12話 世界樹からの贈り物
聖域の入口では、守人と呼ばれる屈強な騎士たちが左右に立っており、近づいてくる私たちに視線を向けた。ジルが差し出した許可証と私たちの顔を確かめると、重そうな門をゆっくりと押し開けてくれる。
「失礼いたします」
そう言って足を踏み入れた途端、ひんやりとした空気が頬に触れた。
聖域というのは不思議な場所だ。何回かしか訪れたことはないけれど、体の中に溜まった悪いものがすべて浄化されていく感じがする。
「ここに入ると、緊張するわね」
「先輩でも?」
「もちろん。世界樹の聖域に入らせていただくんだもの。女王陛下にご挨拶する時と同じくらい背筋が伸びるわ」
世界樹のある聖域は、我が国で一番重要な場所だと言っても良い。この国に豊かな実りと魔力をもたらすという世界樹は、王家が代々守り続けてきた国の象徴でもある。
魔法士でさえ許可がなければ近づけない場所に、新人だった私が入ってよいのだろうかと、当時は案内役の先輩の後ろをひたすらついて歩いたものだ。
澄み切った空気を感じながら小道を進むと、やがて木々の間から明るい光が差し込み、視界が大きく開けた。
「……きれい」
目の前に広がる景色を見た瞬間、私は足を止めてうっとりと見惚れてしまう。
聖域の中央にそびえ立つ世界樹は驚くほど大きく、白銀の幹から伸びた枝が空いっぱいに広がっている。透き通った葉は陽の光を受け、きらきらと黄金色に輝いていた。
そして、なにより枝のあちこちには、キラキラと光る木の実のようなものがぶら下がっている。あれは世界樹から滲み出した樹脂が、長い時間をかけて宝石のように固まったものだ。
十分な大きさになると枝から離れ、魔法石となって地上に落ちる。
世界樹の根元には、そうして生まれた鮮やかな魔法石が数えきれないほど散らばっていた。
まるで、誰かが巨大な宝箱をひっくり返してしまったような光景だった。
「こんなに綺麗だと、どの魔法石にするか迷ってしまうわ」
「急ぐ必要はありませんから、ゆっくり見ていきましょう」
世界樹の枝は、まるでプラチナのようで、枯れ枝ですらその輝きを失わない。細いものから両手で抱えるほど太いものまである中で、杖に使えそうな長さの枝を見つけては、拾い上げた。
目を皿のようにして探していると、隣にしゃがんだジルが私の手元を覗き込んだ。
「先輩は昔も細い杖を使っていましたね」
「ええ。長く握っていても疲れないものがいいの。あなたは、とんでもなく大きい枝ばかり拾っていたわね」
「……よく覚えていますね」
「あんなに立派な枝を引きずっていたら、忘れられないわよ!」
ジルの杖の材料を探しに来た日、彼は自分の背丈ほどもある枝を見つけ、これにすると言って聞かなかった。
大きければ強い魔法が使えるわけではないと説明しても、もっと頑張って練習すれば使えますと真面目に答えるので、説得するのが大変だった。本当に。
「早く先輩の役に立ちたかったんですよ。あの頃は、助けてもらってばかりでしたから」
「それで、あんな大きな杖を作ろうとしたの?」
「まあ、杖に見合う技術が無いと意味が無いんですけどね」
苦笑したジルが拾い上げたのは、細く真っ直ぐな枝だった。持って見れば、驚くほど軽く、手にもよく馴染んだ。
「この枝にするわ!」
「そんなすぐに決めていいんですか」
「いいの。こういうのは、第六感で決めるのが大事!」
ジルは私のことを見つめたあと、ふっと笑った。
「俺の選んだもの、使ってくれるんだ……」
「……?」
枝が決まれば、次は肝心の魔法石だ。
魔法石は、色や形によって魔力の通り方や相性のよい魔法が異なる。どれほど正確に魔法陣を描けても、自分に合わない石では思うように魔力を操れないため、どの魔法石を選ぶかで魔法士の腕が変わると言っても過言ではなかった。
世界樹の根元に目を向けると、可愛らしい桃色の石があった。拾い上げて日に透かせば、丸みのある石の中に細かな金色の粒が浮かび、手を動かすたびにきらきらと瞬いた。
(綺麗……。ネックレスにしても、きっと素敵だわ)
「先輩の髪色と同じですね。以前の杖の魔法石もこの色でしたよね」
「よく覚えてるのね」
けれど、魔力を込めてみると、ぱちんと弾かれた感覚がした。
「いて……っ」
私は残念に思いながら、石を元の場所に戻した。見た目が気に入ったからといって、自分の魔力を通してくれるとは限らないのだ。
「ジルのときも、石を探すのに時間がかかったわよね。暗くなり始めても決まらなくて、二人で焦って」
「先輩は帰ろうとしませんでしたね。まだ全部見ていないからって、暗くなるまで一緒に探してくれて……」
ジルは腰に差していた杖を抜くと、その先端を木漏れ日にかざした。
嵌め込まれているのは、陽が落ちる寸前にようやく見つけた深い藍色の魔法石だ。
光を受けた石の奥に、キラキラと星のような輝きが浮かんで、世界樹と呼応しているかのように見える。まるで夜空みたいで素敵だと思う。
「ずっと使うものだもの。妥協して選んでほしくなかったのよ」
「ええ。だから今日は、俺が最後まで付き合います」
当然のようにそう言って、ジルは柔らかな笑みを浮かべた。木漏れ日に照らされた横顔はひどく綺麗で、すっと通った鼻筋から形のよい唇へ視線が吸い寄せられてしまう。
「どうしました? 先輩、俺の顔に何かついてます?」
「な、何でもないわ」
なぜか誤魔化すようにそう言いながら、私は大きな根の向こう側に回り込んだ。
ジルから逃げるように進んだ先は枝葉が重なって日陰になっていたけれど、乳白色の小さな石が輝きを放っていた。あまり目立たないその色が気になり、指先で周りの落ち葉を除けて、そっと拾い上げた。
土を払って明るいところにかざすと、様々な色がにじんで、まるで宝石のオパールのように色を変えていくから、うっとりと見惚れてしまう。
(魔力の相性はどうかしら?)
そう思って少し魔力を流しこんでみると、石は淡い光を灯したまま、私の魔力を受け入れている。私は嬉しくなってジルに向かって叫んだ。
「見つけたわ!」
すぐにそばに来たジルは、私の手のひらを覗くと、眩しそうに目を細めた。
「先輩にぴったりですね」
「ええ。さっきまで、全然見つからなかったのに不思議ね」
魔法士にとっての魔法石というのは運命の恋人みたいなものだとよく言われる。
もうこの石に出会ってしまったから、全く他の石を探そうという気になれなかった。手のひらに収まる温かさが心地よくて、愛着が湧いてくる。
初めての杖を選んだときにも、こんなふうに嬉しかっただろうか。あまりに昔のことで細かくは思い出せないけれど、今日のことはきっと忘れないだろう。
「戻ったら、一緒に工房に持っていきましょう」
「ふふ、職人さんに渡すのが楽しみ」
魔法士団本部には、腕のよい杖職人たちがいる。材料を渡せば、使う人に合わせて長さや握り心地を調整し、一本の杖に仕上げてくれるのだ。
ジルが広げてくれた布の上に魔法石を置くけれど、何となく惜しくなってしまって、包む前にもう一度だけ覗き込んだ。
「そんなに気に入ったんですか?」
「もちろん! ジルのおかげよ! 本当にありがとう! 大好き!」
魔法士に戻って来られたのも、素敵な魔法石と巡り会えたのも。
彼は恩返しのつもりなのだろうが、人生迷走中の私はとても救われている。ニコニコ笑っていると、なぜかこちらを見たジルは顔を赤らめて口元を覆った。
「先輩って、本当に質が悪いですよね。それ、無意識なんですか」
「……?」
お礼を言っただけなのに、何がいけなかったのだろう。首を傾げる私を見て、ジルはなぜか呆れたように私を見たあと魔法石を布で包み始めた。
「先輩、そういえば今日は旦那様のことを何回思い出しました?」
「そういえば……魔法石に夢中であまり思い出さなかったわ」
「では、順調ですね。俺の魔法」
得意そうに笑うジルにつられ、私も笑ってしまった。
あれほどアルベルトのことばかり考えていたのに、今は新しい杖が出来上がるのが待ち遠しい。工房に戻ったら、職人さんにどんな形をお願いしようか。
そんなことを考えている自分に気づき、ジルの恋心を忘れる魔法はなかなか侮れないと思った。




