13話 復帰早々の挑戦状
世界樹のもとで杖の材料を選んでから三日後、本部の工房から完成を知らせる連絡が届いた。ジルとともに工房を訪れると、奥から出てきた職人さんが細長い木箱を作業台の上に置いた。
「お待たせしました。どうぞ、手に取ってみてください」
促されるままに蓋を開くと、柔らかそうな布の上に一本の杖が収められていた。
世界樹の白銀の枝は、ピカピカと表面が滑らかに磨かれている。先端には先日見つけた魔法石が嵌め込まれており、光を受けるとキラキラと虹色に輝く。
「わぁっ……すごい。やっぱり、職人さんの魔力の調整って素晴らしいですね。世界樹の輝きを失わせずにどうやってここまで綺麗に杖を作り上げるのか、本当に気にな――」
「先輩、とりあえず杖を持ってみてください」
(やだ、私ったら、また我を忘れてしまっていたわ!)
ジルにおそるおそる杖を持ち上げてみる。
吸いつくように手に馴染み、重さも長さも完璧で、さすが魔法士団で働く職人だと感心してしまう。
「少し魔力を流してみてください。違和感があれば調整しますので」
「分かりました」
杖を構えて魔力を込めると、先端の魔法石が淡い光を帯びた。そのまま宙に滑らせれば、なめらかに光の線が伸びていく。
魔法陣が完成した瞬間、中央から小さな光の球が浮かび上がり、工房の中を柔らかく照らした。
訓練用の杖を使ったときのような書きづらさもなく、思い描いたとおりに魔力が流れていく。
「どうですか?」
「驚くほど使いやすいです。ありがとうございます」
嬉しくなって何度も杖を眺めていると、隣にいたジルが目を細めた。
「よく似合っていますよ。先輩みたいに綺麗です」
「……!?」
さらりと言われ、私は返事に困って杖に視線を戻した。職人さんがすぐそばで微笑ましそうに見ており、余計に顔が熱くなってしまう。
(全く。いつからこの子は、女性の褒め方なんて覚えたんだろう!)
◇
新しい杖を手に工房を出ると、廊下の向こうから歩いてきた魔法士の集団が、私の姿を見て足を止めた。
「……エレナ先輩?」
名前を呼ばれてふと顔を上げる。そこにいたのは五年前、同じ討伐隊で何度か任務をともにした後輩の男の子だった。
「久しぶりね。大人になっていて、すぐには分からなかったわ」
「本当に戻ってきたんですね。復帰試験に合格したとは聞いていましたが、こうして顔を見るまで信じられなくて……!」
彼が感極まったように声を詰まらせると、その声を聞きつけた魔法士たちが次々と集まってきた。
「エレナ先輩!」
「お久しぶりです。私たちのこと、覚えていますか?」
「急にいなくなったから、もう会えないと思っていました」
気づけば、私はかつての後輩たちに囲まれていた。ぎゅうぎゅうと後輩たちに押されつつ、私は懐かしい気持ちで彼らを見つめた。
「もちろん覚えているわ。皆、本当に立派になったのね」
「聞きたいことが山ほどあるんです!」
「ぜひ歓迎会しましょう」
「今日ランチいきませんか?」
「待って。一度に話しかけられても答えられないわ」
困り果ててそう言えば、後輩たちも懐かしそうに顔を見合わせて笑った。
そのうちの一人が、私の手に握られている杖に気づく。
「あれ、もしかして杖も完成したんですか?」
「ええ。今、受け取ってきたところよ」
「わぁっ、凄く綺麗な石ですね!」
昔の顔ぶれに囲まれているうちに、やっと魔法士団に戻ってきたのだという実感が湧いてくる。私の後輩だった子たちも、今では役職付きになり、それぞれ後輩を指導する立場になっている。
それでも、こうして話しかけてくれるのは本当にありがたいことだと思う。
「まだ皆の足を引っ張らないようにするだけで精一杯だけれど、早く役に立てるように頑張るわ」
「エレナ先輩なら、すぐに勘を取り戻せますって。昔は俺たちの失敗を全部フォローしてくれたじゃないですか」
「それはあなたたちが、次から次へと問題を起こしていたからでしょう?」
当時の失敗を思い出しながら笑い合っていたときだった。私たちの輪の外からぴしゃりと厳しい声が割って入った。
「――随分と賑やかですのね。勤務中だということを、忘れているのではなくて?」
振り返ると、リネットが何冊もの本を抱え、こちらを見つめていた。
その言葉で仕事の途中だったことを思い出した皆は、気まずそうに視線を交わす。
「悪い。エレナ先輩の杖が完成したと聞いて、少し見せてもらっていただけだ」
「そう。昔の先輩が戻ってくると、仕事を止めて集まるほど嬉しいものですのね」
丁寧な口調なのに、隠しきれない棘があって全員が黙り込んでしまう。
「リネット、言い方があるだろう」
「わたくしは、仕事中に騒ぐのはやめてほしいと言っているだけですわ。それとも、エレナさんの復帰を祝うためなら、仕事を後回しにしても構わないのかしら」
「いいえ、あなたの言うとおりよ。皆も呼び止めてしまってごめんなさい。続きは仕事が終わってからにしましょう」
私が謝ると、集まっていた魔法士たちは納得できない様子を見せながらも、それぞれの持ち場に戻っていった。
それで話は終わったと思ったけれど、リネットは立ち去ろうとせず、私の手の中にある杖に視線を落とした。
「それが、筆頭に材料選びまで付き添っていただいた杖ですの?」
「ええ。世界樹に行くのは久しぶりだったから、助けてもらったわ」
「あらそう。それは良かったですわね」
リネットは一度ジルを見たあと、再び私に視線を戻した。
「良いですわね、あなたは。筆頭の推薦があれば、五年も魔法士団を離れていても、チヤホヤされるのですから」
その言葉に、先ほどまで賑やかだった廊下が、水を打ったように静かになった。
「リネット……それは言いすぎだ。先輩は試験に合格しているんだ。仮団員期間が終われば、階級は君より上になる」
「筆頭がそうして庇うから、誰も疑問を口にできないのではありませんこと?」
「俺は庇っているわけでは――」
「ジル、いいの」
言い返そうとしたジルを止め、私はリネットに向き直った。
彼女の言葉に傷つかなかったわけではない。
けれど、リネットからすれば、大した実績もまだないくせに、筆頭魔法士であるジルまで付き添っている状況に納得できないのも無理はなかった。
「あなたの言うことにも一理あるわ。試験には合格したけれど、今の魔法士団でどれだけ役に立てるかは、まだ何も証明できていないもの」
「……あら。随分と素直に認められるのですね」
「事実だからよ。ただ、昔の実績だけで認めてもらうつもりもないわ。これからの仕事を見て判断してもらえると嬉しい」
反論されると思っていたのか、リネットは言葉を失った。しかし、すぐに表情を引き締めると、私の新しい杖を確かめるように見つめた。
「でしたら、さっそく討伐に参加されるのはどうかしら。新しい杖にも、早く慣れる必要があるでしょうし」
「リネット!」
ジルが窘めるように名前を呼んだとき、廊下の奥から重い足音が聞こえてきた。記憶に刻まれているのか、その音を聞くだけで反射的に背中に緊張感が走る。
「話は聞かせてもらった」
現れたオズワルド団長は私たちの前で立ち止まると、リネットが抱えている書類へと目を向けた。
「リネット、お前の小隊は三日後、東の森に討伐に向かう予定だったな」
「ええ」
「そこにエレナも連れていけ。復帰後、最初の実戦にはちょうどいい」
「わたくしの小隊に、でしょうか……?」
「エレナの今の実力を知りたいのだろう。自分の目で確かめればいい」
団長に言われ、リネットは戸惑ったように私を見る。けれど、ここで断れば先ほどの言葉を取り消すことになると思ったのか、書類を抱き直して頷いた。
「……承知しました。ただし、彼女を特別扱いはできませんわ」
「ええ。その方がありがたいわ」
「三日後の朝、鐘が鳴る時間に正門に集合することといたしましょう。遅れた場合は置いていきますけれど」
「分かったわ。よろしくね、リネット」
少しでも距離を縮められればと思い、挨拶代わりに右手を差し出す。けれど、リネットは私の手に一瞬だけ視線を落としたものの、そのまま足早に立ち去ってしまう。
(握手、ならず……)
遠ざかっていく背中を見送りながら、私は行き場を失った手を下ろした。
「先輩、あまり気にしないでください」
「大丈夫よ。仲良くなるには、少し時間がかかりそうだけれど」
新しい杖が完成したばかりだというのに、三日後にはさっそく復帰して初めての討伐に向かうことになってしまった。
けれど、不思議と逃げたいとは思わない。
今の私がどれだけ通用するのか、リネットだけでなく、私自身も確かめてみたかったからだ。




