ホブゴブリン襲来
剣が無く本調子になれないエルフ、本を鈍器として立ち回るリディアと氷の形成だけを武器にするコバルドの三人が、人を守りながら辛うじて戦線を維持出来ているのは、中央で暴れるショウタとグレンのおかげと言えた。
ショウタの相棒がゴブリンを穿つ。
グレンの火がウルグを燃やす。
ただ、背中合わせで目に付く魔物を討つ。
それだけだ。
そして派手に暴れる二人を魔物達は自然と獲物に定めていた。
「この魔物達は何処から出てきたのでしょうか?」
「分からない、けど多分俺達の依頼に絡んでる可能性が高い」
「依頼?」
「クソババァからの直接の依頼だ。詳細は話せない、巻き込んでいてすまない」
「ロジーナから……分かりました。
以前、私の失敗の尻拭いをしてくれた恩を返します。
なにか、手伝える事はありますか?」
「エルフが絡んでたから気にするな……と言いたい所なんだが、少しヤベェんだ。
依頼に関係してる人が拐われてて姐貴一人で探してる。
ここ、任せていいか?」
「分かりました。会場内の人達はもちろん、エルフ達にも傷一つ負わせません!」
「わりぃ、ありがとう」
ショウタは行き掛けの駄賃とばかりにグレンの背後に回り込もうとするウルグに相棒を打ち込みながら駆け出した。
遠心力と、相棒の伸縮スピードを上乗せした渾身のなぎ払いで、特別室へ繋がる扉を封鎖する魔物を一掃し、開いた隙間を、相棒を鋭角に自分の後ろの地面に打ち付けて伸ばし、身体を急加速させて突破した。
ショウタを見届けたグレンはひとまずエルフ達と合流することを目指したが、小柄で足運びの軽いゴブリンや、身軽なウルグ達は、倒れたテーブルや、食器類が散乱する足場でも素早く走りまわる。
普通の人間であるグレンの歩みは、魔物の妨害もあって遅い。
中央で派手に暴れる人間が減った分、魔物達は、より人が密集する出入口に群がり始め、拙い防衛戦を張る三人は、じわじわ追い込まれていた。
グレン自身、自分に向かってくる魔物への対処は全く問題ないのだが、防衛線から離れていてはあまり役に立たない……
一刻も早くあの防衛線に加わりたい。
焦る背中からけたたましい音が響いた。
ハッと振り返ると、背後に今まで居なかったサイズのゴブリンが現れていた……
ホブゴブリンだ。
高い頭脳を持ち人語を解する数少ない獣で、身体能力は人を凌駕する。
普通に戦って勝てる相手では無い……
それが三体、武装した状態で固まって膝を付いていた。
「くっ!」
悪態を吐く暇すら惜しい。
奴らが動き出すより早く速攻で仕留める。その一心で、グレンは“モービルファイアウォール”を放った。
周りに引火するとか気にしていられない。
面制圧力に特化した魔法でせめて有効打を叩き込まねば、避難中の人たちから確実に死人が出るのだ。
絨毯や裂けたテーブルクロスを燃やしながら迫る火の壁に対し、グレンに一番近い位置に居たホブゴブリンが、テーブルを倒し火に向かって蹴り飛ばした。
たったそれだけで出来た極僅かな火の隙間を三体が無傷で擦り抜ける。
だが、“モービルファイアウォール”を避けられるのは、想定済みだった。
“モービルファイアウォール”を放った直後に複数の“ファイアボール”を放っていた。
直線と弓形を複合して弾道を読み難くした十七発。
それぞれ三体に向かって放たれた“ファイアボール”は、寸前で急激に軌道を変えて、真ん中の一体のみを襲った。
さらに同時に、“ファイアボール”の狙いから外された二体の足元から盛大に火柱が登る。
“モービルファイアウォール”“ファイアボール”“スネークファイア”
三魔法による波状攻撃。
まず、威力度外視で発動スピードを優先した“モービルファイアウォール”を放ち、地面を焼き焦がしながら前面の視界を奪い、次に“ファイアボール”で意識を逸らしつつ、“モービルファイアウォール”で燃やされた地面に紛れ込ませた“スネークファイア”でトドメを刺す。
グレンが最も得意とする波状攻撃だ。
魔力で作られた火は擬似的に“実体”を持たせる事も出来る。
死角から十七発の“ファイアボール”の直撃を受ければ、流石に真ん中の一体は死んだだろう。
後の二体は、“スネークファイア”で捕縛した。
爆煙が晴れた後は、二体のホブゴブリンを捕縛し続ける事が出来るかどうかの我慢勝負だ。
「オマエ…ヨワイ……」
「…嘘……でしょ…………」
ホブゴブリンは三体、何事も無かったように立っていた。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
エルフ、リディア、コバルドはなんとか避難者の誘導を終え、氷壁で通路を封鎖し魔物を掃討しつつ、エルフとリディアはショウタやコトミと合流しようと考えていた。
「止マレ、人間」
駆け出そうとして早々に、三人は野太い声に呼び止められた。
「魔物がしゃべった!?」
「エルフ君、あれはホブゴブリン。魔力を持たないから獣に分類されますよ。
高度な頭脳を持つので、中々厄介な相手です。
気を引き締めていきましょう」
リディアがそれなりの数の魔物を屠り、血に染まったハクシキの書を構えた。
その後ろでは、コバルドも油断のない目つきをしている。
「黙っテ手ヲ上ゲテアシを組んで座レ」
「はっ、なんで敵の要求に従わないとならないんだ。
お前らこそ––––––」ダンッ!
エルフの声は銃声に遮られた。
「ドアッ!」
銃弾はエルフの右肘に当たり、腕を不自然に曲げさせた。
エルフは腕を抑えて蹲り、コバルドはエルフを庇う位置に立った
「コチラの要求ハコウダ。
コノ女の命がオシクバ、いう事ヲ聞け」
跪いていた一体が、何かを引っ立てるように立ち上がった。
「グレン!」
全身傷だらけになったグレンを引っ立てたホブゴブリンが、剣をグレンの喉元に突き立てた。
リディアは、慌ててハクシキの書を捨てて手を挙げた。
「ソコの氷を使ウ男、お前モだ」
「断る」
「何ダト」
「俺に人質は通用しない。
俺の命は他の全てよりも尊いからだ。
例え、100の命を人質にしようとも、俺は敵の指示には従わない。
俺自身のひとつの命の方が100のより遥かに尊いからな」
ホブゴブリン達は驚きの声を上げた。
この時点で、コバルドはエルフを撃った射手の位置を特定していた。
死角ではあるが、走ればすぐに間合いに入る位置に一体。
人質を取った二体と合わせて三体。
「そいつを殺したければさっさと殺せよ」
「コバルドさん!?」
リディアが信じられないと言った声をあげた。
「サカしい人間だ。だが、お前がコチラに走り寄るヨリ早く、仲間がオマエを殺シ、ボクガこの女を殺ス。
ずっと見テイタぞ、オマエは遠くヘノ魔法は不得手ダロ」
「はぁ……」
コバルドは呆れたように息を吐きながら、指を三本立てた。
「お前らの敗因はみっつだ。
ひとつ、俺に命令した事。
俺は自己愛の塊だ。そのエゴイストの俺が最も大事にするのは、自己の自由。
それを不快な命令で侵害した。
その時点でお前らはもう、殺すと決めた。
ふたつ、お前らは魔法を理解していない。
所詮お前らは人間でも魔物でもない、ただの獣だ。
みっつ、そもそもこの人質交渉に何の意味がある?
お前らが俺らを殺したいのならそんなまどろっこしい事せずにさっさと銃で撃つなり剣で斬ればいい。
人質をとって優位な気分を楽しみたいのか?」
人質を取られ、追い詰められているはずのコバルドが、言葉だけで獣を威圧していた。
いや、人語を解する脳があるからこそ、ホブゴブリン達は威圧されてしまう。
「グラセグラヴィタシオン」
「ハァ?」
「お前らに引導を渡す魔法の名前だ」
それだけ言うと、腕を抑えたままのエルフを引っ立てて一瞬で形成した氷盾を持たせ、そのままエルフを撃った射手が潜んでいる方へ蹴飛ばした。
エルフは「どぅあっ……」と悲鳴を上げつつも、左手一本でしっかり盾を構えて走る。
撃たれた右腕は焔で包み込み保護した。
姿を晒したホブゴブリンが銃を撃ったが、氷盾は弾痕すら刻む事もなく弾き返す。
そのまま氷盾の重さを活かしたタックルをお見舞いし、ホブゴブリンを氷盾と壁にサンドイッチした。
一方グレンを人質に取ったホブゴブリン達は、突如頭上から大量の氷塊に襲われていた。
“グラセグラヴィタシオン”
普通の魔導士なら“アイスボール”とでも呼ぶような普通の魔法。
魔法適性の問題により、強度と、極近距離における形成にのみ特化したコバルドには使えない魔法だ。
しかし、魔法は基本的に物理法則に従う。
だから、グレンやエルフの火は、不用意に使えば周りに引火してしまう。
しかし、魔導士は魔力を消費して物理法則に逆らうことが出来る。
相応の魔導士は、本来なら紙に燃え移るはずの“ファイアボール”で、紙の的を焦がさずに貫く事もできる。本来なら重力に従って落下する固形物を空中で操る事もまた、魔法の技術だ。
コバルドの使った魔法は実に単純だ。
ただ、敵の頭上に遠隔で氷の塊を形成し、重力に任せて落とす。
単純な魔法の性質を利用した、子どもでも思い付くような攻撃。
しかも、コバルドは遠距離への形成、操作にはそれなりの時間を要する。
だがその大きすぎる欠点は、ホブゴブリン達がグレンを人質に取るという愚行により解決された。
グレンをも巻き込む氷塊の落下に、ホブゴブリン達はたまらず逃げ出した。
そして、人質から離れ動揺した隙だらけのホブゴブリンを見逃す程、コバルドは甘い男では無かった。
両手を後ろに回して駆け寄ったコバルドは腰を捻り、手ぶらの両手の中に、自分の身の丈以上の氷剣を形成して振り抜いた。
「ヴィーヴルテュエ」
これも単純な遠心力を利用した一撃だ。
攻撃の一瞬だけ、超重量の剣を形成し、遠心力に任せて相手に叩きつける。
二体のホブゴブリンを一撃で屠った氷剣は、役目を終えて砕けた。
グレンの安否を確認しつつ、エルフの方を見ると、エルフが氷盾の重さを生かして抑え込み、遅れて合流したリディアがホブゴブリンをハクシキの書で滅多打ちにしていた。
Co.コバルド
Ly.リディア
Co.「グレンは無事だ、そっちはどうだ?」
Ly.「なんとか倒しました……けどコバルドさん、ひどくないですか?」
Co.「あの事か。人質に取られた時点で死んだものと思えとグレンには言ってある。それは俺自身も同じだ」
Co.Ly.次回“義姉弟の戦い”
Ly.「それにしたってグレンちゃんはみんなを守る為に自分を犠牲に戦ったのよ」
Co.「お前ならあの状況で全員怪我無く助かる行動が取れたのか?偽善で死ぬのはお前一人じゃない」




