鬼の膂力
「話は終わったかい?」
声をかけられて後ろを振り返ると、そこにはアンバーレッドが笑顔で立っていた。ヒラヒラと、何かの紙を仰いでいる。
「こっちはもう終わったよ。もう、奴隷になるかも……なんて怯える人達は残ってないと思うわ」
「と言っても、『ジャグアヘッズ』の数ある組織の一つを潰しただけだからね……まだ大元は活きてるよ」
「良いの! それでも、何人かは助けられたんだから!!」
「まあ、そうだけどね……それで、ユウゴ君。今度はどうするんだい?」
アンバーレッドはイロリナの話を、どうどう、と宥めると、俺に話を戻してきた。とりあえず、この自警団でやることは済んでいる。
「船乗りを紹介してくれたから、一回会いに行ってみようと思うんだが……構わないか?」
「勿論だよ。船を動かせるようにならないと、話が進まないからね。ボクの知り合いの船乗りにも会いに行くかい?」
「そうだな。どうも簡単にいかなそうだし……時間もあるから、両方に会っておこう」
「それじゃ、船乗りさんがいるのは港よね? ハヅキも一緒に来るでしょ?」
「はい……もう、妙な契約に縛られる事もありませんし……存外に力を振るえます」
話しかけられたハヅキは、襦袢の袖を捲り力こぶを作っている。その白い腕が露になり、イロリナにジロリ、と睨まれる。別にやましい気持ちで見てないっての!!
しかし、どこに『殴り巫女』を冠するだけの膂力があるのか……どうみても肉付きは普通、むしろ細い方だろう。前腕から肘へと向かう骨がほんの少し浮いて見える。観察していると、ハヅキの顔が赤くなってきた。細い腕で力こぶを作ったのが恥ずかしくなったのだろうか。
「あの……悠護さん……そんなに見たかったら、その……また、後で見せますから……」
「あぁ悪い。いつまでもそのカッコは恥ずかしいよな。それと、俺は別に筋肉マニアでもないから、後で見せなくても大丈夫だ」
ハヅキに腕をしまうように伝え、出口へ向かい歩き始める。後ろから、『ふぇ? あ、あれ……?』とか聞こえてくるが……そんなに筋肉マニアだと思ったのか?
しかし、ハヅキのアクセントは日本語そのものだな。イロリナやアンバーレッドに呼ばれるアクセントとは違う感じだ。なんだか、懐かしい感じがする。郷愁に陥ったら名前を呼んでもらおうかな。ちょっと落ち着く気がする。
「全滅……だね」
「ホント……まさか全員に断られるとは思わなかったわ……」
「あぁ……しかし、どうしたもんかな……」
結論から言って、船乗り達からは全員に断られた。自分の家があるのに、いつ帰るかもわからない旅になんぞ出られるか、といった理由がほとんどだ。稀に、その女達の誰かを嫁にくれるなら行く、とか言う奴もいたが、『アースミサイル』で打ち抜いておいた。勿論、加減はしたけどな。
俺は、娘が婿を連れてきたら、とりあえず一発ぶん殴るような、そんな時代錯誤した親父に憧れている。その後仲良く酒でも酌み交わして、娘はお前に任せる! とかしてみたい。
まあ、今回は誰も立ち上がってこなかったが。俺の娘でもないし、嫁にやる気は当然ない。むしろ俺が結婚してほしいくらいだ。そしたら毎日イロリナの舞を見て、アンバーレッドの商売の手伝いをして、ハヅキと一緒に祈祷をする。この中で一人に選べない辺りがクズ一直線な気もするが……妄想ぐらいしても良いだろ。
「あの……」
おすおずとハヅキが手を挙げた。先程まで思い描いていた甘い結婚生活を振り払い、顔をあげてハヅキの話に耳を傾ける。
「差し出がましいかもしれませんが……皆様の船を見てもよろしいですか?」
「あれ? まだ見てないんだっけ?」
「彼女を助けたのは、船を見た帰りだったからね。まだ見ていないはずだよ」
「ええ……大きさにもよりますが……私、少しぐらいならお役に立てますよ?」
な、なんて良い子なんだ……操船に関して、今までまったく手伝う素振りを見せなかった二人とは違うな。そっとその二人を見ると、
「手伝うって次元じゃないと思うけどなー……」
「まあ……一度見れば考えも変わるよ」
と、どこ吹く風だ。あくまで、手伝う気はないらしい。まあ、それ以外で大分助けられているし、良いけどさ……
船はあるのに動かせないという、八方塞がりの状態になってしまっているし、ハヅキの提案通り、一度船を見に行く事にした。
同じ三番港という事もあって、船が泊まっている場所まではかなり近い。今度は変なのに絡まれる事もなく、まだ日が高い内に船まで辿り着けた。
「これが、俺達の船『レイディソフィア』だ」
そう言って、ハヅキに船を見せる。同時に、改めて『レイディソフィア』をじっくりと見渡す。
船体には、俺の背中に入っている星と同じ紋様が刻まれていて、間違いなく俺達の船である事を証明している。
アンバーレッドに言わせれば、小さめの船らしいが、俺からすれば十分大きな船だ。
帆船の証左たる帆は、三枚用意されている。現在は当然畳まれているが、これで風を受けて進むんだろう。
船の中心には階段があり、内部へ入れるようだ。まだ中に入っていないが、たぶん船室やら倉庫やらが有るんだろう。
マストの下には、小さな部屋が準備されている。あれは操舵室かな?
「これが……希望の帆船、ですか……」
「大きいよね……アンバーレッドは小さいとかって言ってたけど」
「ボクは思ったより小さいと言っただけだよ。帆船であれば、普通はこの倍くらいある筈だからね」
「ええ……私も、思い描いていた物よりも小さかったです」
な、何っ!?
ハ、ハヅキ……お前もか……お前も俺の気持ちを裏切るのかっ!?
「ですが……これなら何とかなりそうですよ?」
ブルータスと叫ぼうとした瞬間、彼女が出した言葉はまったくの予想外過ぎて、裏切られた、と見開いた目がさらに大きくなったのを感じた。
「ど、どうしてこれなら何とかなりそうなの?」
「ええ……もっと大きいのだと流石に手一杯だったんですが……この大きさなら私一人でも作業できますよ?」
「いや、錨とか……帆とか……絶対重たいよ?」
「そうなんですか? なんて事なさそうですけど……ちょっと帆を張ってみても良いですか?」
ハヅキはそう言いながら船へと歩み進める。唖然として止めるのも忘れてしまった。慌てて後を追うと、ハヅキは既にマストのロープに手をかけていた。
「だ、大丈夫か? 手伝お……」
「よいしょ……っと」
声をかけるか否か、ハヅキはロープを引っ張り帆を開いた。
でかいと思っていた船は、帆を張ると余計に大きく見える。
「凄い……」
「大きいね……」
「そ、そんな、一人で……」
自然と感想が漏れた。一人、違う考えを持っている奴がいるが……
「い、いや、引っ張ると自然に開くようになってたんだ。きっと、畳む方が難しいんだよ」
「まあ、その可能性もあるよなぁ……畳むのは重たいんじゃないか?」
「じゃ、一旦畳みますね……よいしょ、よいしょ」
可愛らしい声をあげながら、ハヅキは軽々とロープを手繰り寄せている。凄いな、みるみる内に畳まれていくぞ。
「そ、そんな……大体、綺麗に畳める筈が……」
信じられない、といった様子のアンバーレッドだが、帆は元通りに納まっている。確かに、これなら帆については頭を悩ませなくても良さそうだ。
「錨はこれですかね……よいしょ!」
そう言うと、錨に繋がっている鎖を引き始めるハヅキ。一瞬、振動が船に伝わったが、すぐに揺れは収まった。
「ち、ちょっとハヅキ!! 船が動き始めちゃうよ!?」
「と、そうですね……一回戻します」
ハヅキは手にした鎖を再び海へと戻していく。ズン、と響く音がすると、何事もなかったように船は静かに泊まった。
「とりあえず、船を動かす事は問題なさそうですね」
「ああ……凄いな。一人でよく持ち上げられるもんだ」
試しに鎖を触ってみたが、びくともしなかった。どんな腕力してるんだ……
「鬼の巫女ですから」
ハヅキは恥ずかしそうに顔を赤らめると、その場にお辞儀をしている。
「鬼の……もしかして、暮らしていたたけでなく、本当に鬼人族なのかい?」
先程までハヅキの規格外の腕力に呆然としていたアンバーレッドが口を開いた。そうか、ハヅキは鬼人族の大陸で暮らしていたと言っていたが、角がないから人族に見えてたのか。
「はい……角はありませんが、鬼人族の巫女として仕えていました」
「そうか! それでその腕力……いや、納得がいったよ。鬼人族なら錨の一つや二つ、簡単に持ち上げられるよね」
「鬼人族の人達って、皆強いもんね」
「そうですね……単純な身体能力としては、人族の倍はあるでしょうね」
おぉ……そうなんだ。でも、助かったな。これで船は動かせそうだ。
「でも、操船はどうするの? 風を読むなんて、誰か出来る?」
イロリナの言葉に黙ってしまう俺達。
そうだった。エンジンで動いていないんだから、船を動かすのには風を読まないといけない。それこそ、熟年の技が必要だろう。また、暗礁に乗り上げてしまった……
「それも、大丈夫です」
と、口を開いたのはハヅキだ。ひょっとして、風まで読めるのか? 風使い・ハヅキか?
「悠護さん、風魔法を使えますよね? 帆に向かって風を吹かせれば、簡単に勧めますよ」
「あ……」
なんだ、風使いは俺か。というか、何で思い至らなかったんだろう……
「風魔法を使い続けなくても、ある程度は進むだろうし……それならいけそうだね」
「じゃあ……」
「そうだな。出港、出来そうだ」
しかし、船を手に入れてからトントン拍子に進むな。これも貧乏神様の御加護のおかげかな。
何にせよ、出港だ。まずは、どの大陸に向かうかな。




