それぞれの畑
クローンが檻に閉じ込められている。
ざっと見て二十人程か……
実験衣とでもいうのかシンプルな服を身に付け頑丈そうな猿轡で口を封じられている。
一人残らず目は虚で焦点が定まらず、手には大小様々なナイフを持っている。
そして、その顔は全て同じ人間の顔、ミリーの顔をしていた。
「ロズルっ、何をした!」
「なにって、お前の最愛の娘を増やしてやったのさ。
ただし、知能は下等な獣並みでな。
本物がどれか分かるかなぁ?」
そう言ってロズルが十字架に縛められた一人を解放した。
ミリーは真っ直ぐにハンソンへ向かってきた。
猿轡で封じられた口から獣のような唸りをあげて、飛びかかる。
コバルドが横から割り込みミリーを抑え込んだ。
ハンソンがミリーを調べて首を横に振った。
「これはクローンだ」
「おいおい、一匹にかまけてていいのかい?」
ロズルが檻の扉を開いた。ミリー達が解き放たれる。
最初と同様、猿轡で封じられた口から獣のような唸りを上げながら、手にしたナイフをコバルドとハンソンに振りかざす。
「こいつらには異常に興奮する薬を射ってある。さぁ、娘に殺されてみるかぁ?」
たまらずコバルドはハンソンを後ろへ突き飛ばし、偽者だと分かったミリーをグラセランセで撃ち殺した。
ハンソンが息を飲む声が聞こえたが、構っていられない。障害はひとつでも少ないに越した事はない。
コバルドがグラセランセの威力を一番低いローに抑えて一発撃ってみた。これでも訓練した戦士の正拳突き程の威力だが、痛みに怯む様子もなかった。あの数を相手に手加減して有効打を打てなければ、こちらがやられる。
グラセランセの威力を一般的な散弾銃と同程度の威力のミディアムに設定してから右手に構え、左手に氷剣を形成してミリー達を迎え撃った。
一人目のナイフを弾き、走り寄る二人目のナイフを持つ右腕にグラセランセを撃った。
撃たれたミリーが右腕を不自然な角度に曲げた。それでも狂った様にこちらへ歩を進める。
「くそっ、薬の作用か」
一人目の追撃が来る前に右足を氷剣で貫きながら、グラセランセをスピンコックで次弾装填し、二人目の足を吹き飛ばした。
「コバルドさん、何をしている!
僕の娘なんだぞ」
「俺は奴の胸クソ悪い策に踊らされる気も、お前等の家族愛と心中する気もない」
三人目がナイフをハンソンに向かって突き出した。
コバルドは氷剣を捨てた左手でハンソンを突き飛ばし、そのナイフを左腕に受けた。
防刃性能を持つライダーコートを貫き、左二の腕に食い込むナイフ。
ライダーコートが血で赤く染まるのを見て一瞬気が遠のきそうになったが、歯を食いしばり、三人目の右足を踏んで動きを封じて、右手のグラセランセで足を零距離から撃った。
「見ろ!これが戦場の血だ!
躊躇いや相手への同情心で死ぬのは己自身だけでは無い。
俺達の畑に付いてくると決めたのはお前だ。なら覚悟を決めろ!」
血が滴り出した左袖をハンソンに突き出して怒鳴った。
グラセランセを乱射して隙を作り出して一度間合いをとる。
さらに氷壁で時間を稼ぎ、コバルドは首に巻いていたスカーフを解き、ライダーコートの上から左二の腕に巻き付けて強引に止血した。
痛みは無視できる、出血が不愉快だ。
氷壁を回り込んで迫る四人目の攻撃を左手に形成した氷盾でガードしながらハンソンの方をチラ見すると、頭をガシガシと掻き呻いていた。
「早くしろ。無理なら逃げて体制を整える。
けどなぁ、その間にあのイカレ野郎がお前のミリーに何するか分からねぇぞ。
今より胸クソ悪い方法で弄んで最後に殺されるぞ。
それでいいのか?
付いてくると決めたのはお前だ!ハンソン!」
しつこくナイフを突き立てる四人目を氷盾で殴り一度黙らせて振り返った。
「手はあるのか?」
「俺は戦う事しか出来ない。
けど、医者であり専門のお前なら本物を見分けられるだろう。
俺が全員の手足を吹き飛ばしてやる。
その後で本物を見つけてお前の畑で治してやれ!」
「……わかった、頼むぞコバルド!」
「任せろハンソン!」
コバルドが四人目の足に氷弾を撃ち込むと同時にハンソンがクローン体を検知するキットを持って、動けなくなった四人目に駆け寄った。
これまでに様々な仕事をこなして、ウケビトとしても、独りの人間としても、何度も人を殺して来たコバルドにとっても、女を撃つのは愉快なことではなかった。
しかし泣き言や弱音は愚か悪態すら言える環境ではない。
自分が背中に庇っているのは、自分の娘に銃を向けられている事を理解しながらも、自分の無力さ故に黙って托してくれるハンソン。
迫ってくるのは獣のような唸りをあげ、殺る気満々でナイフを振りかざし、全員同じ顔をしたクローン体。
内一人だけが保護しなければならない本物の人間。
薬剤を投与されたせいなのか動きは俊敏で、猿轡を咬まされているせいで言葉を交わす事も出来ない。
そして、その元凶となったロズルは一人不愉快になる顔で空になった檻にもたれ掛かっていた。
今すぐにでも本気のグラセランセをあの透かしたツラに撃ち込んでやりたかったが、ミリー達がその隙を与えてくれないし、なにより優先すべきは本物を特定して保護する事。
コバルドは感覚が麻痺してきた左腕の氷盾で数えるのも億劫になってきたミリーのナイフを防ぎ、検査キットで何体目かも分からなくなって来たミリーのクローンを調べているハンソンを庇った。
「また外れだ」
そういうや実の娘と全く同じ姿形のクローン体の頸動脈をメスで切り絶命させた。
全員の動きを止めてから検査キットを使わせたかったのだが、ハンソンが目の前の怪我人を放置するのは僕の畑ではありえないと聞かなかった。
さらにハンソンなりの覚悟なのか慈悲なのか、クローン体ミリーを見分けるとすぐさま殺して行った。
おかげで倒れたクローン体に足を払われるようなアクシデントは発生しないが、ある意味でコバルドの足元には地獄が出来ていた。
「んゔゔぅうぐ」
くぐもった唸りをあげながら、お腹を狙って突き出されたナイフにコバルドが氷盾を構えた。
ナイフが氷盾に弾かれる–––その瞬間ナイフが軌道を変え、腰を落として構えていたコバルドの左太腿を刺した。
「くぅっ……」
途端に走る激痛に悲鳴を堪えながら、コバルドは左手の氷盾を解除して、左太腿を刺すナイフを握るミリーの腕を握り関節を極めて抑え込み、グラセランセを側面から走り抜けてハンソンへとナイフを振りかぶるミリーに向けてトリガーに指を掛けた。
グラセランセを構えるコバルドの体が大きくブレた。
ゴキッ……とミリーを抑え込んだ左手に嫌な感触が走った。
次の瞬間、自らの腕を折る事で強引に自由を得たミリーが左手でコバルドの右足を抱え込み押し倒した。
「しまっ……」
状況を理解する事は出来る。反射的に受け身を取る事も出来る。
しかし、トリガーに掛けた指は止まらない……
グラセランセから放たれた一塊の氷弾が人体の鍛えようもない急所、喉を捉え大量の血を撒き散らした。
「……くっ」
クローン体か確認する前に致命傷を負わせてしまった事にコバルドは焦ったが、まずは自分を抑え込んでいるミリーを引き剥がす必要がある。
左靴底に氷のスパイクを形成してミリーを蹴った。二度、三度、どこを蹴っているとか考えなかった。
今すぐこいつを引き剥がさないと、喉を撃ち抜いてしまったミリーがクローン体か確認するハンソンの安全を確保出来ない。
「っらぁ!」
顔をズタボロに蹴り飛ばしてミリーを引き剥がしたコバルドが足を引き摺るようにハンソンの元へ走り寄ると、ハンソンは血相を変えて喉の傷を見ていた。
「ハンソン……まさか–––」
「来るなっ、ここはお前の畑じゃない。
ロズルを捕らえろ!」
ハンソンは暗にこう言っていた。
お前が喉を撃ち抜いたミリーが本物だったと。
瞬時に理解したコバルドは、頭を振って強引に思考を切り替えた。
不幸な事故は起きたがこれで遠慮せず戦える。医者がいて良かった。
グラセランセの威力をハイに変えてロズルを撃った。
氷弾はコバルドとロズルの間に割り込んだミリークローン体が掲げたナイフを砕き、クローンの体をも砕いたが、ロズルまで届かなかった。
「酷いことするなぁ。もしかしたらこの彼女が本物だったかもしれないじゃないか?」
「お前本当に胸クソ悪いな……おまけに落ちも最低だ」
「何を言っている」
「上の窓を見ろよ」
「はぁ?」
「ぐぉらあぁっ!」
バリバリと迫力満点な音を響かせて、メイズが屋敷の窓を突き破って飛び出した。
「ジャンピング・トルネード・ソール・ハンマー・キックッ」
「ぐぶっ」
そのまま空中で一回転して、無駄に長ったらしい技名を叫びながら踵に電気魔法を乗せた踵落としが炸裂した。
ロズルは地面に深いキスをして動かなくなった。
コバルドは渋面で、残ったミリークローン体を掃討した。
「ロズルの放送が聞こえなかった訳じゃ無いだろう?今まで何をしていた?」
「放送は聞こえたけど腹痛を起こしてトイレに閉じこもってた。
銃声は聞こえてたけど、紙が無くて探してて、所用が終わってからそこの窓から飛び出したらいい感じにロズルが下に居たから蹴りを入れた」
「必要なときに消えて要らないときにでしゃばるなお前」
メイズへの苛立ちを隠す気もない怒気のこもった声だったが、メイズはどこ吹く風といった様子だった。
「お前は何やってたんだ、わざわざ罠だと分かってる所に出張るからボロボロになるんだよ。ほんとバカだな」
「……あっち見てみろ」
伸びたままのロズルを氷で拘束しながらメイズの方を振り返らずに応えてやった。
「何だありゃ、ミリーがいっぱい死んでる!
おい、コバルド」
「勘違いするな、全部クローンだ。
お前がいないせいで最低だった」
「あぁ〜あ、俺が居れば大活躍だったのに」
「お前もう黙れ」
これ以上メイズの相手をしていると本気でキレそうだったので、コバルドは本物のミリーを治療しているハンソンの元は向かった。
「そっちはどうだ?」
「死んだよ」
「なっ……」
「ミリーは、僕の娘はもう……
なぁ、コバルドさん。僕の畑では死んだ人間を蘇らせるなんて出来ないよ……
コバルドさん、どうすればいい?」
Co.次回“話は終わりだ”




