ブロウ
*(๑^. .^๑)۶ 〜少し前に遡る*(๑^. .^๑)۶ 〜
スケルトンに胸を刺されて意識を失ったエルフが目覚めて最初に観たのは大きな魔法陣だった。
血で描かれたのか赤黒い魔法陣の線からは、微かに鉄のような臭いが鼻をついた。
魔法陣の中心でスケルトン五体に組み伏せられたエルフは、リリーナに手首を深く切られた。
たちまち溢れ出た血は全て魔法陣に吸い取られた。
エルフの額に手を触れたリリーナが本を開き、何やら詠唱した後に、切ったエルフの手首に自身の手をかざし、焔を灯した。
切られた上に今度は焼かれるのかと、ビビったが、燃やされると思った手首は痛むどころか傷口が癒されて行った。
何が起きたと首を傾げていると、再び手首を切られて血を搾り取られた。
それを数度繰り返した後、スケルトンに何かの薬を打たれてエルフは眠ってしまい、次に目覚めたのは、この檻の中だった。
前は鉄格子、左右と後ろは土に囲まれている所から察するにここは洞窟か地下なのだろう。
刺されたはずの胸板を撫でてみると、血だらけのポロシャツには穴が空いていたが、傷口が完全に塞がっていた。
鉄格子の向こうには、廊下があるらしいが明かりが無く、一度“ファイアボール”を放って探ってみたが、一方はすぐの所に階段があり、もう一方は檻が続いているらしい事しか分からなかった。
そして、人も魔物もなんの気配もしな––––––––ドォオオオオロォアアァ––––––––
「っ!?」
修正、なんかヤバそうなのが近くに居る……
「ちょっ、誰か居ないのか、おぉーい!」
鉄格子を揺さぶり叫んでみたが、やはり反応はない。
鉄格子は、殴っても、体当たりしてもビクともしない。
……いや待て、落ち着け。さっきの雄叫び?は鉄格子の後ろ上方向から、土壁の方から聞こえて来たような……
と、今度は土壁全体が揺れ始める。
バラバラと天井から土や石が落ちてくる。
のんびり考えてる暇は無い、何が起きてるか知らないけど下手したら生き埋めになる。
ボロボロと天井が脆くなり降ってくる恐怖と戦いながら鉄格子を破ろうと足掻いていると、遂に天井が崩れるような轟音が轟いた。
「どぅわぁ………………?」
エルフは声にならない悲鳴を上げながら体を丸め、両手で頭を包み込んで伏せた。轟音が辺りを包み、より一層ボロボロと天井が崩れ、揺れが激しくなり土や小石が降り出すが、本格的な崩落は起きない。
しばらくして揺れが治まり辺りを静寂が包んだ。
頭を上げてキョロキョロと辺りを見渡してどうやら助かったと認識したエルフは、先ほど以上に盛大なため息を吐いた。
ドォオオオオロォアアァ––––––––
「っ!?」
雄叫びがさっきより近く、はっきり聞こえた。
今度は壁の下側から聞こえて来た。
さらに風が頬をくすぐる……と言うことは壁に穴が空いたということだ!
壁に手を当てて調べてみると、さっきの揺れで壊れたのか一部に亀裂と小さな穴が空いていた。ここを掘れば出られるかもしれない。
剣は気を失ったときに奪われたのか手元に無いので、素手と魔法だけでやるしか無い。
「ファイアボール」
亀裂に向けて“ファイアボール”を投げてみたが、土が焦げただけで穴が広がるような事は無かった。
当然だ。実体、言い換えるなら質量の無い炎は物理的な破壊に向かない。グレンの話では、魔法の基礎のひとつ、形成が上手ければ火に実体を持たせる事も出来るが、エルフはそこまで魔法を制御出来ない。
魔法だけでは壁を壊せない。
今度は試しに肘から“バーニア”を出し、直接亀裂を殴った。
「痛ってぇ」
当然の結果だった。
土壁を殴った左手は皮が擦り剥け、血が滲んだ。だが、それでも亀裂は少しだけ大きくなった。
「だったら……」
エルフは再度“ファイアボール”を右手に作り出し、拳を握る事でそれを握り潰した。一瞬火炎が大きく乱れたが、それもすぐに落ち着いた。最後に肘から“バーニア”を出して一気に振り抜く。
「ブロウッ」
シンプルに殴ると名付けた魔法、“ファイアボール”を纏い、“バーニア”で加速させた拳を亀裂に叩き込んだ。
腕は痛んだか、さっきよりはマシだった。それにさっき殴った時よりも大きく亀裂が広がった。
新しい魔法の手応えを掴んだエルフはそのまま“ブロウ”を何度も亀裂に叩き込み、遂に土壁を破壊した。
天井の崩落を恐れたエルフは外の様子など一切確認せず、外に飛び出した。
一拍遅れて背後の土牢の天井が土砂で崩れる音がした。
そこまでは良い、命拾いはした。
だが、エルフが飛び出したそこは何故か地面が無く、エルフはそのまま自由落下する。
ざっと見て高さ20mからの落下。
悲鳴を堪えつつ手足を広げ、“バーニア”で落下制御しようとして、足元の光景を目にした。
竜?身体が腐って見えるからドラゴンゾンビか、とにかくやばそうな魔物が人を押さえ込み、今まさにブレスを放とうとしている。
意を決したエルフはドラゴンゾンビの背中目掛けて“バーニア”で急降下した。
「どぅおるああぁっ!」
右拳を握り込み、渾身の“ブロウ”を落下の勢いも乗せてドラゴンゾンビの背中に叩き込んだ。
ドルァ–––––
背後からの不意打ちにドラゴンゾンビは大きく仰け反り、押さえ込んでいた人を手放した。
発動しようとしていたブレス系の魔法も不発に終わった。
「––––––––く……ぅん?
エルフ?」
九死に一生を得たと理解したショウタはエルフの姿を見て目を丸くした。
「ショウタだったのか、無事でよかった。
それに……リリーナ?何がどうなっている?」
「お前こそ何やってんの?」
「抜けないんだ」
エルフが放った“ブロウ”はドラゴンゾンビに確かなダメージを与えた。
だが、“ブロウ”を放った右腕は肘までをドラゴンゾンビの腐肉に飲み込まれ、そのまま抜けないどころか、じわじわと引き込まれている。
「自分の身体に物を引き摺り込む特性があるみたいだな」
「お若いの、どうやって牢を抜け出した?」
「急に天井が崩れそうになったから、同じ頃急に出来た壁の亀裂を殴り続けて穴広げた」
エルフは右腕をドラゴンゾンビにめり込ませたまま、左手で天井付近のくぼみを指差した。
閉じ込められていた牢は、崩れた天井で完全に埋められたようだ。
「あー、無事で良かった」
あと少しズレていればエルフを生き埋めにしていたらしい事を理解したショウタは、心の中で滝汗を流した。
ショウタが地盤を崩した結果、エルフが脱出出来たのもまた事実ではある。
ドォオオオオロォアアァ––––––––
完全に放置されていたドラゴンゾンビが吠えた。
エルフの右腕をめり込ませた背中からメキョメキョと生々しい音がして、右腕を飲み込むスピードが加速する。
「どぅわっ……この、食らえ」
エルフは右腕を飲み込まれたまま魔力を放出した。
“ファイアボール”でも“バーニア”でも無い。ただ、魔力を炎に変換して手から出し続ける。火炎放射とでも表現するような単純な攻撃だ。
だがそれでも、身体の内側から高熱に焼かれてはひとたまりも無いのだろう。ドラゴンゾンビは苦悶の叫びを上げ、エルフを振り落とそうとのたうちまわる。
「させっか」
ショウタも黙って見ていない。
出鱈目に振り回される手足を掻い潜り、ずっと刺さったままだった相棒を握り、まず握った方から地面に向けて伸ばし地面に固定し、体内に埋まった先端を強引に伸ばした。
ズブズブとドロドロした中に沈み込むような感触を手に伝えながら相棒は伸び続け、遂にドラゴンゾンビの身体を貫いた。
一気にドラゴンゾンビの抵抗が弱まる。
「やれっ」
「おうよっ」
ドラゴンゾンビが暴れ出して攻撃を止めていたエルフが右腕に左手を添え、ありったけの魔力を放出した。
ドラゴンゾンビは体内の水分が蒸発させ、内側から破裂して、文字の塊へ霧散した。
「リリーナさん、大人しく投降して下さい」
エルフが油断なく構えながら言った。
「断る。念願がもうすぐ叶うこの時に、今更諦めてたまるか」
リリーナがポケットから生きたネズミを取り出し、片手で絞め殺した。
鬼気迫る様にエルフは一瞬怯み、ショウタは相棒を手にタイミングを見計らった。
「こうなれば、この街全てを無に還す。
そして産まれた全ての屍を供物に捧げ、念願を叶えてやる!」
リリーナが大きな本を開き、ページに指を沿わせる……
––今だ。
リリーナの視線が完全に本に移った瞬間、ショウタが相棒を伸ばして本を弾き飛ばした。
「エルフ、その本を燃やせ」
「よせ、やめろぉ!」
「ファイアボール」
空中に放物線を描きながら飛ぶ本を、エルフの“ファイアボール”が捕らえた。
だが本は燃えず、本に付けられた白銀色の栞紐だけを燃やした。
「ぐがああぁあぁぁ……」
栞紐が燃えると同時にリリーナの体が燃え出した。
「んな、」
「すぐ助ける!」
呆然としたショウタと、焦燥を露わにしたエルフの声が重なる。
ショウタとしては、リリーナが魔物を召喚する度に本を開いていたので、あの本を燃やせばリリーナを無力化して簡単に捕縛出来ると考えていたのだ。
しかし、実際は本そのものは殆ど燃えず、代わりにリリーナ自身が燃え出した。
ショウタ個人としてもリリーナを生きて捕えたいと思っていたので、この事態は想定外だ。
一方エルフも「すぐ助ける!」と言っても、ボロボロになったポロシャツを脱いで、被せてみるくらいしか出来ない。
その程度では火はちっとも消えなかった。
リリーナはもういいと言うように、エルフを突き飛ばした。
「ワタシは大勢の人を手に掛けて、その上お前を殺す気だったのに、助けるだと。
甘いなぁ、お若いの」
「あなたは普通に本が好きな人だと思っていた。
何があった?」
「……二百年も昔、焼かれた村でワタシだけ生き残ってしまった。
以来村を蘇らせようと研究を重ね、あと僅かで願いが叶うと思ったけど……もう疲れた」
本の栞紐が白銀色から黒に染まっていくに連れて、リリーナの体も焼け焦げていく。
「一つ、頼まれてくれるかい?
この娘はワタシが取り付いただけで無関係なんだ。
この娘と『ハクシキの書』には手を出さないでほしい」
栞紐の火が燃え移る気配のない本と、自分の身体を見やり、弱っていく声で言った。
「あぁ、分かった」
「優しいのぅ、お若いの」
栞紐が燃え尽きると同時にリリーナの身体が眩い光に包まれた。
光が消えると、リリーナだった老婆は灰色だった髪とは対照的な、長い金髪の娘へと姿を変えていた。
金髪の娘は意識が無く、リリーナがそうしていたように倒れたままだった。
「おいエルフ」
「なんだ?」
「お前、なんで乳首ないんだ?」
「……見るなっ!」
エルフは慌てて穴あきボロボロ焼け焦げたポロシャツで体の前を隠した。
S.ショウタ
E.エルフ
S.「エルフ、お前初めて仕事したとき『手ブラなウケビト』とか名乗ったらしいな」
E.「実際何も持ってないからね」
S.E.次回“幕引きの焼肉”
S.「その手ブラには、手で胸部を隠す動作も含まれているのか?」
E.「…………」
S.「地雷踏んだか?……待てエルフ、その握り締めて炎を纏った拳をどうする気だ?」
E.「ブロウッ」
S.「八つ当たりだぁ、グベッ」




