天罰と改悛
白い世界から目が覚めて、とりあえず体の様子を確認した。
……何ともないようだ。手も足も二本ずつ有るし、大事な物もある。次いで、道具袋の中のアイテムや所持金を確認。やっぱり変化は無い。
あれは夢だったのだろうか……
いや、前回も言う通りにしたらLUKが上がっていた。なら、今回の事も現実として受け止めた方が良いだろう。
今日一日、何が起こるかわからないが、シスイとの戦いは待ってくれない。予定通り、クエストをこなして準備に入ろう。
そう考え、朝食を取りに食堂へ向かうとイロリナにばったり出くわした。
「おはよ。残念だけど、今日は朝抜きになりそうだよ。用意してた食材が全部ネズミにかじられちゃったんだって」
「はぁ!? そんなこと有り得るのか!?」
「有り得ちゃったみたいだよ……昨日の晩御飯美味しかったから期待してたのに……」
「それで、何か補填とかは?」
「宿の方もこんな事初めてで、調べてみてから返答するってさ。補填もどう対応していいか考えてた。今までネズミなんて一匹も出てなかったんだって」
……成る程、こうきたか。直接不思議パワーで何か起きる訳じゃなく、あくまでアンラッキーが続く、と。
「しかも今日から断水だって。ほんとついてないわね……あれ? ついてないって……」
あ、イロリナさんの目が段々険しくなってきた。
「もしかして、この不運はユウゴが関係してる?」
いや、大正解。この勘の良さは凄いな。
異世界から来ているとイロリナには話してあるし、昨夜の夢物語の事を簡単に伝える。
「何よそれ! 宿屋の人には完全にとばっちりじゃない!!」
「ああ、だけどこんな話、誰も彼もに言うべきじゃないだろ? 申し訳ないけど、今は何もしてやれないと思う」
「……借りを作るみたいで嫌だけど、んー……仕方ないの?」
頬を膨らませてむくれながら問いかけてくる。心底、借りを作りたくないんだな。
「まあ、LUKが戻ったら御見舞いって形で何か補おう」
「ん……それなら貸し借りなしかな。わかったわ」
で、早速貧乏神様を祀ろうと思うのだが、少し気になる事を言っていたな。何か、俺が女心がわかってないとかなんとか。
「なあ、神様を祀るのに女心って何か関係あるかな?」
「えぇ……何それ? 普通にお祈りしちゃダメなの?」
「いや、何か神様が喜ぶようにしろって言われたんだよな。それと、女心がヒントだって」
正直、意味がわからん。まあ、貧乏神様は見た感じ女性の姿だけど……スイーツでも捧げろってか?
「あー、何となくわかったわ。要するに、毎回同じじゃ満たされないのよ。今日は海じゃなくて山に行きたいなー、みたいな」
「つまり、飽きる、と?」
「ま、取り繕わないで言えばそうね」
うーん……また木箱に輝石を詰めようかと思ったが、それじゃダメそうだな。さっきの考え通り、スイーツ作戦で行くとしよう。
「この辺りで有名な甘味とかあるか?」
「甘味? ジーツーフラワーが有名かな」
フラワーって花じゃん。あれか、この世界では蝶みたいに花の蜜をチュウチュウ吸うのが普通なのか?
困惑しているとイロリナが訂正してくれた。
「ああ、違う違う。フラワーって言っても実の方だよ? 赤い果物で、食べると甘酸っぱいの。大きさは大人の拳くらいかな」
ホッと胸を撫で下ろす。いくらなんでも花のまんまじゃないよな。菊の花みたいに食用かもしれないけど、あんまりむしゃむしゃ食べるもんじゃないだろうし。
「簡単に手に入るのか?」
「今はちょうど時期みたいだから、市場に行けば売ってると思うよ。十個で銀貨一枚くらいじゃない?」
「よし、じゃあ、それで。早速買いに行こう。神様に機嫌を治して貰わないとな」
正直、この時の俺は天罰を舐めてた。ちょっと不自由するくらいで、行動に支障をきたすほどじゃ無いと。だが、市場までの道でその考えは浅はかだったと思い知らされた。
ジーツーフラワーを求めて市場へと歩いていくと、やたらと転ぶ。それも足元に何も無いところでだ。転んだ先が地面なら可愛いもんだった。擦り傷程度なら少しすれば治る。だが、それだけで済まなかった。店の前を歩けば、店に向かって転んで商品を駄目にする。普通の道を歩いていれば、転んで人だかりへ突っ込む。
かといって、歩かずに立ち止まっているわけにもいかない。二日後にはドラゴンとの戦いが待っている。
もしこの状態でドラゴンと戦おうとすれば、ドラゴンに辿り着く前に魔物の群れに突っ込んで死ぬだろう。いくら七ツ星の装備が優秀だからと言って、俺自身は優れた使い手ではない。数の暴力に勝てるほど、強い人間になったわけでもないし。
とにかく、早くこの状態を脱しないとまずい。だというのに、先程までの転倒続きで商品の弁償代やら、人にぶつかって怪我をさせた治療費やら、何かと金が必要になった。俺の手元の金は、気づけばあと銅貨三枚だ。
必要なものは祭壇用の材料、祀る為のジーツーフラワー、少なく見積もっても銀貨が必要になる。この状態で魔物退治に出るのも自殺行為だし、ほぼ詰んでしまった。
残りの金は僅かだが、これが無くなったら一体どうなってしまうのだろう。大体、貧乏神の逸話ってあんまり聞いたこと無いんだよな。貧乏神がいる以上裕福になれない、貧乏神が去ったら幸運が戻ってきた、そんな話がほとんどだったはずだ。となると、常に貧乏神に憑りつかれてる俺の末路は……?
そんな考えを巡らせていたら身震いしてきた。とにかく、どうにかしてこの状態を抜け出さないと……
そして、そのカギを握るのは勿論、イロリナしかいない。俺が身動きできない以上、彼女に何とかしてもらうしかない。
「なんか、今日散々だね。外に出るのやめておく?」
その本人は、俺の惨状を見て気の毒に思ったのだろう。優しい言葉をかけてくれている。ホントに貴女が天使か。
「いや……時間が無い。この状況は多分神様の怒りなんだと思う。解消させない限りはずっと続きそうだし、早目に祈願して怒りを鎮めて貰った方が良い」
「そっか。でも、もうジーツーフラワーを買うお金もないんじゃないの?」
「ああ。だから、お願いだ。俺の代わりにそのジーツーフラワーと祭壇用の材料を買ってきてくれ。俺自身は町を出て祭壇作りの準備をしておく」
そう話すとイロリナは眉をしかめて少し嫌そうな表情を見せた。
「えぇ!? あたし、そんなに力持ちじゃないんだけど……祭壇用の材料って……大変じゃない?」
「ああ、申し訳ないと思う。けど、今はイロリナ以外に頼れる人間がいないんだ……」
「しょうがないけど……今度はそうならない様にしてね?」
「ああ、勿論だ。でも、これは『借り』だ。絶対、倍以上の価値を出して返す。でも、あの神様がどれくらいの事で怒るのか、そこまでは予測できない。だから、もしこういう状況に陥ったらまた助けてくれないか? 当然、その時も『借り』にして倍返しを要求して構わない」
そう伝えると、イロリナはフフッと小さく笑った。長い髪をクルクルと指で弄びながら横目でこちらを見ている。
あれ?
こうやって伝えればイロリナには効果的だと思ったんだけど……
「ユウゴがあたしの事を理解してそう伝えてくれたのはわかったけど、そこまでしなくても良いよ。もう、仲間でしょ? 困ってるときには助けてあげるってば。あたしが言いたいのは、そんなに頻繁にそんな風にならないでね、ってことだから」
そう言われて、不覚にも頬が緩んでしまった。ついでに涙腺も。いや、ホントに天使だわ。
「も、もう! とりあえず、神様に機嫌を直してもらって、それでドラゴン退治の準備しよう!? 町の外まではあたしが転ばない様にしてあげるから!」
そう言ってイロリナは俺の腕を取って歩き始めた。フワッといい香りがする。その拍子に驚いて転びかけたが、イロリナがしっかりと腕を捕まえて転ばない様に支えてくれた。本当、彼女と知り合えて良かった。
イロリナに連れられて町の外に出てから、ここで動かないで待ってて、と言うと彼女は道具を買いに行った。
ほんの少し、支えていてくれていた腕が寂しくなったが、待っている間、特別被害が出ることも無かった。体感にして二十分程で、両手一杯の赤い果物と、背中にいくらかの木材を背負って、イロリナは戻ってきてくれた。その後は単純だ。二人で一緒に祭壇を作り、果物を備えながら祈祷を済ませた。
これで多分、最悪の状況からは脱しただろう。試しに周りを歩いてみたが、転ぶことも無くなっていた。
貧乏神様の天罰は案外ときついものだったけど、イロリナの優しさに触れられたし、良かったこともあった。
それと、俺の中で決めたことが一つある。この世界で、普通にしてちゃダメだ。今まで俺が彼女としてきたことは、平々凡々としていた。よく言えば当たり障りのないように、普通の生活を送ろうと過ごしていた。
だけど、その場凌ぎでは、いつまた今回のように困窮するかわからない。ある程度大胆に、そして積極的にやっていく必要がある。貧乏神様を怒らせない様に、自分の生活も貧窮しないように。アグレッシブにこの世界を生き抜いてやる。
当然、得られた報酬を利用して貧乏神様を満足させる。勿論、大げさなくらいに祀っていくつもりだ。今回は、木造りの簡易な棚が、街道の脇の離れた所に置かれてるだけだけど、ゆくゆくは神殿の一つくらい建ててやろうか。
何、神様が憑いてるんだ。今度のドラゴン程度、サクッと退治できなくてどうする。確実に、少しずつでっかくしてやる。もう、満足しない、なんて言わせない。貧乏神様にも、勿論、イロリナにも。
そうやって気分を一新して、一旦、天罰が終わったことを確認しに、冒険者ギルドへ戻ることにした。だけど、イロリナが帰りも腕を掴んでいてくれて、嬉しかったのはちょっと内緒にしておこう。伝えると恥ずかしいし。




