28話 恋の相談は、手厳しい
翌日、魔法士団に出勤した私は、ジルを見つけたら昨日のことを話し合おうと思っていた。
ところが、朝の打ち合わせを終えても彼の姿が見つからない。近くにいた魔法士に尋ねると、王宮で開かれる会議に出席するため、早朝から本部を離れているらしい。
(今日に限って……)
用事があるわけでもないのに筆頭魔法士の執務室の前を何度も行き来したものの、結局、一度もジルと話せないまま仕事を終えた。
家に帰り、制服から普段着に着替えたところで、玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「はい、どちら様――って。リネット?」
扉を開けると、リネットが書類の入った封筒と大きな箱を抱えて立っていた。
「先日の討伐報告書に、あなたの署名をいただくのを忘れていましたの。明日でもよかったのですが、近くまで来る用事がありましたので」
そう言いながら、リネットは私の肩越しに家の中を窺っている。
「届けてくれてありがとう。よければ、上がっていく?」
「そこまで言うのでしたら、少しくらいお邪魔しても構いませんわ」
待っていたと言わんばかりに答え、私が身体を避けるより先にずかずかと家に入ってきた。
居間に案内すると、リネットは物珍しそうに室内を見回した。
「思っていたより、普通ですのね」
「どういう家を想像していたの?」
「もっと何もない部屋ですわ。エレナさんは仕事以外に興味がなさそうでしたから」
「私を何だと思っているのよ」
呆れながらそう言うと、リネットは窓辺の鉢植えや棚に並べた食器に目を向け、どこか安心したように笑った。
「でも、悪くありませんわ。狭いですけれど、落ち着きます」
「狭いは余計よ」
署名を済ませた報告書を返し、紅茶を淹れる。リネットが持ってきた箱を開けると、中には色とりどりの小さな焼き菓子が隙間なく並んでいた。
「こんなにたくさん、どうしたの?」
「人の家を訪ねるのに、手ぶらでは失礼でしょう?」
「報告書を届けるだけではなかったの?」
「……細かいことを気にしてはいけませんわ」
どうやら、最初からゆっくりしていくつもりだったらしい。
向かい合って紅茶を飲んでいると、リネットが食卓の端に置かれた硝子の花に目を留めた。昨夜、鞄から取り出したまま、しまい忘れていたブローチだ。
「それ、魔法植物園の記念品ではありませんこと?」
「知っているの?」
「もちろんですわ。園内の花をすべて見つけなければ、もらえないのでしょう? 昨日、筆頭と行ってきたのですか?」
尋ねる声は平静を装っていたけれど、その目は隠しきれない好奇心で輝いている。
「ええ。植物園のあとは、魔法船にも乗ったわ」
「まあ……!」
リネットは身を乗り出しかけ、すぐに我に返ったように姿勢を正した。
「それで、どうでしたの?」
「とても楽しかったわ。魔法船から見た王都が、本当に綺麗だったの」
「景色の感想ではありません。筆頭とは、何か進展がありましたの?」
「進展と言われても……ジルは私を元気づけようとしてくれただけよ」
デートの時のことを思い出して、気まずい気持ちになってしまう。隠すように紅茶に口をつけたけれど、リネットは見逃してくれなかった。
「その顔で、何もなかったとは言わせませんわよ」
「何もなかったわけではないけれど……」
どこまで話すべきか迷いながら、植物園での出来事から魔法船で交わした会話までを簡単に説明した。
リネットはすっかり話に聞き入り、ジルが私の手を握ったところでは、なぜか自分のことのように満足そうに頷いた。
「それなら、悪くない一日だったようですわね」
「ええ。ただ、家に戻ったらアルベルトが待っていて……」
そう口にした途端、リネットの表情から笑みが消えた。
「はい? 元旦那様が? 何のために来たんですの?」
「領地のことで聞きたいことがあったみたい。ちょうどジルが何か言おうとしてたんだけれど、アルベルトを見るなり黙り込んでしまって」
「…………」
「聞き返したら、何でもないと逃げられてしまって」
リネットが持っていた焼き菓子を、手からぼろりと落とした。そして、眉間にシワを寄せながらこめかみを押さえた。
「さいってーですわ!」
「やっぱり、私のせいよね……」
「違いますわ! ああっ、本当に筆頭ったら!」
リネットは自慢のツインテールを掴んで、顔を真っ赤にした。
「というか、元旦那様が一番意味がわからないですわ! タイミングが最低最悪ですわ! ちょっとは空気を読みなさいよ!」
見たことがないほど怒り狂うリネットを落ち着かせつつ、私も深々と溜息をつく。
「それで、筆頭とは話せましたの?」
「今日話そうと思っていたのだけれど、王宮に行っていて会えなかったのよ」
「でしたら、明日は何があっても捕まえてくださいませ。仕事が終わるまで執務室の前で待ってでも問い詰めるべきですわ」
きっぱりと言い切られ、その通りだと私も頷いた。
ジルは人付き合いが不器用だ。昔、彼の魔法で怪我を負ってしまった時、ジルはこっそり荷物を纏めて出ていこうとしていたっけ。
迷惑をかけるくらいならと自分の気持ちを置き去りにするのは彼の悪い癖だ。
魔法船の中で、ジルは私と同じ景色を見るために頑張ってきたと言ってくれた。
だから、今度は私が彼を追いかけないと。
仲直りしないことには、次のデートにもいけないじゃないか。
「……ふふ、その顔無自覚ですの?」
「え?」
私は、今どんな顔をしているんだろう。リネットに聞こうとした時、不意にぐうと小さな音が聞こえた。
二人で顔を見合わせたあと、リネットが気まずそうにお腹を押さえる。
「……お昼を食べ損ねただけですわ」
「もう夕食の時間よ。よければ、食べていく?」
リネットが素直に頷いたのを見て、私はくすりと笑った。




