あなたは怪物
…
……
…………
「ガハッ……」
「目が覚めたようね」
「コトミ……?」
ここはどこだ?身体が重い。
ひとまず起こそうとした身体は、強い疲労を訴えていて言うことを聞かない。
「あたしが誰かわかる?」
声の方へ目を向けると目の前の女はよく知っているはずの人なのに、何かが違った……
「コトミ……なのか?」
「あぁ、これね。訳あって髪と脚を切ったの。
その反応なら記憶喪失にはなっていないようね。よかったわ」
驚いて言葉の出ないエルフを尻目に、訳なさそうにコトミがケンケン跳びでエルフの元へ寄った。
「まず言える事。
ノワルはエルフを作った人間じゃないわ。
これは断言できる」
「……なんでだよ?」
目が覚めて状況も読めない中、エルフはコトミにそう言われた。
場所はどこかの洞窟、多分ミラハ山だろうが確信が持てない。
外からの光で視界を確保できるから日は暮れていない。
他は何も分からなかった。
「ハンソンさんの技術を使えば、確かに生き物の複製を作れるみたいだけど、あなたみたいな怪物は複製どころか生み出す事すら出来ないからよ」
「カイブツ?どういう事だ?」
「わからないのね……
じゃあ一から説明してあげる」
そこで一度、コトミはエルフと視線を合わせた。
反応を探るように、真意を辿るように見つめながら、言葉を続けた。
「エルフ、ナユタと戦ったときの事どれくらい覚えてる?」
「たしか、木の棒で散々殴られてその後剣で……!?」
さっきは疲労で動かなかった身体は今度は信じられない早さで動いた。
ガバっと起き上がり、自分の胸を……貫かれた筈の心臓を見た。
見たことの無い服に着替えさせられていたので、服の内側に手を入れてみたが、胸には傷痕もなかった。
「あぁ、それはあたしが着替えさせたの。
やっぱり殺されても少しは意識が残ってるものね……
エルフが見たいのはこれでしょう」
コトミは足元から服を拾い上げ、広げて見せた。
どす黒い血に染まり、胸の真ん中の位置に穴が貫通して向こう側が見える。
エルフがナユタと戦っていた時に着ていたはずの服だ。
エルフはその穴から目が離せなくなった。
それでも、口はまだ、何かの間違いだという答えを求めて動く。
「は、はは……
よく出来てるな。そこらの獣の血でも塗ったのか?」
「違うわ、血は全部あなたのもの。
この穴はナユタがエルフの心臓を貫いたときの物よ」
「もう冗談はやめろよ。
記憶の無いオレでも分かるぞ。心臓を貫かれたら死ぬってな」
「そう、エルフは一度死んでるの。
死んで蘇ったの」
小さな落ち着いた声、しかしキッパリと聞き間違いのない声でコトミはそう言った。
「また[訓練棟]のドッキリなんだろ。
大した仕掛けだよ全く……
はは、早く種明かししてくれよ!」
「そうね、口で言うより見た方が早いか」
顔を引きつらせて乾いた笑い声を漏らすエルフにコトミはため息混じりに応えると、バタフライナイフを取り出した。
「じゃあ、今から教えてあげる」
そう言ってエルフの左手親指を握り、バタフライナイフで斬り落とした。
「痛ってぇ何すんだ!指がっ!」
「落ち着いて、魔力を集中するの。
前にも一度してるでしょう、痛む箇所に魔力を集めるの」
左手全体に焔が灯り、やがて左親指があった場所へと収束していく。
焔が消えるとそこには切り落とされたはずの親指があった。
「……嘘だろ」
「まだ信じられないなら次は心臓を刺すよ?」
「いや、いい」
疲れた声で漏らし、エルフは項垂れた。
「ごめんね、乱暴な事して……
でもこんな怪物、少し前にクローン技術を身につけたばかりの人間に作れるわけがない。
だからエルフはノワルに作られたクローン体じゃ無いとは断言できるわ」
優しい声音だが、それでもコトミはエルフを怪物と断じた。
「でもね。だからこそ、二年前にウルガを殺したのはエルフじゃない。
エルフはなにも悪くない」
コトミはエルフの肩に触れて、言葉を続けた。
その一言は今のエルフにとっては僅かでも、確かな救いだった。
「そうか、それはよかった……オレがビックリ人間だってのは理解した……
これも一種の魔法なのか?他にできる人間はいるのか?」
視線を上げたエルフは、すがるような目をコトミに向けた。
コトミはその視線に、ずっと昔のショウタの顔を思い出した。
いつも不安そうで泣き出しそうな顔。
その顔を少しずつ安心の顔や笑顔に変えていった人がいた。
もう会えないその人にコトミは強く憧れていた。
だからだろうか。何も言うつもりのなかったはずなのに、いつの間か口から言葉が溢れていた。
ナユタに嗾けられたゲームで冷えたはずの心がほんの少し、熱を持った。
その事が悔しくもあり、少し嬉しい事にも気付いてしまう。
「例えば人魚は不思議な力を持っていると言われているわ。
人魚の涙は惚れ薬だとか、鱗は強壮剤だとか、血は万能薬になるとか。
万能薬と呼ばれる血が全身を通っている肉体はどんな外傷や病でも死ぬ事がないそうよ」
「……そんなとんでもない生き物とオレにどう関係があるんだ?」
「この街では昔、様々な実験をされていたのはもう知ってるでしょう。
もしかしたらだけど、あなたはずっと昔の不老不死実験の成功個体なのかも知れないわ。
人魚の特性、不老不死能力を持った人間を生み出す実験の成功例。
あくまで全部仮説だけどね」
「……そんな、わけ分からない」
「えぇ、わけ分からないわね……
でもその力は強力過ぎるし、悪用出来ればとんでもない事になると思う。
だから、これは忠告。
一つ、不死能力や再生能力の事は絶対に他言しない事。
二つ、もし使わざるを得ない状況になっても絶対に人目を避ける事、悟らせない事。
三つ、もし能力がバレたら相手を殺して隠蔽しなさい。
四つ、口封じに失敗したらあたしに言いなさい。代わりにあたしが殺すから」
「殺してでもか……」
「えぇ、絶対に殺しなさい」
さっきまで優しかったはずの声音は冷たく無機質になっていた。
「じゃあ私は今殺されるのかしら?」
第三の声が割り込んだ。
「誰っ!?」
「私です『ワタシだよ」』
二人の声がダブって聞こえた。
「リディア!?なぜここに」
『ワタシが力を貸したんだよ』
「ワタシ?」
「……リリーナか?」
『そうさ、久しぶりだね』
「リリーナって言ったかしら?
どこに隠れているの、出て来なさい」
コトミはリディアの声がした時点で索敵魔法を展開していたが、誰の気配も感じる事が出来なかった。
『ずっと目の前にいるよ』
「コトミにはハクシキの書と呼んだ方が分かりやすいわね。
この本には、以前私に取り憑いた人格が宿っているの」
リディアがハクシキの書を掲げながら淡々と言葉を続けた。
「話を戻すわね。私はこれから殺されるのかしら?
今は最適なタイミングよ、外は災厄が起きているし、目撃者もいないわ」
「えぇ、悪いけどそうなるわ。
ごめんね」
口先で謝りながら左手をリディアの方へ向けた。
「おい寄せコトミ!」
静止の声を掛けたエルフをリディアに憑依したリリーナが目で制した。
『ではワタシもカードを切ることにしよう。
ワタシがエルフを蘇らせた。お若いのは過去の研究者達の遺産だよ。
望むならお若いのについて今ワタシが知っている事を全て教えてもいい。どうする?』
「何かの罠?」
コトミはリディアに左手を向けたままいつでも魔法を射てる姿勢を崩さない。
『そうさね。
将来的にワタシはワタシの目的の為エルフの不死の力を利用したい。
敵対して無理矢理従わすよりは、協力してもらう方がお互い楽だからね。
その為のご機嫌取りといったところさ』
「私個人としても、この街で出来た友達と争いたくは無いわ」
「理由は何でもいい、今すぐに教えてくれ。
命を作る技術があるならオレは本当に何者なのか不安になる。
コトミが邪魔するなら、オレは[キャラバン]を出て行く」
『お若いのはこう言っているよ。さて、どうする?』
「エルフの生い立ちはどうでもいい。エルフが不死である事が重要で、あなたはそれを知ってしまっている。なら口を封じる必要があるわ」
コトミはあくまでも冷酷だった。
エルフはコトミを睨みつけ、リディアの身体は僅かに後退っている。
その中でもリリーナは余裕を崩さなかった。
リディアの身体を操り、一歩前へ踏み出し言葉を続けた。
『やれやれ頑なな女さ。
では二枚目のカードを切ろうじゃないさ。
実はあの街の至る所に魔物を潜ませている。
もしリディアの命が脅かされるような事があれば魔物達が一斉に街の人間を殺し回る事になるのさ。それでもいいなら射てばいい』
「それが脅しになるとでも?」
『[キャラバン]の近くに潜ませている魔物は特にヤバい奴でさ。
ワタシの合図一つで一帯は火の海さ。
無関係な街の人間はともかくショウタが死ぬのは嫌だろう』
コトミはリディアとエルフを交互に見比べた後、深く溜息をついた。
「わかった、あなたの知っている事を教えて」
『じゃあ場所を変えよう。
丁度ここはあの場所に繋がっているようだしさ。
エルフ、歩けるかい?』
「オレは大丈夫だけど、コトミが……」
『コトミはなぜ脚がないんだい?』
「敵と戦って斬り落とされたの」
『……そうかい。まぁ、いいさ。コールビースト.ウルグ』
リディアがハクシキの書を開きウルグを章喚した。
『これに乗りな。大丈夫、噛みはしないさ』
E.エルフ
K.コトミ
E.「どんっ……だけ待たせるんだよ!
やっとオレの出番か」
K.「死んでから回想含めて十話。ようやく出番だけど、次は説明回よ」
E.K.次回“Eternal LiFe”
E.「なんでだよ、テンポ悪いな!」
K.「言わないでよ……」




