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フェイクロック

「嬢ちゃん、ありがとよ。お蔭で長年の夢が叶ったぜ」


 オッサンはグラスに入った酒を飲み干すと、ゆっくりとテーブルに置いた。その顔色はやや紅潮して見えるが、あれは単にアンバーレッドから酌をしてもらって照れているだけだろう。今の酒を飲む前から赤かった。


「そう? なら今度はボク達の願いを叶えてもらえるかな?」


「ああ、約束だからな。ドワーフの町へと案内してやる。この町は人族には観光に向いてないからな……とっとと出るぞ」


 確かに、周りのエルフ達からジロジロと見られているし、居心地が悪い。出来ることなら、さっさとお暇したいところだ。


「ドワーフの町は近いのか?」


「森を抜けた洞窟の中だ。魔物に襲われたとしても、一日もかからねえよ」


 そう言ってオッサンは席を立った。マントを羽織り、手荷物を担ぐと少し埃があがる。

 このオッサン、ほんとに風呂入ってんのか?


「よし、じゃあ付いてきてくれ。魔物はそこまで強烈なのもいないからよ」






 ドワーフの町への道中、幾度も魔物に襲われた。妖精族の大陸にある森だけに、動物をベースにした魔物よりも、植物が不可思議な変化をしている魔物が多い。

 薔薇のような巨大な花を付けた魔物や大木に顔が入って動き出す魔物……いわゆる樹人トレントがほとんどだ。

 とはいえ、所詮植物。オッサンの言う通り、大して支障にもならなかった。

 俺は火魔法で簡単に焼き払う事が出来たし、イロリナが舞いながら剣を振るえば、魔物の枝葉はことごとく散っていった。

 ハヅキに至っては、その膂力に任せて『イーグルビーク』を放り投げ、大木をあっさりと両断していた。アンバーレッドがこっそりと後ろの方で隠れているのが、滑稽と言えば滑稽だが……

 俺らのパーティはこれで良い。あくまで、アンバーレッドは商人だ。戦闘要員じゃない。


「兄ちゃんら、強いのな……」


 始めの内は、一緒になって魔物を駆逐してくれていたオッサンだったが、暫くしてから手を出すのをやめていた。自分がかえって邪魔になると思ったんだろう。実際、攻撃の射線上にいたこともあったし、有りがたい事ではあった。


「六ツ星の冒険者だ、って言っただろ?」


「あ、あぁ……本当だったんだな……」


「でも魔物が多いね……いつもこんなに出てくるの?」


「いや、普段はこんなに出てこねぇんだけどなぁ……」


 そうだよな。そんなに脅威にはならないとはいえ、この数は異常だ。オーウェンの町を出てから、既に五十は倒したと思う。これが普通ならもう妖精族の大陸には来たくない。


「ところでよ、兄ちゃんは魔法が使えるんだな。魔術師の星はいくつなんだ?」


「四つだったかな……オッサンも魔法、使えるのか?」


「ああ。ま、俺は魔法よりもこっちの方が得意なんだけどよ……」


 そう言いながら手にした小柄な斧を振るオッサン。体格通り、肉弾戦の方が得意なようだ。全くもってエルフらしくない。


「まあ、オッサンには似合ってると思うよ……」


「そうだろ!? 中々他のエルフにはわかってもらえなくてなぁ……」


 エルフって弓とか魔法のイメージだし……オッサンの様に斧でガツガツやるのは少数派だろう。

 そう考えると、オッサンにはむしろドワーフのイメージが合ってるな。ガチムチの肉体派。うん、ぴったりだ。実はドワーフなんじゃなかろうか。


「おじさんは、ユウゴに魔法の使い方を教えてあげられたりする?」


 どうでもいい事を考えていたら、イロリナから質問があがった。時々、こういう風に俺の事を考えてくれているのは素直に嬉しいな。


「教えるって……四つ星だろう? 俺が教えられる事なんかないと思うぞ?」


「それが独学で四つ星になったからさぁ……魔法の扱い方ってちゃんと知ってるの誰もいないのよ」


「そりゃ……何ともまぁ……」


 オッサンは何だか困った顔をしている。

 普通の魔術師はこういう成長を遂げないのだろうか?


「簡単に言うとな、魔法に大事なのは創造力イマジネーションなんだよ、創造力イマジネーション


 なんかどっかのクリエイターみたいな事を言っているが……どういう事だ……?


「わかってなさそうだなぁ……要するに、魔力ってのは無色透明な固まりみたいなもんなんだ。その固まりに、自分の創造した色や形を混めるわけ。だから、人によって詠唱は違うし、創造力イマジネーションの差で得意な属性も変わってくる」


 ふーん……じゃあ、やろうと思えば何でもできんのかな。

 試しに風魔法と火魔法を組み合わせて、熱風を出すイメージで魔力を込めてみた。言ってみれば、ドライヤーだな。


「おぉっ!? なんか暖かい風が吹いてきた……って兄ちゃんか。早速試したのか?」


「ああ、髪を乾かすのに暖かい風の方が早いだろ?」


「そうかぁ? 魔力の無駄遣いしてる気がするがなぁ……」


 オッサンはぼやいているが、気にしない。これがあれば湯上がり女子の髪を乾かすという役得が……


「ユウゴ、変な顔してるけど、あたし達はそれ必要ないからね?」


「な、なに!? ちゃんと乾かさないと女子の命とも言える髪のキューティクルが無くなって……」


「何を言ってるのかよくわからないけど……熱風は大抵宿屋に準備されているし、その、キューティクル? っていうのは大丈夫だと思うよ?」


「え……俺、使ったことないけど……」


「お、俺もないぞ?」


 オッサン、アンタはないだろう。そのボサボサの頭を見ればわかる。


「女性用のお風呂には備え付けられてたわよ? っていうか、男性用には付いてないの?」


 な、なんと……意外と進んでいたぜ異世界。女子の髪を乾かしながら、甘い香りを堪能する……そんな夢を見る事さえ許されないとは……


「な、なぁ、それどんな原理なんだ?」


 オッサンはまだ食い下がっている。別に原理はいいじゃないか。大切なのは、俺の夢が一つ失われたって事だけさ……


「原理は詳しくないけど……宿の人は魔石がどうとか言ってたよ」


「魔石か……それならありえるか……いや、でもなぁ……魔力の無駄遣いだと思うんだがなあ……」


「魔石ってなんだ?」


「魔石っていうのはね、宝石類に魔力を込めたものだよ。魔力が詰まっている間は、込められた魔法が簡単に発動できるのさ。ユウゴ君が持っている『赤竜候の秘石』も、魔力を込めれば立派な魔石になると思うよ」


「へぇー……」


 それなら暇を見つけてちょこちょこやってみるかな。魔力が込もったら、護衛用にアンバーレッドに持たせても良さそうだし。


「あの、それで、ドワーフの町まではまだ遠いのですか?」


 今まで黙っていたハヅキが声をあげる。戦いの連続で疲れたのだろう。いくらか肩で息をしている。『殴り巫女』と称されてはいても、実際は巫女さんだもんな。本来は回復役の彼女に、前衛の連続は堪えたようだ。


「おお、もうすぐだぜ。そこの洞窟の中をちょっと行ったところだ」


 オッサンが指差した方を見ると、たしかに洞窟が見えている。先の方までは確認できないが、入り口辺りから既に暗がりが広がっているし、いかにも洞窟といった感じだ。

 うん、ドワーフは洞窟に住むのね。イメージ通りだな。


「洞窟にも魔物は出るのか?」


「入り口付近はな。ドワーフの町まで行けば、そうそう魔物も襲ってこねえよ」


「よし、じゃあ出発だな……イロリナ、策敵は任せるぞ?」


「はいよ。アンバーレッド、ランタン出してくれる?」


「ああ、暗いみたいだから気を付けて……」



 洞窟内は当然だが日の光が射さず、ひんやりとしている。凍える程……とは言わないが、あまり薄着でうろつきたいとも思わない。ランタンの灯りを頼りに、オッサンの案内通りに道を進んでいく。


「待って……そこ、何かいると思う」


 道案内するオッサンと一緒に、先頭を歩いていたイロリナが、俺らの足を止めさせた。

 だが、イロリナが示したのは何の変哲もない岩肌だ。特別、動きも感じない。


「なんだ? 何もねえぞ?」


「おかしいな……たしかにこの辺で気配があったんだけど……」


 イロリナは首を傾げながら岩肌を眺めている。

 オッサンは信じてないようだが、彼女の策敵能力は有能だ。それは初めて一緒に森に入った時に実感している。だから、今回も何かあるんだろう。


「二人とも、ちょっと下がってくれ。炙り出してみる」


「ち、ちょっと、こんな密閉された所で火魔法なんて使ったら……」


 アンバーレッドが慌てて止めに入ったが、もう遅い。俺は両の指先から魔力を放出していた。


「あぁ! って、あれ? 火は?」


「今回は火魔法と風魔法の掛け合わせだ。さっきの熱風だな。といっても、熱量と風量はさっきの比じゃないが……」


 そう言いながら指先へとさらに魔力を集中させる。鉱物の熱伝導率なんて知らんが、焼け石に水、なんて言葉もあるし、熱が通らない事はないだろ。



「ゴォォオオオ!!」


 不意に怒声が響いた。先程まで壁だと思っていた岩肌は、岩が集合してできた魔物の姿にその形を変えた。大きさは小さいな。人の頭くらいか?


「フェイクロックだ!」


 オッサンが叫んだ。なんだそりゃ?


「レア物だよ!! 倒すと、宝石を落とすって話なんだ!」


 お、宝石か。そりゃ逃がせないな。しかし、鉱物に斬撃や打撃は効果が薄いだろうなぁ……今のところ効いてるみたいだし、このまま魔法でやっつけてしまおう。


「ゴォオ……オォォオオ!!」


 フェイクロックは再び咆哮をあげると、急にスピードを乗せてこちらに突っ込んできた。


 げ、まずい!! たぶん熱せられて高温になってるだろうし、火傷も負いそうだ。

 咄嗟に『紅蓮の煙菅』で弾くと、辺りの岩壁に何度か当たり、その動きを止めた。徐々に赤い光がフェイクロックを包んでいく。

 うん、倒せたようだ。赤い光だし、宝石もゲットできそうだな。

 近寄って確かめてみると、黄土色した鉱物が残されていた。『鑑定』と『収納』をアンバーレッドに頼むとしよう。


「いや、びっくりしたね。急に飛び出してくるんだから……ユウゴ君も、よくあれに対応できたね」


「まあ、バッセンのホームラン王になる予定だった俺に、あの程度の突撃はなんて事はない」


「バッセン……? ホームラン……?」


 俺以外の全員が頭を捻っているが、説明も面倒だし、ほっとこう。別に本当に野球をしていた訳でもないし。


「それで、この宝石はなんだ?」


「これは……シトリンだね。これだけ大きいのは珍しいよ。売れば金貨が相場になるんじゃないかな」


 おー! 高級品だった!!

 しかしまた馴染みのない名前の宝石だな。有名なんだろうか……?


「宝石を扱う人間なら誰でも知ってる位には有名だよ」


 疑問を口にすると、アンバーレッドはそう答えて苦笑した。聞いたことなかったけどな……


「いや、六ツ星って伊達じゃねえんだなぁ……フェイクロックを見つけて、しかも軽く倒すとは……」


「イロリナの策敵が良かったんだ。魔物自体はそんなに強くなかった」


「えへへ……」


 イロリナは褒められて照れている。はにかんだ笑顔が眩しいぜ。


「で、町はもう近いが……行ってもいいか?」


「うん、大丈夫よ。もう魔物の気配はしないわ」


 しかし、宝石をゲットできたのはラッキーだったな。魔力を込めても良いし、貧乏神様への捧げ物にしても良いだろう。この調子で、ドワーフとの出会いも上手く行くといいんだが……

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