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“手ブラなウケビト”  作者: タクト
暖炉の火
37/46

私は暖炉の火Ⅱ

 お花の王様と合って八年後の雨上がりのある日。

 私は街の外の草原に出掛けた。

 街道から少し外れた所を歩いてガブルを探した。 

 土の中に潜んでよく車のタイヤに噛み付いて脱輪事故の原因になる獣で、倒せば一匹30ゼルのお金になる。

 最近は街の周囲をアスファルトで固める計画があるそうなので、稼げるのはもう少しの期間で終わるかもしれない。


 太陽が南を通り過ぎた頃、私は十二匹のガブルを退治し、川辺で持ってきた風車を草原の風で回して眺めながら一休みしていた。


 急に遠くから、プギプギュイッと鳴き声がした。さらにドコドコと地鳴りがして何かが近付いてくる。

 見てみると、一台の二輪バイクに鎖を付けて、一匹のスコピッグを引き摺った男の人が、大量のスコピッグの群れに追われていた。


 バイクはこっちに向かって走ってくる。

 当然後ろのスコピッグもこっちに向かってくる訳で……あ、ガブルが出てきてバイクの前輪に噛み付いた。


 バイクは私の目の前で横転し、「うわぁあああ」と悲鳴を上げて、乗っていた男が投げ出され、私の目の前へスライディングダイブした。


 「あの、大丈夫ですか?」

 「ん、あぁお嬢ちゃん危ない、早く逃げないと」

 

 バイクを運転していた長身の男がそう言って立ち上がった。

 

 「でも、逃げ場所がないんですけど……」


 私がいる場所は今、前を怒ったスコピッグの群れに囲まれ、後ろは底が深く、昨日の雨で流れの速い川に挟まれている。


 「なんてこった、人を巻き込んじまった。

 ……でも安心しろお嬢ちゃん、俺の後ろにじっとしててな、絶対大丈夫だから」


 そういうと、男が両手を前に出して構え、虚空から氷の剣を生み出して、スコピッグの群れに挑みかかった。

 あんまり戦いを見た事のない私の目からしても、その人の動きはめちゃくちゃだった。


 氷の剣を重たそうに振り回しては、スコピッグに避けられ体当たりされる。

 結果、当然のように私の方にもスコピッグが向かってくる訳で……


 「え、わわわぁ……えいっ」


 私は咄嗟に向かってくるスコピッグと同じ形の火を出してスコピッグにぶつけた。

 

 プギィと悲鳴を上げて動かなくなるスコピッグ。


 「お嬢ちゃんも魔導士だったのか。しかもファイアボールの魔法をあんな風にブタの形付けて撃つなんて見たことないぞ」


 やっと一匹目をやっつけた男が私を見て驚いた顔をした。

 それより以前もどこかで聞いたような言葉を言ったような、魔導士?魔法?

 

 私の思考は、向かってくる大量のスコピッグに遮られた。

 数匹がかりで向かってくるスコピッグに私は思わず悲鳴を上げた。


 けど、私の目の前に男が割り込んで、両手を地面に当てた。

 「グラセミュルバブレ」

 地面から氷の壁が生えて、私をスコピッグの突進から守ってくれた。


 さらに氷壁はトゲ付きだったようで、ぶつかったスコピッグは全て頭に怪我をして動けなくなった。


 「お嬢ちゃん、あのブタは全部俺が防ぐ。

 だから、攻撃に集中してくれ」

 

 そう言って私の前に立ち、突進してくるスコピッグを氷で作った盾で抑え込む。

 スコピッグの突進で男は何度も吹き飛び、地面を転がるが、すぐに起き上がり決して私にスコピッグを近付けないようにしてくれた。

 そして男の氷の盾に防がれ、動きが止まった所へ私がさっきと同じ様にスコピッグに似せた火を撃って倒す。


 長い間、そうして何度も向かってくるスコピッグ達に私達は一心不乱で氷の盾で守り、火を当て続けて、いつの間にか辺りにスコピッグが居なくなっていた。


 両手を膝に当ててはぁはぁと荒い息を吐く私は、なんとか助かったと思ったら急に力が入らなくなった。

 

 男はスコピッグに何度も転がされ全身を泥だらけのまま地面に大の字に転がり、空をぼんやり見上げて肩を震わせていた。やがて、「クハハ」と堪えられない笑いが喉から出だし、遂に我慢を諦めて盛大に笑い出した。


 なぜこの人は笑っているのだろう、訳が分からない。でも、私も胸の奥から笑いが込み上げてきた。

 遂に私の中のなにかが爆発し、動転を運んできた初対面の男に負けないような大声で笑い出してしまった。


 一度笑いが収まっても、お互いの泥だらけになった顔を見てまた笑い出す。

 そんな事を何度か繰り返して、ようやく落ち着いた。

 

 少し落ち着きを取り戻した私はひとまず川の水を飲んで、ついでに顔や手の泥を落とした。

 それを見た男も同じように顔を洗い、頭から水を被って火照った体を冷やした後、向き合って座り、自己紹介を始めた。


 「いやぁ、お嬢ちゃん助かった、ありがとう。

 まさか豚一匹捕まえるのに命懸けの戦いになるとは思わなかった。

 俺の名前はコバルド。

 見てて分かっただろうけど、一応氷の魔法を使える魔導士だ。

 お嬢ちゃんは火の魔導士なんだな、鳥とか豚とかいろんな形にして出すだから見てて面白かったぞ」

 「褒めてくれてありがと、私はグレン。

 あの、魔法とか魔導士ってなに?」


 私はずっとスコピッグと戦いながら気になっていた事を聞いた。

 私のこの暖炉の火は、悪魔の力だと父と母に言われて来た。

 

 そして、お花の王様に暖炉の火を見せて以来、街中の人間に私は悪魔呼ばわりされ、嫌がらせの限りを受けている。

 コバルドさんの氷の剣や壁を作る力は、私と同じ悪魔の力では無いのだろうか?

 

 ある意味私は悪魔ではないよね?という切実な願いも込められた質問にコバルドさんはあっけらかんと答えた。


 「ん、グレンちゃんの周りには他に魔導士が居ないのか?

 独学でそんな魔法使えるなんて凄いな。

 魔法ってのは––––––––」


 コバルドさんの話はまるで夢のようだった。

 私の暖炉の火は、悪魔の力では無くて魔法と呼ばれる誰もが秘めた力である事。

 世界には魔導士しかいない街がある事。

 自身はウケビトで、あちこち旅して回っている事。

 旅先での楽しい話もたくさん聞かせてもらえた。

 まだまだ駆け出しで失敗だらけで、でも楽しくやっているそうだ。


 「俺はこの街にいる機巧師を探しに来たんだよ。

 俺の魔法欠陥だらけだからさ、機巧師に合った武器を作ってもらおうと思ってさ」

 

 機巧師とは、化学的な武器と魔法要素を組み合わせる武器を作る職人らしい。


 「俺の氷は鉄にも負けない硬さだけど、重すぎて使いにくいし、遠くに出せないからなぁ。

 だから鉄砲でバンッて出来たら絶対強いと思うんだ」

 

 「そういえばなんで、スコピッグなんか引き摺ってたんですか?」


 最初に横転したバイクに鎖で引き摺られていたスコピッグを指差し、ある意味一番気になっていた事を聞いた。


 「あぁ、その豚をメシにしようと思ってな。

 なんせ、お金が無くてもう二日は何も食べてないんだ」

 「あの、スコピッグは脂肪に猛毒を持つんで食べられないですよ。

 地中に潜んでるガブルさえ噛み付くのを躊躇うってこの辺じゃ有名です。

 むしろガブルを大量に討伐した方がお金になるんで、ご飯になりますよ」


 毒と聞いてコバルドさんの顔が完全に凍り付いた。

 そして、盛大にお腹が鳴り出した。


 そういえば、私もまだお昼はまだだった。

 丁度、お昼のサンドイッチを作って持ってきていたな。

 

 「もう、しょうがないなぁ」


 そう言って私はサンドイッチを全て食べさせてあげた。


 草原の土に突き立てた風車が、私のウキウキした気持ちを写すように、そよいだ風を花びらに受けてクルクルと回っていた。


*(๑^. .^๑)۶ 〜


 「また会える?」と聞けば、「しばらくは街で機巧師を探す」と答えた。

 だからまた探せばどこかで会えるかもしれない。


 私は草原でコバルドさんと分かれて家に帰った。

 本当は街の案内とか理由を付けてもっと一緒に居たかったけど、コバルドさんには私が街でどんな扱いを受けているか知られたくなかった。


 コバルドさんに会ってからドキドキしっぱなしの胸を抑えながら家に帰ったら––––––––


 「え……なんで?」


 家が燃えていた。

 一部が燃えてるとかじゃない、全焼だ。

 昨日は大雨で、しかもこの家は煉瓦造りなので簡単に燃え広がるとは思いにくい。しかもここまでの火事なのに、まだ誰も消火や野次馬に来ていない。

 

 私は家の庭に走り、水撒き用のホースを手に取り、蛇口を全開にして、火を消そうと試みたが、勢いが強すぎてとてもホース一本じゃ無理だ。

 

 ––––––––お父さんとお母さんは?


 …………私はホースの水を頭から被り、花壇に登り、割れた窓に手を伸ばし––––––その手を横から誰かに掴まれた。


 「捕まえたぞ、悪魔!」


 手を掴んだ男はそう言って私を花壇の上にうつ伏せに組み伏せた。

 水を被って、花壇の柔らかいの土の上に組み伏せられた私は当然のように全身泥だらけになるが、そんな事構ってられない。


 「放して、お父さんが、お母さんが中にいるかもしれないの!」


 私は男から逃れようともがくが、顔や服に新たな泥のシミを作るだけで、振り解けない。


 「黙れ、この放火魔の悪魔が!」


 男は私を仰向けに向きを変え、片膝で私を抑え込み、空いた両手で私の首を締め上げた。


 「こほっ……私違う…放して、お父さんが、お母さんがぁ、」


 煙と首を絞められることによる酸欠で私は直ぐに動けなくなった。


 燃える家は放置され、私は家畜を運ぶ馬車に乗せられて、囚監場に運ばれた。


 「罪人、炎を操る悪魔。

 この者は、本日昼過ぎに自身の住む家を燃やし、両親を殺害した。

 迅速に駆けつけた衛士により無事捕らえられた為、二次被害が無いのが救いだが、この者の罪は非常に重い。

 一つ、悪魔の力で炎を出し、殺人を犯した事。

 二つ、悪魔でありながら卑しくも、この聖なる化学の街に今日まで存在する事。

 三つ、自身が悪魔である事を秘匿し、この街を悪魔の力で犯し続けた事。

 四つ、この街の全ての民に恐怖を植え付けた事。

 これらの罪により、この悪魔は公開処刑に処す。

 明日の夕刻公開処刑を実行する」


 法廷のど真ん中に鎖で縛められた私は、囚監員が私の罪を言い、反論しようとすれば鞭で打たれる。

 そんな一方的な裁判の後、明日の日暮に死ぬ事が決められた。


 初めの方こそ、抵抗していたが、鞭で打たれ続け、なけなしの負けん気を折られれば残るのは、両親が死んだという悲しみだけだった。


 私を捕らえた男、ゴラが鎖を引き、繋がれた私は抵抗する気力もなく後ろを歩いた。

 街を一周し、晒し者にされた挙句連れて来られたのは、街の中央に位置するすり鉢状の処刑場だった。

 中央に柵に囲まれた平坦な広場があり、晒し台が設置されている。その目の前には檻があり、閉じ込められた地竜が私を見ていた。明日の日暮、私はこの地竜に喰われて死ぬのだろう。


 木製の晒し台に登らされ、私は鎖で十字架に縛り付けられた。

 そのまま地竜と見つめ合ったまま、死を待つ事になった。

 

 十字架に架けられ、時折開放された柵の内側に入り、通りすがる街の人間に石を投げられ、汚い悪罵を吐かれながら考える事は、両親の事と、お花の王様の事と、コバルドさんの事だった。


 囚監場の人は、私が両親を殺したと言っていた。

 出火の原因は分からないままだけれど、少なくとも火事で両親は死んでしまったらしい……

 もし二人が生まれ変わって結婚しても、私は産まないで欲しい。

 きっとまた不幸にしてしまうから……


 お花の王様が起こした風は、街の人に言わせれば悪魔の力、コバルドさんの話では魔法なのだろう。

 お花の王様も、私みたいにこの街の人に酷いことをされてなかったらいいな……

 

 あ、風車がない……庭で抑え付けられたときに落としたのかもしれない。

 最後に花が踊るのを見たのがコバルドさんと一緒にいたときで良かった。

 ほんの短い時間だったけど、あの人と過ごした時間は生涯で一番楽しかった。

 訳の分からないまま一緒にスコピッグに襲われ、泥だらけになって、必死に魔法を使った。

 コバルドさんは魔法がヘタクソで、ほとんど私一人で倒したな。

 まぁ、代わりにしっかり守って貰えたけど。

 人前であんな風に笑うのは初めてだった。

 家族以外とあんなに長い事話したのも…料理を食べてもらうのも……「美味しい」って言われるのも………「ありがとう」と言われるのも…………

 

 どうか、コバルドさんがこの街で魔法を使って悪魔と呼ばれたり、酷い目に合いませんように……


 どうか、コバルドさんが私の処刑に気付かずにこの街を出てくれますように……


 どうか…どうか………


 右眼から一雫の涙が頬を流れたが、街の人間が投げた泥がその右眼に入り、雫は汚く塗り潰された。


G.グレン


G.「両親は死んだ。

 月と太陽の動きがゆっくりと死へのカウントダウンを刻み、遂に地竜の檻が開かれたとき、コバルドさんが私の前に現れた」


G.次回“私は暖炉の火Ⅲ”


G.「この日、私はずっとこの人と一緒にいたい。この人の暖炉の火になりたいと思いました。

 しかし、恋は盲目とはよく言いますが、私は助けられた日からずっと、本当の意味でこの人を見てはいなかった。

 私にとってこの人は、父のように守ってくれたり、鬼のように厳しい先生のようでもあり、それ以上に、なんでも出来る特別な存在で、大好きな人でした。

 だから、抱えている問題に気付けず、一緒にいても心をずっと独りぼっちにさせてしまっていました。

 暖炉の火になりたいといいながら、私はずっとこの人の氷のような不器用さに隠れた確かな優しさに温められ続けるだけでした。

 この人とちゃんと向き合って、〇〇な人だと気付くのに、彼自身に気付かせてあげるのはずっと後になってしまいました。

 彼は初めて会ったときのように笑って認めた後、出来れば魔導士だと呼んでくれといいました。だから、この人は〇〇な魔導士です。

 この硬く凍て付いた氷のような心を溶かし、ずっと入りっぱなしだった肩の力を抜いて、背伸びを終わらせる物語は、これからさらにずっと後になります。

 どうか、私とコバルドさんの物語を最後まで見届けてください」


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