第82話 アンタなんかが指導者だなんて、絶対に認めない
亜紀を座らせると、ダグラスの代わりにコーチとしてベンチに入っていた舘林が「大丈夫ですか!?」と声をかけてきた。
「平気よ、このくらい」
「なにを言っているのよ。立つこともできないのに、平気なわけないでしょ!」
メグミがそう言うのだが、亜紀は「ハーフタイムが終わったら立ちあがるわよ」と強がる。しかし、足首の腫れは見る見る大きくなっていた。ただの捻挫ではなく、骨にヒビが入っているかもしれない。
「――棄権しよ」
メグミの声に、全員ハッとする。
「メグミ、ふざけないでよ」
「ふざけてなんかないわよ。こんなんで、試合を続行できるわけないでしょ?」
「いやよ!」
亜紀が叫ぶ。
「棄権したら、魔法科がなくなるのよ! 私は絶対にいや」
そう言って立ち上がろうとするのだが、激痛に悲鳴をあげて、また腰を下ろす。
「わかったでしょ? もう、ムリだって……審判!」
メグミが手を上げようした時、その右手を掴まれる。
「ダグラス!?」
競技場に戻ってきたダグラスがメグミに「まあ、待て」と告げると、亜紀の足を見る。そして、腫れた足首に手を当てると、その部分が淡く輝いた。
「大丈夫だ。骨に異常はない。一時的に痛覚伝達が遅くなる魔法をかけた。これで痛みが和らいだはずだ」
そう言われて、亜紀は立ち上がる。
「本当! まだ痛いけど、これなら動ける!」
「完全に神経を麻痺させると、なおさら危険だからな。これ以上は痛みを抑えられない。それに、ケガが治ったわけではないからな。決して無理はするなよ」
亜紀は「わかってるから」と言って、コートに飛び出して行った。
試合再開の笛のあと、今度も前進してくるナタリアの選手。メグミは構わず、ゴールボードへロングシュートを狙う。それを、相手センターが身を乗り出して防ごうとするのだが――
「インパクト!」
「――えっ?」
視線はゴールボードへ向けたまま、メグミが手にしていた杖は美咲へ向かっていた右サイドの選手に向け、魔法を放った。
「ナタリア、右サイド、ヒットアウト!」
「美咲!」
メグミは杖を美咲に渡した。ノーマークとなった美咲がゴールボードへ目掛け風魔法を放つ!
ピーッ!
「清蓮学園、ポイント!」
「ワーッ!!」
「やったァ! ついに勝ち越した!」
マナミの声がメグミたちにも聞こえた。
「あとは前に出るな! 全員でゴールを守れ!」
ダグラスの声に、三人がうなずく。残り四分半、時間を使って守り切る作戦だ!
次のターンは、三人でゴール前を固め、二十四秒の攻撃を凌ぎきる。美咲がアタッカーのターンもあえて攻めずに二十四秒を使い切り。次の守備も相手の猛攻を守り抜く。
「タイム! タイムだ!」
ナタリア側がたまらず選手を呼ぶ。次のアタッカーはケガをした亜紀。しかし、もしここで清蓮学園にポイントが入ったなら、時間的に追いつくのはかなり厳しい。
「全員で、馳川のケガをした足を狙え」
「――!?」
コーチの指示に、全員驚く。
「そんなことをしたら……」
アタッカーには魔法で攻撃可能。ルール的には顔以外のどこを狙っても良いことになっている。しかし、ケガをしている箇所を狙うのはスポーツマンシップに反する行為だ。
「いいからやれ!」
「嫌です」
ハッキリと拒否したのは、手稲アサミだった。
「おい、もういっぺん言ってみろ」
「嫌です。そこを狙えと強制するのであれば、審判に棄権を申し出ます」
「なんだと? オマエ、手稲朔太郎先生の孫だからって、いい気になっているんじゃないぞ!」
「そんなつもりはありません! 私は正々堂々と――」
パンッ!
乾いた破裂音が響いた。競技場にいる全員がナタリアのベンチへ視線を送る。
ナタリアのコーチがアサミに平手打ちを加えたのだ!
「だまれ! オレに従え! お前たちをここまで鍛えるのに、どれだけの費用がかかっていると思っているんだ! そんな甘ったれた考えで、世の中渡っていけると思うな! この世界には、日本の政治家なんて簡単に捻りつぶすことのできる人物はいくらでもいるんだ! 小娘の分際でデカい口を叩くな!」
「アンタこそ何様よ!!」
清蓮学園側からそんな声が聞こえ、全員振り向くとメグミがものすごい形相でナタリア側へ歩いて行く。
「聞いていて反吐が出てくるわ。アンタこそ、教育者として失格よ!」
「おい、大埜、やめろ」
ダグラスが肩を掴んで止めようとするが、メグミはその手を振り払う。
「なんだ? 清蓮はすっこんでろ! 痛い目に遭わせるぞ!」
「アンタみたいなクズにやられるわけがないでしょ! これは私たちの試合なの! アンタこそすっこんでなさいよ!」
「目上に向かってクズとはなんだ! おい、審判! コイツは相手チームに向かって暴言を吐いたぞ! 退場させろ!」
コーチの傲慢にメグミの怒りは頂点に達した。
「アンタ……ゆるさない」
メグミのカラダから真っ黒なオーラが湧き立つ。それが誰の目からも見えた。
「うわっ! なんだ!」
「アンタなんかが指導者だなんて、絶対に認めない」
大きな黒い炎のようなモノがメグミを包み、その禍々しい輝きを伴いながらナタリアのコーチに迫った。
「うわ、やめろ!」
後ずさりする男だが、恐怖に震えた足がもつれて倒れる。逃げることさえできない者を無慈悲に黒い炎が襲いかかった。
「うわぁぁぁぁ!」
男の悲鳴が響いたその瞬間――
「清蓮学園は棄権する」
そう宣言したのはダグラスだった。
いつの間にかメグミの前に立っていた彼が、彼女の眉間に人差し指を当てている。メグミの意識が飛び、ダグラスに寄りかかるように倒れた。それと同時に競技場を包んでいた黒い炎がパッと消える。
「棄権だ。試合続行は不可能だ」
ダグラスは気を失ったメグミを両手で抱きかかえると、ナタリアの選手に背を向けた。
「あ、あの……」
手稲アサミが彼に声をかけると――
「……自分の能力を極限まで引き上げたい、他人より優位に立ちたい――そういう思いを否定するつもりはない。ただし、薬は万能でない。副作用もあるし、常用すれば中毒になる。誰のためでもない、自分の人生だ。オマエたちで考えて、オマエたちで判断しろ」
それだけ伝えて、ダグラスは立ち去った。




