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22話 デートの支度は内緒で

 


 リネットとの話を終えて治療室を出ると、廊下の向こうから、先日の討伐について話す魔法士たちの声が聞こえてきた。


「三級指定の魔物を討伐しに行ったはずが、一級の擬態魔と遭遇したんだろう?」

「リネット小隊長が連れ去られて、エレナさんが一人で助けに戻ったらしいわ」

「最後は筆頭が一撃で倒したそうよ」


 例の出来事は、すでに魔法士団中に広まっているらしい。

 一級の魔物が王都近郊に現れること自体が珍しいうえ、その場にいた魔法士が全員無事に戻ったのだから、話題になるのも仕方がないのだろう。


 けれど、とても立ち止まって詳しく話す気にはなれず、気づかれないうちに通り過ぎようとしたその時、一人の若い魔法士と目が合ってしまった。


「エレナさん!」


 名前を呼ばれた途端、話をしていた魔法士たちが一斉にこちらを向く。


「本当に一人でリネット小隊長を助けに戻ったんですか?」

「擬態魔は、相手にとって一番大切な人の姿になるのでしょう? エレナさんの前では誰になったんです?」

「筆頭が森の岩を全部吹き飛ばしたというのも本当ですか?」

「待って。一度に聞かれても答えられないわ」


 次々と投げかけられる質問に困っていると、少し離れた場所からユアンが駆け寄ってきた。


「エレナさんが隊長を助けに戻ったのは本当です。俺たちに応援を呼ぶよう指示して、自分は隊長が連れていかれた方向に向かったんです」


 ユアンの説明を聞いた魔法士たちから、感心したような声が上がる。誤解を解いてくれるのかと思ったのに、かえって期待に満ちた視線が集まってしまった。


「そんな立派なことではないのよ。あのときは、リネットを置いていけないとしか考えていなかったの。ジルたちの到着が少しでも遅れていたら、二人とも無事では済まなかったわ」

「それでも、あの状況で森に戻れる人は多くないと思います」


 ユアンは珍しく真面目な顔で言ったあと、何かを思い出したように付け加えた。


「あと、筆頭の魔法は見ていませんが、ものすごく怖い顔をしていましたよ。エレナさんが一人で戻ったと聞いた途端、俺たちが場所を説明し終わる前に森に入っていきましたから」

「それは、なんだか申し訳ないことをしたわ」

「はい。普段は何があっても冷静なのに、あんなに焦っている筆頭は初めて見ました」


 周囲の魔法士たちが顔を見合わせ、今度は別の意味を含んだ視線を向けてくる。

 どうやら、ジルが私を特別に心配していたと思われているらしい。


 彼は昔から私を慕ってくれていたし、昨日も、落ち込む私を元気づけたいと言ってくれた。皆が想像しているような関係ではないのだけれど、揃ってこちらを見られると、なぜか落ち着かない気持ちになる。


「ち、違うのよ。ジルは昔から――」


 慌てて否定しようとしたところで、背後から低い声が響いた。


「お前たちは、廊下で話をするために出勤しているのか?」


 振り返ると、書類の束を抱えたオズワルド団長が立っていた。


 集まっていた魔法士たちは一斉に姿勢を正し、仕事に戻るよう命じられると、蜘蛛の子を散らすように去っていく。残されたユアンも私にぺこりと頭を下げ、そのあとを追った。


「助かりました、団長」

「お前はしばらく非番だろう。見舞いが済んだなら、こんなところで質問に答えていないでさっさと帰れ」

「私から集めたわけではありません」

「分かっている。だが、一級の魔物と対峙した人間が、本部をうろついていれば目立つに決まっているだろう。身体に異常がなくても疲れは残っている。大人しく休んでおけ」


 厳しい口調ではあったけれど、心配してくれているのだと分かっているので、素直に頷く。


「承知しました。リネットの顔も見られましたし、これから帰ります」

「それがいい。しばらく先日の件を聞きたがる者も多いだろうが、無理に付き合う必要はないからな――それに……」


 団長は何かを言いかけたものの、途中で口を閉ざした。誤魔化すように咳払いをすると、わざとらしく軽い調子で続ける。


「まあ、例の擬態魔でちょっと気になることもあるしな。とりあえずゆっくり休め」


 そう言い残し、団長は書類を抱えたまま廊下の奥に歩いていった。


 ◇


 本来なら、そのまま家に帰って休むべきなのだろう。だけれども、一人きりの部屋で過ごすのも退屈だ。


 そういえば、治療室を出る前、リネットから、王都で評判の服飾店をいくつか教えてもらったことを思い出す。


 気分転換も兼ねて店を覗いてみようと決め、玄関広間に向かう。すると、ちょうど正面から歩いてきたジルが私に気づき、目を見開いた。


「先輩、来ていたんですか」

「ええ。リネットが心配で」

「具合はどうでした?」

「まだ怪我は残っているけれど、思っていたより元気そうだったわ。お見舞いに持ってきたパンも完食していたもの」

「それなら大丈夫そうですね」


 ジルはほっとした顔をしたあと、私が外套を腕に掛けていることに気づいたらしく、玄関の扉に目を向けた。


「もう帰るんですか?」

「このあと、少し買い物をしていくつもりなの」

「俺もやっと仕事が片付いて、団長から午後は休むように言われたんです。よかったら、ご一緒しても――」

「来ないで!」


 考えるより先に断ると、ジルが珍しく面食らった顔をした。そんなに強く拒むつもりはなかったけれど、彼は少し傷ついたような表情で眉を下げる。


「どうしてですか?」

「えーっと……」


 まさか本人に付き添われて、デートに着ていく服を選ぶわけにはいかない。だけど、理由を隠したままでは納得してくれそうになく、答えを待つジルから逃げるように視線を彷徨わせた末、私は熱くなった頬を隠すように俯いた。


「その……ジルとのデートに着ていく服を、見に行くの。選んでいるところを見られるのは、恥ずかしいから……」


 その瞬間、ジルの目が大きく見開かれ、やがて頬から耳まで赤くなっていく。


「……っ」


 口元を手で覆い、私から顔を背けたジルが、小さく何か呟いた気がした。




「今のは反則だろ……」



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