逆襲
何とか竜たちを撃退したが、今、凄く怠い。敵もいないし、とりあえず座っちゃお、ってなっている。非常事態だったらどうにか動けるだろうが、安全な状況であれば体を休めていたい。
「その様子だと、やっぱりMP切れちゃってるみたいだね。しばらくは戦えないと思うし、休もうよ」
「MPってどうやったら回復するんだ?」
「一番早いのは眠ってリフレッシュすることかな。後は魔法の回復薬なんかを使うとか……どっちにしても今は自然回復くらいしか手が無いと思うけど」
「自然回復もするのか。なら、少し落ち着いたら、さっきの竜に再攻撃か」
「うーん……試しに、今、魔法を使おうとしてみて? さっきみたいな強力なのじゃなくていいから、簡単なやつ」
そう言われ、右手に魔力を集めようとする。が、全然集中できない。魔力そのものは何となくわかるが、それが手に伝わってこない。もやもやと辺りに霧散してしまっている感じがする。
「なんか、駄目そう……」
「そうでしょ? MPが切れると集中力が無くなって気怠くなるのよね……その感じだと、さっきのが使えるようになるには大分かかるんじゃないかしら……」
確かに、しばらく休めば集中力も戻ってきて、魔法も使えるようになると思う。だけど、幼体の竜も含めて全滅させると思うと、継戦に難があるように思える。MPの回復に時間を掛ければ掛ける程、殲滅にも時間を要してジリ貧になっていくのが目に見える。
「戦うとしたらあと何匹だろう?」
「流石にあの小さい竜はまだ襲い掛かってこないんじゃないかしら? それより先に、大きいのとさっき逃がした奴。襲ってくるとしたらその二匹だと思うわよ?」
イロリナは『百花繚乱』の血糊を払いながら疑問に答えてくれた。
「イロリナだったら、一旦引くか?」
「竜の数が話に聞いてた倍以上だしね……もう競争どころの話じゃ無くなってると思うんだ。出来る事なら早く緊急依頼として対処した方が良いと思う」
そうか。確かにこの状況は俺達二人で抱えるべきじゃないし、高ランクの冒険者達も交えて解決すべきな気もする。
だけど、それは普通の考えだったら、だ。
敢えて、普通の考えの逆を行く。貧乏神様に天罰を加えられる前ならそうしていたと思う。けど、あの天罰を受けて考えが変わった。俺は、普通の奴とは違う事をしていく。多少無茶な事でも、貧乏神様にしっかり守護ってもらっていれば、無理が引っ込む気がする。
「まあ、本当なら戻るべきなんだろうけど……もう少し休んでから考えても良いか? 竜も仲間がやられて動揺してるかもしれない」
「まぁ、今の状況だと町まですぐには戻れそうもないし……ちょっと休憩ね」
確かに、今の状況は満身創痍そのものだ。ゴブリン一匹でも倒すのに難儀しそうな気もする。もし、今竜と戦うことになったら、成す術もなく蹂躙されるだろう。本来なら早く戻るべき……なのだが、それがどうにかなるのが貧乏神様の加護だろ。今、LUKが万全であるなら、何か俺に幸運なことが起こる筈だ。
しばらく待ってみたが、特別変わった事は起きない。休憩していても怠さはほとんど変わらない。さっきよりは良いかな、って程度だ。
なんとなく気分を変えようと『紅蓮の煙管』に煙草を詰めて燻らせてみる。この間気付いたのだが、しっかりと肺に入れなければ炎は出なかったのだ。喫煙中毒ではないが、休憩がてらに一息入れるのには丁度いい気もした。
「煙って美味しい?」
「いや、全然。ただ、昇っていく煙を見ていると、少し心が落ち着く気はするな」
ふーん、と物珍しそうに煙を眺めているイロリナ。美味しいものだったら試しそうで怖い。未成年者が喫煙をするのは阻止せねばならん。健康被害が色々と凄いんだぞ!
っていうか、そんなに近づくと煙が目に入るぞ。あ、ほら、痛そうに目を擦ってるし。そそくさと離れて行ってしまった。まあ、これで煙草を吸いだすことは無いだろう。
「でもやっぱりリラックスする気はするな。そういう葉っぱでもあるのかな?」
「知らないわよ……あー、目痛い……」
うーん……俺、煙草別に好きじゃ無かったんだけどな。妙に落ち着く。あぁ、ゆっくりと呼吸してるからかな? そういう意味ではリラックス効果がありそうだ。さっきより魔力を意識して動かせる気もする。
「なあ、なんか回復が早そうなんだけど」
「え? どうして?」
「これ、良い具合にリラックスできるみたいだ。集中力が戻ってきた感じがする」
「えぇ……? そんな話聞いたこと無いわよ?」
「魔術師は瞑想したりしたらMPの回復が早い、とか無いのか?」
「あ、それは聞いたことあるわ。それと同じ理由なの?」
「全く一緒じゃないだろうけどな。ゆっくり呼吸するとなんか落ち着いてくるんだよ」
その後、ゆっくり五分ほど煙を燻らせていたら本当に魔力を動かせるようになった。まだ基本の魔法だけしか出せる気はしないが、さっきよりは随分良い。もう一回火を点けようかとも思ったが、本当に喫煙中毒になりそうなのでやめておいた。地べたに胡坐を掻いてゆっくり呼吸をしてみる。別にこれで十分だろ。煙草、高いし。
「山でそうしてると修行者みたいね」
「人生と言う名の修行をしているのさ」
「ハイハイ、何よそれ」
渾身のギャグのつもりだったんだが、華麗にスルーされた。なんとなく悔しいので素直に瞑想に耽っておく。イロリナも茶化すことなく『百花繚乱』の手入れを始めていた。どこから出したのか、白い布で刀身を磨いている。凄い気に入ってるな……
少し小腹が空いてきた頃、俺は集中力をしっかりと取り戻し、魔力を元通り扱えるようになっていた。保存食で簡単に腹ごしらえをして、再度方針を固める事にする。
「イロリナ、もう大丈夫だ。魔法もさっきと同じように使えると思う。これなら、竜と戦えるぞ」
「えぇ!? もう回復したの!? ちょっと早すぎない?」
驚いて質問してくるが、軽く魔力を込めて火を出すと渋々納得したようだ。そんなに回復速いなんてありえないわよ……、と呟いている。
「それで、竜と再戦するの?」
「ああ、もう気怠さはないからな。イロリナも、もう身体は大丈夫なんだろ?」
「まあ、あたしも回復薬飲んだし、筋肉痛みたいなのは無いけど……」
「なら問題ないさ。さっきの連中は竜退治のオマケだったと思おう。これからが本番だ」
「派手過ぎるオマケよ……そういえば、ホントのオマケはどうする?」
そう言って、イロリナは抱えていた竜の牙と爪を渡してきた。さっきの竜たちが落とした戦利品だ。どちらも俺の腕一本分くらいの長さはある。どう見ても、さっき戦っていた竜よりも大きな牙と爪だ。魔物のドロップに関しては、物理法則を無視しているのだろうか。
持ち運ぶのにも一苦労しそうなので、『収納』で簡単に仕舞っておくことにする。初めて使ったが、手の前に穴が広がった後、畳一畳分くらいの広さのスペースを認識できた。ここに物を置いておけるようだ。穴の入り口が狭くて入れずらかったが、どうにか二つとも仕舞うことが出来た。
「よし、じゃあーー」
「ギャアウウゥウ!!!!」
行くか、と声をかけようとした時に、身を震わせる程の咆哮が響いてきた。間違いなく、さっきの巨大な赤竜だろう。感じるプレッシャーが半端ない。駆動音だけで、大型のジェット機だとわかるような、とても強い圧力を感じる。
「イロリナ……」
「えぇ……向こうが待ってくれなかったみたいね……」
『紅蓮の煙管』に手をかけ、空気が震える方向を見つめる。赤い影が二体、連なって飛んできているのが見えた。
「ギャオオオオオオッッッ!!」
段々と姿がはっきりと見えてくる。先程飛んでいった竜と同じかはわからない。が、もう一体は間違いなく最初に降りてきた巨竜だろう。隣の竜と比べると倍近い。あんな竜が何匹もいてたまるか。
「ユウゴ、狙い撃ちできない?」
「ああ、先手必勝と行こう。イロリナも『踊り』始めてくれ」
「わかったわ!」
イロリナは後ろでせっせと踊り始めてくれた。ちょっとシュールな光景にも思えるが……バフがしっかり乗ってくれれば『アクアスピアー』が放てるはずだ。
その間にも竜たちが近づいてくる。まだか、と焦れていても集中を乱すだけだ。魔力をしっかりと指先に収斂し、狙いを定めておく。巨体の首に照準を合わせてイロリナからの合図を待つ。しっかり竜の様子を窺っていると、その口元に赤い光が見えた。あれ、まずくね?
「グゥウ……アアァァァアアア!!!!」
案の定、巨竜は火炎を噴き出してきた。先程の竜の炎よりも範囲は狭い。しかし、速度は段違いだ。狙い撃ちしようとしていた魔力を、慌てて『アクアカーテン』へと切り替える。
炎がカーテンへと着弾した瞬間、ドジュッ、と嫌な音を立てて水の層が蒸発していった。魔力をさらに込めて『アクアカーテン』を増産させていくが、防ぎきれなかった熱が頬に流れ込んでくる。
「ゴホッ、ゴホッ……」
あまりの熱さに咽込んでしまった。イロリナはと言うと、『踊り』で呼吸を大きくしていたせいだろう。足を止めて咳込んでいる。これだとバフは望めない……
「ゴホッ……だ、大丈夫か?」
何とか息を整えて声を掛ける。しかし、返ってくるのは咳だけだ。かなりきついようだ。背中をさすってやりたいが、もう近くまで竜が飛んできている。目を切らすと危険だ。
「ごめん、ちょっと今、助けてやれない……」
再度『アクアカーテン』を両の指先から二重に貼り、先程の火炎攻撃に備える。水の層が俺達を包むと、いくらか熱気が下がったようだった。おかげで、いくらか呼吸も楽になった。イロリナも一つ咳払いをすると、息を整えたようだ。
「だ、大丈夫よ。ちょっとびっくりしたけど、直接的なダメージは無いわ。まだ、踊れる」
「頼む。多分、あれはちょっとバフ抜きじゃぶち抜けない」
踊りを再開するイロリナ。その間に、竜の攻撃を振り返る。あれは火炎と言うよりレーザーみたいだった。大量の熱線で焼き切るような攻撃。果たして水で防ぎきれるか……?
それとも、何か他に防御手段を考えないと不味いか……?
考えがまとまらない内に、轟音を立てて巨竜が俺の前に降り立った。かなり厳つい目でこちらを睨みつけている。気圧されないよう睨み返すと、後ろからついてきていた竜も大地に降り立った。
一匹でさえ、文字通り手を焼いているのに、二匹目となるとかなりきついな……と、思ったら、小さい方は後ろでこちらの様子を窺っているだけのようだ。
理由はわからないが、ここはラッキーと受け取ろう。貧乏神様の加護のおかげかもしれないしな。
この巨竜だけ、集中して戦えば良い。しかし、先手は何とか凌いだものの、『アクアスピアー』であの首落とせるか……?
バフ効果を加味しても、もう少し火力が無いとぶち抜けない気がする。
背を向けて逃走はもっと悪い選択だな。せっかく貧乏神様がラッキーを発現させてくれている――と思う――のに、逃げて後ろからあの熱線で打ち抜かれたら防げる自信がない。
さて、この状況、どう切り抜けたものか……




