ったはずだ。
「あなたが守ろうとした女性は、本物のミレーユ様ではなかったのかもしれません」
「違う……」
「それを確かめようともせず、領地に暮らす人たちを危険にさらしたのです」
「違う! ミレーユは、そんなことをする人ではない!」
アルベルトは何度も首を横に振った。
けれど、彼が認めたくないのは、自分が信じてすべてを捨てて選んだ相手が偽物だったという事実なのだろう。
そのとき、扉が激しく叩かれた。
「団長、失礼します!」
追跡に向かった魔法士の一人が、息を切らして部屋に入ってくる。
「クライン侯爵家の馬車を発見しましたが、乗り捨てられており、中には誰もいませんでした」
「ミレーユ殿は?」
「御者の話では、途中でいなくなったのだとか」
全員で顔を見合わせた。魔物であれば、人間なんかよりもずっと早く侯爵領にたどり着ける。急がなければ、かなり危ないことは明らかだった。
「至急、王宮に事情を伝えろ。緊急事態だ。こちらもすぐに追跡隊を編成する」
「承知しました!」
報告に来た魔法士が部屋を出ていくと、団長は続けてほかの者たちに指示を飛ばした。
その慌ただしさのなかで、アルベルトも立ち上がる。
「俺も行く。ミレーユに直接確かめる」
「あなたは、勝手に動かないでください」
「なぜだ! 彼女が危険かもしれないんだぞ!」
「……いい加減にして! 危険なのは、ミレーユ様ではないわ!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。その場にいた全員が動きを止め、私を振り返る。
「今この瞬間も、あなたの領地で暮らしている人々が危険にさらされているんです。どうして、まだミレーユ様のことしか考えられないのですか!」
領民を守るべき立場にありながら、彼は最後まで一人の女性だけを案じている。
かつては、そんなアルベルトに必要とされたいと願っていた時もあったけれど、今はその身勝手さに心底腹が立っている。
「団長、ジル、行きましょう。絶対に食い止めますから!」
もう彼に認められたいだなんて未練はこれぽっちも残っていない。
胸の中で熱く燃えているのは、危険にさらされている人々を、この手で守りたいという、私自身の意志だ。
――考えなさい、エレナ。自分に何ができるかを。
私は杖を抜き取ると、アルベルトを振り返ることなく部屋を出た。




