ショウタ、恋に落ちる
「お兄さん、ご一緒よろしいかしら?」
コトミを見送って程なくしてショウタは、ピンク色のワンショルダードレスを見に纏った女性に声を掛けられた。
子どもっぽい色のドレスなのに、何処か落ち着いた雰囲気、大人っぽさというより、母性に近い何かを漂わせる。墨色の髪の毛からは微かに甘い匂いがする、そんな女性だった。
その姿はどこか頭の中に引っかかった。
ショウタが霧が掛かった記憶の中を探っていると、女性が目の前に立った。
「よろしいかしら?」
「え、えぇ構いませんよ」
ドギマギした心を悟られぬように、わざわざ仮面の下でポーカーフェイスを作りながら、その女性をテーブルに誘った。
上手く言葉には出来ないけど、今目の前の女性がとても気になる。
「さっきお話ししていた女性は誰かしら?随分親しげでしたね」
「知り合いに似ていたのですが、素性を探るのはルール違反だと怒られました。
気を付けないといけませんね」
普段怪しい敬語をスルスルと吐き出し、さりげなくコトミを知らぬ女としたショウタをコトミが見れば、「あの子、成長したわね……」等と漏らした事だろうか?それとも「あたし達は姉弟です」と怒るだろうか?
「素性を探るわけには行きませんが、あなたなんて呼び方も寂しいですね。あなたの事はなんとお呼びしましょう?」
「ではナナシとお呼びください」
「ナナシ?名前が無いという意味ですか?」
「誰かを識別する上で名前ほど信用できない手段は無いですもの。本当に大切なのは自分と関わる誰かを正確に把握する事、その誰かとの蓄積で培われる関係の方が上っ面の名前より遥かに尊いと思いませんか?」
「は、はぁ」
熱っぽく語るナナシにショウタは若干引いた。
ナナシの方もやり過ぎたと思ったのか、ハッと手を口に当てるような仕草をした後、気を取り直すようにやわらかく笑った。
「失礼しましたわ、あなたの事はなんとお呼びすれば?」
「そうですねぇ……サイムと呼んでください」
「サイム?どういう意味でしょう?」
「……俺が一番嫌いな数字の組み合わせ、三一六から取りました」
「女性に嫌いな言葉で呼ばせるなんて変わっていらっしゃるんですね」
ナナシはクスクスと笑い、それからホールスタッフを呼び寄せ、ワイングラスを二つ受け取った。
「一先ず乾杯しましょう。
今日の出会いを祝して」
「あぁ、乾杯」
依頼の事を一時的に頭から追い出したショウタは、ナナシと昔話に花を咲かせた。
「へぇ、ではご両親はもう……」
「えぇ、少なくとも記憶がハッキリしてる頃から居ないですね。
で、ある商団に拾われて、そこで名前もらって、色んな事を教わったんだ」
アルコールが入り、敬語使いの仮面があっさり剥がれたショウタは、普通にナナシと話が盛り上がっていた。
「商団って、大人だらけではないですか?
子ども一人だと心細かったでしょう」
「いや、少し歳上の女の子がいたんだ。
お姉ちゃんには、感謝してもし切れないよ。
商団と逸れた後からは、ずっと助けられっぱなしだった。血は繋がって無いけど自慢の姐貴だね。
あ、この事は本人には内緒な。会う事無いだろうけど」
「逸れた……?女の子は一人だったの?」
「あぁ、一人だよ。それが?」
「いえ、昔そんな商団の話を聞いた気がしたので……いつ頃逸れたか覚えていますか?私、こう見えて人脈広いから知り合いにその商団の関係者がいるかもしれませんわ」
「いや、その辺のことを話したら俺の素性がバレるでしょう。
それはまたの機会に」
「……そうですね。
では、またの機会を待ちましょう」
「あー、折角の席に暗い話持ち込んじまったな」
「お気になさらないで、好きになれるかもしれない相手の過去を知りたいのは女の自然な反応ですわ」
ふふふと笑うナナシに、ショウタは激しくドギマギした。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
一方エルフは大皿一杯に目に付いた料理を盛り付け終わり、ナイフとフォークを手に満悦の表情をしていた。
「あ、エルフ君。もうそんなに料理取ったんですね」
「あ、リディアも食べる?」
「いえ、私は飲み物だけで」
エルフの向かいに座ったリディアは、ホールスタッフからコーヒーを受け取った。
「なんていうか、浮いてるわよ」
「そうか?」
「えぇ、ここは出会いを求める人が集う場よ。確かにここにある料理はどれも素晴らしい味だわ。でも、あんまりガッツクのはどうかしら?」
「美味いからいいじゃん」
「ほぇ」
リディアの一面から見た正論は、同じくエルフの一面から見た正論の一言で封じられた。
「オレは昔の記憶が全部無いし、手掛かりも無い。
だったら、取り敢えず人に迷惑掛けない程度に今を楽しもうと思う。
んで、一番最初に出会った楽しみがご飯を食べる事。オレからこの楽しみを取り上げられたらただ、少し腕っ節があるだけの手ブラなウケビトになっちゃうよ」
前にメイズ達と話して実感した自分の空っぽさ。
それを埋める為に出したほとんど虚勢と言ってもいい答えだ。
「でも、今は依頼を受けている身なんですよ」
「だからって常に肩に力入れて構えてたら相手にも警戒されて上手く動けなくなるよ。
まだ、ミリーも出てきてないしね。
今は普通に楽しもう。これ、美味いよ」
そう言ってエルフは、まだ手を付けてなかったフルーツパイをリディアに差し出した。
「……では、ひとつだけ」
リディアはパイを受け取り、口に運んだ。
「美味しい!」
「だろ」
仕事をして得た報酬でお腹を満たす。
より大変な仕事をして、より美味いご飯を食べる。
もっと料理を上手く出来るようになって、振る舞い、美味しいと言ってもらう。
昔の記憶は無い。手掛かりも無い。無いものは仕方ない。
だったら、今をどう生きるか、未来にどうありたいか?そう考えると何も無い不安は自然と無くなった。
「あ、エルフ、リディア。ここにいたんだ」
「コトミ?」
「ショウタ君とミリーさんは?」
「それがショウタったら、別の女性となんか意気投合した雰囲気だからそっとしとこうと思って」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、仕事が始まれば割り切れる子だから」
そう言ってコトミは、自身で用意した皿の料理を食べ始めた。
一応借り物のドレスを汚さない様に小さく切ったりと気を遣ってはいるのだが、出会いそっちのけで、料理にガッツクエルフとコトミ、明らかに男受けを無視した姿で、なんの目的があるのかやたら大きな本を持つリディアの三人は悪目立ちしていた。
しばらく三人は、当初の待ち合わせ場所と、控え室に通じる扉の両方を視界入れられる場所を陣取り、料理に手を伸ばしつつ会場を観察した。
語らう男女、何処からか呼び寄せた楽団の演奏、料理人達が調理機材を打ち鳴らす音、吹き抜けで骨組みが剥き出しになった天井、壁画が掛けられた壁。
当然だが別段変わった要素は見当たらない。
と、急に楽団の演奏している曲の雰囲気が変わった。
さっきまでは晴れやか、賑やかと言った雰囲気の曲だったが、今は重厚とか、荘厳、上品といった感じだ。
そして、控え室に繋がる扉が開いた。
一目で高いと分かるスリーピースに身を包んだ男が出てきた。
マスクは他と同じベネチアンタイプだが、フルフェイス型。
白い手袋を付け、肌の露出がほぼ無い。
「なんというか、如何にも成金って雰囲気ね。
何あのスーツ、あちこちに金糸が縫い込まれてるわ」
成金趣味全開なノワルの服にリディアが顔をしかめた。
「あれがノワル。
あたし達がお見合いを妨害する相手」
E.エルフ
S.ショウタ
E.「ショウタとコトミは実姉弟ではないんだろう?なぜ一緒に暮らし続けてるんだ?」
S.「借金を抱えたのが子どもの頃だし、姐貴は姐貴だ。俺の命を守ってくれた恩人だ。
いまさら理由もなく別居するのも薄情だろ」
E.S.次回“パーティーの闖入者”
E.「その借金の理由はなに?」
S.「金が入用になって借りた所がとんでもない闇金融で利息が馬鹿みたいに増えたからなんだ」
E.「コトミって実はバカなの?」
S.「その金は俺が初等学校に通うための費用を工面する為だったんだよ」
E.「バカ呼ばわりしてごめん。いい話だね」




