コトミの勘
ショウタがコトミの元に辿り着くと、さっき気になると言っていた本棚のいくつかが横倒しにされて、本が盛大にばら撒かれていた。
「うわぁ、怒られっぞこれ。
ていうかよく音がしなかったな」
「だって呼んでも全然来ないんだもん。
一人で退かそうとして倒しちゃった。音は水と空気の膜で遮断したから大丈夫よ。
上で何してたの?」
「ん、あぁ––––––––」
ショウタは、閲覧コーナーで出会ったアイナの事をコトミに話した。
「……という感じだ。俺は嘘吐きになりたくない。
力を貸してくれ」
「わかったわ」
瞳に宿る、アイナとの約束を守ると言う決意を読み取り、コトミは頷いた。
本棚があった位置に鉄製の蓋がなされている。
「開けた?」
「まだよ」
ショウタが対面に立ち、いつでも攻撃ができる姿勢をとってから、コトミが蓋を開けた。
そこには長い梯子がかかった穴があった。
相棒を伸ばして底の深さを測ってみると10m程だった。
「行くしか無いな。姐貴、先に行ってくれ」
「なんで?」
「今日はスカートだろ」
「なんで?」
先にショウタが降りると中が覗き放題だから……という理由は言葉にしなければ伝わらなかった。
底に辿り着くと扉で隔てられた空間に出た。
扉を開けて横穴を進むと、程なくして壊れたガラス器具やなにかの実験器具が散乱していた。
壁面にランプが等間隔で設置されているので、視界に困ることはなかった。
「まるで人造物で作られたダンジョンね」
器具が散乱する廊下を進み、いくつかのドアを通過すると、カイトヒルが居た。
壁一面に、壁に貼り付けなかった個体が壁に貼りつく個体の上に重なるように連なりゾワゾワと動く様は虫嫌いの人が見れば吐き気を催すだろう。
廊下は一直線だったので、カイトヒルを避けて行くのは不可能だ。一見行き止まりに見えるが、よく見てみると、カイトヒルの隙間にドアらしきものが見えた。
「面倒だな」
ここは四方を壁に囲まれて風が無いので、カイトヒルが飛ぶことは無いが、一度に群がられると全身の血を持って行かれかねない。
ショウタが一度引き返して適当な石ころを拾い集めようかと思案していると、コトミが背負っていたリュックサックを下ろし、ゴソゴソと漁り始めた。
「そういやずっと気になってたんだけど、何入れてんの?」
「色々よ、諦め切れない未練の残骸達ね」
「?」
頭に疑問を浮かべるショウタを放置してコトミは取り出した機具を等間隔に並べ置いた。
それは魔石を内蔵したコンロだ。
本体に、機巧が剥き出しになった土台部分と、バンドと管で構成された魔力吸収機巧からなる物だ。
バンド装着者から魔力を汲み取り、土台に内蔵された魔石で炎を出す仕組みだ。
計三台を横並びに置き、バンドを纏めて左腕に嵌めたコトミは魔力を流した。
一般的には5cm程しか出ない火は、安全装置を外した為か火柱と呼べる程度まで火の手を上げた。
「今からカイトヒルを焼き殺す。
ただ、あたしはこの場から動けなくなるから回り込んで来たやつをお願い」
「姐貴?」
「いいから見てて」
コトミが膝立ちで左腕を真っ直ぐに構えた。
魔法は基本的に物理法則に従う。
コトミの“エアーショット”は周囲の空気を集めてエネルギーの塊とし、撃ち出す魔法だ。
集める空気も別に空気そのままである必要は無い。
空気中に含まれる炭素や窒素、酸素から水源近くや湿度の高い場所でなら水分をかき集めて水だけを撃ち出す事も出来る。
コトミの適性が空気だと言われるのはその辺のコントロールが普通の風適性魔導士より高いからだ。
普段は特にどの成分を優先して集めるなど考えず空気を集めているコトミだが、今構える魔法は酸素を重点的に集めたものだ。
コトミが“エアーショット”を射つ。
腕から飛び出した“エアーショット”は、目の前の魔力コンロから生み出された炎を巻き込み、赤い尾を引きカイトヒルの群れに当たった。
たちまちカイトヒルを燃料に燃え広がる炎と甲高い悲鳴あげ逃げ惑うカイトヒルの群れ。
二の矢三の矢を次々に射ち出すコトミに、ショウタはなんとも言えない眼差しを送った。
「これは?」
「この前も持っていったんだけど使い所が無かった秘密兵器よ」
「なるほど、因みに家のコンロの火が点かないのはなんでだ?」
「あっ」
コトミの攻撃の手が止まった。
途端にこちらに群がるカイトヒルを、ショウタが仕方なく相棒で迎え撃った。
気を取り直したコトミもすぐに参戦し、割とすぐにカイトヒルは焼き払われ、全て文字の塊となって消えた」
「うーん、エルフが居ても似た結果になったんだろうね」
「これも消えちまった。
死体が残ればナクル山脈で討伐したって言って報酬を騙し取ってやったのに」
それぞれコメントを残し、カイトヒルの群れで隠されていたドアを潜った。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
ドアの向こうは、一言で言えば病室だった。
壁沿いには薬品棚が置かれ、実際包帯など、治療目的のものが陳列していたので、先程まで壊れた実験器具ばかりを見てきた反動もあり、マイルドにそう認識した。
台に鎖で拘束された人が何十人と、ずらりと並び手首に点滴の針が刺され透明なチューブから血を吸い取り、一人一台配置された機械がそれらを別のポンプで統括する機械に吸い上げた血を送り込んでいる。
よく見るまでも無く、点滴針を刺された人の顔は白く、唇は乾き、全体に血色が悪い。
「おい、大丈夫か」
手近にいた一人に声を掛けて頬を叩いてみたら微かな呻き声がした。
「どいて」
コトミが針を抜き取った。途端に血が噴水の様に溢れ出る。
止血点を抑えながら血を拭い、刺し痕を見る。
「多分、先に大量のカイトヒルの口内分泌液を体内に入れて血の凝固能力を弱めてから吸血してる」
「なんとかできるか?」
「私の未練はコンロだけじゃ無いわ。ここ抑えてて」
ショウタに止血点を抑えさせ、コトミがリュックに手を伸ばし止血剤を取り出した。
そのままテキパキと処置を行い、ひとまずの応急処置が終わった。
「これ、全員同じ状況なのか……なにが起きている?」
「分からない。
でも、今出来ることはとにかく手当よ。
この部屋、一通りの医療道具が揃ってるしギリギリ全員応急処置だけなら出来ると思う」
隣の台の人を診て、コトミが点滴針に手をかけようとすると不意に声がした。
「うぉ、もう侵入者が来てしもうたか。
外に力を割き過ぎてしもうたかの」
二人はバッと顔を上げ声の主を探すと、部屋の最奥部に大きな本を持った老婆が立っていた。
「お前が騒ぎの主謀者か、これはなんだ?」
「あぁ、そうさ。ワタシはリリーナ。
昔焼かれた村の生き残りさ。
村を蘇らせる為に、ちょっとばかし血をもらっているんだよ」
「ちょっとて、これ下手したら死ぬ量よ。
大体村を蘇らせるなんて、まさか死者蘇生魔法?そんな事、この街が大昔に世界の技術を結集させても実現出来なかったのよ」
「お嬢ちゃんや、それは昔の研究者共が無能だったからさ。ワタシは魂だけの存在になってでもやり遂げたのさ。
そこで寝てる生き血用の奴らはもう用済みだ。だが、手当てしてやる暇も無い」
スケルトンが二体、なにかを引き立てるように歩いてきた。
「アイナ!」
「お兄ちゃん!」
スケルトンはアイナを引っ立てていた。
「おや、この娘っ子の知り合いかの。
外に出てた奴が何か見つけたとか言って引っ立てて来たんじゃよ。
悪いがこの娘とお主らには死んでもらうよ。
あまり見られたく無いものを見てしもうてるでの」
リリーナがポケットからネズミを取り出した。
そのネズミはまだ生きているようで、リリーナの手の中で暴れていたが、リリーナが手を握り締めると、首が垂れて動かなくなった。
アイナはその様子を見て顔を強張らせ、コトミは怪訝そうな顔を向けた。
そんな二人をリリーナは気にも止めずに、本を開き、ページに指を這わした。
本から黒い瘴気が昇り、一体の竜を産み出した。
翼が無く肉体は腐ったドラゴンゾンビだ。
さらに詠唱を繰り返し、スケルトンが大量に姿を現した。
「ふむ、この程度の生き物の魔力では、この程度が限界か。
まぁ、魔力を補充する手段はいくらでもあるさ」
リリーナがベッドに縛り付けられた人々を見下ろした。
ドォオオオオロォアアァ––––––––
ドラゴンゾンビが雄叫びを上げる。
その声でようやく状況を把握したアイナが悲鳴を上げて、スケルトンから逃れようと暴れるが、スケルトンが軽く腕を捻り上げるとその小さな抵抗はあっさり止められた。
スケルトン達が骨を鳴らしながらこちらにゆっくり歩み寄る。
「やめて、その娘は放して!」
コトミが叫ぶが、リリーナは知った事かとドラゴンゾンビ達に「やりな」と命じた。
K.コトミ
K.「ショウタ、しっかりして。
アイナと約束したんでしょう。ここで踏ん張らないと誰も助けられない」
K.次回“ショウタイム”




