白色は博識に塗り替わる
腕の無い飛竜、ワイバーンが門の周りを旋回する。
ワイバーンは草竜と違い、獰猛な肉食性であり、高空から“ファイアボール”等で攻撃する危険な魔物だ。
尾は丈夫で、馬や牛を尾で巻きつけて空へ連れ去る事もあり、今まさに、強靭な尾で巨石を持ち上げていた。
門の下にいたウケビト達が慌てて銃や魔法で攻撃するのも意に介さず、門の真上から“ファイアボール”を放った。
「くそっ、なんであんな魔物が!」
「早く撃ち落とせ!門が壊される!」
「もう遅いっ!」
僅かなウケビト達が喚き合いながら攻撃するが、意味がない。
ワイバーンが巨石を壁門へ投げつけ、壁門が崩壊した。
––––––––グルルゥグアァラガァァ
壁門が崩れる轟音を合図にどこに潜んでいたのか大量の魔物が姿を現した。
「嘘だろ……」
「嫌だ、死にたくない」
北門周辺は瞬く間に魔物の群れに蹂躙された。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
リディアが北門にたどり着いたのは、ワイバーンに門を破られてすぐだった。
「何故こんなところにワイバーンが?」
ウルガの死による災厄がここまでの規模になるとは思っていなかった。
ワイバーンが無差別に魔法を放ち、家屋を破壊していく。
避難が済んでいたからウケビトと衛士以外に人的被害は無いが、このままでは避難施設にまで行ってしまう。
とにかく奴を止めよう。
「わあぁああぁっ–––––!!!」
お腹いっぱいに息を吸ってから叫んだ。
ワイバーンがこちらを向くと、真っ直ぐに向かってきた。
今のリディアはリリーナに憑依されていた頃のような召喚術も魔法も使えない。
己が身と鈍器と化したハクシキの書だけでワイバーンと戦わなければならない。
真っ直ぐにワイバーンの頭突きが迫る。
リディアは、ハクシキの書を前に構えて、腰を深く落とした。
鉄板を仕込んだ重厚なカバーは突進を難なく受け止めた。が、その本を持つリディア自身が耐えられなかった。
ワイバーンの頭突きに耐えきれず、身体を吹き飛ばされた。
「きゃっ」
短く悲鳴を上げながらも、なんとか足から着地した。
地に降りたワイバーンが多数の“ファイアボール”を放った。
リディアはハクシキの書を開き、カバーの表面積を増やして盾にして、強引に突っ込んだ。
“ファイアボール”を凌ぎ一気に肉薄した。
「やあぁっ!」
ワイバーンの魔法で熱を持ったハクシキの書の角で、ワイバーンの横っ面を思いっきり張ってやった。
––––グルぅッ
ほとんど効いていない。
それでも、攻撃手段はこれしかない。
なんとか、応援が来るまで持ち堪えるしかない。
二撃、三撃ハクシキの書で殴打したが、ワイバーンも黙ってやられはしない。
羽ばたき、突風を起こしてリディアを吹き飛ばした。
魔力で勢いを強めた風に煽られてリディアは吹き飛ばされ地面を何度も跳ねた。
家屋の壁にぶつかりようやく止まったリディアの頭上を“ファイアボール”が通過する。
リディアを受け止めた家屋が倒壊して、リディアを下敷きにした。
自力で抜け出せないリディアに興味を失ったのか、ワイバーンは飛び去り、新たな破壊を始めた。
崩された北門から魔物達が入って来た。
ウルグ、草竜、人型の胴体を持つウルグ、エイプコング、数えるのが億劫になる程だ。
瓦礫から抜け出そうとするリディアとエイプコングの目が合った。
ギィキギギィ––––
鳴き声に反応した他の魔物達が一斉にこっちを向いた。
いやだ、来ないで……
リディアの非力な細腕では、覆い被さる瓦礫はびくともしない。
エイプコングが走り寄る。
死にたくない……
「きゃあああぁああぁあぁ……」
リディアは悲鳴を上げた。その悲鳴はより多くの魔物を呼び寄せてしまう。
それを理解出来ないリディアでは無い。理解してもなお、迫る死に対して悲鳴を上げる事でしか抵抗が出来ない。
死ぬ……殺される……誰か助けてっ!
『やれやれ、もう少し眠っているつもりだったんだけどね』
汚れた爪をリディアに突き立てようとしていたエイプコングが、横からゴブリンに殴られていた。
同士討ち?いや違う、その前に聞こえたこの声は––––––
『やぁ、ディア。ずっと一緒にいたけど、話すのは随分久しぶりになるかな?』
「リーナっ!?」
リディアに様々な知恵を与え、人生を狂わせた親友の声だった。
ハクシキの書がひとりでに開き、パラパラとページを巡らせていく。
『へぇ、ワタシが寝てる間も魔物と戦う機会はあったんだね。
ウルグとゴブリンにホブゴブリン。
少し変わった波長だけど、今の戦力としては悪くないさ』
「何故生きてるの?」
『まるで死んでて欲しかったみたいな言い方だね、傷付くよ。
答えは簡単さ。あのときエルフが燃やしたのはあくまでワタシの一部でしか無い。
さて、早速なんだけどワタシ個人としてはディアには生きてて欲しい。
でもエルフに燃やされた今のワタシ一人ではあのときみたいな事は出来ない。
ディア、ワタシに協力してよ』
「何が目的なの……?」
『村を蘇らせるのは諦めた訳じゃ無い。
その為に必要なディアとエルフを守る。
それが狙いだよ』
「じゃあ私がここで死を選べばそれでリーナの狙いはおしまいね」
『その通りさ。
だけど、それ以上に親友のディアを死なせたく無い。ワタシとディアは大事な人を失う辛さは誰よりも分かってるだろう』
「だったらっ––––」
反射的に怒鳴りそうになったリディアはそこで言葉を切った。
リリーナはかつて、リディアの身体を使ってリディアの母を殺した。
大事な人を失う辛さを知っていて何故お母さんを殺したのだ?
その答えはもう分かる。
誰かを不幸にしてでも、自分の辛さを無くしたいという思いも理解は出来る……
悔しい事にあのとき、リリーナに出会っていなければ、リリーナが母を殺していなかったら、きっとリディアの心は遠くないうちに死んで、望まぬ仕事で死なないだけの日々を送っていたはずだ。
頭では理解している。
「だったら、今度は私が私の為にあなたを利用してやるわ。
あなたは精々私を出し抜く算段でも立ててなさい!」
『いいね、じゃあよろしくねディア』
「えぇ行くわよ、リーナ」
リリーナが章喚したゴブリンの手を借りて瓦礫から抜け出したリディアは、服に付いた砂埃を払った。
ボウタイブラウス、スカート共にドロドロになっていて、最近買ったばかりのストールの端が焦げ付いてしまっている。
今すぐシャワーを浴びて着替えたいがそれは全部終わってからだ。
リディアは、魔力を込めてハクシキの書を巡った。
リリーナの意識が戻り思考を共有出来る様になったリディアには、今この本の名の意味が理解出来た。
ハクシキの書は装丁が重厚で、新聞紙ほどの大きさの紙が何百頁と束ねられている。
鉄板が仕込まれた表紙はそこらの竜の牙ではびくともしない。
その頁は文字通り白色だ。
だがその頁は持ち手の知識、経験により色付き、意味を成す無数の魔法陣が記されて行く。
頁の主導権はリリーナが握っている。
そのリリーナが許し、然るべき条件を満たせば白色の書は博識の書となるのだ。
ハクシキの書は膨大な魔力と引き換えに、あらゆる物を章喚する事が出来る。
「コールビースト.ゴブリン。
コールビースト.ホブゴブリン」
リディアの持つ魔力を触媒に本を通じて複数のゴブリンと一体のホブゴブリンが章喚された。
『やっぱりディアの魔力は最高さ。
平凡な魔導士だとゴブリン一体で、半日分の魔力を使ってしまうよ』
「喋らないで、来るわ!」
エイプコングの群れが真っ直ぐに走り寄る。
リディア一人だと囲まれてじわじわと追い詰められただろうが、こちらはゴブリンの群れとホブゴブリンがいる。
素早さではエイプコングの方が勝るが、腕力と知力はゴブリンが上だ。
エイプコングが間合いに入るのを待って組み付き、一体一体確実に倒して行く。
ホブゴブリンはずっと状況を静観していた草竜の元へ走らせ、リディアはゴブリンと組み合っているエイプコングの頭をハクシキの書でぶん殴った。
エイプコングの額が割れて、血がハクシキの書を赤く染める。
これで条件は満たした。
「コールビースト.エイプコング」
今しがた倒したエイプコングと瓜二つの個体を章喚し、エイプコングの群れの元へ走らせた。
完全に気を抜いていたエイプコングの群れは、リディアの章喚したエイプコングの爪で瞬く間に切り裂かれて行った。
ハクシキ(白色)の書は記録の書。
その本は対称を記しハクシキ(博識)となり具現化させる。
不意にリディアに向かって閃光が走った。
そのままリディアに命中するはずだった何かは、その間に身を割り込ませたゴブリンに当たり、身体を四散させた。
四肢を飛び散らせたゴブリンは文字の塊になり消えていった。
『油断。ワタシがフォローしなかったら死んでたよ』
「誰の攻撃?」
『あの草竜だね。
おかしいな、草竜は魔法もブレスも無いはずなのに』
草竜に向かわせたホブゴブリンは、何度も拳を振るい草竜を殴っているが、硬い鱗を持つ草竜には、大したダメージになっていない。
ホブゴブリンを爪で追い払った草竜が口から土の塊を吐き出した。
ホブゴブリンがそれを避けると、後ろの煉瓦壁を吹き飛ばした。
「武器が欲しいわね」
『あそこにいいのがあるよ』
意識の中のリリーナが指し示す方を見ると、メイスが転がっていた。
持ち主は逃げたのだろうか。
リディアはハクシキの書を開きメイスを本に押し立てた。
「イミテーションウェポン……完了!」
メイスが文字の塊としてハクシキの書に記録されていく。
「ウェポンチョイス.メイス」
ハクシキの書に記録したメイスを章喚し、草竜と戦っているホブゴブリンに装備させた。
武器を得たホブゴブリンの攻撃に草竜が押され始める。それを見た他の魔物達が草竜を守ろうというのかホブゴブリンに群がり始めた。
「コールビースト.ウルグ」
新たにウルグの群れを章喚し、ホブゴブリンの加勢に向かわせリディアは視線を空へ向けた。
『ワイバーンなら向こうだよ。
ワタシはどうでもいいけど、このままでは避難施設の方へ行くね』
「させないわ。コールビースト.ウルグ」
人が騎乗できるサイズの個体を章喚し、それに乗って後を追った。
『空を飛べる魔物は……本の中にいないね』
「だったら地面から直接叩く。
ソーサリースペル.––––」
リディアには適性魔法はない。それはリリーナも同じだ。
しかしそれもハクシキの書を使えば変わる。
さっきは散々魔法で攻撃されたのだ。
あらゆるものを記録するこの本は既に記録済だ。
「––––ファイアボール」
空を飛ぶワイバーン目掛けて“ファイアボール”を放った。
エルフの放つ一撃より高火力でグレンが放つより大量の火球に追い立てられたワイバーンは、魔力を込めた羽撃きで“ファイアボール”を打ち消した。
『あんなのを相手に本一冊で挑むなんて無鉄砲だったんだね』
「今は違うでしょう」
『そうだね。準備はできたよ』
「ソーサリースペル.サンドブラスト」
さっきリディアを庇ったゴブリンの四肢を散らせたあの一撃をリディアは自身の魔法として放った。
“ファイアボール”とは違う高速で飛翔する質量体による攻撃は魔力を込めた羽撃き程度では打ち払えず命中した。
「コールビースト.ゴブリン」
地に落ちたワイバーンをゴブリンの群れで抑え込ませた。
『さて、空を飛んで魔法を使える戦力は大歓迎さ』
Lr.リリーナ
Ly.リディア
Lr.「どうだい、その気になればこの本は何百万もの軍隊と同等の物量や、圧倒的大破壊魔法を放つ砲台にもなるのさ』
Ly.「これほどの力があってなぜリーナは願いを叶えられなかったの」
Lr.「迷いがあったからかもしれないね……
やだやだ、歳は取りたくないね」
Lr.Ly.次回“表は魔物の災厄で、裏は人の醜さと”
Lr.「ここが片付いたらお若いのを探しに行くよ」
Ly.「エルフ達を?その前にシャワー浴びたいんだけど」




