ある日の食卓 姐貴が作る料理
ミリーの依頼を受けた翌日、リディアが[キャラバン]の居候になって数日が過ぎていた。
「おはようございます」
「あ、おはよリディア」
「おはよう」
リディアがダイニングに降りるとコトミが既に席に着いてコーヒーを飲んでいた。
エルフは一人コンロに向き合ってフライパンを振っている。
「あれ、ショウタ君が居ませんね。
もう下に降りてるんですか?」
下とは[キャラバン]店舗スペースの事である。
「いや、なんか朝早くから出て行ったよ。
リディアはコーヒーかミルクどっち?」
「コーヒーで、砂糖もお願い」
「はいよ」
軽く返事したエルフが、フライパンを火にかけたままさっさとマグカップにコーヒーを注いでリディアの座る椅子の前に置いた。
「ありがとう」
リディアはお礼を言ってコーヒーをゆっくり飲んでから、コンロの前に立つエルフを眺めた。
小慣れた手付きでフライパンを振り、皿に盛りつけたのはベーコンエッグだ。
「そういえばコトミさんは料理しないんですね?」
「え?」
「ここに来てからショウタ君かエルフ君が料理してるところしか見ないですから」
「あたしも料理はできるよ。
あんまりやらないけど」
「なぜやらないんですか?」
「うち常にお金がギリギリだからね。
食材とか色々切り詰めてやってるの。
だから前はショウタが完全に管理してどの食材をどう使うとか計算して買ってくるから、下手に手を出したら怒られるの。
最近は家族が増えたからエルフにも手伝ってもらう事が増えたけどね」
「なるほど。でも私はコトミさんが作るご飯も食べてみたいです」
「じゃあ今日はコトミがご飯作る?
今日はこの予算内でなら好きに作っていいって言われてるから」
エルフがショウタから預かっていた食費用の財布をコトミに渡した。
「リクエストはある?」
「シチューでお願いします」
「わかった、代わりに夕方は店番お願いね」
*(๑^. .^๑)۶ 〜
同じ頃[キャラバン]でご飯当番が密かに入れ替えられた事を知らないショウタは、一人で教会に来ていた。
「ようこそ、クロウ教会へ」
「お布施だ」
「受けとりました。今日は神父様の御話がありますがどうしますか?」
「遠慮しとくよ」
しつこく付きまとうシスターを適当に追い払ったショウタは十字架も持たず御神像に背を向けて一人で佇んだ。
ショウタ自身は特に宗教や神の教えの類いに興味はないし、神という存在自体信じていない。
しかし、あらゆる生き物の霊や人間に知覚できないなにかの存在を敢えて表現するなら神になるのだろうか……
そういう形容し難いなにかに祈ろうとするなら、こういう神聖な場所が打って付けだとショウタは月に一度くらいのペースで教会に足を運んでいる。
その教会も気まぐれで選んでいるので、毎度いろんな教会の教えだの、神の奇跡を語り聞かされている。
ショウタは昔奴隷だった。酷い境遇に居て、最後は獣の餌として肥太らされた。
そしてその境遇から抜け出す過程で酷い飢餓に襲われて生死を彷徨った事がある。
そのときのトラウマからショウタは外に出歩くときは常に何かしらの食糧を携帯するようになり、食べ物を粗末に扱うことに強い抵抗感を感じる様になり、その癖暴食や悪食に対してもまた嫌悪感を持つという面倒な性分になった。
そんなショウタが祈るのは、今日までに食べてきた命への感謝だ。
食べたご飯への感謝の神などいない。
でも、祈らずにいられないから、せめて神聖な場所で祈りを……
ショウタが拾われた商団から逸れて、[キャラバン]での生活が落ち着いた頃からの誰にも言わない習慣だった。
「ごめんなさい……」
祈りが終わった後、ふとそんな言葉が出て来た。
誰に対して謝ったのか、何を謝ろうとしたのか分からない。
でも、口馴染みがあった。
喉元で何かが引っ掛かるような感覚。
いつも食べ物に祈った後、何かを懺悔していた気がする。
何か、取り返しがつかない事をして、その許しが欲しくて教会に足を運んでいた気がする。
しばらくその場に佇んで思い出そうとしたが、結局ショウタは何も思い出せず、後ろ髪を引かれる気分になりながら教会を後にした。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
祈りを終わらせたショウタはその足でミラハ山に行き、適当な薬草を採取して夕日が沈む頃[キャラバン]に帰った。
「ただいまぁ……あぁ?」
コトミに採ってきた薬草を手渡すつもりで店舗側の入口から入ったショウタは店番に立つエルフとリディアに迎え入れられた」
「エルフ、晩飯の用意は?」
「コトミに頼んだよ。
予算もショウタに任された範囲内で買うように頼んだから大丈夫」
「あっそう。そういえばコトミお姉ちゃんの料理久しぶりだな」
「みんなぁ、ご飯そろそろできるよ。
今日はもう閉めちゃって〜」
二階からコトミの声が響いた。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
「はぁ、山歩き回ったから腹減ったわ」
「朝から薬草採り行ってたの?」
「まぁ、色々な。後で観てくれよ」
「わかった」
食卓にはいろんな野菜が煮込まれたブラウンのシチューに丸パンが並べられていた。
ショウタに続いてダイニングに入ったエルフとリディアは一瞬以上の時間顔を引き攣らせた。
臭いがおかしい。
「どうしたお前ら?早く来いよ」
誰より先に椅子に座り朗らかな声音で二人に振り向いたショウタは真顔になっていた。
エルフとリディアはお互いに顔を見合わせてからおずおずと椅子に座った。
エルフとリディアが並んで座り、エルフの正面にショウタ、リディアの前にはコトミが座った。
四人は手を合わせてからコトミとショウタがスプーンを、残りの二人がパンに手を伸ばした。
初っ端から普通の料理からは発されないはずの異臭を放つシチューに口を付ける勇気がなかったのだ。
エルフとリディアがパンを普段より小さくちぎり、いつもより長く時間をかけて咀嚼する。
そんな時間稼ぎをする中、コトミはなんて事ない顔でシチューを口内に運んだ。
一匙目を飲み込むと、次は野菜ごと掬い上げ口に運ぶ。
表情に変化はない。
(おかしいのは臭いだけ?)
(分からないわ、コトミさんが味音痴なだけかも)
目線でやり取りを交わしたエルフとリディアは同じくシチューに手を伸ばしたショウタへと視線を向けた。
ショウタは真顔のままシチューを掬い上げて一気に頬張り……盛大に咳き込んだ。
「ゲホゴホッ……
あぁ、あれが原因か。迂闊だった」
ボソボソと独り言を呟くショウタにコトミが心配そうに声を掛けると、「悪い、むせた」と短く答えて改めてシチューを掬い上げ、一瞬躊躇った後頬張った。
「美味い」
消え入りそうにそうコメントした。
「ほんと?久しぶりだったから自信なかったの」
「あぁ、ほんとほんと。
おい、エルフにリディア。お前らさっきからパンしか食べてないだろ。食えよ美味しそうだぞ」
ショウタはアツアツのシチューを食べたからだけではないだろう理由の汗を流し出した。
「……」
「……」
エルフとリディアはお互いに視線を交わし合った後、リディアが覚悟を決めてシチューを口にした。
「ぶふっ……」
「リディア!?」
「おいおい、そんな慌てて食べるとむせるだろ。落ち着けよな」
「大丈夫?お水注ぐよ」
「ごほっごほ……ん?」
むせたわけではない咳をしていたリディアが足首に違和感を感じた。
なんとなくテーブルの下に首を突っ込んでみると、床に赤い砂で文字が書いてあった。
『不味いと言ったら殺す』
同じタイミングでテーブルの下に首を突っ込んでいたエルフも同じものを目にした。
さらに足首には、同じ色の砂が付いていた。
エルフとリディアが足首の砂を払い落とすと、その砂は文字になっていた砂と混じり合って新たな文字を作った。
『理解したらその場で咳を二回しろ』
「「ごほ、ごほ……」」
エルフとリディアの返事を確認した砂は一塊になってショウタの椅子に置いてあった袋に吸い込まれた。
「エルフ、リディア。床に何かあるのか?早く出てこいよ」
何事もなかったかのようにショウタが二人を呼び出し、エルフ達は慌ててテーブルの下から顔を出した。
さっきのリディアの反応と床の砂文字でこのシチューはただのシチューではない確信を持ってしまった。
だがいつまでも食べないでいては不振がられる。エルフも開き直ってスプーンいっぱいに野菜を掬い上げシチューを食べた。
途端に広がる泥のような味と微かな乳製品感……おそらく元はホワイトシチューだったのだろうか?それが調理過程で見事なブラウンに変色して、そこにほっくり火を通されたジャガイモとニンジンのハーモニー……味が食感を裏切っている。
「ぐっふっ……?」
「おいおい、一気に食うと火傷するぞ〜」
「あ、あぁ」
はっきり言って不味い!不味くて不味くて仕方ないのに野菜への火の通り具合は文句の付け所が全くなく、その点にのみ限ればショウタの作るものより上手い(美味いでは断じて無い)のだ。
だが、火の通り具合の良さから生まれる歯触りの良さを圧殺するレベルで不味すぎる……
いやむしろなまじ中途半端にいい所がある分その他圧倒的に悪い分が強調されてタチが悪い。
「コトミ、これはクリームシチューなのか?」
「えぇ、そうよ」
「クリームシチューは何色だ?」
「えーと、白色よ」
だったらなぜこのシチューは泥のようなブラウンなのだ……そしてなぜ変色したクリームシチュー?に疑問を持たない?
ショウタの方へ視線を向けると、死んだような目に殺気を込めてエルフを睨んでいた。
これ以上の詮索はシチューの不味さで死ぬ前にショウタに殺されかねない。
そう覚悟を決めたエルフは二口目を口に運んだ。
すると不思議な事に一口目に感じた泥のような不味さを感じず、歯触りの良い野菜の食感だけを感じた。
あまりの不味さに味覚と嗅覚が死んだのだろうか?
パンを食べてもやはり味を感じなかった。
横を見ると引きつりまくった笑顔を貼り付けたリディアが震える手でシチューを口にしている。
「リディアどう?美味しい?」
「え、えぇ……いい歯触りです」
「よかった。おかわりもあるからね」
「あ、ありがとうございます」
どうやらリディアの味覚はまだ生きているようだ。
右手はスプーン、左手はお腹を抑えていて、その手には筋が入っている。
腹痛すら催しているようだ。
エルフはもう一度シチューを口にしたが、やはり味を感じなかった。その上何故か魔力が消費されている。
そのまま味覚が死んでる間に食べ切ろうとエルフは器を持ってシチューをかき込んだ。
「あぁ、全然足りないな。
鍋丸ごともらうよ」
「え?」
「嘘だろ……」
「どうぞ、大丈夫です!」
無いとは思うがコトミがリディアにおかわりを強要する可能性を潰すべく、エルフが男を見せた。
最終的にショウタ、コトミが各一皿。エルフが推定三皿分とリディアの限界を悟り、皿に残っていた分を奪い取って胃に収めた。
夕飯が終わるとコトミはショウタが採って来た薬草を整理しに行き、エルフ、ショウタ、リディアがダイニングに残った。
「死、死ぬかと思いました……」
リディアがげっそりとした声で漏らした。
「これで分かっただろ、俺が今まで姐貴に飯を作らせなかった理由が」
「えぇ、文字通り痛感したわ。私がコトミさんの料理を食べたいと言ったばかりにこんな事に……ごめんなさい。
お腹が痛くて眩暈も……ショウタ君とエルフ君は大丈夫なの?」
「そうだぜ、お前あんなもん鍋ごと飲むなんて正気じゃないだろ」
「一口目を食べてから味覚が無くなった。
腹痛も感じないし、大丈夫だ。
ただ、何故か魔力が減っている」
そう言ったエルフはティーセットから角砂糖を摘み出して口に入れた。
「……もう戻ったみたいだ。ちゃんと甘い」
「ショウタ君はコトミさんにその……ご飯が独創的だと言うことは黙ってるんですか?」
「あぁ、二人も黙っててくれ。
それと、あんまり姐貴に料理を作らせるなよ」
二人は黙って頷いた。
E.エルフ
Ly.リディア
E.「あれ、ショウタは?」
Ly.「どこかへ行きましたよ。忘れ物をしたとか言って」
E.「忘れ物?どこまで行ったんだろう」
E.Ly.次回“パーティー前の一幕”
Ly.「あ、帰って来ました」
E.「でも手ぶらだったね。口直しに何か食べてたのかな?」




