私は暖炉の火Ⅰ
見慣れない天井だ。
二年前、コバルドさんに出会ってから見慣れない天井で目覚める事が増えた。
洞窟だったり、枝葉に隠れた空だったり、空を遮るものが何も無く、いきなり強い日差しで目覚めた事もある。
でもこれは人工の天井、つまり建物の中の様だ。
「んっうぅ〜……」
伸びをしようとして、その動きが何かに邪魔された。
腕に包帯が巻き付けてあった。
傷の手当ての痕を見て、ここに来るまでの経緯を思い出した。
ホブゴブリンに襲われて人質にされて、コバルドさんにホブゴブリンとまとめて攻撃に晒された。
結果、私以外はほぼ無傷で状況を切り抜けていた。
「俺の自由を阻めば容赦しない」
私がコバルドさんに着いて行く事を願ったとき、コバルドさんが出した条件だ。
実際コバルドさんの足を引っ張ってしまったとき、コバルドさんは容赦なく私を見捨てる様な行動を取ることがある。
私はそれでも全然構わないと思っていた。
コバルドさんに救われた命なのだから、コバルドさんに捧げる覚悟は最初から出来ている。
むしろ結果がどうなろうと、コバルドさんがホブゴブリンの要求に従う姿を見たくなかった。
自分の中心たるコバルドさんの姿を求めて首を巡らせた。
カーテンに仕切られた窓側のベッド、足元のカゴに普段から身につけている青縁メガネに難燃コットンのコートとリュックが置いてあった。
威勢のいい店主に貰った杖ヨウカは[レザルボアマギカ]の貸ロッカーに預けてある。
メガネをかけると歪んでいた右眼の視界がはっきりした。
このメガネはコバルドさんに初めて買ってもらった宝物。レンズが割れてもフレームだけは買ってもらったその日からずっと同じものを使い続けている。
リュックの中身を確認しようとしてカラカラカラ……と乾いた音がした。
窓辺に置いてある花瓶に変わった形の花が生けてあった。
風車だ。ずっと前にジャルパ行商隊から買った花。
花弁の一部が土で汚れてしまっているが、赤地に青の斑点模様が入った特別な紙製の花。コバルドさんと旅立つ日に唯一持ち出した荷物だ。
わざわざそれを花瓶に挿しているという事は、コバルドさんがここに来ていたという事だろう。
花瓶の下に小さなメモが置いてあった。
*(๑^. .^๑)۶ *(๑^. .^๑)۶ *(๑^. .^๑)۶
治療費はコトミ達に借りて既に払っている
コトミ達に金を返す為に仕事をする
お前は十分に休んでろ
*(๑^. .^๑)۶ *(๑^. .^๑)۶ *(๑^. .^๑)۶
また足を引っ張ってしまった。
今度こそ置いて行かれるかもしれない……
不安に駆られたが、身体はまともに動きそうにない。
仕方なくベッドに身体を預けて、カラカラと風に踊る花を見つめた。
魔法も化学も同じように発展していった。
だから、人は生きているだけで、自然とどちらにも触れる機会があるし、ふとしたキッカケや訓練でほとんどの人が魔法を使えるようになる。
しかし、中には機械のみを崇拝し、魔法を邪道、悪と断じる思考がある。逆もまた然りだ。
私が生まれ育った街は化学至上主義の街だった。魔導士は悪魔に導かれた人間として忌み嫌われ、差別の対象となる。
そんな街で育ったのだが、私はある日、魔法を使えるようになった。
その日のことを、私はよく覚えている。
小さい頃暖炉の火を見て、これが私だと感じた。
感じたまま、手のひらに暖炉をイメージしたら、手のひらから火が出た。
私は感動して火に見惚れて、両親に自慢しに行ったが、母が悲鳴を上げ、父が私の頬を叩いた。
なにが起きたか分からずキョトンとした私を母が強く抱きしめ、その力は二度と使ってはいけないと、強く何度も何度も言い聞かせた。
急に態度が変わってしまった二人の様子に私は泣きながら頷いた。
その日以来、両親は私を一人で外に出してくれなくなった。
仮に外に出られてもフードやマフラーなどで顔を隠し、コソコソと人目を避けるように、そして、決して親の目から外れる場所には行けなかった。
行けば父が怒りながら、母が泣きながら強く私を殴るからだ。
怒って殴る父はなんとなく分かった。でも、泣きながら私を殴る母の気持ちは分からなかった。
お母さんはいつも優しいのに、私が目の届かない場所に行くだけで目に涙を溜めながら私を強く叩いて、辛そうに「ごめんね」と叩く以上に繰り返して言う。そのたびに私は叩かれる痛さ以上に苦しくなった。
そんなお母さんを見たく無くて、私は外に行こうと思わないようになった。
元々好奇心旺盛だった私は、外に行けなくなって燻った気持ちを自分自身へ向けた。
私はこっそり両親の目を盗んで手のひらから火を出し、どんな事が出来るだろうと色々試すようになった。
うちには小さなお庭があって、そこに鳥やヘビがやってくる。
ヘビは特にお気に入りだ。だって、このお庭で一番大きい動物だから。
私は火で動物の形を真似出来る様になった。
特にお気に入りのヘビはかなり上手に真似出来るようになった。
最初のうち、父と母は私が火を出すことを止めるよう強く言って聞かせようとしていたが、やがて諦めたのか、少しずつ私の火を見て笑うようになった。
両親からは、私の体から出る火を悪魔の力だと言われていた。だから炎を使うのはやめろという。
けれど私はそれを暖炉の火だと思った。
暖かくて人を集める火、身を寄せ合い暖め合い、心を溶かす火だ。
だってほら、父も母もいつのまにか、私が火で作ったウサギやネコを見て笑ってくれるようになったから。
両親と私は、悪魔の力という名の暖炉の火で団欒する家族だ。
父と母は外で炎を出すのは絶対にだめだ、一人で出歩くのもだめだと言い、それだけは譲ってくれなかった。
それでも私は父と母の隙をうかがい、こっそり外に出歩くようになったのは、何故か初等教育を受けさせてくれなかった六歳の頃からだ。
ある日、私が庭で見つけた大きなヘビを火で真似して遊んでいると、遠くから聞き慣れない笛の音がした。
「お母さん、あれなんの音?」
私は、近くでジッと私を見ていたお母さんに聞いてみた。
「あれはジャルパという遠い国から来た行商隊よ。珍しいものを売りに来るから、街はちょっとしたお祭りみたいになってるよ」
お母さんは、説明してからハッとした顔をして、自分の口を塞いだ。
きっと私が行きたがると思ったからだろう。
実際私はお祭りという言葉を聞いた途端、そこに行きたくて仕方なくなっていた。その行商隊というのがどんな事をしているのだろうと、好奇心を抑える事が出来なくなっていた。
「ねぇ、私も行きたい」
私はお母さんの目をジッと見て言った。
お母さんは目を逸らしながら「だめよ」と言った。
いくら私が、フードとマフラーをして行くから、すみっこでジッとしてるから、と言ってもお母さんは「だめ」と言って譲らなかった。
私はその日を諦めて、翌日を狙う事にした。
明日は父も母も仕事に出掛けるからだ。
翌日、私は二人を見送ったあと、少しずつ集めていたお金を持って、家を抜け出した。
その日も聞いた事のない笛の音が聞こえるので、それを頼りに迷わずジャルパ行商隊のいる場所に辿り着いた。
そこは私にとっては驚く光景だった。
人がいっぱい、視界を埋め尽くすほどの人、人、人だ。
こんなに人間が居たのかと驚いてしまった。
いつだろうか、手のひらから火を出して以来、ずっと家に閉じ込められるように生きてきたから、当時の私にはこの人の多さだけでも感動する事態だった。
さらに、屋台を出す人々が家には無い変わった物を取り出しては、街の人に勧めている。
私はポケットに入れた少しのお金を握りしめて、行商隊の方へ近付いていった。
片方にしか刃が付いてない剣、木の棒に動物の毛を付けたペン、緑色の強い匂いの飲み物、手のない木の人形。他にも見た事のない変わった物がいっぱいあった。
周囲をキョロキョロと見渡しながら歩いていると角で男の子にぶつかってしまった。
「きゃっ……」
「ううぅ……」
尻餅をついてしまった私を少し歳上の男の子が心配そうに見つめている。
「だ、だいじょうぶ?」
「うん、よそ見してごめんなさい」
その男の子は、手を伸ばそうとして躊躇っているような動作を繰り返していて、私は自分で立っていいのか迷うという少しよく分からない状況になった。
「ショウタ〜、走ったら危ないって言ったでしょう。
ごめんなさい、小さなお客さん」
ショウタと呼ばれていた男の子の後ろからリュックサックを二個持った女の子がやって来て、私に手を伸ばしてくれてその手を取った私はようやく立ち上がった。
下から見ると、ショウタと呼ばれた子より歳上の女の子の顎の下には縦一線の傷が付いていた。
「ほら、リュックも持たずにどこ行くんだってお父さん呆れてたよ」
「あ、ごめんなさい」
「素直でよろしい」
「コトミお姉ちゃん、早く行こう。
どっちが綺麗な石を見つけるか競争だよ」
「えぇ、負けないよ」
二人は手を繋いで去っていった。
私のことをお客さんって呼んでたから行商隊の人かな?
同い年くらいの子と会うのもずいぶん久しぶりだったのでなんとなく印象に残った。
そのまましばらく行商隊の人達のお店を巡っていると、カクカクしたお花を売っているお店を見つけた。
藁の束を三段重ねに置いており、それに見た事のない模様の花が不規則に咲いている。
「おじさん、あのお花なに?」
「お、お嬢ちゃんこれが気に入ったのかい?
これは風車と言ってこうやって風に当てると綺麗に回るんだよ」
おじさんは屋台から出てくると、私の手を引いて、お花全てがよく見える場所まで離れてから私と目を合わせた。
「よく見てみな」
おじさんが今からイタズラするぞ、と言うような目で私を見てから手のひらをお花に向けた。
すると、あたりにふわりと風が吹いた。
私はスカートの裾を抑えながら、おじさんをジッと見た。
あれれ、これ悪魔の力じゃないの?
「お嬢ちゃん、おじさんじゃなくて風車を見てみな」
おじさんが頬をぽりぽり掻きながら、お花を指差した。
「うわぁああ……」
お花が踊っている。
そう表現するしかなかった。
おじさんが起こしたふわりとした小さな風に乗って、お花の花びらがクルクルと回る。
見た事のない不思議な模様の花びらがクルクル回り、色と色が溶け合い、より一層綺麗さが湧き立つ。
「もう一度行くよ、それっ」
おじさんがもう一度ふわりと風を起こし、再びお花が踊り出す。
私はしばらくそれに見惚れていた。
「すごい、すごいね。おじさんはお花の王様なんだね」
「へへ、王様なんて初めて言われたな。
お嬢ちゃんは風の魔法を見るのは初めてかい?」
「風は出ないの。でも私は暖炉の火なんだよ、見せてあげるね」
私は手を広げて、蝶々をイメージした。
このクルクル踊るお花にぴったりな、火で出来たオレンジ色の蝶を三匹飛ばした。
「へぇ、火の魔法をそんな風に使えるのか、綺麗だな。おじさんももう一度、えいよっと」
おじさんが風を起こしお花が舞い、私の火の蝶々が踊る。
今まで父と母に悪魔の力と言われ、悪いように言われていた私の火を、おじさんに褒められて気を良くした私は、他にも火で出来たトリやウサギ、ネコにヘビを出しておじさんと遊んだ。
周りの街の人が冷たい目で見ている事に気付かず……
お花の王様に一番気に入った、赤地に青の斑点模様が入った風車を売ってもらい、私は家に帰った。
風車は父と母に見つからないように部屋に隠した。
「連れて行ってあげられなくてごめんね」と言う母に少し罪悪感を覚えながら、父と母の三人で今日も夕食を囲んだ。
突然、ガチャンッ、という音がして家の窓ガラスが割れた。
「ひっ」、と悲鳴を上げた私を母が抱きしめて、父が割れた窓に近付く。
破片は全部家の内側に向かって散らばっていて、外から破られたようだった。
父が大きな石を拾って戻ってきた。その石を外から投げて誰かが窓を破ったようだ。
石には紙が貼ってあった。
「グレン、今日、どこにいたんだ?」
父が押し殺したような声で私に聞いた。
「う、うちにいたよ」
震える声でそう答えたが、父が机をバンッと叩き、もう一度「どこにいたんだ?」と聞いた。
「……ごめんなさい、ジャルパ行商隊のとこに行ってました」
私は全てを話した。風車の事、お花の王様の事……外で暖炉の火を使った事。
その日以来、私の家は毎日のように嫌がらせを受けるようになった。
父と母も今の仕事を失い、稼ぎの悪い重労働をしなければならなくなった。
私が暖炉の火、いや悪魔の力を外で使ったからこうなった。漠然とそう理解は出来た。
でも、私はお花の王様と遊んだだけだった。
なのにいきなりこんなひどい事をされるなんて、納得出来なかった。
でも、お花の王様の風もきっと、悪魔の力なのだろう。
悪魔の力を使える人は私だけではない。そう思うと、少し安心もした。
おかしいのは私だけじゃない。
家にいても、いつ街の誰かが石を投げに来たり、嫌な事を言いに来るか分からない。
私はいつからか、日が暮れるまで街の外で過ごすようになった。
父も母も家の外に出ても、私に何も言わなくなっていた。
G.グレン
G.「今回のお話は、魔法を嫌う街の様子と私が魔法を使えるようになるキッカケの物語です。
私の昔話はもう少し続きます」
G.次回“私は暖炉の火Ⅱ”
G.「次のお話は私がコバルドさんと出会った日の事です。こういうのを運命の出会いと言うのでしょうか?
でも、同時にこの日起きた事件は、私の中に残り続けて、暖炉の火の中に、確かに怒りとして燻り続けています。
この日、私は大切な人と二度と会えなくなりました」




