赤竜との戦い
「グルァァアアッ!!」
今、俺達は三匹の赤い竜に追われている。竜退治をしようと意気込んでベルンス山を登り始めたは良いが、突如異変に襲われた。
たしか聞いた話では竜の数は一匹だったはずだ。貧乏神様に祈祷をして、すぐに山へ向かったところまでは、特別問題が無かった。山が見えてきて、少し高い山で難儀しそうだな、と思ったのをよく覚えている。
それが、山の中腹辺りから空気が変わった。このベルンス山は死火山として知られているそうだ。十年前の噴火を最後に、山の噴火活動は一切記録されていないらしい。それでも、まだ木々が茂るには時間が足りないようで、未だに大きな石ころがゴロゴロと転がっている。
普段であれば静かな岩石地帯だというその山の中腹では、赤い竜がひしめき合っていた。小さな体の竜が多く、イロリナが言うには、まだ幼い個体が多いようだが、少なく見積もっても三十はいる。幼体とは言え、竜には違いないし、戦闘力もおそらく高いだろう。作戦を立てる意味でも戦略的撤退を考えた時だった。
バサッと一際大きな翼をした竜が山の頂の方から降りてきたと思うと、幼体の竜たちに餌を与え始めた。
よーく見るとゴブリンだ。殺すと光となって消えてしまうからか、まだ生きているようだ。それを幼体の竜たちは一飲みにしていく。あの数では餌は全然足りていない。
と、続けて三匹の竜が空から降りてきた。それぞれ餌となる魔物を捕まえている。幼体たちに向けて魔物を放り投げると、三匹の竜は近くの適当な岩場に座って付近を警戒し始めた。あ、ヤバい。目が合った。
「グアァアアアッッ!!」
そして、冒頭の逃亡劇に戻るわけだ。いや、自分でもわかってる。餌付けしてる最中に観察せずに逃げ出せばよかった、とか、まとまっているのだからそこにフルパワーで魔法を放ってみればよかった、とか、色々打開策はあったかもしれない。
でも、もう遅い。とりあえず、山の入り口までは逃げ切る。こう坂路が多いと戦いにくくてしょうがない。
「ユウゴ!! どうするの!?」
「とりあえず、足場の確保だ! 何処までも逃げられるとは思えない!! せめて迎撃しやすい位置で相対したい!!」
イロリナは相変わらず素早い。俺の二歩、三歩先を走っている。上級職になってもまだ彼女のスピードには追い付けないようだ。だが、そのおかげで逃げる事に関してはフォローを考えなくて良い。段々と足に感じる傾斜は緩やかになっていて、もう少しで平坦な道に出れる。
「イロリナ! そろそろ反撃に移るぞ!!」
「わかったわ!! でも、攻撃は期待しないでよ!?」
「『百花繚乱』を渡しただろ!? 仕留めきれないにしても……」
牽制くらいは、そう言おうとしたところで、赤竜が火を噴いてきた。そりゃ、ただ逃がしはしないよな。
「わわっ!! ちょ、ちょっとユウゴ!!」
「大丈夫だ! 『アクアカーテン』!」
竜が火を噴く、ってイメージで対策をしておいて良かった。
水魔法の応用編として編み出した『アクアカーテン』は、指先から『アクア』を層にして自分の周りに放出する防御魔法だ。ウルフとかスケルトンの攻撃は水で弾いてくれたし、火に対して効果がある筈だ。
赤竜が吐き出した炎は水のカーテンに阻まれ消えていく。周囲には水が蒸発して水蒸気が立ち込めた。
「た、助かった……」
「炎の直撃は避けられたが……熱気までは防げないな」
もうもうと熱気が上がっていて、汗が一気に噴き出してきた。武器となる『紅蓮の煙管』を落とさないよう、しっかりと左手に握り直し竜たちに相見える。
「イロリナ、準備は良いか? いきなり三対二できついかもしれないが、これ以上は逃がしてくれなさそうだ」
「え、ええ、大丈夫よ。しっかり『踊り』でサポートするわ」
「よし、行くぞ!!」
俺は大地を蹴って駆け出した。三匹の竜は似たような姿かたちをしていて見分けがつかず、どいつから攻略したものか判断しにくい。だけど、今の俺は魔法が使える。幸い、ここは岩場だ。空いた右手に魔力を込め、竜たちに振りかざした。
「『アースミサイル』!!」
そう唱えると、岩の塊が竜たちに向かって飛んでいった。俺の魔法は指先から魔力を放出している分、範囲は小さい。だが、指は五本ある。五つの岩塊が竜たちに直撃した。しっかりと全員に当たったようだ。ついてない奴は三個直撃していたな。まずはそいつから攻撃を仕掛けてみよう。
「おりゃ!」
『アースミサイル』で戸惑っている間に、一匹の竜に打撃を繰り出す。腹部に横薙ぎに一閃したものの、ドシンとした衝撃が俺の体に跳ね返ってくる。対して殴られた竜の方は涼しい顔をしていた。
考えてみれば体重差が激しい。打撃だとあまり衝撃が無いかもしれない。
「ギャオォオ!!」
攻撃を仕掛けなかった残りの竜は俺に向かってかぎ爪と尻尾を振り回してきた。そこまで速くはない。慌てず避けながら、もう一度魔法を唱える。
「『アクアピック』!!」
右手の人差し指から高圧力の水鉄砲を発射する。
もちろん、威力は水鉄砲の比じゃない。錐で突き刺すイメージだからピックにしたが、割とマッチしていたようだ。練習の際にはウルフの体を完全に貫通する程度には高威力だった。ゲームと同じように火の弱点が水であってくれれば良いんだが……
「ギャフ!?」
先ほどから攻撃を加えていた竜に直撃した。貫通、とまではいかなかったがダメージは入ったようだ。『紅蓮の煙管』で叩いた時よりも反応が大きい。これなら戦えるか?
ダメージを与えた間にも、残りの一匹の竜は俺に執拗に打撃攻撃を繰り返してきた。
かぎ爪は単調な動きで避けやすいが、尻尾の方はかなりトリッキーな動きをしてくる。丸太みたいに太い尻尾を避け続けることも出来ず、骨の一本は覚悟して『紅蓮の煙管』を盾にしながら攻撃を受けた。
当然、後ろへ弾き飛ばされたが、致命傷にはならなかったようだ。擦り傷がいくつかと打撲の痛み程度で、大きく腫れ上がってはいない。
『倶利伽羅長羽織』のおかげだろう。流石六ツ星装備、防御力も高いようだ。起き上がりざまに、もう一発『アクアピック』を先程まで攻撃していた竜に加える。この状況で全体に万遍なく攻撃する余裕はない。一匹ずつ、集中攻撃だ。
「グルルルル……」
「ガアァァアアア!!」
「ギャオオオオオオ!!」
しかし、三匹もいると怪獣戦争だな。特撮物も嫌いじゃないが、あくまで映像の中だけにしてほしい。あの攻撃を捌くと思うと、かなり神経が擦り切れる。
「ユウゴ!! そろそろよ!!」
と、その時イロリナから声が上がった。彼女はずっと後方で『踊り』続けてくれている。ようやく、バフ効果が発動するようだ。
「ああ、助かる!!」
イロリナに礼を言いながら、再度指先に魔力を込める。先程よりも魔力が集まってきているのがよく分かる。イメージは、もっと鋭く、もっと速く……槍の穂先が獲物を突き抜けるように!!
「『アクアスピアー』!!」
先程よりも細く、しかし高速の水柱が竜へと伸びていく。当然、先端はより鋭利になっており、貫通に特化している。竜の首、根本付近に直撃すると後方へと水柱が突き抜けていくのが見えた。
よし、うまくいったみたいだ。
「ギャオオオオオオッッッ!!」
どうも急所だったらしい。集中攻撃を浴びせていた竜は、一際大きな声で啼くと、ぐったりとその頭を地面に垂らした。
「グワアアアアアア!」
「ギャウ、ギャウ!!」
その光景を見て、脅威と感じたのか一匹の竜は翼を広げて飛んで行ってしまった。残ったのは、まだ好戦的な眼を向けている最後の一匹だ。仲間をやられた怒りからか、ギラギラと燃えている気がする。
「グルァァアアッ!!」
再び、火炎が俺達を襲ってくる。だが、それは『アクアカーテン』で対処が出来ると判明済みだ。落ち着いて対処する。水蒸気で視界が悪くなるが、あれだけでかい敵をそう簡単に見失わない。
って、あれ?
言ってるそばから消えた?
もしかして、逃げの一手だった?
「ユウゴー!! こっち! こっちー!!」
竜を探しているとイロリナの叫び声が聞こえた。どうやらあの一瞬で俺を飛び越えて、イロリナへと向かったらしい。いや、不味い。この位置取りだと、竜を『アクアスピアー』で貫いたらイロリナも一緒にぶち抜いてしまう。
くそっ!! 間に合うか?
焦燥を覚えながら必死でイロリナへと駆ける。が、無情にも速さが足りない。目の前で、竜はそのかぎ爪をイロリナに向けて振るった。
ああ……終わった……
ガクッと力が抜け、膝から崩れ落ちる。
イロリナの装備は軽装だ。高ランクの装備は武器の『百花繚乱』だけ。竜の一撃に耐えられるはずもない。
仲間を助けられなかった。
七ツ星の装備で調子に乗っていたんだ。
俺が殺したも同然だ。
装備の『鑑定』方法なんて他の方法もあったはずだ。
何で竜退治なんて引き受けてしまったんだ。
もう……終わりだ…………
「ちょっと!! 何勝手に諦めてるのよっ!?」
「イ、イロリナ!? 大丈夫なのか!?」
「当然! あれくらい踊りながらでもかわせるわよ!」
そう言いながらも、イロリナは踊り続けている。竜も執拗にイロリナへかぎ爪を向けるが、イロリナは華麗なステップと共に全てを避けていた。
「さぁ、反撃といきましょうか! ソードダンス!!」
そう言って、イロリナは『百花繚乱』を流麗に振るうと、竜の体がザクザクと切り刻まれていった。貧乏神様に捧げた剣舞の様に神秘的で、それでいて破壊力も抜群だ。竜はあっという間にボロ雑巾の様になっていく。
「ギャウウゥゥゥ……」
『踊り』に見惚れていたら、竜は空へと逃げようと、翼を広げ始めたのに気付いた。
この機を逃しはしない。しっかりと右手に魔力を込め、竜の首を狙って『アクアスピアー』を唱える。
水の槍がしっかりと首元を射抜き、竜は前のめりに倒れるとその動きを止めた。
「……倒せた?」
「ああ、もう動かないだろ。でも、凄かったな。もっと早くやってくれても良かったのに」
「ええ!? 違うよ!! いつもはあんなに攻撃が決まらないの!! 『踊り』と『百花繚乱』のステータス補正のおかげだと思うよ?」
「そっか、今後は期待しても良いかな。でも、何よりイロリナが無事で良かったよ……」
「あんまり期待はしないで欲しいな。もう体バキバキ言ってるんだから……」
それと、心配してくれてありがとう、とハニカミながらイロリナは笑った。
本当に、無事で良かった。この笑顔がまた見れて、良かったよ……
「一旦休憩にしないか? 何だか凄く怠い……」
「あ、MP切れたかな? さっきの魔法、凄い威力だったもんね。一休みして、その後残った竜たちの対応を考えようか」
とにかく、一旦休憩だ。気怠くて体が言う事を利かない。まださっき逃げた竜と大ボスっぽい竜、それに幼体たちが残っているが、少し体力と気力を戻してからじゃないと戦えそうにないな。
そう思いながら腰を下ろすと、ベルンス山に入ってからずっと走りっぱなしだったことに気付いた。俺はそのことに気付いて軽く頭を振ると、ようやく安堵の溜息をつけたのだった。




