25話 念願の初デート!?
そんなことを真顔で宣言され、私は返す言葉を失った。
ただでさえ、いつもと違う服装をしたジルを見て、少し落ち着かない気持ちになっていたのだ。黒い上着は長身によく似合っているし、耳にかかるようにアレンジされた黒髪も、制服姿のときより大人びて見える。
「ほら、今、侯爵様のこと忘れたでしょう?」
「まあ……確かに」
どうやらジルは、私がアルベルトを思い出す暇もないほど楽しませるという約束を、本気で果たそうとしてくれているらしい。その気持ちはありがたいけれど、朝からこの調子では、一日が終わるまで私の心臓がもつのか少し心配だった。
「もしかして先輩も緊張しているんですか?」
「もちろん」
「へへ、同じですね」
(あら、可愛い)
よく見るとジルの耳もわずかに赤い。自分だけが緊張しているのではないと分かり、肩の力が抜けた。
「それで、今日はどこに行くの?」
「着くまで内緒です。行きましょう、先輩」
差し出された手に一瞬迷ったものの、ジルは私が戸惑っているのを見ると、気恥ずかしそうに引っ込めてしまった。
◇
噴水広場から王宮の方角に続く大通りを進み、途中で細い道へ入ると、白い石造りの塀に囲まれた大きな庭園が見えてきた。
「――魔法植物園?」
「来たことはありますか?」
「前に魔法士団にいた頃、薬草を受け取りに来たことはあるけれど、見学したことはないわ」
魔法植物園は、名前のとおり魔力をもった珍しい植物を栽培したり、展示したりしている場所だ。最近は定番のデートスポットだとも聞いているけれど……。
「五年前より、かなり広くなっていますよ。休日だけ一般に開放される区画もできたので、一緒に来られたらと思って」
ジルが入口で二枚の券を渡すと、係の女性が笑顔で細長い硝子の札を差し出した。首から下げられるよう紐が通されており、表面には小さな蕾の絵が刻まれている。
「園内に咲いている花に近づくと、札に同じ花が浮かび上がります。すべて集めた方には、記念品もございますので、ぜひお楽しみくださいね」
説明を聞きながら札を受け取り、門の中に足を踏み入れる。
最初に目に入ったのは、道の両脇に並ぶ色とりどりの花だった。私たちがそばを通るたび、閉じていた蕾が次々と開き、小さな鐘のような音を鳴らす。
それにつられるように首から下げた硝子の札にも赤や黄色の花が一輪ずつ浮かんでくる。
「わあ、すごい……! ねえ、ジル、これどういう仕組みだと思う? 魔法工学の応用かしら!?」
ガラスの札には魔法陣は見えないから透明なものを刻んでいるのだろうが、どう魔法植物とリンクさせているのだろう。不思議な気持ちでじっと見つめていると、くすくすと隣から笑い声が聞こえてきた。
「……さすが魔法オタク。できれば札の方じゃなくて、魔法植物を見てあげてください」
「そ、そうだったわ」
私ったら、ついつい魔法の仕組みが気になってしまう。気を取り直して花に目を向けると、すぐそばの蕾がぽんっと開き、可愛らしい鐘の音を響かせた。
「……ふふ、綺麗ね」
隣を見ると、ジルが嬉しそうに笑っていた。
「喜んでもらえてよかったです。魔道具博物館とも迷ったんですが」
きっとジルは、今日のために沢山調べてくれたのだろう。それが嬉しくて笑みが零れる。
「それなら、今度は私が行き先を考えないといけないわね」
「まだデートは始まったばかりなのに、さっそく次回の約束までしてくれるんですか?」
ジルが急に足を止めるので、私も自分が口にした言葉にハッと気が付いてしまう。
「きょ、今日が楽しかったら、考えてもいいという意味よ」
「分かりました。次も誘えるよう、今日は全力を尽くします」
しばらく歩くと、道の先に一本の大きな木が現れた。白い幹から伸びた細い枝には銀色の葉が隙間なく茂り、風もないのにさらさらと揺れている。
木の前に立っていた係の人から、銀色の葉に触れてみるよう勧められ、私は一番近くにあった一枚にそっと手を伸ばした。
「わっ」
指先が触れた途端、銀色の葉が枝からふわりと離れる。地面に落ちるのかと思ったそれは、空中で小さな翼を広げ、光る蝶となって私の周りを飛び始めた。
続けて二枚、三枚と葉が飛び立ち、やがて木全体から無数の蝶が舞い上がる。幻想的な光景に、うっとりと見つめてしまう。
「綺麗……!」
頭上を旋回する蝶を目で追っていたけれど、ふと隣にいるジルが全くその光景を見ていないことに気が付いた。
「ジルも見て。とっても綺麗よ」
「見ていますよ」
「蝶々が飛んでいるのは上だけれど」
ジルは、なぜか私の方をじっと見つめていてふっと微笑む。
「俺が見たかったものは、ここにあるので」
ジルの視線が私に向けられていると分かり、頬が一気に熱くなった。
「そ、そういうこと、平然と言えるようになっちゃって!」
「平然とはしていません。先輩は知らないでしょうが、かなり緊張して、頑張って言っているんです」
そう答えたジルの頬も、ほんの少し赤い。こんな冗談に負けてしまうなんて、先輩としてのプライドが許さないと、少々の反撃を試みる。
「そう? じゃあ、私のことちゃんと見ててね」
「……っ!」
ジルはふいっと私から顔を背けてしまう。これでも、私の方が彼よりも年上なのだ。ことデートにおいても、ジルよりもずっと経験豊富だ。
(ふふん、勝者エレナ・ヴァレリー!)
ちょっとだけ浮かれていると、周囲の女性たちの視線がジルに釘付けになっていることに気が付いた。
「ねえ、あの方、とっても素敵じゃない?」
「本当ね。隣の方は恋人かしら?」
まあ、これだけ顔がよければ当然だろう。今日は筆頭魔法士の制服も着ていないから、彼が何者なのか気づいていないようだけれど。
(……そういえば、ジルって恋人はいないのよね)
思い返してみても、ジルと恋愛の話をしたことはない。ひょっとすると、好きな人くらいはいるのかもしれない。
「ねえ、ジル。好きな人っているの?」
何気なく尋ねると、ジルは少し驚いたように私を見た。困ったように視線を宙に彷徨わせたあと、遠慮がちに呟いた。
「……それは、秘密です」
まあ、そうだよななんて思うものの、無性に誰か気になってしまう。
(もしかして、私だったりして。なんて……ないか!)
「……先輩?」
「なんでもないわ。ほら、次に行きましょう!」
そう。これは、あくまで私を元気づけるための彼なりの応援なのだ。
私はジルを置いて、少し先に咲いている花へと歩き出した。
◇
それからいくつかの温室を巡り、最後の花を見つけたところで、ジルが硝子の札を持ち上げた。
「全部集まったみたいです。記念品を受け取りに行きましょう」
「もう全部? 夢中になっていて、途中から札を見ていなかったわ」
「楽しんでもらえたのなら、何よりです」
満足そうに笑うジルを見ていると、私まで嬉しい気持ちになってくるのだから不思議だ。
「先輩、何デート終わりみたいな顔してるんですか。ここからが本番ですよ」




