安い芝居
血は出なかった。
ナユタの左太腿からパラパラと金属の破片が落ちる。
「なんのマネ?」
「フヘヘ……
最大限の敬意を払うと言ったろう。
あの日オレはお前にこの脚を斬り落とされた。
左脚があるままでは本気でお前に挑めない」
「なるほどね、じゃあその武器は何?
ジャルパ刀とかマニアックな武器ね。
あなたの得物は針だと記憶していたけど」
「これか。トロフィーハントは趣味じゃないが標的の首を見ないと納得しない雇主の為にな」
ジャルパ刀に付着した血を振り払ったナユタは義足を拾い上げ、内蔵されている鞘に収めた。
「お前にはこれを使おう」
ケープの下に仕込んでいた刃のない剣、スティレットを抜き両手に構えた。
刺突のみに特化したその武器はコトミの言う針と言うにはあまりに鋭くどこか神聖さすら感じさせた。
「全力で行かせてもらう」
コトミは背負っていた鞄から瓶を取り出して、中の水を左腕にかけた。
本気を出す前の儀式。どうにも昔から自分のルーツに関係しているのか、水分に触れていると感覚が鋭敏になって、魔法を使うとき乾燥してるときよりしっくり来る。
狙いはより鋭く、威力は跳ね上がる。
コトミは濡れた左手をナユタに向けた。
「エアーショット」
“エアーショット”、普段からコトミが多用する魔法。普段はショット系と派生のボム系の魔法しか攻撃には使えないと言い、特に精度に特化していると周りには偽って来た。
だが、今コトミが使った“エアーショット”は、精度等という丁寧な言葉とは無縁だった。
真っ直ぐ目の前の敵へ、圧倒的な破壊の意思を持って跳ぶ。
衝撃の余波で地面を削りながら跳ぶ空気の矢をナユタは正面からスティレットで迎え撃った。
「終わりか?」
「まさか、ストームショット」
“エアーショット”が先程と同威力で跳んだ。が、一射では終わらない。
無数のエネルギーの嵐がナユタへと襲いかかる。
ナユタは両手のスティレットで片っ端から相殺しながら前へ跳んだ。
右足と短い剣を杖代わりに、右に左に不規則な歩みで暴爆風とも呼べる空気の矢を掻い潜り、間合いを詰めて行く。
コトミはその場から動かず“ストームショット”を撃ち続けた。
弾道を不規則にして時折地面を撃ち、巻き上がる土埃すらも武器として、徹底してナユタを迎え撃つ。
それでも両者の間合いがじわじわと縮んで行く。そのタイミングでナユタが両手のスティレットを投げつけた。
意表を突かれたコトミは攻撃を中断して、横へ跳んだ。その一瞬の隙でナユタは一気にコトミへと肉薄した。
新たなスティレットを引き抜き突きの構えに入る。
普段のコトミであれば、それで終わっただろう。
扱える魔法が基本的に遠くにいる敵にのみ有効なショットやボムしか使えない。だからこそ、その技を極めたと周囲に偽っているコトミならこのまま畳み込まれて終わった。
しかし今のコトミは、十年前に自ら封印した自身の持てる全ての技能を総動員している。
本当は苦手な遠距離魔法で戦う事に拘る理由は無い。
右腕の刺突が来る。突き出された腕を引き込み、無防備な顔に肘打ち、同時に肘から空気の塊を打ち出す。ナユタはモロに受けたが怯まない。コトミは追撃に右足に足払いを掛けようとしたが、思惑を見破られ右肩を掴み、そのまま右肩を土台に逆立ちをするように逃げられ、さらにカウンターのサマーソルトキックを食らい、突き放される。
「流石ね、やっぱりあなた人間やめてるわね」
ナユタが迫る。
今度も正面から迎え撃った。
ナユタの放つ突きの嵐を掻い潜り、手のひらをナユタへと向ける。
「針水」
手のひらから極細散弾状の水を打ち出した。
あのホテルでホブゴブリンに無数の穴を開けた技だ。
ナユタは寸前で腕を払いその一撃を回避する。わずかに距離が開く。
「アクアボム!」
普段は左腕を弓に見立て射ち出す魔法だが、その魔法を拳に乗せて撃った。
魔法を複合した右掌底と左拳の変則ワンツーの二撃目の拳もその拳に乗せた“アクアボム”も空を切ったが、“アクアボム”はナユタのすぐ後ろの地面に着弾した。
爆発に指向性を持たせ、進行方向の真後ろにエネルギーが飛ぶようにコントロールした。
すると吹き飛ばされた地面の土が塊となって着弾点の真後ろに立つナユタを襲う。
「ぐっ……」
後ろからの思わぬ攻撃にナユタは反応できず前へと突き飛ばされる。
再び縮んだ間合いでコトミは両腕に水の魔力を注ぎ込む。
「鱗腕」
掌や拳というよりは腕を叩きつけるように振るう。
ナユタもまたスティレットを構え直し、突きを放つ。
目、喉、心臓と言った急所を狙う攻撃を“鱗腕”で防ぐ。左右の手に持つスティレットから放たれる攻撃の僅かな隙間を狙って“針水”で反撃を狙うが、腕を払うか身を捻る僅かな動きで避けられる。
お互いに一撃で相手を殺せる力を持ちながら、お互いの技術がその力を受け付けない。
コトミはその状況を打破するべく、敢えて全ての力を防御に注いだ。
両腕に纏う“鱗腕”の出力を引き上げて鳩尾を狙う右突きを薙ぎ払うと、スティレットがへし折れた。
横薙ぎで顔に迫る左手のスティレットも“鱗腕”で砕き両掌を正面のナユタへ向ける。
「ストームショット」
さっきはスティレットで防がれた魔法。
だが今はそのスティレットは砕け防ぐ手立てはない。
その魔法が零距離から放たれる。
エネルギーの暴力がコトミの視界いっぱいを覆い尽くす。
まず、避けようが無い……なのにその攻撃すらナユタは地を這うように前へ跳ぶことで最小限のダメージで掻い潜った。
後ろを取られる!
そう悟ったコトミは右足を軸に後ろ回し蹴りで背後を薙ぎ払った。
––––––手応えがない……フェイントだ!
そう悟ると同時に首の後ろ、延髄に猛烈な激痛が走り吹き飛んでいた。
「がふっ……」
受け身も取れず地面を何度も転がりようやく止まってもコトミは動けなかった。
「自律神経が密集するところへ強い衝撃を受けるとみんなそうなる。
お前みたいな身体でもそうか?
もう終わりか?」
コトミの背後を取ると見せ掛けてバックステップでフェイントをかけ、自ら無防備な背中を向けたコトミへ貫手を突き立てたナユタはゆっくりとコトミへと右足だけの歩を進めた。
コトミはうつ伏せに倒れていて両手は身体の下に隠れている。
一切の油断も僅かな気も抜かず、ナユタは新たなスティレットを抜くためにケープの裾に手を伸ばした。
「風乗りっ!」
両手がケープに隠れると同時にコトミが倒れた姿勢から起き上がり小法師の様に一瞬で立ち上がり、その勢いのままコトミは掌をナユタの右肩に押し当てた。
しっかりと掌を身体に当てている。
ナユタの両手は今スティレットを引き抜くためにケープの中に入っていて、防御出来ない。
決まる!
「針水!」
掌に溜めていた魔力を放つ瞬間、コトミの身体は宙に浮いていた……いや、スティレットを抜くためにケープに手を伸ばしていたはずのナユタが何も持たず手を伸ばし“針水”を放つはずだった腕を掴み背負い投げをしたのだ。
「っ……風乗り」
もう一度“風乗り”で大きく間合いを開いてコトミは地面に降り立った。
「人を騙す芝居には慣れたつもりだったのに引っ掛からなかったか」
「安い芝居だな、殺気が全く隠せていない」
「なるほど、それは無理だわ。
あなたは絶対潰す」
「気迫も溢れているようだ」
ナユタが今度こそ新たなスティレットを抜き放ち、前へと跳び一気に肉薄する。
コトミは渾身の魔力を左手に込めて間合いを測った。
「水槍」
槍と銘打っているが、実際は超高水圧のカッターだ。
腕や剣が届かない間合い、ミドルレンジが超高水圧の槍が埋める。
真上から振り下ろされる“水槍”にナユタは頭上にスティレットを掲げて防御の姿勢を取ったがそんなものは防御にもならない。
普通の槍ならつば競り合うだろうが、ホースから撒かれた水が花の茎を避けて土に届く様に意味を為さないし、その意味の無い防御すら斬り裂く。
スティレットを切断した“水槍”がナユタを斬る、まさにその瞬間コトミの腹部に猛烈な痛みが走った。
腹部を襲った痛みはそのまま背中へと走り抜けた。
「……ゴフッ!?」
殺す、それが叶わずとも腕の一本斬り落とせる確信があった。
防御をすり抜ける技術じゃなく、防御を捻じ伏せる威力で挑んだ一撃は不発に終わり、立っていたはずのコトミが倒れた。
ナユタは止まらない。
起き上がろうとするコトミに、ナユタが新たなスティレットを引き抜き左大腿を貫き、そのまま剣身を捻り上げ、左脚を捻じ切った。
「いっああぁあぁあーッ!」
「騙すとはこうやるんだよ」
コトミの側に転がる血に染まった棒手裏剣を拾い上げながらナユタは自重する様に呟いた。
タネは簡単だった。
ナユタはコトミが“水槍”で斬り掛かってきたとき、防御姿勢で油断を誘う一瞬前に棒手裏剣を投げたのだ。
防御姿勢を取るモーションに重ねて違和感のない動きで。
「……はぁはぁ、あたしを連れ去るの?」
コトミは左脚を失った激痛に顔を歪めながら、血を吐きながらナユタを睨んだ。
しかし、ナユタはつまらなそうに首を横に振った。
「ノワルはお前にご執心のようだが、こいつ程度でお前は扱えない。
オレの準備もまだ整っていないしな。
弱くなったのは家族ごっこのせいか?」
ナユタは憐れむようにコトミを見据えた。
コトミは何も言い返せなかった。それを否定できるなら、今コトミは二本の脚で立ってナユタに挑んでいるはずだ。
「腑抜けたお前を連れ去る気も起きない。
ノワルが起きていればゴネられただろうがちょうど良い」
ナユタは血染めになったスティレットをケープの下へしまい込んで、エルフの頭を掴んだ。
「ゲームをしよう。エルフとか言ったか、この男の頭を砕け」
「なぜ?」
「あのときのお前なら、躊躇わなかったはずだ。
次に会うとき、まだ家族ごっこに執心しているなら、家畜として迎え入れてやろう」
コトミは左腕をエルフの頭に向けた。
「次会ったら今度こそ叩き潰してやる」
砕けたエルフの頭を見て、コトミは心が冷えていくのを感じた。
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二章fin.
G.グレン
G.「次回からは私とコバルドさんが出会う話を三話お送りします」
G.次回“私は暖炉”




