私は暖炉の火Ⅲ
月が昇り、沈み、日が昇り始め、また沈み晒し台を取り囲む人が増えた。
数えるのを諦める程投げつけられた石礫は、いつからか塩の塊に変わっていた。
これは清めの塩という名目らしいが、実際はそういうお題目でただ、悪魔に苦痛を与えるためだけにわざわざ塩を水で固めたのものだ。
石を投げられあちこち擦りむけた皮膚に塩がひりひりと痛みを与える。
泥を投げつけられた右眼は、霞み、視界がはっきりしなくなっていた。
バッと、私の両サイドに設置された照明が光を放ち、それを合図に人のざわめきが治まった。
「これより、炎を操る悪魔の公開処刑を行う!」
いよいよ来たか。
死ぬのは怖い。それでも心は無気力だった。
今この場で無罪を訴える気力が湧かない。
街の人間はただ、柵の向こう側から私の死を望んでいる。無意味なのだ。
ここに集まる全ての人は、目の前で悪魔が死ぬのを今か今かと待ち望んでいる。
コバルドさんはもう街を出たのかな。
「檻を開け」
「待てぇ!」
檻の扉を開けようとしていたゴラの手が止まった。
ゴラは静止した声の主を探して首を巡らせていたが、私はそれどころでは無かった。
この声の主は、私がこの場に来て欲しくないと願い続けた人の、コバルドさんの声だ。
柵の向こうから悲鳴が上がった。
私とゴラが同時にそちらを向くと、柵の向こう側に氷で出来た階段が出来ていた。
そして、階段の頂点からコバルドさんがこちら側に、柵の内側へ飛び降りた。
「俺の名前はコバルド。
見ての通り魔導士、この街の言葉なら悪魔だ。
そこのお嬢ちゃん、グレンちゃんの無実を訴えに来た。
街にあった罪状文を読んだが、火が出たとされる時間、俺はグレンちゃんと川辺で豚の群れに襲われていた。
魔法を使って派手に暴れたからまだ跡が残っているぞ」
氷の階段が作られた柵の方で起きていたどよめきと悲鳴が、柵の全体に響いた。
「悪魔がこの街に二人も」
「殺せ」
「街が祟られるぞ」
街の住民が騒めき出す。
「黙れ悪魔、貴様が何を言おうとこの炎を操る悪魔の処刑は決まった事。
貴様も共に殺してやろう」
「グレンは悪魔じゃない。
魔導士だ!」
コバルドさんの叫びを無視してゴラが地竜を閉じ込めた檻を解放した。
地竜が咆哮を上げ、外に出る––––それより早く檻に走り寄ったコバルドさんが、氷の壁を作り、再度檻を封じた。
グルゥグガァ–––––
地竜が悔しそうに唸る。
「グレンちゃんは無実だし悪魔じゃない。この胸クソ悪い事をすぐに止めろ。
それが出来ないなら俺が止めてやる。
この街全てを敵に回してやる!」
「黙れ悪魔!」
ゴラが怒り狂い、柵の外の兵から受け取った斧を構え、コバルドさんに斬りかかった。
コバルドさんが、氷で剣を作り迎え撃つ。
重い斧を片手で軽々操り繰り出される攻撃を、コバルドさんは重く取り回しの悪い氷の剣でなんとか捌く。
あっさり追い詰められたコバルドさんは、晒し台の土台に背中を押し当てられた。
脳天を叩き割らんと振り下ろされる斧を氷剣で受け止めるが、斧の刃が氷剣の刀身半ばまで食い込んだ。
「脆い剣だな、悪魔。
やはり武器は鋼に限るわ」
このままでは氷剣が折れる、少なくとも私と見ている全員はそう思っていただろう。
だが、そうならなかった。
食い込んだ斧を包み込むように氷が広がり、ゴラの斧が氷付いた。
氷付いた斧を持つ手まで氷が浸食しようとしたが、ゴラはそれより早く斧を捨てて一度大きく間合いを取った。
「ま、石塊を固めただけの斧じゃ、こんな風に出来ないだろ」
コバルドさんは、奪い取った斧を見せびらかすように空高く放り捨ててから、晒し台をよじ登った。
「コバルドさん、なんでここに?」
目の前に立つコバルドさんを私は戸惑いや嬉しさや、見られてしまった恥ずかしさで顔を見れない。
と、顔を冷たいハンカチで拭われた。
「!?」
「グレンちゃん、全身泥だらけだな。
辛かったろ。今外してやるからな」
コバルドさんは、氷を仕込んだボロボロのハンカチを使い顔の泥や塩を拭き取って、一度離れた。
手のひらに氷でナイフを作り出して、私を封じる鎖に打ち付けた。
鎖は簡単に砕け、私は十字架から解放された。
「言っただろ、俺の氷は鉄にも負けないって」
そう言って笑い、コバルドさんは後ろを振り返った。
視線の先は、部下からガトリングガンを受け取ったゴラだ。
「逃さんぞ悪魔ぁ!」
鉛の嵐がコバルドさんと私を襲う。
コバルドさんが氷壁を作りその銃撃を防ぐ。
「コバルドさん、周り!」
いつの間にか衛士達が私達を周りを取り囲む様に銃を構えていた。
「くそっ!」
衛士が撃つより早く、氷壁を四方に展開して、銃撃を逃れた。
さらに悪い事が続く。
轟音が響き、氷の破片を撒き散らしながら地竜を閉じ込めていた氷の壁が遂に砕けた。
地竜は真っ直ぐにこちらを見て雄叫びを上げ、突き落として食べようというのか、晒し台を殴りかかった。
晒し台が激しく揺れ、私はコバルドさんにしがみ付いた。
「ごめ、グレンちゃん。
助けられないかも……これは返しとく」
いまだ続く銃撃を氷壁で防ぎながらコバルドさんは、ライダーコートのポケットから風車を取り出した。
花びらの一部が土で汚れてしまっている。
「昨日のお礼をしようと君を探してたら、処刑されるとか街に貼り出されてて驚いたよ。
火事現場を見に行ったら落ちていた。大事そうにしてたから返せて良かった。
もっと早く助けに来れれば逃げ出せたかもしれないのに……」
私は風車を受け取って、コバルドさんを見つめた。コバルドさんは寂しそうに、それでいてどこか満足そうだった。
これで最後だけど、やるだけはやったから悔いはないというような声音だった。
嫌だ、私はまだコバルドさんを終わらせたくない。
私だけなら良い、でもコバルドさんが死ぬのだけは絶対許せない。
「まだ、諦めるのは早いよ」
私は覚束ない視界、霞む右眼も全力で開いて周りを観察しながら言った。
衛士達はみんな柵の内側に入り込んでいる。
地竜に壊されてまばらに散らばった氷の破片に、散々投げられた塩。
憎らしくも私達を照らし続ける照明。
私達の立つ晒し台は木製だ。
上手くいくか分からないけどやるしか無い。
コバルドさんと生き残る為に!
私は両手を真上にかざした。
そこだけは氷の壁に阻まれず、外に繋がる。
火をこれだけ集中して使うのは初めての事だ。
形なんてなんでも良い、ただ狙った場所に届けと願う。
コバルドさんの言うところの“ファイアボール”を一度に十一個作り出し、同時に撃ち出した。
狙いは氷の破片と塩の塊。命中。
衛士達は突然現れた火の玉に驚いたようだが、自分たちの目の前に落ちた為、嘲るように笑った。
だが、私の目的は果たせた。
後はタイミングと運だけだ。
「コバルドさん、よく聞いて。
私が合図したら、氷の壁を全部解いて地面に伏せて。
これが失敗したらもう私達は助からないと思う。
それでも、どうか私を信じて」
コバルドさんの目をじっと見て言った。
歪む視界の中のコバルドさんは、どんな顔をしているのだろうか。
ただ、コバルドさんは黙って頷いた。
私はコバルドさんから目を離し、周りの衛士達をじっと見た。
あと少しだ、私も最後の準備に取り掛かろう。
両手を広げ、それぞれの手にありったけの力で“ファイアボール”を構える。
弓形に撃った“ファイアボール”では成し遂げられない。
本気の全力を撃つには、氷の壁が邪魔になってしまう。
この魔法が不発、もしくは目的通りに作用しなければ、もうおしまいだ。
衛士達はジリジリと距離を詰めてくる。
地竜はまだ晒し台を倒そうと土台を攻撃している。
地竜に晒し台を壊されてもおしまいだ。
死刑囚が少しでも長く怯える時間を愉しみたいと丈夫に造られた晒し台に感謝だ。
衛士達は、コバルドさんの氷を私の火で溶かして作った水たまりに足を踏み入れた。
今だ––––
「コバルドさん!」
私達を取り囲んでいた氷の壁が消えると同時に数発の弾丸が至近距離を通過する。
それでも私は怯まず、全力の“ファイアボール”を私達を照らし続ける両脇の照明の土台部分に撃ち込んだ。
爆発音がして、照明器具が倒れた。
倒れた先は水たまりが、街の人間が散々投げた塩で作られた電気の通りの良い塩水がある。
その水たまりに衛士全員が踏み込んでいる。
水たまりに足を踏み入れていた衛士達は感電し、私を辱め、貶めるために用意したもので自身達の意識を奪われた。
頭を上げ辺りを見渡したコバルドさんが息を飲んだ。
二十を超える衛士の意識を奪った電撃を受けて、それでもまだ動ける者がいた。地竜だ。
今までの比ではない音がして、遂に晒し台が崩れた。
「きゃっ!」
私はバランスを失い、尻餅を付いた。
足場が沈んでいく中、私の横をコバルドさんが走り過ぎ、地竜に向かって跳んだ。
同時に両手に氷を形成して行く。
走り伸ばすように作ったそれは、刀身5mを超える巨剣だった。
“ヴィーヴルテュエ”
しばらく後になってコバルドさんが教えてくれた魔法の名前だ。
「っおっらああぁ––––––––」
空中で身を捻り、氷の巨剣を全身の力で持ち上げそのまま振り下ろし、顎門を開き獲物を待ち構える地竜を斬った。
いや、斬ったと言うより叩き潰したと言う表現の方が相応しいものだった。
地竜は頭を砕かれ、体の半分を左右に抉るように斬られて絶命した。
地竜を絶命させた巨剣もまた、地に当たると同時に砕け散り、破片を撒き散らし、大きな破片が痙攣し動けないゴラの頭に当たり、大量の血を流させた。
当のコバルドさんも、受け身も取らず頭から地面に落ちて動かなくなった。
晒し台の崩落に巻き込まれた私はなんとか瓦礫を押し除けて、動かないコバルドさんの方へ歩み寄った。
「ククク……」
「コバルドさん?」
なんとなくデジャブを感じながらコバルドさんに歩み寄ると、コバルドさんは、天を仰ぎながら、疲れ果てたような笑い声を漏らした。
私も両手を膝に当てて引きつった声で笑った。
ヘロヘロのクタクタなのに、体の底から笑いが漏れてくる。
「いや、本気で死ねると思った。グレンちゃんなかなかやるなぁ」
「まさかあそこまで上手く行くとか思ってなかった。
内心ガクガクで倒れそうだったよ」
氷壁が消えた時間は一瞬だけど、そこから“ファイアボール”を撃って、衛士達が気絶するまでの僅かな時間は私には何時間とも感じられる長い物だった。
首を巡らせてみると、衛士達はまだ気を失っているか、意識はあっても体が痙攣して動けないかのどっちかだ。
「それ言ったらコバルドさんも、なに最後の剣。
よくあんなの振れたね」
「いやそれがさ、気が付いたらあんなデカさになっててさ。
今更引き返せないし、やるしかないって飛び込んだんだけど、めちゃくちゃ重くてさ。
下手したら剣振れずに喰われてたわ。
グレンちゃん、一つお願いしていい?」
「なに?」
「腰が抜けて立てないんだ、肩貸して」
–––––っぷふ……
思わず笑ってしまった。
だってそうだろう。
この街中を敵に回してでも私を助けると言ってくれたこの人は、蓋を開けてみれば情けない。
それでも全力で自分のできる事をして、最後には見事私を助けてくれた。
出会いからして変だった。
いきなりブタとの戦いに巻き込むし、毒のあるスコピッグを食べようとしていたし、お金も持っていないし。
不器用で情けないけど、面白いし、本当にカッコいい。
「もう、しょうがないなぁ」
私はコバルドさんの横に跪き、腕を肩に回しゆっくり立たせてあげた。
自然、コバルドさんと密着する形になってドキドキする。
私はコバルドさんを支えて歩き出した。
柵の手前に来ると、柵の外側に居た人達は慌てて逃げ出した。
それを無視してコバルドさんが氷の階段を作り、処刑場から外に出た。
「コバルドさん、これからどうするの?」
「さぁな、どの道この街にはもう居られないし、別の街目指して貧乏旅でもするかな。
グレンちゃんはどうする?アテはある?」
「私は……」
両親が死んだ私にもう頼れる相手はいない。
「コバルドさん、私……コバルドさんと一緒に行きたい。
まだ魔法は下手だし、旅なんて一度もした事ないからたくさん迷惑かけるかもしれない。
けど、私はコバルドさんと一緒に行きたいです」
コバルドさんと出会ってからの短い時間、今まで抑圧されていた色んな感情が動かされた。
笑いだったり怒りだったり悲しみだったり……今感じているのは寂しさだった。
コバルドさんと離れ離れになりたくない。
私の言葉を聞いたコバルドさんが立ち止まって私の方を向いた。でも、目の前にいる私ではないどこかを見ている。もしかしたら私の目の中に見える自分自身を見ていたのかもしれない。
私は隣でコバルドさんの肩を支えたままその視線と正面から向き合った。
「今までずっと一人で旅をして来た。
はっきり言って俺はわがままだ。
人と足並みを揃えるのは苦手だし、そもそも人と関わる事自体が嫌いだ。
今日お前を助けたのも、飯の恩とこの街の人間が気に入らなかったそれだけの理由だ」
「それでも構わないです、私がどうしても気に入らないなら途中で置いて行っていい。
でもそれまでは一緒に居させてください」
「俺の自由を阻めば容赦しない。
それでもいいなら構わない」
「わかった、これからよろしくね。コバルドさん」
「あぁ、よろしくな。グレン」
*(๑^. .^๑)۶ 〜
私は暖炉の火fin.
怪我は治っても、退院させてもらえなかった。
二週間分の治療費が前払いされていて、休養を取らせてやって欲しいと、治療院の人が言付けを受けたらしい。
安宿を転々とするか、草を枕にするような根無草生活だったので、久しぶりに自分の匂いが残るベッドで何日も寝起きする事になった。
その間にも、やっと退院の日になってもコバルドさんは病室にやってこなかった。
捨てられたのかもしれない……
覚悟はしていたつもりだったけど、心にぽっかりと大穴が空いた様な気分になる。
思えば私はコバルドさんの自由を奪い続けていた。
マキナから傷だらけボロボロの服で旅に出た私は、すぐさま近くの魔法や化学にこだわらない街で長い休息をとることになった。
旅支度をするお金がなかった私の為にコバルドさんはバイクを売って全てを用意してくれた。
夜通し歩き続けるはずの日に歩けなくなり、足を止めてしまう事もあった。
コバルドさん一人であればもっと遠くへ歩けただろう。私が同行していなければやらずに済んだだろう事や非効率は数えきれない。
スコピッグの群れに襲われたのもそうだ。
あの場に私がいなければ、正面から戦わず一人で逃げ延びる事が出来ただろう。
そもそも私が同行しなければ、コバルドさんはもっと早く自由に旅が出来るだろう。
自分一人でどうにもならない事には関わらないし、そもそも人付き合いが苦手。そういう姿勢でありながら義理や恩、人情にとても熱くそういったものが関われば自由も命も投げ出してしまう。
私がどれだけわがままを言おうと迷惑をかけようと、コバルドさんは文句を言う事もなく、眠ってしまった私にライダーコートを掛けてくれたし、行動を気にかけてくれるし、私を巻き込むような攻撃をしても、気を許す状況になれば真っ先に私の元へ駆けつけて怪我を手当てしてくれる。
「ごめんなさい」だけは言ってくれない。
心配そうに傷の具合を見て「ここはどうだ?」「痛むか?」と声を掛けても謝る言葉だけは絶対言わない。
謝罪は次からはこういった事繰り返さない誓いであるが、軽薄な人間なら簡単に反故にできる。逆に言われた相手が誠実であるならば許す事を迫られる呪いの呪文でもあるからだと言っていた。
謝らない代わりに別の形でそれを取り返そうとする。
唯一謝ったのはあの日だけ。私を助けるのを諦めて「ごめ……」と言ったときだけだ。
これは本心から死ぬ覚悟が出来たから出た言葉だと思っている。
不器用過ぎるのだ、それにわがままだというのも分かった。
そんなコバルドさんの不器用さに甘えて依存し続けてしまった。
もっとコバルドさんに構って欲しくて歳を偽ってお見合いパーティに参加して魔物の群れに襲われた。
その瞬間でさえ私は心の何処かで、この魔物の群れから人々を守ればコバルドさんに褒めてもらえると思っていたし、魔物の群れと戦うコバルドさんがいるのを見つけたときは、私を心配して来てくれたと心を躍らせた。
その結果、コバルドさんに借金という枷を嵌めてしまった。
こんな女捨てられて当然だ……
病室で寝てる間に災厄が起きたり、外でも色んな事があったらしいが、ひとまず街は落ち着きを取り戻しつつある様だ。
行くあては無かったけど、ひとまず[キャラバン]に行って治療費を立て替えてくれたお礼と、請求先を私に変えてもらう事にした。
[キャラバン]に着くと信じられない事を聞いた。
「コバルドがミリーを殺して行方不明になった」
*(๑^. .^๑)۶ 〜
次回“災厄前の準備時間”




