エルフ死す
地響きと遠吠えが響く。
だが、コトミは暴走を始めたウルグの遠吠えも耳に入らず、勝ち誇った目をするノワルも視界に入らなかった。
蒼白な顔で立ち尽くすエルフも、今のコトミにはどうでもよかった。
ショウタから聞かされていた第三勢力の正体が分かった。
途方もなく大きく危険な相手だ……
コトミは自身の持てる全力を持って索敵魔法を展開していた。
左手にも魔力を込めていつでも魔法を放てる構えを取る。
そんなコトミなど誰も気にせず話は進む。
「違う……オレはやってない」
「なぜそう言える?お前は記憶がない。
周りに以前のお前を知る人間もいない。
なら、作られた命であり、他人の命令に疑問も持たず実行していたとしても不思議じゃないだろう。
僕は二年前にこう命じてやったのさ。
『ネリダの矢を使ってウルガを殺せ。
あの女に冤罪を被せて殺せ』
とな」
「違う!オレにはそんな覚えな–––」
「それはそうだろう。
失敗作のお前は脳に障害があるからなぁ。
まともに物も覚えられない。
騒動の後に消息を絶ったときは魔物に喰われたと思っていたけど生きていたとはなぁ。
安心しろ、ネリダのようにお前を処刑させはしない。
お前のクローン体を表で処刑させて、お前は裏で実験台として身体中イジりまわしてやる」
「違うっ!オレは……オレは––––」
「エアーショットッ!」
コトミが木に向かって魔法を放った。
何かが木から飛び降りてその一撃を避けた。
「やれやれ、見つかったのはお前のせいだぞノワル」
「そう言うなよ、それより契約通りに頼むよ。ナユタ君」
「分かっている」
黒い狐の仮面を被りケープを羽織った男。ナユタが一本の木の棒を持って気怠そうに歩み寄ってきた。
「エルフって言ったか?膳には出来ないが楽しませてくれよ」
木の棒が振られる。真っ直ぐな突き。
肩に当たる。その一撃でエルフはようやく我に帰った。
「こっち見ろよ、箸で突いたようなもんだろ。
10秒は保たせろよ」
「邪魔だっ!」
剣を握り直したエルフが打って出た。
速さを重視した突きをナユタは素手で簡単に払った。そのまま反撃。木の棒を使った突き、振り下ろし、薙ぎ払い、返手で袈裟切り上げ。
息も吐かせない連撃をエルフはまともに反応出来ず全身に次々と打ち込まれる。
ナユタは仕上げに鼻柱に強烈な突きを叩き込んだ。
エルフがたまらず倒れるのと同時に得物としていた木の棒が折れた。
「おいおい、10秒保たせろと言ったのに5秒しか保たなかったじゃないか。
で、これが仮に真剣だったらお前、この5秒で何回死んだ?」
「どは……なんだお前」
「分からないなら教えてやる。
内臓損傷による致命傷四回、手足切断三回、即死二回。
こんなの持ち帰っても役に立たないな」
よろめきながら立ち上がったエルフに男が歩み寄った。
気が付いたら……、いや、気付く間すら与えられずエルフは意識を失った。
コトミの位置からは、擦れ違い際にナユタが左足の鞘に刺した剣を抜き、エルフの背後から心臓を貫くのを見ることが出来た。
「おいおい。本当に終わりか?立てよ?」
ナユタは意外そうに地に伏せたエルフへ声を掛けたが、当然エルフは答えない。
ナユタは納得がいかないようにエルフを揺すったが、諦めたのかエルフへの関心を失った。
「膳たる御魂へ祈りを」
事切れたエルフを前に、ナユタは剣を逆手に持ち、その手の親指を額に当てた後、自分の顔の正中線をなぞるようにゆっくりと下ろした。
コトミは一連の攻防、否、一方的な暴力に全く反応出来なかった。
最初男が使った得物が木の棒だったので、少なくともエルフが死ぬ事は無いだろうと気を抜いてしまったのは……正直ある。
ナユタとエルフの距離が近過ぎて誤射の危険があったという真っ当な言い訳もある。
が、エルフが二年前にウルガを殺したと聞かされたときよりも、途方もなく大きな驚きと怒りが今のコトミを支配していた。
もし、あのときコトミが援護射撃をしていたら、エルフを巻き込む事も躊躇わず本気の魔法を射っただろう。
「おい、ナユタ君。
契約違反だ、実験体の回収に協力する約束だろ。なぜ殺した!」
「お前の実験体では無いだろう。
本命の入荷はちゃんとしてやるよ」
ナユタがコトミを見据えた。
エルフを殺した血染めの片刃の剣をダラリと持ち、ゆらゆらとした足取りで、間合いを詰める。
コトミは左手をナユタに向けて、距離を測っていた。
あと一歩で剣の間合いに入る––––その瞬間両者が動いた。
コトミが“アクアショット”を射つ。
ナユタが身を横に捻る様にしてその一射を避けて最後の一歩、自身の間合いに踏み込むが、それより早くコトミが自身の背中から爆風を生み出してその風に乗り、前に飛んだ。
同時に右足に風の切り裂くエネルギーを乗せた空中回し蹴りを放った。
ナユタは身を沈み込ませてその蹴りを回避して、背後に降り立った瞬間を斬りかかろうとしたが、コトミは地に降り立つどころかそのまま大きく跳び、降り立ったのは、ナユタが避けた“アクアショット”をモロに受けて酷い有様になったノワルの目の前だった。
「真空」
「なにを……かはっ…………」
コトミが魔法で自身の周囲の酸素を一時的にゼロにした。
荒い息を吐いていたノワルは、あっさりと意識を失った。
「止めないのね」
ノワルの意識が無いのを確認しながらコトミが聞いた。
背中を向けてはいるが、索敵魔法でナユタの一挙手一投足が見るように分かる。
「あぁ、お前の殺気は全てオレに向いている。
なぜそんな面倒をする?」
「十年振りの再会よ、水入らずで語らいたいじゃない」
そう言ってコトミはバタフライナイフを取り出して、背中まで届く黒髪を肩のラインでバッサリと切り落とした。
「十年前、こんな髪をした女の子と戦ったでしょう」
「なるほど、あの商団の娘か。
道理で左足が震える訳だ」
「十年前の続きをしましょう。
あたしはあなたを殺す」
「ならオレも最大の敬意を持って相手しよう」
ナユタが手にした剣で、自身の左足を斬り落とした。
K.コトミ
K.「あたしは、お姉ちゃんとして生きて行きたい。闘争や殺戮と無縁の尊い生き方に憧れたから。でも、心のどこかに、争いを求めている自分もいる。
目の前の強い敵を実力で捩じ伏せる高揚感を求めてしまう」
K.次回“安い芝居”
K.「夢と欲求は必ずしもイコールとはいかない。私は一体誰なんだろう?」




