アイナとの約束
昼間、入口に投じられた巨石は取り除かれていた。
代わりに2m程の巨体を持つ門番が居た。
「アースコングが二体……か。
厄介だね」
「しかも後ろからは一度退けた魔物が迫って来てる。
参ったな」
ショウタがお手上げだと言うように両手を上げてコトミを見た。
その視線に答えるように、まずコトミが考えを述べた。
「安全策を取るなら、他のウケビト達と合流するまでここで持久戦を張るべきだと思うけど」
「俺も姐貴に賛成だ。
アースコングだけを退けて中に突入するのは簡単だが、後ろの魔物とまとめて追撃されたらまぁ、苦しい戦いになるな」
ショウタとコトミの考えが一致したところで、二人はグレンに視線を向けた。
グレンの答えは二人に反対する物だった。
「私が残ってこのまま魔物達を引きつけます。
二人で中の捜索をお願いします」
「さっきも言ったが、危険だ」
真っ先に反対したのはショウタだった。
危険だからよせと、グレンの身を案じたがグレンは譲らなかった。
「私はもともと防衛系の戦闘が得意ですし、時間稼ぎは任せてください。
それに二人は長く一緒に仕事をしてると聞きます。私がいない方が連携も取りやすいでしょうし、エルフや中の人達が心配です」
「……でもっ」
ショウタの奥底の記憶がフラッシュバックした。
ずっと昔、大切な人を置き去りにして逃げ出した。その事をずっと後悔し続けている。
あのときと状況は違うが、グレンをここに残して行くと酷く後悔しそうだと、背中から嫌な汗が流れた。
「私の魔法は複数の敵を同時に相手取るのに向いていますし、可燃物の多い図書院内ではおそらく満足に魔法を使えないでしょう。
それにあなたは、魔法が使えなくても屋内戦の方が得意でしょう」
黙って成り行きを見守っていたコトミが後ろを振り返り、左手を伸ばした。
スケルトン達が迫っている。
「ショウタ、突入するならもう時間がない。
早く決めて」
「グレン。ヤバくなったら俺達を気にせず逃げてくれよ」
「分かりました。
まず、道を開きます。走り抜けてください」
グレンが先行して走り、入口に立ち塞がるアースコングの足元に予め練り上げていた魔力を行使した。
たちまち昇った火柱をアースコングは左右に分かれて避けた。
出来上がった隙間に威力度外視でただ大きくしただけの“ファイアボール”を撃つ。
最初に放った火柱に驚いた二体は、その大玉“ファイアボール”に対し、当たりもしないのに大袈裟な回避行動を取ってしまった。
結果、その真後ろに追従するショウタとコトミに気付くのが遅れた。
真横を走り抜ける二人に気付き、後を追おうとするのと、二人が振り向くのは同時だった。
「らぁあぁ!」
「はぁっ!」
左右のアースコングにそれぞれ相棒による渾身の突きと、“エアーショット”を打ち込む。
それぞれの技がアースコングに命中した事だけ確認した二人はもう振り返りもせず、図書院内に姿を消した。
一方、真っ直ぐ走りだそうとする瞬間に、その動きの始点を突かれたアースコング達は転倒して、大きな隙を作った。
その間にグレンも“バーニア”を併用して走り、図書院の門前、さっきまでアースコングが立っていた位置で立ち止まった。
杖を振り、自身を中心に半径十mの地面に半円型に火線を走らせた。
「この線の先には誰も行かせません」
姿勢を立て直したアースコング、たった今追い付いた魔物全てに睨みを効かせ宣言した。
ざっと見てウルグ、スケルトン、プールヘッド合わせて三十以上にアースコングが二体。潜んでいる者を含めるとさらに多くなるだろう。
背中を冷たい汗が伝った。
それでも、それらの魔物一体もここを通させない。
グレンは杖を握りしめ、群れで走り寄るウルグに“ファイアボール”を放った。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
図書院内に侵入した二人は、荒らされたエントランスを抜けて、一階のホールに出た。
扉を開けて、ホール右手には貸出しカウンター、そして正面からほぼ全域を大量の本棚が並ぶ。
「誰か居ませんか?」
ショウタはギョッとしてコトミを見た。
コトミの大きめの声がホールに響いたが、返す声は無かった。もう一度大きく息を吸う気配を察知したショウタが、コトミの口を慌てて塞いだ。
「バカ、居るのは敵かもしれないんだぞ」
「でも扉開けた時点で敵だったら攻撃してくるんじゃ無い?」
「う、それもそうか」
再度コトミが声を上げたが、返事する者は居なかった。
視界が悪く、本棚の間に魔物が潜んでいないか警戒しながら二人は歩みを進めた。
幸い魔物と出会す事なく一階のホールを探索出来たが、誰も居なかった。
「ちょっと待って」
壁際に並んだ本棚群の一角でコトミが立ち止まった。
コトミは本棚の一つをじっくり観察し、中の本を抜き取ったりした。
「どうした?」
今度は隣の本棚を観察するコトミにショウタが別の方向、魔物の不意打ちを警戒しながら声を掛けた。
「この辺の空気の流れがおかしいの」
ショウタは何も感じなかったが、空気に適性魔法を持つコトミは何かを感じ取っていた。
ただの違和感だと無視しても良かったが、他に手がかりが無い。
「分かった、俺は二階を調べてみる。
何か分かったら水伝話を頼む」
「うん、気を付けてね」
違和感を感じられない自分が居ても役に立たないだろうと判断したショウタは、一人、二階へ向かった。
二階は一階と同様の大量の本棚と、扉で仕切られた閲覧コーナーに分かれていた。
吹き抜けになった階段周辺から探索を始め、程なく閲覧コーナーの方から物音がした。
足音を殺しながら閲覧コーナーへ入り、物音がしたはずの個室型の閲覧室の扉に耳を当てた。
ほんの微かな、こちらを窺うような気配。
ショウタは閲覧室のドアノブを掴んで一度深呼吸してから、扉を開き一気に中に入った。
「動くな!」
相棒を構え、室内にいた相手に向け––––––
「ひ、来ないでっ」
「子ども……?」
閲覧コーナーの中には八歳程の少女が一人、机の下に小さくなって隠れていた。
ショウタは慌てて相棒をしまい、「俺は怖く無いよ〜」などと言って机の下に頭を抑え丸まって怖がる少女をあやし落ち着かせた。
内心でコトミに助けを求めていたが、生憎“水伝話”を掛けるのはコトミからの一方通行でしか無いので、自力でなんとかするしか無かった。
どうにか少女を落ち着かせたショウタは、今度は「お腹が減った」と訴える少女に、携帯食料として持っていたカロリークッキーと水をあげた。
途端に少女はパァァと笑顔になり、夢中で食べ始めた。
警戒心が一気に抜けた少女をショウタは見下ろした。
「お嬢ちゃん、俺はショウタよろしくな。
お嬢ちゃんの名前は?」
「アイナ。ねぇパパとママ見てない?」
「見てない。
俺は、ここから魔物がいっぱい出てきたって聞いて様子を見に来たウケビトなんだ。
ここであった事を教えてくれないか?」
「もぐもぐ……ゴクッ。
うん、あのね––––––––」
要約すると、父はここの司書で、弁当を届けにアイナは母親とこの図書院にやって来ていたらしい。
父に弁当を届けた後、母と一緒に絵本を借りて閲覧コーナーで母に読んでもらっていると、急に下の方から物音や悲鳴が聞こえて来たらしい。
不審に思った母がアイナに「この机の下に隠れなさい。私かパパが来るまで出てはダメだ」と言って閲覧コーナーから出て下の様子を見に行った。
だが、いつまで待っても戻って来ない母を心配して、程なくしてからアイナも閲覧コーナーから出た。
抜き足差し足で階段を降りたアイナが見たのは、大きな本を持ったおばあさんだった。
他に人は誰もいない。
アイナはおばあさんに声を掛けるか迷っていると、ガラゴラと音がした。
音の方、エントランスを見ると全身骨だけのお化けが胸から大量の血を流した男の人を引き摺っていた。
そこでアイナは怖くなり悲鳴を我慢して閲覧コーナーの机の下に逃げ帰った。
しばらくして骨だけのお化けが閲覧コーナーにやって来たが、運良く見付からずに済んだ。
いつまで待っても父も母も戻って来ないし、一人でここから逃げる勇気も無く途方に暮れていた所にショウタがやって来たという事らしい。
「パパとママ大丈夫だよね。
骨のお化けになってないよね?
無事だよね?」
アイナが不安そうにショウタを見上げた。
「……それは分からない、俺も一階は調べたけど人は一人も見ていない」
「そんな……ひっく」
アイナはしゃくり上げて泣き始めてしまった。
ショウタは内心で悲鳴を上げていた。
嘘でも「大丈夫だ」と言うべきだっただろうか。
今まで歳下の人、まして子どもを相手にした経験がほとんど無かったショウタには、アイナの反応は予想出来ないものだった。
なんとかなだめようと頭を働かせていると、耳の奥にコトミの声が響いた。
『ショウタ、ビンゴ。
あの本棚の下に隠し通路がある。こっち来て』
“水伝話”だ。
およその位置が分かる相手に音の伝達力を高めた水で線を繋ぎ、糸電話の要領で会話する事ができる。
目の前に人がいても内緒話が出来るので、使い所によってはかなり便利な魔法だ。
『悪い、少し待ってくれ』
『大丈夫なの?』
『多分……』
“水伝話”は性質上、繋がった対象の周りの音も拾える。
アイナの事までは分からずとも、泣いている子どもが近くに居る事は分かる。
さっきまで助けを求めていたはずのコトミに、ショウタは「大丈夫」と答えてから泣きじゃくるアイナに向き直った。
泣きじゃくる姿はずっと昔の自分を見ているようだ。
ずっと前、悪夢にうなされて泣いていた俺にコトミお姉ちゃんがどう接してくれたのかを思い出す。
十年前、行き倒れたショウタはとある行商隊に拾われ、コトミお姉ちゃんに毎日世話を焼いてもらっていた。
コトミお姉ちゃんは、たしか目線を合わせるように、少し腰を屈めてくれていた。
それに、言葉も柔らかかった。
アイナはとてもいい子だ。
泣き出してしまったが、言葉をしっかり受け止めて向き合っている。
凄い子だ。
ショウタは膝を折ってアイナと目線を合わせた。
自分にできるだけの優しい声音でゆっくりと話し出した。
「アイナ、よく聞いて。
俺の仲間が今、君のパパとママがいるかもしれない場所を見つけたんだ。
俺も今からそこに行く。
だけど、骨のお化けがいっぱい出てくるかも知れない。
心細いかもしれないけど、アイナはここで待ってて欲しい。
大丈夫、絶対君のパパとママを見つけて来るから」
「やだ、こわいよ。置いて行かないで」
「ごめんね、無理なんだ。
お外も骨のお化けが出ているから逃げられないんだ。
だから、これをあげるね」
ポケットに入れていた小さな石をアイナの手を取って握らせた。
「これは俺のお守りなんだ。
これのお陰で俺は骨のお化けがいっぱいいる外から図書院に入って来れたんだ。
これをギュッて持ってここに隠れてたら大丈夫だからね」
実はその石は、どこにでも落ちている石ころだ。
ただ、何となく色が綺麗だったから拾って、屋内で敵に襲われた時に、不意打ちに使えれば……程度に考えていた物だ。
嘘でも、言葉に力を持たせて本当にする。
大人や信用されている人が子どもにだけ使える魔法だ。
この魔法をコトミお姉ちゃんは何度もかけてくれた。
魔法が解けた後は、全て正直に話して一緒に同じ問題と向き合おうとしてくれた。
一番嬉しいは用意できなくても、悲しいだけで終わらないように頑張ってくれた。
その証であるつぎはぎだらけのクマのぬいぐるみは、今もショウタの部屋のベッドボードに置いている。
もう魔法が解けてしまっているのに、姐貴はときどき俺に魔法を使おうとする。
その事にひどい罪悪感と自己嫌悪に襲われる。でも同時に少しだけ愛しくもあった。
アイナは、自分の手に握った石とショウタを交互に見比べた。
「ほんとう?」
その言葉は、この石を持ってたら大丈夫なの?という怖がりと、パパとママを見つけてくれるのか?という不安が込められていた。
だからショウタはこう応えた。
「うん、本当だよ」
今の段階では嘘だ。
でも、本当にしてみせる。
ショウタはそう決意して、アイナの頭を撫でた。
「うん、待ってる」
アイナはただの小石を胸の前でギュッと握りしめて、まだ涙の残る目で精一杯といった感じの笑顔を向けた。
アイナが机の下に隠れるのを見届けてからショウタはコトミの元に向かった。
S.ショウタ
S.「コトミお姉ちゃん、あのときに言ってもらった言葉にどれだけ救われたか、今日改めて分かった。
今度は俺が誰かを助ける番になった。絶対にやり遂げる」
S.次回“コトミの勘”
S.「待ってろよ、アイナ。必ずお前の家族は助け出すからな」




