11話 筆頭のお気に入り
魔法士団に初出勤する日の朝、支給された制服に袖を通した私は、鏡の前で襟元を引っ張った。
私は、とりあえず仮団員という形で籍を置くが、働きぶりが問題なければ以前と同じ上級魔法士として正式に復帰できるのだという。だから、それまでは一般団員と同じ制服なのだ。
紺色のシンプルなケープとスカートは、なんだか新人の頃を思い出してフレッシュな気持ちになれる。
(よし……っ)
今日からは、私も魔法士団の一員として働くのだ。久しぶりの仕事で迷惑をかけないよう、まずはできることから頑張ろうと心に決め、家を出た。
本部の玄関では、出勤してきた魔法士たちと挨拶を交わして、そのまま団長室に向かう。
扉を叩いて中へ入ると、書類に目を通していたオズワルド団長が顔を上げたので、私は深々と一礼する。
「おはようございます。本日から、よろしくお願いいたします」
「ああ。まずは仕事の勘を取り戻してもらわないとな」
団長は書類を脇に置くと、私の腰元に視線を下ろした。
「……そういえば、エレナは杖がないんだったな」
「ええ。魔法士団を辞めるときに、手放しましたから」
魔法士以外が杖を所持する場合は、特別な許可が必要だ。
管理も大変だし、アルベルトにも実家の家族にも必要ないと言われたこともあって、もう使う機会はないのだと自分を納得させたのだった。
「なら、今日は新しい杖を作りに行け」
(えっ!?)
私はその団長の言葉に驚いて顔を上げた。超スパルタの彼が業務時間中に杖を作らせるなんて、とても考えられなかったのだ。
「い、良いのですか。……てっきり、初日から魔物の討伐に行かされるものだと思っていましたが」
「俺はそんなに鬼か?」
真顔で尋ねられ、私は新人だった頃のことを思い返してみた。
雨が降っても訓練は中止にならなかったし、討伐から戻った翌朝には別の任務が待っていた。
ほかにもいくつか記憶を辿ってみたけれど、残念ながら鬼ではなかったと思える出来事は一つも見つからない。
なんだか気まずくなって、団長から視線を逸らす。
「…………」
「……そんなに鬼か?」
団長が呆れたように眉をつり上げた直後、背後から堪えきれなかったような笑い声が聞こえた。
振り返ると、いつの間に入ってきたのか、ジルが口元を手で隠しながら立っている。
「聞いていたの?」
「すみません。ノックをしたのですが、お二人とも気づかなかったので」
「ちょうどいい。エレナが杖をつくりに聖域に向かうことになったんだが――」
魔法士の杖は、世界樹の枯れ枝と、その樹脂が固まってできた魔法石から作られる。新しい杖を作るには、まず聖域に行き、自分に合う枝と石を探さなければならない……のだが。
厳重な警備を敷かれた聖域には、魔法士ひとりでは入れないという制約があるのだ。
(ジルの部下がきてくれたら安心ね)
彼の部下なら優秀だからきっと材料探しの助けになってくれるはずだと思ってたのだが、ジルは得意げな顔で笑う。
「知っていますよ。そのために団長室に来たので」
すると、オズワルド団長は天井を仰いだ。
「……お前、本当に抜け目がないな」
「お褒めいただきありがとうございます」
「褒めてない。もはや俺は怖い」
一体何の話をしているのだろうと思ったけれど、団長は呆れたようにため息をつくと、私に向き直った。
「エレナ。聖域への案内なら、ほかの団員でも務まるんだがな。こいつがどうしても自分で行くと言っている」
「……えっ、ジルが?」
振り返ると、当の本人はにこにこと笑っている。しかし、彼は多忙の極みの筆頭魔法士である。仕事は魔物の討伐だけでなく、貴族との会議、各種商会との調整、他にも書類仕事など多岐にわたる。
「待ってください。筆頭魔法士に案内してもらうほどのことではないでしょう?」
「先輩の初仕事ですから、俺が一緒に行きたいんです」
「ただ、杖を作りに行くだけなのに?」
そう念を押したのに、ジルは少しも困った様子を見せずに余裕たっぷりだ。
ただでさえ整った顔立ちなのに、そんなふうに優しく微笑まれると、何だか視線を逸らしたくなる。
「何があっても、絶対にご一緒したいです」
どうやら譲る気はないらしく、ジルは団長の机に置かれていた許可証を手に取ると、ご機嫌で扉を開けて出て行ってしまった。
(意外と頑固なのよね……)
これ以上断っても時間がかかるだけだと諦め、団長に一礼して部屋を出て彼を追いかける。
すると、前から一人の女性魔法士がこちらに歩いてくるのが見えた。
栗色の髪を二つに結び、毛先を縦ロールにした姿は可愛らしいけれど、猫のようにつり上がった目が勝ち気な印象だ。
(あれ、この子って……)
彼女には見覚えがある。復帰試験のとき、観覧席から私を睨むように見つめていた魔法士だった。
「筆頭、本日の討伐に、同行していただきたいと思っているのですけれど」
「……任務内容に変更があったのか?」
ジルは足を止めると、先ほどまでの笑みが嘘だったかのように口を引き結んで、彼女に向き直った。いつもとは違う低く落ち着いた声に、なんだか緊張してしまう。
「いいえ。対象は三級指定のままですわ。わたくしたちだけでも問題はございませんけれど、筆頭がいらっしゃれば、より安心でしょう?」
「魔物一体だけだろう。俺まで加わる必要はないし、もともと予定にも入っていない」
「ですが――」
「予定どおり出発してくれ」
ジルがきっぱり告げると、女性魔法士はそれ以上頼むことを諦めたらしい。しかし、彼が持っている許可証に気づくと、私とジルを交互に見た。
「筆頭は、これからどちらに向かわれるのです?」
「エレナ先輩の杖を作りに、聖域へ行く」
その言葉に、彼女は顔をしかめる。
「……お二人で?」
「そのつもりだが?」
「……まあ、わざわざ」
復帰試験のときは、私の復帰が気に入らないのだとばかり思っていたけれど、今こうして彼女の顔を見れば、さすがの私にも向けられている感情の理由が分かる。
(きっとこの子はジルのことを……)
気まずさから目を逸らしたところで、ジルがようやく私たちを紹介していないことに気づいたらしい。
「先輩、彼女はリネット・アーデンです。小隊長を務める若手の中でも優秀な魔法士ですよ」
「リネット・アーデンですわ。先日の試験も拝見いたしました。……あと、お噂はかねがね」
リネットは丁寧に頭を下げたものの、顔を上げると、値踏みするように私の顔から足元までゆっくりと視線を滑らせた。
どんな噂を聞いているのか気になったけれど、隣のジルにちらちらと目を向ける彼女には尋ねづらく、私はひとまず挨拶を返すことにした。
「エレナです。これからよろしくお願いします」
「……ええ、よろしくお願いいたしますわ」
礼儀正しい返事だったけれど、その表情は敵意がむき出しである。リネットはスカートを広げて私たちに一礼すると、こちらを振り返ることなく、カツカツと足音を立てて他の魔法士たちのもとに歩いていく。
「待たせました。行きましょう、先輩」
「え、ええ」
彼女の気持ちにまるで気づいていないらしいジルに促され、私は遠ざかっていくリネットの背中を気にしながら、聖域に向かうため魔法士団本部をあとにした。




