義姉弟の戦い
ショウタは、ミリーの控室に着いていた。
確かに鏡が破られ、椅子が倒されたりと、酷い有様だった。
「姐貴……繋がらないか」
“水伝話”は性質上、コトミ側からしか繋がらない。
勘で動くしかないようだ。
「……、これって?」
部屋の隅に薄緑の布切れが落ちていた。コトミが身に付けていたマーメイドドレスの裾が、綺麗な輪切りで……
「……くっ」
次の瞬間、ショウタは受け身も考えず身を大きく投げ出した。
一瞬、壁に投げ出された自分の影が二重にぶれたのだ。
そして、さっきまで自分が居たはずの場所に、大きなものが通過して、地面にめり込まれた。
「避ケタ、ツギで殺ス」
「……ホブゴブリンだと」
幅広い剣の主を確認してショウタは冷や汗を流した。
横薙ぎの一撃。
とっさに後ろに跳びながら自分の胸元に手を当てた。
だが、そこにあるはずの相棒は無い。
辛うじて避けた剣は、隣に置いてあった観葉植物を叩き斬った。
返す手をホブゴブリンは、斜め袈裟に構えた。
「らっがぁ!」
振り下ろされるより早く、低い姿勢でタックルし、ホブゴブリンを押し倒した。
そのまま馬乗りになろうとしたが、片腕一本で簡単に振り払われてしまう。
背中を強かに壁に打ち付け、一瞬意識が飛ぶ。
ホブゴブリンは、剣を捨てて走り寄り、手を首に回し絞め上げた。
ショウタはうめきを上げながら、ホブゴブリンの腕を殴ったが、全く緩む気配が無い。
と、この時点になってようやくショウタは相棒をポケットに入れていた事を思い出した。
ポケットに手を伸ばし、そこから出す時間すら惜しんで伸ばした。
ズボンの布を貫いた相棒はそのままホブゴブリンの無防備な脇腹を打ち据え、首を締め上げる手を振り解く事に成功した。
そのまま相棒を地面に打ち付ける反動を利用して大きく間合いをとり、ショウタは荒く呼吸した。
「……コロス、仲間のカタキ!」
ホブゴブリンが懐に左手を伸ばし、五連発の拳銃を抜いた。
「んなっ!」
発砲。
タキシードジャケットを翻しながら身を捻り、なんとか回避。
間髪入れず二発目。同時にホブゴブリンは右腕を大きく振った。
二発目は空を切った。同時に投げられた巨剣も、ショウタの真後ろの壁に突き立った。
三発目。
ショウタは横っ飛びに避けようとして、何かに動きを阻害された。
「がふっ……」
空中で動きが止まると同時に、弾丸が腹部に命中。
激痛を堪えながら、動きが止まった原因を確認すると、翻ったジャケットを先程投じられた巨剣が貫きそのまま壁に突き刺さり、ショウタをピン留めしていた。
それを確認すると、ショウタは相棒をホブゴブリンに向けて伸ばした。
避けられない以上、倒さなければ次の一発で殺される!
だが、苦痛や焦りと共に放った一撃は、手掴みにされ、あっさり防がれてしまった。
「オマえ、弱イ」
そのまま手首を捻りショウタの相棒を奪い捨てたホブゴブリンが両手で拳銃を構えた。
「ぐがぁ……」
四発目が右大腿部に弾痕を刻んだ。
ショウタは立てなくなり、力なく膝を折った。突き立った巨剣がショウタを地面に伏す事を許さず、ショウタは跪いて頭を垂れる姿をホブゴブリンに晒した。
「シネ」
最後の一発がショウタの頭を狙い放たれる!
が……その一発はショウタに届く前に四散した。
地面に伏す事すら許されず視線を宙に残していたから、辛うじて視界に捉える事が出来た観葉植物の鉢から掻き集めた土を操り、死をもたらす凶弾をなんとか弾き返したのだ。
銃弾を弾かれた事にホブゴブリンは驚きこそしたが、焦るような事もなかった。
腹部と大腿部に銃弾を撃ち込まれ、その上身動きが取れない人間など、人と同程度の頭脳と人間以上の腕力を誇るホブゴブリンにとっては取るに足りない害獣でしか無い。
弾切れになった銃を捨て、ドシドシと歩み寄る。
単純に頭を殴り頭蓋を砕き殺す。
その事のみを考えていた。
ショウタは再度魔力で土を掻き集めようとしていたが、鉢植えの僅かな量、さらに銃撃で四散された細かい粒子を集め、武器とするにはあまりに時間が足りなかった。
ドフッ、ガスッ……
ホブゴブリンの拳がショウタの頭に叩き込まれる。
三撃目の拳を振りかぶったホブゴブリンは、この一撃で頭蓋砕く自信があった。
しかし、その拳がショウタに届く前に、自身の首が胴体から切り離され、何が起きたかを察する間もなくホブゴブリンは命を絶たれた。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
「タ、タスケ––––––––」
短い悲鳴と命乞いの声は、しかし目の前の女には届かなかった。
一瞬で、身体を破裂させ、血を撒き散らしてホブゴブリンが倒れた。
「……索敵に反応はないか」
周囲に警戒の目を向けながらコトミは独り言の様に呟いた。
周りには十を超えるホブゴブリン、いや、ホブゴブリンだったものが倒れている。
身体の内側から破裂したもの、身体を綺麗に両断されたもの、大穴を空けられたもの、身体から蒸気をはなつもの……
コトミは、控室が荒らされているのを確認するや、スカートを魔法で短く切り裂き、水分の配置、空気の流れを元にした索敵魔法を使った。
その結果、人型が密集しているポイントを発見し、駆けつけたところ複数のホブゴブリンに襲われた。
悲鳴を堪えつつ、再度索敵魔法を使い確認してみると、さっき捉えたのは全てホブゴブリンであり、周囲には他に人目が一切無かった。
「ふぅ、あの子達が居なくて良かった」
コトミは、人目が一切無いのを確認すると、自身に掛けていた制限を解き、“ショット”や“ボム”より、遥かに強力な魔法を行使した。
コトミが魔法を使うのをやめると残ったのは、ホブゴブリンの死骸と、血に染まったコトミだけだった。
その返り血すら、コトミが再度魔法を使うと、一瞬で洗い流された。
本当に、ショウタやエルフが居なくてよかった。二人が居たら、本気を出さずに守り切るのは難しかった。
コトミは改めて人目がない事を確認して、索敵魔法を行使した。
まずはホテル内部。
ホブゴブリンの反応はもうない。ほかの魔物も居ない。
水分や呼吸の波長を覚えているショウタの反応もしっかりある。
傷を負っているようだ。近くに別の人の反応がある。
動きの様子からして敵ではないようだ。
今すぐにショウタの元へ駆け付けたいが、今は依頼者の安全確保が優先だ。
今度はホテル外部、自身が探知できる限界までの範囲に展開した。
倒れた人型の物を押さえ込むような人型の塊……三人、多分抑え込まれてるのがミリーだ。
近くに揉み合いに参加していない人と、水分の配置の形、空気の質感からして……燃料自動車。
目で周囲を確認すると、大きな窓があった。
コトミは窓を開けると、そのまま身を外に投げ出した。
背中に大きな空気の流れをイメージ、上昇気流を生み出して、一気にホテルの屋根まで飛び上がる。
50kg程の体を強引に持ち上げる風に晒されて軋む身体を解しながら視線を送ると、さっき見つけた燃料自動車は丁度走り出そうとしている所だった。
コトミの位置からでは邪魔になるものは一切無い。
コトミは左手を燃料自動車にまっすぐ向けて、右手は左肘に添えた。
普段使う魔法、“エアーショット”の構え。
コトミは本来、遠くを狙う魔法は苦手だったのだが、十年前のとある事件を最後に、出来る限りこの苦手な魔法だけを攻撃手段に戦う事を決めていた。
本来の魔法を使うときは、見た対象を全員殺して隠して来た。
鍛錬を重ねた結果、コトミはこの基本魔法と呼ばれる“ショット”と応用の“ボム”しか使えない、故にこの魔法を極めた魔導士と称される程の使い手になった。
その腕は、500m離れた酒瓶に“アクアショット”で生み出した水を一滴零さず注ぎ込む事が出来る程だ。
そのコトミからすれば、今走り出した自動車のエンジン機関だけを狙って破壊する事など、実に容易い事だった。
左腕に魔力を溜めると同時に右目の前に水のレンズを生み出した。
“水遠鏡”、光の屈折を利用した照準器だ。
完璧な照準と、最適な威力にした“エアーショット”は、中の人間を傷付ける事なく自動車のエンジン機関を破壊した。
コトミは再度風に乗った。
木々の葉を撒き散らしながら飛んだコトミは直接自動車に向かわず、自動車側から視覚に入らない場所に降り立った。
「んぅ、風乗りの腕が落ちたなぁ。体が凝る」
全身の体の筋を伸ばしてから車の方に走ると、車から降りたスーツ姿の男が二人、ミリーを担いで逃げようとしている所だった。
運転席の一人が銃を構えていたが、撃たれるより早く“エアーショット”を射ち込んでやった。
「ミリーを解放しなさい」
残りの男達の足元に威嚇で一発射つと、彼らは大人しく手を上げた。
E.エルフ
K.コトミ
E.「コトミはショウタの事どう思ってるの?」
K.「いきなりだね。
ショウタは大事な弟だよ。血は繋がってないけど、ショウタのお陰であたしは人間らしい感性だとか人との繋がりを持つことが出来た」
E.「まるで自分は人じゃないみたいな言い方だな」
K.「そんな事ないよ、傷つくなぁ」
E.K.次回“途中精算”
E.「その大事な弟が恋人を連れてきたらどうする?」
K.「応援するよ……とても寂しいけどね」




