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巫女

 ハヅキが泣き止んだのは、下衆共を自警団が連行して、倉庫内に俺達以外誰もいなくなってからだった。

 本来であれば、参考人として俺達も連れていかれる所だったんだが……ジブリールが気を利かせてくれ、傷の処置が終わってから、明日以降に自警団の詰所に来てくれれば良いとしてくれた。今は、自警団に伝言をお願いして、アンバーレッドがここに来るのを待っている状態だ。


 何せ、今の俺は下手に動けない。動けば、しっちゃかめっちゃかに辺りの高級品を破壊してしまう。アンバーレッドが簡易祭壇を持ってここまで来てくれれば、とりあえずの応急処置は出来る。その間、泣き止んだハヅキの話をすることにしよう。


「イロリナ、無理矢理奴隷にされた人間は、主人の命令以外に解放出来ないのか?」


「あたしにはわからないんだけど……アンバーレッドが言うには何とかなるみたい。なんか、『この程度なら、ボクに任せておけば大丈夫だよ』とかって言ってたわ」


「で、では……?」


「安心して。奴隷になんか絶対にさせないから! でも、方法は後で詳しく聞いてみてよ」


 その言葉に、ハヅキの顔が明るくなる。しかし、商人ってそんな万能な存在なんだなぁ……


「本当に、なんとお礼をすればいいのか……」


「お礼を、って言うなら……その格好、巫女様でしょう? 彼の背中、看てもらえたり出来ないかな?」


「も、もちろんですっ!!」


 そう言うと、ハヅキは俺の背中に回り手をかざした。ぶつぶつと何やら唱えていると、少しずつ背中に暖かみを感じるようになってきた。もしかして、これが回復魔法か?


「流石、巫女様ね。どんどん良くなってく」


「いえ……まだまだ未熟者、です……」


 ハヅキがそう言葉にすると、背中に感じていた温もりは消えてしまったが、同時にヒリヒリと感じていた焼けるような痛みも消えていた。


「凄いなっ!! もう何ともないぞ!!」


「あ、ユウゴ。まだ動いちゃダメよ? アンバーレッドが来るまで、ストップ」


「と……そうだった」


 本当は走り出して元気さをアピールしたい所だが、素直に動かずに待つ。すると、ハヅキが言いにくそうにこう口にした。


「あの……今更何ですが……お二人のお名前は……?」


 そういや名乗ってなかったな。


「俺はユウゴ。そっちがイロリナだ。もう一人いた小さいのがアンバーレッド。彼女は商人で、戦いには参加しないが、俺達の仲間だ」


「ユウゴさんに、イロリナさん……」


「なんか、さん付けって照れ臭いね」


 イロリナは恥ずかしそうに笑っている。普段呼び捨てだからな。新鮮味は感じるな。


「それで、その……ユウゴさんが仰っていた、神様というのは……?」


 あー、巫女さん的には気になるわな。神様が憑いてるなんて言われたら、普通は信じないだろうけど……

 神に仕える立場からすれば、自分の神が見ず知らずの他人に憑いていたとしたら、根掘り葉掘り聞きたいに決まっている。疲れもあるし、適当にはぐらかしておこう。


「それがね、ユウゴって貧乏神に取り憑かれてるのよ」


「何で、そこでどストレートぶちかましちゃうかねえ!!」


 はっ!?

 思わず突っ込んでしまった。イロリナさんよ、もうちょいオブラートに伝える事は出来なかったかね……


「貧乏神……ですか?」


 ほら、案の定戸惑ってる。いきなり貧乏神に取り憑かれてるなんて、信じるわけないだろう。イロリナ自身だって、始めは信じてなかったんだから、少し位誤魔化してくれても良かったんだけどな……

 仕方ない、こうなったら全部言っちまおう。

 ハヅキに、簡単に今の俺の状態を伝える。一応、転生している事は伝えないでおいた。別に関係ないだろうからな。


「つまり……ユウゴさんは貧乏神様に祈祷する事で、御自身に幸運が舞い込むという事ですか?」


「そうだな。ついでに言うと、ほったらかしていたら、どんどん貧乏になる。歩くだけで金が無くなっていくのは、もう経験したくないな」


 だから、今動かずにじっとしているのだが……

 ハヅキはその後黙って考え込んでいるようだ。自分の信仰している神と違うものだから、癇に障ってしまったか?


「ハヅキ……大丈夫……?」


「あ……はい。ちょっと、珍しかったものですから、面食らってしまって……」


 あ、考えてた訳でもなく、ただ呆然としていたのか。


「ハヅキの信仰している神様とは、別物だろう?」


「はい、八百万の神と言いますから、その事は珍しくもないと思いますが……それでも、貧乏神様を奉るのは珍しい……というか、初めて聞きますけれど……」


 そうだよな。日本にいた頃でさえ、貧乏神が御神体の神社には行ったことがない。探せばあるかもしれないが、少なくとも、家の近所にはなかった。


「ですが、こうして私達を守護って下さったのです。きちんと、お礼をしなければなりませんね」


「あ、それは良いかも。本職が祈祷した方が、効果も高そうだし」


「現金ねぇ……あ、アンバーレッドが来たよ」


 言われて扉の方を見ると、顔を真っ赤にさせたアンバーレッドが目に映った。肩を上下させていて、呼吸も荒い。余程急いで走ってきてくれたのだろう。


「ゼェ……ゼェ……お、お待たせ……」


「いや、そんなに待ってない……というか、少し休んでくれ。動かなければどうもないから」


「ハァ……ハァ……す、すまない……ちょっと息を整えてから……」


「いや、こちらこそ悪かった。ゆっくりしてくれ」


 到着してから二、三分して、漸く息が落ち着いたアンバーレッドは、昨日も使った簡易祭壇を出してくれた。

 俺の前に置いてもらい、手を合わせて祈祷する。隣を見ると、ハヅキも手を合わせてくれていた。


「私もお世話になりましたから……今はほんの少しですが、後日もっとしっかりと祈らせてください」


 そう言って笑っていたが、巫女さんは伊達じゃないな。明らかに俺よりハマっている。何ていうか、そこだけ枠に入れて切り取りたい感じ。カメラがあれば良かったのにな。


「さて、とりあえず動いても大丈夫そうだし……帰るか」


「賛成だね。もう眠いよ……ふぁ……」


「あたしも今日は素直に寝るわ……」


 と、三人で出口へと歩いていく。何事もなく足が出せて何よりだ。って、一人足りないな。


「ハヅキ、来ないのか?」


「えっ!?」


「こんな穴だらけの所で寝たら風邪引くよ? 早く帰ろう?」


「あの、私……ついていって良いのですか?」


「何を今更……せっかく助けたんだから、最後まで責任持って助けさせてよ」


「気が引けるなら、祈祷の手伝いをしてくれると助かるな」


「は、はい……ありがとうございます!! 祈祷はお任せくださいっ!!」


 こうして、ハヅキは俺達と一緒にシェラの館で寝泊まりする事になった。当然、俺は給仕室だったけどな。








 翌日、ジブリールの所へと向かう前に、ハヅキが一人で給仕室を訪ねてきた。


「一人でどうしたんだ?」


「背中の御具合はいかがかと思いまして……どうですか?」


「ああ、それならお陰様で。もう何ともないよ、ありがとう」


 そう伝えて部屋から離れるよう促すが、ハヅキはその場に残っている。昨日あんなことがあったばかりだし、男の近くにいたくないと思うんだけど……


「まだ……何かあるのか?」


「はい……昨日は本当にありがとうございました。そこで、折り入って御相談が……」


「相談?」


「はい。私を、ユウゴさんのクランに入れて頂けませんか?」


「そりゃ願ってもない申し出だけど……何でまた?」


「一つは神様の御加護をお持ちの方に初めてお会いしましたから……御一緒していれば、私も何か天啓のような物があるかと思いまして……」


 まぁ、わからなくもないけどな。俺のはちょっと違うから無理じゃないかな……


「それに、助けて戴いた御恩もあります。このまま何も返さずにいるのは、鬼の巫女の名折れです!」


「わ、わかった……こっちとしても、回復できる人間を探していたから、有りがたい限りだ。けど、本当に良いのか? できれば、しばらくゆっくりしたいんじゃないのか?」


「そうですね……昨日の事はそれなりにショックでしたが……鬼人族の風習として、強者に従うというのがあるんですよ。ですから、組み敷かれたとしても、自分が弱いのが悪い、とある程度は割り切れます」


 奴隷契約のせいで、本来の力が出せない事の方は苛立ちましたけどね、と続けるハヅキ。鬼人族も凄い風習が伝わってるもんだな。


「それに、ユウゴさんなら……」


「え?」


「いえ、何でもありません。これから、よろしくお願いしますね」


 そう言うと、ハヅキは部屋へと戻って行ってしまった。最後、何て言った? 小声で聞き取れなかったな。

 しばらく悶々としていると、ハヅキが走って戻ってきた。


「あ、あの!! 忘れていました!! ユウゴさん!!!!」


「は、はい!!」


 凄い剣幕だ。まさに、鬼気迫る。


「漢字、有るんですよね? 教えてくれませんか?」


「え?」


「その名前の響きに、手を合わせて祈るスタイル。どう考えても同じ文化圏じゃないですか。きっと、漢字の名前も有るんだろうな、って」


「あ、あぁ。あるけど……わかるのか?」


「鬼人族ですから。さ、早く教えてください」


 鬼人族はどうも日本的な文化してるようだ。適当な紙に鉛筆で『悠護』と書いて見せる。なんか自分の名前を漢字で書くの久々だな。字が下手になってる気がする。


「悠……護……ですね。はい、ありがとうございます。ちなみに、私は葉月と書きます」


 あ、そうなんだ。悠護と書いた隣に、自分の名前を書いて見せてくれた。


「なんか隣り合ってると、こういう事してみたくなるな」


 手にした鉛筆で、二人の名前の上に相合い傘を書いてみる。ついでに天辺にハートも書いておいた。生前にはまったく経験のないことだ。少し位憧れてもいいだろ。


「ななな、な、にをしてるんですかぁ!!」


 と、顔を赤らめてハヅキが紙をひったくった。そんなに照れなくても……


「も、もう!! あんまり悪ふざけしたら、メッですよ?」


 と言いながら、ハヅキは拳骨に息を吹き掛けている。いや、殴り巫女の異名を持つ彼女のそれはやばい。素直に謝り、どうにか許してもらった。


「まあ、こんなリーダーだけど、これからよろしくな、ハヅキ」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 彼女は淑やかに一礼すると、優しく微笑んだのだった。

 さて、この後はジブリールの所か。ついでに家の目星でも付いていると良いんだけど……

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