お告げ
「やっほー、貴方のビンちゃんよー」
気付いたら何時ものあの白い間に居た。相変わらず、貧乏神様はやる気無さそうに抑揚のない声で話しかけてくる。今回は白のワンピースに『HIN』とローマ字だ。意外とバリエーションがあるんだな……
「どうも……」
「あら、元気ないじゃない? せっかく私が会いに来てあげたのに」
いや、貧乏神様。この間会ったばかりだよね?
確かに激戦だったけど、この間、貧乏神様の天罰を受けて三日と経ってないよ?
「お、そんな態度で良いのかな? また天罰与えるよ?」
「あぁぁっ!! す、すみません! 貴女様に会えて大変光栄でございます!! この度はご機嫌も麗しく……」
「ま、いいわ。今日は怒りに来たんじゃないのよー。この間のアレ、中々良かったわ」
「アレ、と言うと……菓子パンモドキか?」
「そうそう……パンはぼそぼそしてて、かったいものだったけど、久々の甘味としては及第点をあげるわ」
それはそれは……
「なので、私はもっと美味しいものを所望する」
「お、美味しいもの……?」
「そうよ。ちゃんと供えられたら、またしっかり守護ってあげるわ」
あ、やっぱり今回も守護ってくれてたんだ。確かにあの巨竜、動きが単調だったしなぁ……
「ま、ちゃんと信仰してたからね。無下にはしないわ。本来なら、あの巨竜は爪も尻尾も振り回してたでしょうね」
やっぱり……かなりタイムリーに守護られてたんだなぁ。
「そ。だから、今後もしっかり私を崇め奉りなさい」
「ははぁー……あの、神様。菓子パンモドキはしっかり召し上がったんです?」
「え? まあどんなもんか調べないとねぇ」
「じゃ、今はあの菓子パンモドキは……」
「ああ、この世界にはないよ? 私の胃袋に消えてるから」
胃袋の中……? 存在そのものが無くなってるのか……でも、それならこの世界の物に干渉できるって事だよな?
「そうすると、その気になればそこらの美味しいものをかっぱらって来ることも……?」
「できませんー。っていうか、出来てもそんな事するかっ!! ……神連中の間でもルール、神律っていうのが合ってだねぇ、自分に捧げられた供物以外は手を出せない決まりなのよ」
「へぇー、神様も色々あるんだな」
「そうなのよね……下手にそこらの物を取って、守護神同士の闘争に発展しちゃったら大問題になるしさぁ……あー、考えただけでも怠い」
「で、美味しいものを御所望されている、ってことですか。」
「そう。口に入れただけで溶けちゃうくらい柔らかいお肉とか、プチプチとした食感が味わえる魚卵なんかも良いわね。今回みたいな甘味も好きだし……あ、勿論、高価な宝石なんかでもいいわよ?」
「いや、神様。それ、全部やってたら途方もない金額が必要になりそうなんだけど……」
「そりゃ、貧乏神ですもの。貴方が貧乏になって、私が幸せになる。その代わり、貴方もイイ思いができる。ウィン―ウィンだと思わない?」
「いや、まぁ……加護は素晴らしいものだし、必要なんだけど……ちょーっとお高くありません?」
「こんな美少女神様を捕まえておいて、『お高くありません?』ですって? 当り前よ。私は、仮にも神様よ、カ、ミ、サ、マ!! そんじょそこらの女と一緒にしないで頂戴」
貧乏神様は腕を組むと、眉間に皺を寄せて睨みつけてきた。
いや、流石に怒られたか。素直に従っておこう。勿論、本気で言っているわけじゃ無いし、貧乏神様も冗談だとわかっていたみたいだ。もう眉はいつもの様子に戻っている。
「じゃ、今後もよろしくねー。あ、そうそう。あのパンは中々だったからね、今回は特別サービスに一個だけお告げをしてあげましょう。目が覚めたら、その場からしばらく離れない事。それだけでいいわ」
その場から離れない……?
もうあの山に用事は無い筈だけど……腕を組んで考え込んでいると、貧乏神様から再度声が聞こえてきた。
「深く考えなくて良いわよ。しばらくしたら、また動きがあるわ。それまで、その場にいなさい」
「それだけ?」
「ええ、何もしなくていい。っていうか、何もするな」
貧乏神様は眼をカッと見開いて『何もするな』と強調してきた。いや、やっぱり神様怖えよ。これならさっきの巨竜の咆哮の方がよっぽど可愛げが有るって。こんなに凄まれたら何もしたくねえよ。
「うん、わかればよろしい。――じゃ、そろそろ戻るから。ちゃんと奉りなさいよー」
また抑揚のない声がそう聞こえると、貧乏神様の姿は霞んでいき、白い間が徐々にフェードアウトしていった。俺はと言うと、そう言えば律儀に心の声にも返事してくれてたなぁ、なんて全く関係ない事を考えていた。
「――――――――げっすぺんっ!?」
「ひゃぁ!?」
体を飛び起こすと驚いた顔をしてイロリナがこっちを見ている。何だ、そのもうちょっとだったのに、みたいな顔は。
「い、いきなり眠ったと思ったら、今度は奇声をあげながら起きないでよ。びっくりしたじゃない」
「ああ、悪い。案外、疲れてたみたいだ。眠った事にも気づかなかった。で、何してたんだ?」
「な、何もしてないわよー? ちょっと寝てる間に悪戯しようなんて考えもしなかったんだから」
それは、悪戯しようとしてたってことだよな。
「ハァ……ま、寝てる間に色々迷惑をかけたと思うし……騙されておくよ」
「な、何もしてないってば!!」
イロリナはなぜか顔を真っ赤にしながら反論してくる。いや、悪戯しようとしてたにしても、ホント、何しようとしてたんだろうな?
「わかったって……で、俺はどれくらい寝てたんだ? 見た感じ、大分時間が経ってる気がするんだけど」
先ほどまで澄んでいた青空は、いつの間にか茜がかっている。雲一つなかったはずだが、朱色に少しばかり黒が混じり始めていた。山の天気が変わりやすいのはここも一緒か。
「そうね、もう夕方よ。大体半日くらい寝てたことになるかしら……今ならまだ町に戻れるけど、どうするの?」
「あぁ、実は今さっき神様からお告げがあってな。とりあえずここに居ろってさ。だから、まだこの場に留まろうと思う」
「夜間でも動けない程じゃないけど……ユウゴの神様が言うならその通りにした方が良いんでしょうね」
どうもイロリナも貧乏神様を信じてくれているようだ。ま、恩恵も、天罰も、両方とも目の当たりにしているからな。ある程度は信じてくれるだろう。
「それに、残ってる竜もいるしね」
「残ってる?」
たしか襲い掛かってきた分はやっつけたし、残った一匹は逃げ去ったはずだけど……
「いや、あの幼竜の群れよ。今すぐに脅威って程じゃないけど、どうにかしておかないと、人を襲ったりしたら危ないでしょ?」
ああ!! 差し当たり脅威になっていなかったから忘れていた。でも貧乏神様の言う通りにするなら、何もしない、のが正しいんだよな……
「とりあえず、今日はここで様子を見よう。夜の戦闘、しかも幼いとはいえ竜を相手にするのはちょっと控えたい」
「ま、そうだよね。じゃ、野営の準備しよっか。あ、準備しながらで良いから、戦利品も見ておいてくれる?」
そう言いながら、イロリナは真っ赤な球体を差し出してきた。透明に透き通っていて綺麗だ。
「これは……?」
「さっきの巨竜の残したアイテムよ。何の効果があるのかわからないけど……あれだけ強かったんだし、良いものじゃないかしら?」
差し出された球体を受け取り、くるくると回しながら全体を調べてみたが、特別変わった所は無かった。俺の星の形が描かれているわけでもない。『鑑定』も行ったが、案の定、詳細はわからない。唯一、『竜侯の赤石』という名前がわかっただけだった。
「今のところ、どう使えば良いものかわからないな……とりあえず、飯の準備でもするか」
「そうね。簡単に保存食で済ませちゃいましょう」
そう言いながら、イロリナは自分の道具袋から燻製肉とパンを取り出した。
「これを挟んで、ちょっと味気無いけど……ユウゴも食べるでしょ? はい」
サンドイッチだな。パンの質は悪いから滅茶苦茶美味しいとは言えないけど。イロリナが作ってくれたと思うと美味しい気がしてくるあたり、不思議だよな。
「ああ、ありがとう」
「今度またあの甘いの食べさせてね」
サンドイッチを受け取ると、二人してむしゃむしゃと食べる。やっぱり、パンは顎が少し疲れる程度の方さがあったけど、味は十分美味しかった。今度は柔らかめのパンでも作ってみようかな。
「で、状況としてはどんな感じ?」
「さっきと然程変わりないわよ。あの巨竜を倒してから、この山は静かなまんま。一応、警戒はしてるけど、幼竜達が動き出す気配も無いわ」
「ここから気配がわかるのか?」
「多分レベルが上がったから、かな? 何となくわかるよ」
うん、さっきのは凄まじかったしな。レベルも上がっているだろう。残ってる連中が動き出してないのはラッキーだな。このまま夜を明かしてみるとしよう。
「じゃ、夜営の準備しないとね。雨が降りそうだし、テントを建てて……火をお願いしてもいい?」
「ああ、火は俺がつけるよ。適当に、燃やせる物探してくる」
「じゃ、お願いします。岩山に近いけど、少しくらいなら木もあると思う」
イロリナの言う通り、岩肌が多かったけどいくらか枯れ木も残っていた。ささっと集めて『紅蓮の煙管』で焚火を起こそう。
イロリナの所に戻ると、既にテントは組みあがっていた。手際良いよな。テントに火が燃え移らない程度に距離を取って、焚火を起こす。『紅蓮の煙管』はやっぱり楽が出来る。あっという間に火が立ち上がった。だが、煙草の残りはもう少なくなってきている。そろそろ買い足さないといけないな。
「火があると何か安心するよね。暖かいし」
「そうだな。夜の山は冷えるし……さっきまで、悪かったな」
「ん。まぁ、巨竜相手に頑張ってくれてたし。見張りぐらいはしないとね」
「イロリナも疲れただろ? 夜の見張りは俺がするから、ゆっくり休んでくれ」
「ありがと。そしたら、お言葉に甘えようかな……ちょっと、疲れたわ……」
素直にイロリナはテントに入っていった。貧乏神様の言う通り、このまま残っていたら何が起こるんだろうな。お告げが無かったら、素直に帰っていたと思うけど……
ま、明日になればわかるか。今日は、警戒しながら休むとしよう。
長くなりましたので分割しています。
本日夕方に次話投稿します。




