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アンバーレッド

 シスイに案内されるままに廊下を進む。館の内装はシンプルかつゴージャスと言った感じだ。格式高そうな朱色の絨毯が敷き詰められ、壁や柱は白色。赤と白の二色に彩られて、時折蝋燭の灯が揺れている。燭台は、銀……か? メッキの技術がどれくらい進んでいるかは不明だが、何となく高価そうな印象だ。

 そうそう、こんな感じに町の雰囲気とかも観察したかったんだよな。どんな世界になっているのか、構造物は、景観は、色々纏めてみたかったんだが……

 パーシェスの村は、田舎の木造建築物が並んでいる村、ってだけで特筆すべきことが無かった。シーボの町は、人が多くてごみごみした印象しか今は無いんだよな。シスイに走りまわされてどんな雰囲気なのかもわかってない。一段落したら少し見て回るのも良いかもしれないな。


「ねぇ、シスイ」


 と、頭の中で空想に耽っていたら、ふとイロリナが声をあげた。


「なんや?」


「まだ、着かないの……?」


 そう、この廊下を大分歩き回っている気がする。所々扉はあったが、シスイはどれもスルーしてしまった。歩き始めは商人との対応を考えていたはずだったが、気がつけば廊下のインテリアやら町の景観やら……頭の中で考えが脱線してしまうくらいには、歩いているはずだ。同意の念を込めてイロリナに顔を向けると


「そやね、もうすぐ着くところや。ほら、あそこの角を曲がって次の角を左、そんで……」


 一つの角まで三十メートルはある。どこら辺がもうすぐなんだ。




「しかし、大豪邸だな」


 無言で話すのも固い空気が流れて嫌なので軽い感想を伝える。


「まぁ、町一番の商人やし。この屋敷の作りも理に適っとるんやで?」


「へぇ、どういう事?」


「この廊下、屋敷の規模からしたら狭いと思わん? 人が二人も並んだら一杯や。それに、この扉の数。こんなに客間はいらんやろ? 使用人に一人ずつ部屋を与える言うんも変や。筆頭に一つ、それ以外は何人かまとめて同じ部屋に入れたったらええんやからな」


「ああ、そういうことか」


「え、何? 何でユウゴはわかったの?」


「つまり、賊対策になってるってことだろ。一度に大勢を相手に出来ないよう狭い廊下にして、罠部屋が設置してある。廊下にインテリアが少ないのもそういう理由なんだな。高価な物はまとめて仕舞ってある、と。そうすると、この燭台もそんなに高価な物じゃないのかな」


「お、アンタ意外とわかっとるんやな。そういう事や。それで、一番困るんは主要人物、つまりは屋敷の主やその家族をタテに取られることやな。それで、屋敷の一番奥に部屋が配置されとる」


 まぁ昔の武家屋敷は刀が抜けないよう、天井の梁が低く作られていたらしいし、それくらいの構造的な罠が仕掛けられていても不思議じゃないな。俺達の話を聞いてイロリナは眼を白黒させている。

 ……ナビゲーター失格か、こりゃ。いや、きっとこういう屋敷に縁が無かっただけに違いない。きっとそうだ。彼女が輝ける場所は他にあるんだ。


「ところで、なんでシスイはそんなにこの屋敷に詳しいんだ? 前に来たことがあるのか?」


「それは……ああ、ちょうど着いたところやし、また後にしよか――アンちゃーん! 入るでー!!」


 そう話を切られると、シスイはノックもせずに扉を開いた。


 扉の先に見えて来たのは重厚そうな木作りの机。黒く光沢を放っている。机の上には何冊か本が並んでいて、メモやペンらしきものもあるようだ。

 遅れて目に入ったのは幼い少女だった。見た感じ小学生くらいだろう。小柄でこの机が一層大きく見える。なのに、机に座って手を組んでいる姿は堂に入っていてあどけなさがない。凛とした佇まいで手を組みこちらを見ている。


「シスイさん、ボクはその呼ばれ方はあまり好きじゃありません。何度も言ってるでしょう……」


 少女は、ハァ……と溜息をつきながらそう零した。


「あぁ、堪忍な。ウチ、もーアンちゃんの事愛しゅうてたまらんのよ。せやさかい、どーしてもこんな言葉使いになってまう。ちゃんと話すからそっぽ向かんといてーな」


 対するシスイは早口でまくし立てるように会話している。っていうか、シスイはそういう趣味なの?


「……まあ、良いですよ。それで、その方達が紹介したい人ですか?」


「ホンマか? やっぱアンちゃん大好きやわ。っと……せや、ウチの友達のイロリナと……なんやっけ?」


「……ユウゴだ」


 名前、覚えられていなかったのか……割とショックだ。今度からしっかりと名乗ろう。


「そうですか。ボクはこの屋敷で商人をしているアンバーレッドと言います。どうぞ、よろしく」


 まあ、若い……というか幼いのに立派な挨拶だな。凄腕の商人ともなればそれぐらいは当然なんだろうか。


「アンちゃんはな、ドワーフなんや。せやから幼く見えるけど、実際は三十歳は超えとるで」


「えーっ! あたしより年上なの!?」


「ああ、ウチよりも年上や。年上の少女なんて……たまらん背徳感やわぁ……」


 な、なんと!

 通りで口調が大人びていると思ったら……しかし、ドワーフか。一気に種族が増えてきたな。一名、血迷ったことを言っている奴がいるが、放っておこう。気にしない、気にしたら負けだ。


「それで、ボクに何の用があるんですか?」


「ああ、取り合えず話だけでも聞いてもらえたらと思っているんだが……時間は大丈夫なのか?」


 とりあえず相手の予定を窺う。ビジネスの基本だな。


「ええ、今日は一段落していますから。どうぞ」


「ありがとう。実はこの武器の『鑑定』をお願いしたいんだが……」


 そう言って『百花繚乱』を差し出す。


「これは……かなりの逸品ですね。星が一、二……七ツですか。成程……」


「この『鑑定』がしたくて商人になったんだが、全くできなかった。後からシスイに聞いて、七ツ星が『鑑定』できるような商人を紹介してくれる、とここに来たんだ」


 簡単に事情を説明する。シスイが紹介してくれているのだから、おそらく『鑑定』は出来るのだろう。だが、相手の出方がどうなるかはわからない。こういう場合は大抵……


「ええ、『鑑定』しても良いですよ。金貨二十枚ほど頂きましょうか?」


 ほーら、やっぱり。足元見られるに決まってるんだ。『鑑定』にそんな大金を使うわけないだろう。


「あ、疑ってます? 申し訳ないですが、これは相場です。七ツ星を『鑑定』できる人間なんてそうそういないんですから。そもそも、町でこれだけの逸品を『鑑定』できる人間がいただけラッキーですよ?」


 む? そうなのか?

 だが、金貨二十枚も持っていない。ここは一つ、吹っかけてみるか。


「そう言って本当に『鑑定』できるのか?」


「それはアンちゃんへの侮辱やなぁ。アンちゃんは、その類稀なる審美眼でのし上がっていった商人や。一代でこの屋敷を築き、今なおその勢いは留まることを知らん。『審眼のアンバーレッド』言う二つ名まで出来とるんやで?」


「その二つ名も好きではないですが……ボクは自分の審美眼には絶対の自信を持っていますよ。七ツ星だろうと何だろうと、『鑑定』は絶対に成功します。それと、ボクをけしかけてあわよくば……という考えだとわかっていますから、今の発言で怒ったりはしませんよ」


 ニッコリと笑顔で返されてしまった。むしろシスイの方が怒っているようだ。尻尾の毛が少し逆立っており、イロリナが手でブラッシングしている。

 しかし、ここまで言われては仕方がない。諦めて首を横に振る。


「そうですか。では、商談は終わりですね。またお願いしたかったら来てください」


「あ、待て待て。もう一個聞きたいことが……」


「良いですよ、何ですか?」


 アンバーレッドは特別慌てた様子もなく返答してくれた。どうやら、今日の仕事は本当に一段落しているようだ。


「七ツ星が『鑑定』できるくらい商人の星を上げるとしたら、どうしたらいい?」


「……それを教えてボクに何かメリットがありますか?」


「……ないな」


「それが答えになります。では、さようなら」


「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあ、金貨二十枚積んできたらちゃんと『鑑定』してくれるの?」


 と、突然イロリナが声をあげた。自分が使う装備になるかもしれないのだし、詳細は知っておきたいのだろう。俺だって、金に困っていなかったら頼んでいたかもしれない。


「ええ、ボクは商人ですからね。依頼はきっちりとこなしますよ」


「なら、商人の星を上げる方法に、情報料としていくらの値を付ける?」


 この時、初めてアンバーレッドの表情に驚きが浮かんでいた。今まで七ツ星の装備を見ても、こちらから怒りを起こさせようと誘導しても、凛々しいままに応対していたのだが、今の質問は想定外だったようだ。


「……君は意外と面白い人ですね。今までそういう発想を持った方はいませんでした。いや、いたのかもしれないけど、面と向かって聞いてくる人はいなかった」


 そう呟くと、アンバーレッドは俺をしっかりとその両目で捉えている。なんだか、見透かされているようで寒気がしてきた。


「……わかりました。一つ、ボクから依頼を出しましょう。そこのシスイと競合して、この町の隣山に巣くっているドラゴンを退治してきてください。もしシスイよりも先に退治ができたのなら、『鑑定』は無料で行いましょう」


「「「はぃ?」」」


 あ、三人見事にハモった。競合って……何言ってくれてるのこの人?

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