第77話 こんな子供だましの手品を認めろと?
ダグラスがそう声を出すと、辺りの色が変わった。しかし、彼は驚かない。これが、『結界』と呼ばれる現象だと知っているからだ。
「気づいていましたか。さすがです。大賢者、ダグラス・マグナマル」
結界の中に忽然と現れた人影。ダグラスはその人物の名を言う。
「倉庫の四隅にあった魔道具に気づかないとも思ったか? 今居――」
そう、ナタリア女学院魔法科主任教師、今居壮だった。
「気づいていながら飛び込んでくるなんて、ずいぶんと自信があるようですね?」
「まあな。なにより、オマエとじっくり話したい――そう思っていたところだ。自分から結界を準備する手間が省けた」
今居は顔を上げた。
「ほう、私と――どんな話ですか?」
「オマエのことは調べさせてもらった。そしたら、とんでもないことに気づいてしまったよ」
ダグラスは、今居にそう言う。
「――それは、いったい何ですか?」
「――今居壮、平成十三年生まれ、父、今居謙三、母、キク。そう、戸籍に書かれていた」
今居は黙ってそれを聞いていた。
「そして、それは令和三年に住所変更がなされている」
「……それのどこがオカシイのですか?」
「いや、その戸籍に何もオカシイ部分はなかった」
今居は笑う。「いったい、何を言いたいのですか?」
「その戸籍には――だ。だが、この国のお役所はとてもモノ持ちが良いみたいで、その前の住所の戸籍も調べられるんだ」
「……」
「前の戸籍は、当然、住所が違うのだが、他にもう一つ、絶対に違うはずのない部分が違っていたんだ」
今居は黙っていた。その顔から笑顔はなくなり、ダグラスから目をそらした。
「それは、生まれた年。『今居壮』は昭和五十六年生まれになっていたんだ」
その戸籍は平成十三年に住所変更がなされていた。その前の戸籍もやはり二十年前に住所が変更されていて――
「そうやって、『今居壮』の戸籍を最初までたどっていったら、明治十四年生まれになっていたよ」
それが本当なのであれば、彼はいったい何歳だというのだ?
「それで……大賢者様はどうお考えになられたのですか?」
「つまり、『今居壮』と呼ばれる人物は四十歳になると戸籍を変更して、年齢も二十歳に巻き戻していた。まあ、二十代、三十代ならそんなに外見は変わらないからな」
そうやって、百三十年以上『今の姿』で生きてきたということだ。
「この世界の人間が百三十年以上生きたという記録はない。したがって、なにかしら魔術的なチカラを使用しで生きてきたのだろう」
ダグラスがそう推測を述べると、今居は手を二、三度たたく。
「さすがですね大賢者様。たったこれだけの情報でそこまで言い当てるとは」
「いや、まだあるぞ」
「――それは?」
ダグラスがクスッと笑うと、対照的に今居から笑顔が消える。
「明治十四年、つまり西暦千八百八十一年という年号でピンときたよ。それを『我々』がいた王国歴に換算すると三百三十三年。その前年にある男が死んだ」
今居は無言のままだった。ダグラスは話を続ける。
「アルベルト・ヴィルディーム。オマエ、この世界に『転生』していたんだな?」
結界の中には外部の音が入り込む余地はない。二人が声を発せず、動くこともしなければ、その空間は全くの無音となる。それが十秒ほど続いたところで、今居が笑った。
「さすがです師匠。やはりアナタは私の師匠ですよ。しかし、私の生まれた年だけで、なぜ、アナタの弟子、アルベルト・ヴィルディームだとわかったのですか?」
「――これの中には、魔力成長促進の魔法薬が含まれている。オレたちのいた世界ではすでに失われた技術だ」
今居は「ほう……」とつぶやく。だがそれ以上は口にしない。代わりにダグラスが話を続けた。
「これは魔族が開発した禁忌の魔薬――アルベルトよ、オマエ、魔族の召喚に成功したんだな?」
今居は、「フフフ……」と含み笑いをしたあと、大声で笑い始める。
「そうですよ。アナタが妨害した魔族召喚に私は成功した。どうですか? 私はアナタを超えた。それを認めてもらえますか?」
「――残念だ」
「なんですと?」
ダグラスは頭を横に振った。
「所詮、古代の偉人が行った魔法をオマエは再現しているだけだ。人のモノマネだけではオレを超えることはできない」
「ぬかせ!」
突然、前後左右から黒い鎖が現れて、ダグラスの両手、両足に巻き付いた!
「このような芸当、アナタの知っている闇属性魔法にはないでしょう? 闇属性は術者の想像を具現化するのです。その応用は無限と言ってもイイ。どうです? これでも私を認めませんか?」
「くだらぬ。こんな子供だましの手品を認めろと?」
「まだ、そんなことを言うか!」
今居が叫ぶと、結界の前後左右、上下から鋭角の黒い物体が現れ、ダグラスのカラダを何度も貫いた!




