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八百比丘尼の語り部  作者: 宮城 英詞


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2/3

八百比丘尼に会った日

 それは、御一新の少し前の話。





 曲がり切った背を曲げ、置物のように座敷に座る老婆。


 しわくちゃなのか目をつぶっているのか判らない顔は、時折口をもぐもくさせている以外、それが生きた人間であるかどうかも判別がつかない。


 ここは京の外れ、薄暗いお寺である。


 数えで十になる造り商家の娘、清子は、さながら生き仏のように鎮座する老婆のその顔をまじまじと覗き込んだ。


「おばあちゃんが、「八百比丘尼」さん?」


 小さな子の言葉に、老婆はもぐもぐと口を動かしながら、小さく頷いた。


「はい、そうですよ」


 うわごとのような返事に、背後の大人たちが色めき立つ。


 清子は、そんな大人たちを尻目にほんまかいな、と首を傾げた。


「おばあちゃん、歳取らんようになったんなんで?」


 返事がない。


 相変わらずもぐもぐと口を動かす老婆と向かいながらしばし沈黙が続く。


 そして付き添いの尼が大きな声で老婆に清子の質問をゆっくり、大きな声で伝えると、 老婆はようやく清子の質問を認識したようだった。


「それはねぇ、若いころに、人魚の肉を食べてしもうて、それ以来全然歳をとらんようになってしもうたからじゃ」


 大人たちは感心し、拝んでいる。


 だが、清子はどうしても納得がいかなかった。


 不老不死の尼がいる。


 そう親に言われて、寺に連れてこられた清子は、そこで「八百比丘尼」と呼ばれる尼に会ったのだが、その話はどうにも頭に入ってこなかった。


 やがて、疲れたと眠りこけてしまった老婆と、宴を始めた大人たちをよそに、清子はお寺の縁側でふくれっ面で一人座り込んでいた。


「どうかされたか?」


 そんな少女をみかねてか、通りかかった一人の尼が、清子に声をかけてきた。

 それに清子はぷい、と顔をそむける。


「八百比丘尼さんやて聞いてきたけど、あんなん偽物や」


 その言葉に尼は静かに笑った。


「まぁ、何故にそんな事をおもいなさる?」


「歳取らんようになった、言うてんのにしっかりしわくちゃになってるやん。耳もとおなってるし、話してる内容も、自分の事やか人の話やかわからん話しぶりや。多分、長生きしてる見世物小屋か旅芸人の芸の一つや。ウチ、お祭りで見たことあるからわかるねん」


 それに、尼はころころと笑った。


 そして隣に座り、清子の頭を撫でる。


「お嬢ちゃんは本当に、頭が良いのだな。」


 てっきり他の大人のように怒られるのかと思っていた清子は、褒められて少し驚いた。


 そして、声をかけてきた尼の姿を見てもう一度驚いた。


 その物言いに反して、少女のような顔をした尼は、透き通るような白い肌をしている。


 だがその物腰と声は、大きなお寺の住職さんよりも風格があった。


 その美しさと不可解さに清子は思わず言葉を失う。


 そして、今度は尼の顔をまじまじと覗き込んだ。


「……もしかしてお姉ちゃんが、「八百比丘尼」さん?」


 それに尼は今度は声を上げて笑った。


 清子はそれにさらに言葉を重ねる。


「きっと八百比丘尼さんがほんまにおったら、おねぇちゃんみたいな人やと思うねん。人魚の肉を食べてから、歳をとらんまま……おねぇちゃんホンマにそんな人に見えるわ」


 清子の言葉に頷きながら、尼は隣に腰掛けた。


 そして、菩薩のような微笑みで清子の顔を覗きこむ。


「ありがとう。……なるほど、お嬢ちゃんは本当に八百比丘尼さんに会いたかったのじゃな」


 尼は、否定も肯定もしなかった。


 だが、清子はこのうら若き尼の古風な話しぶりと、まるで老婆のような気配を感じ取りますます確信を深めていた。


 そして、尼は優しく清子に問うた。


「一体、一体何を八百比丘尼さんに聞きたかったのじゃな?」


 やはり古風な言葉づかいで、正体をぼやかすように尼は問うた。


 それに、清子はふと、からかわれているのかとも思ったが、うなづいて素直に答えることにした。


「ウチのご先祖さん、大阪の戦で死にかけて、その時八百比丘尼さんに会うたんやって。ウチのご先祖さん、どんな人やったか聞いてみたいわ」


「……そう、そんな事を……」


「他にもな、いっぱい、いっぱい聞きたい!権現様や、天神様にも会うたことあるんかな?源平の戦の頃何しとったとか、一休さんって本当にとんちがすごかったんかとか……」


 無邪気に言う清子に、尼は答えなかった。


 ただ、清子の言葉に、目をつぶり、頷いている。


 それはさながら、遠い記憶をもう一度噛みしめているような。


 懐かしくも、もの悲しい。


 そんな顔だった。


 そして、その様子に清子は気づき、そして尼の顔をのぞき込む。


「……なぁ、長いこと生きるって。どんな気持ちなん?」


 その問いに尼はなぜか苦笑した。


「……さて、何と言って良いのか」


 そう言うと、尼は本当に困った顔で空を見上げた。


「……永遠を生きるという事は、罰なのじゃ。八百比丘尼のお話というのはそう言うものなのでな」


「罰?」


「そう、人魚の肉を食らってしまった罰……八百比丘尼さんは、人が老いて、死にそして生まれ変わるという輪廻の輪から外されてしまった者じゃ。大好きな人も、物も街も、みんな居なくなっても。自分は極楽へも。地獄へも行けぬ。そう言う罰じゃ」


 言葉を砕いて、尼は先ほどの老婆と同じ話をした。


 長く生きる事の苦悩。


 愛するものを見送る孤独。


 正直清子には老婆の言葉は難しくてわからなかったが、目の前にいる不気味に若い尼の言葉にはなにか心に訴えるものがあった。


「……お姉ちゃんは、今寂しいん?」


 清子に問われ、尼ははっとなったようだった。


 さて、彼女は伝説の尼の事を騙っているのか、自分の事を言っているのか、少なからず混乱しているようだった。


「……もう慣れた。……そう、それが当たり前になってもう慣れたのじゃ。昔を想ってみても、何も変わらぬ。寂しいが、これは仕方のない事なのじゃ」


 悲し気に微笑む尼に、清子は頭をひねった。


 目の前にいるのは不気味な尼ではなく、ただ寂しがり屋の少女ではないか。


 清子は、そんな事を思い、そしてにこやかに頷いた。


「ほな、新しい友達作ったらええやん」


 あまりにもその通りな清子の言葉。


 尼にとってはそれは、思いもよらぬ言葉だった。


「どんだけ寂しかったって、いつも新しい友達おったら寂しないで?まずはウチが友達になったげるわ。おねぇちゃんいくつか知らんけど、ウチがおばあちゃんになるまで友達やったら、何十年かは寂しないやん。その間、お姉ちゃんのお話いっぱい聞かせて」


 あまりに無邪気な清子の言葉に、尼は目を丸くし、そして噴き出して笑い出した。


「……そう、友達になってくれるか。ありがとう」


 そして、尼は小さい清子に、深々と頭を下げ、礼を言った。


「……さて、何から話そう」


 そして、尼は思い当たる限りの昔話をし始めた。


 尼の名は白椿(びゃくちん)


 清子はこの日、生涯の友人を得ることになったのである。


 


「八百比丘尼」伝説は各地に存在します。

ある説では、「八百比丘尼」と呼ばれる尼は複数存在したのでは?

とも言われています

果たして真相はいかに?

貴方はどう思われますか?

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