下衆
不快な表現があるかと思います。
苦手な方はご注意ください。
顔に何か冷たい感覚を覚え、重たい瞼を開いた。目の前には、先ほどハヅキを捕らえていた黒服と、トロルを操っていた気色悪い男がソファーに腰かけていた。
これで何度目の気絶だったか……ふと倉庫の時計が目に入った。もう十二時になりそうだ。外の様子からは、夜の様だ。まだ、イロリナ達の助けは来ない。
何度も抗おうと試みたが、俺の手は魔法が使えないようがっちりと縄で組まれ、魔力封じの鎖で縛られている。
「目が覚めたようだな……気分はどうかな?」
「余り良い気分とは言えないな。どうせなら、もっと美人に起こされたかったもんだ」
「まだそんな減らず口が言えるんですねぇ……やりなさい」
「うっす!!」
「あ゛ぁああぁあ゛あ゛っ゛!!!!」
気色悪い男に指示を受けた荒くれ共は、揃って俺の背中を鞭で打ちすえてくる。既に皮膚は裂け、痛覚は始めに打たれたときよりも、さらに敏感になっている気がする。
「……うるせぇ野郎だ。いい加減、諦めたらどうだ? お前が一言、『装備を言い値で売却します』って言えば、これ以上痛めつけないで解放してやるんだがな?」
「生憎、昔から声だけはでかいって有名だったもんでね……」
「強情だな……まぁ、良い。それなら方法を変えるだけだ。おい!」
黒服が叫ぶと、荒くれ共は何か別の道具を取りに行ったようだ。
「キヒッ、貴方みたいに打たれ強い人間はねぇ、心をへし折ってあげる方が先なんですよぉ?」
気色悪い方が何か言っているが……よくわからないな。精神的な拷問、と言う事だろうか。
「連れてきやした!!」
「ご苦労……もう行って良いぞ」
「ですがボス……こいつは……」
「行って良いと言ってるだろう?」
黒服が手下の荒くれをきつい目で睨む。その胆力は本物だ。怯えきった荒くれは、逃げるように部屋から出ていった。残されたのは、荒くれが連れてきたハヅキだ。手は前方で縛られており、目隠しまでされている。表情の全てを伺う事は出来ないが、間違いなく恐怖を覚えているだろう。
「さて、お前に対する次の拷問だがな……正直言って、飽きた」
「は……?」
「最初は部下達のストレス解消にもなったんだけどな……お前、つまらないんだよ。俺は、もっと怯える表情が見たかったんだがな……」
この黒服、かなり性格が悪いな。他人の恐怖した顔が見たいって……お化け屋敷でもやってろっての。
「こっちとしてはもう殺してもいいんだが……お前の武器がそうさせてくれない。殺すと星の価値が無くなるからな……出来れば星を生かしたまま、俺達に譲って欲しくて、こうしてお願いしてるんだが……どうも、それで殺されないとナメられてるみたいだからな。趣向を変える事にした」
そう言うと、黒服はハヅキをソファーに引きずり倒し、その肢体の上に馬乗りになった。
「守ろうとした女が、目の前で成す術もなく、雌豚に堕ちる瞬間でも見ているといい」
そう言うと、黒服はハヅキの足に手を這わせていく。ハヅキは倒された衝撃で、何をされていたのかわかっていなかったようだが、すぐに気が付くと必死で抵抗を始めた。
「無駄だ。『動くな』」
その一言で、ハヅキの動きははっきりと鈍くなった。こいつが、奴隷の主人格になってるのか。
「まだ動くか……重ねて命ずる。『動くな』」
呪いに対する抵抗力の高いハヅキと言えども、命令を重ねられて耐えきれなかったのだろう。次第に抗う力は抜け、黒服の手が自由にハヅキの足を這いずっている。気色悪いだろうに、ハヅキは必死に歯を食い縛り、声をあげずに耐えているようだ。
「おい! やめろ!!」
そんな俺の言葉を無視して、黒服はニタニタと笑いながら手を動かし続けている。
「この女、中々気丈だな……上玉でこれなら、高値で売れる」
ハヅキが必死に耐える様子さえ弄ぶこの外道は、徐々にその手を腰の方へとあげていった。流石にそれにはハヅキも体を震わせ、明確に拒絶を示したが、力の入らない体では焼け石に水のようだ。外道は、今度は腰から胸にかけて手を動かそうとして、止めた。
「これが最後だ。今、俺達に協力すれば、これ以上は見せないでおいてやる。この女を奴隷として売るのは変えようがないが……せめて、お前の知らない所で事が済むようにしてやろう。それでも拒否するのなら仕方ない。そこで、救えなかった女の末路でも見てるといい」
う、うぅ……ハヅキを助けられないのか……?
「わ、私は大丈夫ですから……自分の大切な物を守って下さい……」
と、震えるハヅキの声が聞こえてきた。それすら嘲笑い、外道が続ける。
「ハハッ、良いじゃないか!! 滾ってきたぜ! お前がどんなに気丈に振る舞おうとな、最後にはこの『魔女の妙薬』で恍惚の表情を浮かべるんだよ!! この薬無しじゃ生きられなくなるぜ? これだけ強い女が、泣いてすがるんだ! 薬をちょうだい、ってなぁ!!」
…………下衆がっ!!!!
こいつは絶対に許さん! どうにかしてぶちのめしてやる!!
「それで? どうするんだ? 今なら、装備をよこせばお前だけは解放してやるぞ?」
「……条件がある」
「この期に及んで条件だ? お前にある選択肢は、この女の行く末を見るか、見ないか、その二つだけだぜ?」
「いや、どうせその薬を使うんだろう? なら、俺の手で使わせてくれないか?」
その提案に、下衆は一度きょとんとした顔を浮かべた後、ニターっと、心底反吐が出る笑みを浮かべた。
「何だよお前、そういう趣味だったのか? それなら汲んでやらない訳にはいかないよなぁ。おい、連れてこい」
「キヒヒッ、貴方も悪い人間ですねぇ」
気色悪い方の男が俺を立たせると、下衆の方へと引っ張っていく。魔力封じの鎖は外されなかったが、手の拘束は自由にされた。
「ほら、これを飲ませるんだ」
そう言って、下衆は俺に薬を渡してくる。ゆっくりと受けとると、大事な事を確認した。
「この薬、高いんだろ?」
「ん? ああ、金貨で五枚はかかるぜ?」
「そうか……残念だったな」
そう言うと、しっかりと持っていた筈の薬の瓶が、するりと滑り下衆に向かってこぼれ落ちた。
「て、てめぇ!! 何しやがる!!」
「言ってなかったけどな、俺には神様が憑いてるんだ。ひどく欲張りで、ワガママで、へそ曲がりな、な」
話しながら、これ以上の狼藉を働かせないように、下衆とハヅキの間に体を入れる。
「だから何だってんだ!!」
下衆の方は俺への攻撃も忘れ、必死で薬を拭っている。余程効果のある薬のようだ。
「お前、言ってただろう? 俺の運が尽きたって。実際、尽きたんだと思うよ? じゃなきゃ、こんな酷い目に合う筈がないし。でもな、俺の神様は、高い物に目が無いんだよ。神様が満足してないのに、俺が高価な物を使うわけにいかないだろう? だから、今のはきっと天罰だ」
「何をべらべらと分からない事を言ってるんですかねぇ!!」
気色悪い方が俺に向かって短剣を構えてくる。
「やめとけ。今の俺は、逆の意味で愛され過ぎてる」
そう言って足を一歩出した瞬間、盛大に転び、気色悪い男の高そうなローブをびりびりに破いた。
「ああぁー!! ローランのローブがぁ!」
なんか、ブランド物だったのか?
立ち上がろうとしたが、今度は攻撃しようとしていた下衆の足に縺れて、再び転んだ。追撃されないよう、今度は素早く立ち上がったが、その弾みで下衆の嵌めていた指輪を踏み抜いてしまった。これまた、高そうな宝石がぱっくりと割れている。
「お、お、俺の指環ー!!」
「ああ、そう言えば……悪いな。謝ってなかった。今の俺は、動けば高級品を破壊する。本来なら賠償ものだろうけど……どうせ盗品の類いだろ? お前らも文無しになってくれ」
そう告げて、また一歩と踏み出す。ガキン、と音がして魔力封じの鎖が壊れた。よくわからんが、これはラッキーかな?
下衆二人に対して、魔力を込めた指先を向ける。上手く発動すればあいつらにダメージが入る筈だ。
「「ご、ご免なさい!! 許してください!!」」
「そう言って、何人誑かしてきた? 諦めな」
今込められる全ての魔力を指先に溜め、土の魔法を放つ。
全力の『アースミサイル』は下衆共には直撃しなかったが、その周囲へと飛び散り、様々な物を破壊した。たぶん、全部高級品なんだと思う。
よく見ると、飛び散った土塊が頭に当たり、下衆二人も倒れた様だ。うわ言で、『キ、キモチイイ』と呟いている。ほんの僅かしかかからなかったが……自業自得だな、ざまあ。
「ハヅキ! 大丈夫か!?」
「は、はい……どうなったのですか?」
彼女はまだ目と手を拘束しをされたままだ。早く解放してあけたいが、俺も下手に動けない。
と、外の方から何やら騒がしい音が聞こえてきた。怒号と剣戟の鳴り響く音も聞こえる。漸く、助けが来たかな?
部屋の入り口の方を見ていると、扉が木っ端微塵に吹き飛んだ。
「ユウゴ!! 大丈夫!?」
「イロリナか……助かったよ……とりあえず、彼女を解放してあげてくれ。俺より、よっぽど嫌な思いをしてる」
「わかったわ。って!! 背中!! 酷いよ!? 本当に大丈夫!?」
「ああ、まだ余裕がある。先に彼女を頼むよ」
わかっちゃいたけど、背中の傷も凄まじいみたいだな。だけど、それよりハヅキの方が心配だ。すんでのところだったが……こういうのは体より心に傷が残りやすいからな。少し様子を見ておかないと。イロリナなら、そういうのに向いている。底抜けに明るいし、しばらく彼女についていてもらおう。
「ジブリールは来てるのか?」
「うん。自警団に話が中々通じなくて……遅くなってごめん……」
「いや、ドジった俺も悪い。言いっこ無しにしよう」
「うん、ありがとう……ハヅキ、大丈夫……?」
イロリナはハヅキの拘束を解くと、ゆっくりと背中に手を回して抱きしめている。
「はい……いえ、怖かった、です……」
と、ポロポロと涙するハヅキ。それを頑張ったね、と慰めるイロリナ。二人とも金髪だから、まるで姉妹のようだ。
「何にせよ、もう大丈夫だな……あー、長い一日だった……」
一人じゃ一歩も動けない状態ではあるが……自警団も来たし、これで収拾がつくだろう。ハーバルタウンの違法奴隷も、今回の件で数が減ってくれると良いんだけどな。




