とある夢想家の手記
目の前を鉄の棒を持ったユヒトが闊歩する。
私の村を燃やしたユヒト達が、家に火を放ち、逃げ惑う村人へ鉄の棒を向けた。
大きな音が響くと、村人は体から血を吹き出して死んだ。
今までで聞いたどんな音よりも大きくて、恐ろしい音だった。
音が響くたび、心臓が止まったような気がした。
「逃げろ」
「殺せ」
「助けてくれ」
「死ね」
シンプルに殺す、殺されるの二つに分かれた人がそれぞれの役目をこなすように、殺し、死ぬ。
やっと村に着いた自警団が、陣を組み氷の壁を作ったが、鉄の棒から大きな音が響くと、それも砕け散った。
ユヒトの殺戮は止まらない。
自警団を取り囲み、鉄の棒から大きな音が何度も何度も響き、一人また一人殺されて行く。
中には幼なじみの、私が大好きだったあの人も居た。
まだ幼い歳なのに、村を守ると言っていた正義感の塊だった。毎日朝早くから剣を振って、すれ違えば挨拶してくれた。
私の白銀の髪を綺麗だと褒めてくれた。
そんな初恋の彼がユヒトに血肉の塊に変えられた。
なぜだ?なぜユヒトは私達を殺す?
少なくともこの村の人は、何もしていないというのに。
なぜ?何故なんだ?
私は怖さでただ震えるしか出来なかった。
こんな無力な私だけが何故、生き残ってしまったのだろう。
私は焼けた村を出て旅に出た。
村にいてもなんにもならないからだ。
遠い異国に、あらゆる不可能を可能にする為の実験を行う都市があったと聞いたことがある。
そこでなら或いは死者を蘇らせる事が出来るかもしれない。
そうだ、それこそが私が生き残った意味なのだ。
みんなを蘇らせ、平和に村で暮らす。
それだけを願い、旅を続け、遂にビルカに辿り着いた。
蘇生魔法の研究をしていた場所を見つけた。
そこに引きこもり昼夜問わず、研究に没頭した。
実験体が必要になれば、街や村を襲い大量の実験体を用意し、金が必要になれば、施設内の錬金術に関する実験を利用し、莫大な富を用意した。
さらに、死者を蘇生させる魔法に必要で最も得難かった鍵をも手中に収めた。
私の執念は、あと少しで身を結ぶ。
村を蘇らせる方法を確立させるあと一歩まで辿り着いた。
だが、やり過ぎてしまったようだ。
いつしか私はあらゆる人間の敵と認識されるようになっていた。
当然だろう、多数の人を実験台にしたり、偽造した金で経済に混乱を与えたのだから。
悔しい事に私は、生まれつき魔力が微量しかなかった上、適性魔法を持たないので戦う事は出来ない。
既に老いつつあるこの身体では逃亡し、新たに実験を行うのも厳しい。
なにより、この全てがそろう研究施設を手放すのは惜しかった。
私は苦肉の策として、一時期、蘇生と繋がると思い研究していた不死実験の一部を利用する事にした。
肉体の不死は為せないが、魂の定着による精神体や、幽体として思考を存命させる事はなんとか可能だった。
遂に私は捕縛隊に捕らえられ処刑されたが、死んだのは肉体だ。
私は、私の肉体の死をトリガーにした禁術を私の身に施していた。
禁術は上手くいき、私は魂だけの存在として生き続ける事が出来た。
魂は全てのページが空白の本に移す事にした。
私はその本をハクシキの書と呼ぶ事にした。
この本には、知識を全て記録して、膨大な魔力を糧に知識を擬似的に実体化させる力を持たせた。
ほとんど全知全能ともいえるこの力ならそもそも実験などせずとも村を蘇らせられたかも知れない。
まぁ、やってみなければ分からない。
少なくとも、この本のお陰で物質的な成果は残らずとも、知識としての成果は何も失わずにいられる。
ハクシキの書という仮初の噐と、魂だけでは思考をめぐらせる事は出来ても、自発的な行動は出来ない。
ほとんど眠りにつくだけのような長い時間が流れた。
動き出せたキッカケは小さなネズミだった。
ネズミがハクシキの書のすぐ近くで死んだ。
そのとき放たれた魔力を吸収する事で眠りから目覚めた。
そして、ハクシキの書を開く人間が現れた。
ある貧しい娘がハクシキの書を開き、ワタシはその娘の身体に憑依した。
驚いた事に、この娘は膨大と言ってもまだ有り余る魔力を持っていた。
この噐なら、ハクシキの書を自在に操る事が出来る。
ワタシはハクシキの書の力のみを頼りに死者を蘇らせようとした。
結果は失敗だった。
長い年月を経た結果、大好きだったあの人の名前を思い出せなかったからなのだろうか?
〇〇の顔も思い出せなかったからなのだろうか?
〇〇が好きなもの、嫌いなものは覚えている。
好きな歌も動物も夢も覚えていた。
本当は、ワタシではない別の人が好きである事も……覚えていた。
それでも、顔は霞が掛かったように思い出せない。
その結果、ワタシが蘇らせようとしたものは、薄っぺらい人形みたいな別物だった。
ワタシが望めばワタシを抱きしめ、キスしてくれる。
でも、顔は霞が掛かったような醜いもので、声も出ず、全てに違和感があった。
この方法では、ハクシキの書だけの力では真の意味で村を蘇らせる事は出来ない。
ワタシはワタシが蘇らせた醜い彼にキスを落とし、その身を燃やして殺した。
遺灰が舞いワタシの白銀色の髪を灰色に染めた。
強い喪失感にしばらく放心した。
このまま朽ちてしまおうとすら思った。
だが、目に入ったワタシの髪がその甘えを許さなかった。
いつ〇〇を蘇らせても綺麗な姿で出迎えようと、それなりに身嗜みには気を付けていた。
もちろん〇〇が好きだと褒めてくれた白銀の髪は、常に綺麗に保っていたが、〇〇を燃やしたときに舞った灰で灰色に染まっていた。
〇〇に染められた髪。
〇〇が染めた髪。
〇〇が染めてくれた髪。
〇〇が側に居てくれる。
この髪はワタシに頑張れと、〇〇が近くで見ているよと言ってくれている。
グズグズしていられない。
次こそは〇〇を、村を蘇らせるんだ。
再び実験施設に戻ったワタシは、肉体の生前の研究成果を違わずに実行した。
地上で死に行く命から放出される魔力を貯め、地下で蓄積して行く。
幾月日かが過ぎ、肉体の死後、一時的に紛失していた鍵を、今はエルフと名乗っている最後の鍵を見つけたワタシは、罠を用意した。
上手く誘い込んだ鍵を完全に手中に収めた。
その後は邪魔が入らないように魔物を配置した。
後は魔法陣を描くだけだ。
ようやく村のみんなを、〇〇を蘇らせられる。
次回“アイナとの約束”




