七ツ星の『鑑定』
「とうちゃーく! あたしが一番だったね!!」
「相変わらず速いな。だけど、ちょっと飛ばしすぎだ。アンバーレッドが死にそうになってるぞ」
「いや……大丈夫……だよ……ゼェ……ゼェ……」
「あ……ごめん……」
ハーバルタウンへと駆け出したイロリナは、町の人々に道を尋ねながらシェラの館をすぐに見つけていた。AGIの差もあって、大急ぎで追いかけてきたが、自分の屋敷から出たことのないアンバーレッドは既にグロッキー状態だ。
「ゼェ……ゼェ……う、うん。大丈夫……とりあえず、ここが目的地、だよ……」
なら、いつまでも入り口でうろちょろしてられないな。さっさと入って、用件を済まそう。それに、アンバーレッドに水を貰いたい所だ。
ギィ……と小気味良い音を立てて扉が開く。入り口でぼんやりと眺めた感じだと、この館はアンバーレッドの屋敷のようにだだっ広くはなかった。その代わり、高い煙突が設置されていて、いくつかの階層構造になっているようだ。外観から言うと、三階建てくらいかな?
「いらっしゃい……今日はどんな御用件で……?」
と、いかにも低血圧そうな女性が姿を表した。髪は綺麗にまとまっていて、端正な顔立ちもしているが、その顔色は青白く、黒一色のワンピースに幸薄そうな印象を覚える。
「あー、話を伝えやすいのはこっちのアンバーレッドの方なんだが……ちょっと疲れてるみたいでな。水を一杯頂けないか?」
「アンバーレッド様……? 確かに……少しお待ちを……」
そう言って女性は裏に回ると、コップ一杯の水を持ってきてくれた。アンバーレッドは差し出された水を飲むと、何度か咳払いをしてゆっくりと話始めた。
「あぁ、シェラさん、ありがとう。助かったよ。シーボまでそう遠くはないとはいえ、いつも家まで挨拶に来てくれてありがとう。それに屋敷の人間がよくお世話になっていて……」
流石七ツ星の商人、今までへろへろだったとは思えない態度で会話を交わしている。アンバーレッドは挨拶の後、簡単にこれまでのいきさつと、今からこの町に居を構えたい旨を伝えてくれた。
「まぁ……アンバーレッド様がお外に出られるなんて……今日はお赤飯ですね。それから、この町で家探しもされるなんて……その間の宿泊、確かに承りました……でも、何もこの町にしなくても……」
「どういう事だ?」
何か、凄い不穏な事を言っている気がする。思わず横から口を出してしまった。
「いえ……ここは交易都市ですから……品の無い人間も多く集まるのです……どうか、あまり
そう言った人間と関わりませんよう……」
「ああ、そういうことか。わかってる、不用意に近づいたりしないよ」
「お願いします……家が決まるまでは、この館でおくつろぎ下さい……」
そう言って、女主人シェラは館の一室を案内してくれた。元々宿屋を営んでいるそうだが、アンバーレッドの召使いたちがよく使う事もあって、一室を借りきっているらしい。もっとも、ここに居座ると召使いたちが困る事になるので、なるべく早く家を見つける必要があるが。
「居宅の方は私の方でも探してみます……予算はどの程度……?」
「一応、今手元に金貨三十枚ある。相場が分からないが……足りるか?」
「えぇ……充分でございます……何軒か候補を立てて、案内させていただきます……それでは……」
シェラはそう言うと静かに部屋を出て行った。案内された部屋は、三人で使うには充分広い。アンバーレッドの『収納』のお陰で、大きな手荷物もないし、簡単に間取りを確認していると見覚えのある物を見つけた。
「これは……」
「なになに? 何か見つけた?」
興味津々にイロリナが近寄ってくる。見つけたのは時計だ。壁に掛けられていて、丁寧に数字が装飾されている。今は長針が十二、短針が四の所で止まっている。夕方四時か。
「時計、あったんだな……」
「ユウゴ君は時計を初めて見るのかい?」
「こっちに来てからは初めて見たな」
「あー、今までそんなに大きな所に泊まってなかったしね」
「田舎は、まだ時間に縛られるような生活はしてないだろうからね。ボクの家にはあったけど、見かけなかったかい?」
「そうなのか?」
全然気付かなかったな。でもこの時計を見る限り、日本と同じ時間の進み方で、時間の数え方も同じ様だ。腕時計何かがあると野営の時に便利かもしれないな。安く売ってたりしないだろうか。
「まぁ、この町だとそんなに珍しい物じゃないよ…………じゃ、約束の『鑑定』を済ませようか」
おっと、そうだった。アンバーレッドからはまだ『鑑定』をしてもらっていない。身仕度を済ませて、早々にハーバルタウンに向かって来た。七ツ星の『鑑定』にどれだけ労力を使うかもわからなかったから、とりあえず到着までは何もしないで来たんだった。
「じゃ、宜しく頼む」
手元にある『紅蓮の煙管』と『倶利伽羅長羽織』、それとイロリナの持っている『百花繚乱』をアンバーレッドへと差し出した。
「はい、確かに。じゃ、観てみよう」
アンバーレッドはそう呟くと、三品を代わる代わる手に取り、ゆっくりと色々な方向から調べて始めた。特に『倶利伽羅長羽織』に関しては、じっくりと生地を撫で上げて調べていた。
正直、七ツ星の『百花繚乱』の方を詳しく調べないといけないんじゃないか、とも思ったが、その表情は真剣そのもので、話しかけることさえ躊躇われた。
「あ、もう終わってるよ」
って終わってんのかーい!!
ならそんなに撫で回さなくても良いじゃんよ。
「いや、案外この羽織の手触りが良くてね……」
そうか?
あんまり気にしたことなかったけど、そう言われると気になるな。アンバーレッドの持つ羽織をそっと撫でてみる。うん、別に普通。
「ひゃう!!」
おぉ、びっくりした。生地越しに彼女の手も撫でてしまったようだ。素直に謝っておく。
「も、もう。びっくりするじゃないか……気をつけてくれよ?」
「あ、ああ、すまなかった」
顔を赤らめながらそんな事を言われると、こっちもドキドキしてしまう。ポーカーフェイスな女性と思っていたが、案外顔に出やすいんだな。
「それで、結果は?」
と、イロリナが脱線しかかった話を戻してくれた。アンバーレッドは何もなかったように、平然とした顔に戻るとこう続けた。
「『百花繚乱』は剣だね。小ぶりだけど切れ味もまずまず。でも、どちらかというと突き刺すように使った方が効果的かな。説明としては、見た目も麗しい扱いやすい剣、と書かれてるけど……」
「おいおい……マジか? あれだけ苦労したのに、特殊な効果の一つもないのかよ……」
「まあ、落ち着いて……効果を持っているのは鍔の方なんだ。花があしらってある部分があるでしょ? それ、実は、元は本物の花なんだよ。『百花繚乱』は名前の通り、花が咲き乱れる事で強さを増す剣みたい。鍔の部分に花を捧げて、一晩経つと効果が出るみたいだよ」
「それって、自分の好きな花が鍔に施されるって事?」
「そう捉えて良いと思うよ。あと、名前の通り百の花が咲いたとき、この剣は最も強く美しくなるみたい」
はぇー……ちゃんと不思議効果があるもんなんだなぁ……
でも百の花って……そんなに鍔にくっついたら持ち難くないか……?
「ふふっ、そしたらあたしの好きな花を装飾しようっと」
そんな心配を余所に、イロリナは笑顔で育成計画を立てている。まぁ、好きにさせよう。気に入ってるみたいだし。
「それと、『紅蓮の煙管』はキセルの一種だね。一応、普通に使う事も出来るけど、しっかりと吸い込んで吐き出すと炎が出せるみたい。あと、火属性の魔法の効果が高まるみたいだよ」
うん、それは何となく経験で知ってた。大きく頷くと、アンバーレッドはさらに続ける。
「最後に羽織だけど……これが案外不思議でねぇ……この模様、もっと増えるみたいなんだよ」
「増える? 『百花繚乱』みたいに?」
「うーん……増え方が確定できないんだ……それもあって手に取ったんだけど、そんな事より手触りが良くて……」
こらこら、しっかり仕事してくれ……
「でも、少しわかった事もあるんだよ? 何か特殊な素材を使って、刺繍を施していくみたいなんだ」
「特殊……ねぇ……」
そもそも、この『倶利伽羅長羽織』自体がガチャから出てきた特殊な素材だしなぁ……素材もガチャ頼みかな……
「まあ、大体わかったから良いか」
「そう言ってくれると助かるよ」
ほぅ、と息を吐くアンバーレッド。心なしか、額にはうっすらと汗が滲んでいるように見える。
「やっぱり、七ツ星の『鑑定』は大変?」
「んー……そこまでじゃなかったよ。ただ、失敗したらボクは用済みになるだろう? そのプレッシャーはあったかな」
苦笑しながらそんな事を言い出すアンバーレッド。何変なこと考えてるんだか……
「仮に『鑑定』出来なかったとしても、はい、サヨナラ、と屋敷に戻したりはしないさ。まだ『収納』もしてもらうし。第一、クランには入っていなくても、もう仲間だろ」
「そうだよ! 折角外に出てきたんだから、もっと色々見て回らなきゃ!!」
「二人とも……ありがとう……」
アンバーレッドは嬉しそうに羽織を握り締めて笑っていた。
うん、良い笑顔だ。パーティメンバーはこうじゃなきゃな。
でも、それ俺の羽織だから……皺になるから……
もうちょっと、こう、優しく、ね?
「仲間で思い出したんだが、次に加える仲間の候補を考えたいと思います」
アンバーレッドから返してもらった『倶利伽羅長羽織』を着ながら、二人にそう告げた。
うぅ……紋々がひしゃげてちょっとカッコ悪くなってる……
「お? どしたの? 急に」
「いやな、この間の竜みたいなのと戦うわけじゃないけど、アンバーレッドは戦いには素人だろ? イロリナはどっちかって言うと補助的な立場だ。長期戦とか、集団戦になったらかなり不利だなって」
「ああ、成程。それで、仲間を増やしたい、と」
「良いんじゃない? ユウゴは、希望があるの?」
お、案外二人とも乗り気だな。個人的にはシスイを推したいが、本人に断られてしまっている。
「今のところ、この人が良いってのはないな。ただ、回復役が一人いてくれると助かると思ってる」
そう、前回の竜戦でも、一撃にあれだけ気を使ったのは回復役--ヒーラー--がいなかったのもある。もし一線で戦えるヒーラーがいれば、回復に補助もこなしてくれるだろう。長期戦や集団戦にも少し目処が立つと思う。
「ヒーラーかぁ……確かに、一人いてくれると大助かりよねぇ……」
「ボクは戦いには役立たないからね。二人の意向に任せるよ」
「強力なアタッカーとか、敵の攻撃を受けてくれる盾役も欲しい所だけど……打ち漏らした敵が、アンバーレッドを襲わないとも限らないだろ? その時、回復出来ないのは困る」
「そうだね。ユウゴの言う事は間違ってないと思う。そしたら、冒険者ギルドに行って、仲間を募集してる人がいないか見てみよっか」
三人で頷き合い、シェラの館を後にした。時刻は夕方五時、まだ外は明るいが……シーボの町同様、ハーバルタウンも大きな町だ。ギルドには人も居るだろう。腕の良いヒーラーと、運が良ければ新しい家の情報。両方貰えればラッキーだな。ま、とりあえず向かってみるか。




